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8章 18話

ヘラン自治領が成立してしばらくの期間が経った。

俺自身の仕事がだいぶ落ち着いてきたので、一度領地の変化を探るため、変身魔法を用いて領地を見学してまわることにした。恰好は金髪の爽やかな青年。若干アーク王子の姿に寄せている。服装はもちろん庶民が着るものをチョイスした。領主の姿じゃ見えてこない実情もこの姿なら見えることもできるだろう。それに何か悪いことをした場合、印象が悪くなるのはアーク王子という一石二鳥な変身である!


早速街を歩いていると、賑わっている通り道で怪しげな試供品を手渡された。開封してみると白い錠剤が一粒。説明通りだと、ただの栄養補助サプリなのだが、こういうところに悪の根源が潜んでいるかもしれない。錠剤を噛み砕いて味見し、そして飲み込んだ。トトとの長年にわたる薬草開発の知識から言って……これはただの栄養補助サプリですね。平和だ……。


更に街を歩いていると賑わう市場が見えた。すれ違う女性たちの視線がこちらに集まる。うーん、少し美男子にしすぎたかな。次回はもう少しブサイク寄りにしていこう。そう考えていると、とあるマダムに腕をつかまれた。こうグイグイとくるタイプもいるのか。これは本当に顔を少しブサイクに寄せる必要があるな。

逆ナンパってやつかと思っていたら、どうやらマダムからの誘いはそういう訳ではなさそうだった。

「ハンサムさんね。ぶらぶら歩いているってことは暇なのかしら? 」

「どうでしょうね? 」

「勿体ぶらないで頂戴。これから退屈で嫌なところに行くんだけど、同伴者がいないのよ。ハンサムさんに来てもらったら助かるわ」

どうやら有力者が集まる食事会にこれから向かうらしい。同伴者がいないと退屈で仕方がないのか。領地の様子を探るのに、有力者たちの食事会に潜入できるのは凄いチャンスかもしれない。

「いいでしょう! 」

マダムにウインクを飛ばして、同伴者になることを承諾した。

「あら、素敵」


マダムは食事会に行くにはそれなりのドレスコードが必要なことを教えてくれた。そのための服装を用意するためドレスショップへ向かう。俺の体に合わせたサイズの服を仕立ててくれて、せっかく用意した庶民の服から格式の高い服装に逆戻りである。ここの支払いもマダムが済ませた。せっかくのショッピングなので、店の景気も聞いてみた。なかなかに良いみたいだった。

「良いんですか? マダム。こんなに良くしてもらって食事までご馳走になれるなんて」

「いいのよ。あの退屈な場で話し相手がいるだけでどれだけストレスから解放されることか」

そういうことらしかった。馬車に乗ってやって来たのは、ヘラン領でもなかなか見ない高級レストランだった。

入るためにも名前のチェックがあり、レストランの内装も清潔で豪華なものだった。中にいる人も全員綺麗な衣服を身に着け、王都の貴族も顔負けの上品さを放っている。

長い長方形のテーブルの指定席に俺とマダムが座る。次第に他の招待客もそろってきて、テーブルの各席が埋まっていく。

「そんなに退屈な食事会でもないように思えますが? 」

「これからよ、退屈なのは」

マダムは寒気が刺したかののうにわざとらしく震えて見せた。

席が全て埋まったところで、食事会は始まった。マダム以外はそれぞれが楽しそうにしていた。俺はというとせっかく用意された食事がもったいないので、どんどんと食べていく。

「皆様方、食事はそろそろこのくらいにして、肝心な話に入りましょう」

「ほら来たわ」

テーブルの端に座った男からの掛け声があった後、マダムが小声でそうつぶやいた。

「我々選民と庶民が同じ扱いを受けている件についてです」

ほう。なんだかおもしろそうな話が始まったじゃないか。

男は続ける。今のヘラン領で起きていることを。

誰もが簡単に商売ができ、昨日まで貧乏だった者がある日から金持ちになる。そんな連中が増え続け、本来格式高いはずの自分たちと交わり始めていると。

「実に不快だ! 貴族は貴族。どこまで行っても庶民とは格が違うもの。それがこのヘラン領の領主にはわかっていないのだ」

今のヘラン領は貴族を一切優遇することなく、平民と同様の扱いをしている。それがこの男には納得できないのだ。そしてこの場に集まる紳士淑女方にも賛同を受けている。マダムを除いては。彼女が退屈だと言っていたのはこのことだったか。実に面白いことじゃないか。

「その意見。賛同致します! 」

俺は声高々に宣言した。

おおっという歓声があがる。全員の視線がこちらに注目したのが分かった。

「平民と我々貴族が同じ扱いを受けている。実に由々しき事態」

「そうだ! 君の言う通りだよ。このヘラン領はそこが間違っている」

「ええ、真にその通り。ヘラン領主は一体何を考えてそんなことをしているのか。我々貴族こそ大事にされるべきなのに、税金の額も変わらなければ、何か優遇を受けたこともない」

そうだ、そうだ! 辺りで賛同することが響き渡る。マダムはそんな俺を見て困惑していた。面倒くさい集会の退屈凌ぎのため捕まえた若者が先導しだしのただからな。困って当然。

「では、こうしようと思う。いいか、皆の者」

辺りが静まったのを確認して、俺は提案を続ける。

「今からヘラン領主の館に向かおうではないか! そして俺たちのこの熱き思いを伝えるんだ。あなたは間違いっている、だから我々を優遇するように制度を変えるべきだと! 」

「なっ!? そんなことは……」

「そんなことはなんです? 私たちが正しいのに何を怖気づいてしまっているのですか? 」

「それはそうだが……。いきなり領主の館に押し掛けるなど……」

皆に話題を振った男が、今は随分と弱気だ。

「恐れることはありません! 我々が正しいのですから。いいですか? 私が先頭をいきましょう。皆さんは付いてくるだけで構いません。正当な権利を主張しに行きましょう! 」

……だれも賛同はしてこなかった。先程までの勢いはどこへ行ったのか。視線を合わせようともしない。実際に行動しようというものは誰一人いないのだ。

ここで、俺は自分の正体を明かすことにした。クルリ・ヘランとしてではなく、街歩くさきほどの青年として。

格式の高い服の上着を脱ぎ捨てて、テーブルの上に並んだフルーツの盛り合わせから好物のリンゴを取り上げた。皮も剥かないまま、俺は丸ごとかじりつく。その姿を見て、近くの女性がわずかに悲鳴をあげた。

「ごめんなさい。俺、本当はただの平民です。皆さんを少しからかって見たかっただけです」

「本当に平民なのかね? 」

「ええ、恰好こそいいものを着ていますが、普段は軒下で寝ているような人物です。こうして皆さんと食事ができているのも何かの縁ですね。領主様の文句を言うのは構わない。制度に文句を言うのも構わない。しかし、直接言う勇気がないならこんな食事会はなくした方がいい。そのうち火がついて怪しい計画でも立てようものなら、大事な貴族の称号すら失うかもしれませんよ」

返事はなにも帰ってこなかった。

俺はそれだけ言い残し、マダムにウインクをして高級レストランを出た。手には美味しいリンゴがまだ残っている。


街歩きはまだ続く。

今度は最近できたと聞いていた魔法学園の側に来ていた。私立の学園であり、通うことができるのはやはり金持ちと貴族の子弟ばかりだ。そろそろヘラン領立の学園も建つのだが、こちらが先に立ってしまったか。平民にも貴族にも平等に学べる機会を与えたくて建てたのがヘラン領立魔法学園だった。私立に先を越されたのはなんとも悔しいところである。その私立の学園の前で男性の集団と集団が言い合いをしていた。面白そうだったので、これに近づいていく。

予想通り、魔法学園に通う金持ちの子弟と、庶民のグループの対立だった。

どうやら金持ち側の男が、庶民側の男の恋人を奪ったらしい。

どこにでもありそうな話だが、当の本人からしたら世界がひっくり変えるほどの出来事だ。

今にも貴族の子弟に殴りかかりそうな男の前に出て、わかりきった事情を聞いた。

「どうした。落ち着け」

飛び出した俺の服装を見て、彼は殴りかかろうとした。そういえばいい服を着ているんだったな。金持ち=全員敵状態の彼には刺激になったか。

「恋人を取られたか? それくらいで落ち込むことはない。リンゴを食べられる元気があれば十分じゃないか」

「うるさい! お前なんかに俺の気持ちがわかってたまるか! 」

「そう投げやりになるな。来月川の向こうにヘラン領立の魔法学園ができる。そこでは平民も学べる機会がある。そこに入れば恋人を再び振り向かせることもできるかもしれないぞ」

「出来るわけないだろう! 」

「そんなことはない。優秀な成績を治めればヘラン自治領で要職に就くことはおろか、王都でも仕事を探すことに事欠かないだろう。彼女もいちころさ」

「本当か? 」

「本当だ」

「くそっ。じゃあそこに行ってやる。絶対に行ってやる」

「その粋だ。他のみんなも是非試験を受けに来るように。金持ちの子弟諸君も優秀な者は転校できるらしいぞ。以上、それでは好きなだけ殴り合うといい」

間から立ち去ると、彼らの因縁は再度熱されて激しい取っ組み合いが始まった。健全、健全。来月からはそのパワーを勉学に向けるように!


「今や自治領主様! かつては伝説の鍛冶師! 」

遠くから声が聞こえた。商売人が客を呼び込むために声を張っているようだが、どう考えても俺のことを話しているではないか。立ち寄らせてもらうとしよう。

人だかりができていた。その中心では、剣を一本手に持った男が調子のいい声で自身の商品を紹介していく。

「その名もクルリ・ヘラン! 彼が打った剣は数知れず、しかし世に出回っているものはそれほど多くはない。名工とされる剣はそのほとんどが貴族の手に渡ってしまっている。残念ながら、彼らの手に渡ってしまえば市場に並ぶ日はもうないだろう。しかし! ここに一本あるのは、まさにクルリ・ヘランが打った剣。名剣アマツ! 苦労して苦労してようやく手に入れたこの一本、それを今日このクルリ・ヘランの土地で売りに出そうと思う! 」

歓声が上がる。男の調子に乗せられた客たちが盛り上がりを見せていた。

しかし、男の叫んだ値段に、一気に観衆のテンションが下がる。とても払える金額ではない。

そこに一人の男が割って入る。

「私が買う」

見るからに貴族の男だった。大金を懐に抱え、名剣を前に興奮を隠せない。

「こちらのお客さん以外はいないか? それじゃあ売ってしまうよ! 」

別に黙っていても良かったのだが、やはりつい止めに入ってしまった。

「ちょっと待った」

「おっと? こちらのお客さんも欲しいのかい? 言い値が高いほうに売るよ」

俺を購入客と勘違いした男は喜び、剣を買えると思っていた男は逆にこちらを睨んだ。そうじゃないから安心しろ。

「何を思って、これを本当のクルリシリーズだと思う? 鞘の豪華さか? 肝心の剣は見たかい? 」

買おうとしていた貴族に向かって俺は問いかけた。

「あんたが騙されるのは構わないが、クルリシリーズがこんなおもちゃだと思われるのは癪だ」

「何を言いやがる! 」

売ろうとしていた男は当然かみついてくる。しかし、俺の疑問により集まった観衆たちは真偽を確かめずにはいられなくなっていた。

「剣を貸してもらえるか? 一つ一つ説明してやる」

男は剣を渡してくるのを渋ったが、観衆の目がそれを許さなかった。受け取るなり、俺はすぐに抜き放った。軽い悲鳴が沸き起こる。刃は良く磨かれていて鞘同様に光を反射して見栄えが良い……。たしかに一見して良さそうなものに見える。

「一つ、バランスが悪い。いいか、覚えておくように。まっすぐじゃない剣はバランスが悪く、いい剣に比べて構えた時にずっしりと嫌に重い。まさにこの剣のことだ」

「適当なことを……」

「二つ、鍛え方の甘い剣はすぐに折れるが、それは使っていかないとわからないと思われがちだ。しかし、鍛え方の甘い剣というのは総じて音の響きが悪い。叩いてみるぞ、鈍い音が聞こえるから」

その通り、不協和音が辺りに鳴り響いた。

「言いがかりだ……」

「三つ、悪い剣には悪い使い手が群がる。おいっ」

俺は男に剣を投げつけた。男は辛うじて落とすことなくキャッチした。

「その剣で俺を斬りつけろ。無事殺せたらこれはやる」

ポケットから取り出した金銭をちらつかせて、彼を誘った。

「言ったな? 証人もたんまりといるぞ! 」

男は容赦なく斬りかかって来た。バランスが悪く、中身のない剣、おまけに使い手まで最悪と来た。

かわすまでもなく、手首を小突いてやるだけで剣は宙に投げ出されて、俺の手もとに収まった。あっけに取られている男に、俺の今持っている金銭の全てを財布ごと投げつけた。商売の邪魔をした詫びだ。仕草で立ち去るように言った。男は逃げるようにこの場を去った。

剣は俺が手にしたままだ。

「だれかハンマーを調達できるか? 」

すぐさま調達してくれた人物がいた。取り巻く観衆たちに見えるように、俺は丁寧に説明していく。

「良い剣を得ることは大事だが、ボンクラの剣だって少しの技術と少しの知恵でだいぶマシなものにしてやれることは可能だ。バランスの悪いものは縦方面を鍛えてやる。鍛え方の悪いものは斬る部分を広く振り分ける。そうしたらほんの少しばかり長持ちする。見てろ、今からちょっとばかりこの剣をマシなものに戻すから」

「あっ」

ハンマーを振り上げた俺に、驚きの声が投げかけられた。一人が発すると続々と観衆が驚きの声をあげる。その視線が全員俺の顔を見ているのだ。

顔に手をあて、触ってみる。髪を一本抜いて色を見る。……赤い髪の毛だ。まずい、鍛冶師としての腕前を見せようとしたせいで思わず変身魔法が解けてしまった。

領主だということがバレてしまい、騒がしくなった観衆たちの輪を駆け抜けた。

去り際、俺は騙されかけた貴族に向かってアドバイスした。

「いいか! もうだまされるなよ! 鍛冶師はいいぞ。もっと学んだほうが良い。没落予定じゃなくても、鍛冶職人は目指すべきだ! じゃあな! 」


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