16話
学園の木々にようやく花が咲き、色鮮やかな色を染め始めたころ、生徒の顔は対称的に疲労色で染まっていた。疲労色、俺のイメージでは茶だ。
体力試験、学力試験が彼らの体力を奪い去ったのだろう。
更に考えられるのは、長旅に慣れていないものや、新しい環境に慣れないものなどはさらに疲労の色が濃いだろう。
それも彼らの実力として受け入れるほかない。
今日の試験結果発表日を入れて、入学式までには5日ほどある。
それまでに疲労を回復させる時間はある。
後はそれぞれの裁量次第で、学園の勉強に乗り遅れるか、最高のスタートを切るかが変わってくる。
校舎の入り口に『新入生学力テスト成績』と大きく書かれた紙の下に、今回の学力テストの成績と名前が書かれていた。
学力試験は体力試験の後日行われた。
一日がかりで受けたが、次の日にはもう結果が貼りだされていた。
教師陣の苦労がうかがえる。
1位、アーク・クダン 500点
1位、アイリス・パララ 500点
3位、エリザ・ドーヴィル 499点
4位、レイル・レイン 498点
5位、クルリ・ヘラン 497点
6位、トーマス・エソジン 496点
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67位、ヴァイン・ロット 379点
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114位、クロッシ・アッミラーレ 311点
アイリス、エリザに勝っちゃたかー。
まぁこればかりは仕方がない気もする。
彼女は平民でありながらにこの学校に入学してきた逸材だ。
一般知識や、算術、会計学、簡易な魔法学、歴史学が問われた今回の試験で点を落とすはずもなかったか。
本当にマラソンではエリザが勝ててよかった。それが唯一の救いだ。
それにしても、王子は流石というか。
きっちり満点を取ってくるんだな、と感心している。
ずるしてないよね?と一瞬魔がさしたのは俺だけじゃないはずだ。
3位がレイルか。
これまた順当。
彼は原作でもいつも一歩引いたところに立っているからな、たまにはトップを取ってほしいものである。
4位が俺。
モラン爺からいろいろと教わっておいてよかった。
ただ、一般知識で2問落としたのは痛かった。
一問はイージーミスだったし、ビタミンCの正式名称を答えよという問いは答えを知らなった。
ビタミンCの正式名称は一般知識なのか?という若干の不満はあれど、回答できている者がいる時点で自分の知識不足を認めるほかない。
一緒に試験結果を見に来たヴァインとクロッシは対称的な反応を示していた。
ヴァインは思いの他出来が良かったのだろう。
嬉しそうな顔をしている。体力テストの結果がいいだけにAクラス入りだろう。
クロッシは今にも泣きだしそうだ。
「師匠、すみません!私ダメな子で!」
クロッシは体力テストでも、122位と微妙な成績だった。
どう声をかけていいのやら。
おそらくCクラス入りになるだろう。
クロッシとは別クラスか。
できれば一緒がよかった。
それは本人も一緒みたいで、ついには泣き出してしまった。
見た目がきれいな女性なので、隣で泣かれるのはなんだかやるせない。
声をかけずにはいられなかった。
「そんなに泣くな。次頑張ればいい」なけなしの励ましだ。
「はい、っんぐ、はい次は頑張りばず。師匠にがんばっでおいづぎます」
必死に涙をぬぐっている。
そんなに気にすることもない気もするが、本人は強くなりたいと言ったりしているし、基本的に頑張り屋さんなのだろう。
それとも他の理由があるかもしれない。
「男が簡単に泣くな。勉強ならクルリに教わればいい。体は俺が鍛えてやる」
ヴァインが口を開いた。彼はクロッシのことになると饒舌になる。
「男、男、言うな!このケダモノ!」
こちらも先ほどまでは過呼吸気味だったが、ケダモノははっきりと言えた。
「男は日々精進だ。クルリの部屋まで走って帰るぞ、ついて来い」
「私に命令するな!」
そう言いながらも、走り去るヴァインにクロッシはついていく。
あれ?
今俺の部屋って言った?
「勉学の方では本気を出し切ったのかい?」
二人を目で追っていたが、不意に耳元で声がした。
振り向けば、そこにはレイルが立っている。
またも不気味な笑顔を向けてくる。
なんだか考えを見透かされている様で、少し怖い。
「まぁ、ね」
「そう、じゃあ勉学は実力でクルリ君に勝てたみたいだ」
ニコニコしながら少し立ち位置をずらす。
なんだか、観察されているようだ。
「体力テストも実力さ。俺の名前よく知ってたね」
「クルリ君は有名だからね」
え?!
目立たないように配慮していたつもりだったのに。
「そういうあなたは、レイルさんでよろしかったですよね?」
もちろん知っているが、あくまで知らないふりだ。
すぐに返事はなく、少し間が空いた。
レイルが横目でこちらを見透かしてくる。
やっぱり俺の考え読んでるの!?
もう、この人怖い!!
「・・・そうですよ。よろしく、クルリ君」
「あっ、はい」
差し出された手をつかんだ。
やたらと強く握られて、握手は済んだ。
「じゃあね、クルリ君。次はもっとお話ししよう」
そういい終わると彼は第一王子アークのもとへと帰っていった。
優しい笑顔なのに、なんだか怖い人だと思った。
彼は確か、農民出身者だ。
それを公に公開することはないのだが、今後アイリスとだけはその秘密を共有する。
確か、小さいころに両親を亡くしている。
祖父の家で暮らしている頃に偶然第一王子と知り合うのだが、その友好的な性格と、要領の良さを王子に気に入られ、それ以来親友のままだ。
祖父の死後、王子の正式な付き人兼、友人として王都に入っている。
まるで貴族のようなきれいな顔立ちと、つやのある髪の毛。さらに彼は物覚えも非常によく、礼儀やしきたりなどの決まり事にも精通している。
誰一人として、彼が農民出身だなんて思わないだろうな。
ごめんな、アイリスと共有して仲良くなる情報を俺が知っていて。
本当にすまない。
誰にも言わないから、あの人を見透かしたような視線はやめてほしい。
物思いにふけっていると、手のひらを開いてこちらに近づくアイリスが視線に入った。
顔は随分と嬉しそうだ。
「やあ」
「やあ、一位とったよ」
満面の笑みだった。誰かに褒めてもらいたいのだろう。
マラソンではエリザの応援に専念してしまった罪悪感もあった。
ここは素直にほめてあげよう。
「流石だ。これは将来どえらいお礼を期待できそうだ」
「まっかせといて」
綺麗に並んだ白い歯がむき出しになる。
しばらくアイリスと話し、彼女は図書館に向かった。
ヴァインと、クロッシに家を荒らされる前に俺もさっさと帰りたかった。
が、一人見逃せない人物がいる。
もちろん、エリザだ。
目をつむり、腕を組むデフォルトのポーズで成績表の前を動こうとしない。
他の生徒が成績を見たがっているのに、怖がって近づけない始末だ。
みんなが困っているでしょ!どきなさい、エリザ!
とお母さんのように叱ることができればよいのだが、あいにく俺も彼女に少しばかりビビっているのでそんな夢のようなことは出来ない。
それでも、俺しか言える人はいないだろう。
なんだか使命感に似た感情で俺の体は動きだした。
近づくとすぐに取り巻きの四天王が俺の前に立つ。
下郎、と言葉を投げかけてきた娘の代わりに別の子がいた。
ローテーションでも組んでいるのか?少しばかり組織図が気になる。
俺の前に立った女性の目だが、3秒以内に立ち去れ下郎!、という目をしている。
いや、本当に。
言われていないが、本当にそんな目をしている。
だが俺も引き下がれない。
一歩一歩エリザのもとへ近づく。
先日俺を突き飛ばした、メイリメとかいう女性が注意されたせいだろう、彼女たちはむやみに俺に手出しはしなかった。
「やあ、エリザ。落ち込んでいるようだね」
ここはストレートに言った方が、向こうも愚痴をこぼしやすいだろう。
少し間が空いたが、返事はかえって来なかった。
「ま、まぁ、すごいじゃないか。499点なんてほとんど満点と変わらないさ」
辺りの空気がピリピリしだしたのを感じる。
「・・・しらないわよ」
エリザが小声で何かを呟いていた。
「なんだい?」よく聞こえなかったので聞き返した。
「ビタミンCの正式名称なんて知らないわよ!!」
エリザは誰に言うともなく、大声を出した。
あたりは彼女の矛先が来ないように目を背けている。
それらを気にすることなく、エリザは立ち去った。
四天王も続く。
エリザもそこ間違えたんだ。
やっぱ、知らないですよね。
ビタミンCの正式名称がアスコルビン酸だなんて・・・。