8章 16話
ヘランの屋敷に泊まっていったアッミラーレ王国の要人二人。
朝方、ヴァインは昔のままいつも通り早起きだった。クロッシたちがまだ寝ていることもあり、やることもなかったらしくプーベエに構いに行くことにした。どうやら気に入ったらしく、嫌がるプーベエを無視して体を観察し続けていった。
「アッミラーレ王国にもいない個体だな。珍しいし、それにかなり強いだろう? このドラゴンは」
「珍しいのは珍しいが、強いかはわからない。戦わせたことはないんだ」
ヴァインの目が見開かれる。
戦わせていないのが、そんなに珍しいのか……。
「いやいいんだ。国が違えば育て方も違う。しかし、惜しい。鍛えれば、これは歴史に残るほど強力なドラゴンになるはずだ。流石というべきか、クルリは従えるドラゴンまでもが逸材だったか……」
そんなに欲しいのなら、譲りましょうか?
『ちょっと! 僕こんな人に付いていくのだけは嫌だよ!? 』
竜波を使ってプーベエが猛抗議をして来た。冗談だよ。勝手に譲った日にはエリザの雷が落ちること必至だ。
短い尻尾を振って威嚇を示すが、ヴァインはそれでもしつこく体の細部まで見ていく。胸にある印に気が付いて、ヘラン自治領の旗と見比べたりもしている。
「もしかして旗はこの印からとったのか? 」
「気が付いたか。その通りだ」
「アッミラーレ王国の旗も、かつて最強と呼ばれていたドラゴンの胸元にあった印からとったんだ」
「そうだったのか。なんだか興味深い話だな」
「本当に興味深い。胸に印の出るドラゴンは歴史を紐解いても最強の名を欲しいままにするあの一頭だけ。プーベエにも印があるとなると……」
『やめてやめて! この人絶対に僕のことを欲しがるよ! 僕はエリーと生きていくって決めているから! 』
プーベエが竜派で必死に嫌な気持ちを伝えてくる。残念だがヴァインにその思いは届いていないようだ。
逃げるプーベエと追いかけるヴァイン。エリザがプーベエの朝食を持ってくるまでそれは続いた。
プーベエの食事中もヴァインは観察を続けた。食事バランスは良いとかどう多羅康太ら言っている。プーベエが嫌いなものを避けると、ヴァインは鋭い視線を向けた。
「ダメだ! 丈夫な体作りにも豆は食べておけ! 最強になりたくはないのか! 」
『なりたくないよ! 』
「なりたいそうだ」
「やはりな! ならば豆は食え! 豆こそ食うんだ! 」
好き嫌いはよろしくないので、プーベエの竜波は誤訳させてもらった。ヴァインに熱く迫られたプーベエは仕方ないと言った感じで豆も食べ尽くす。
「よし、それでいいぞ。クルリ、ここに滞在する間、こいつを貸してはくれないか? こいつほど鍛えがいのあるドラゴンは見たことがない! 」
「是非、お願い致します」
『ちょっと! 僕できるだけこの人と関わりたくないんだけど!? 』
ヴァインはプーベエにまたがって、空高く飛ぶように促した。いやいやだったがプーベエは従う。空気を思いっきり吸い込んで空高く飛びあがるプーベエに、ヴァインはまたしても感動している。
「アッミラーレ王国最強のドラゴンも飛び方が他のドラゴンとは違っていたんだ! やはりこのドラゴンは化けるぞ! 」
朝っぱらから元気だなーと思いつつ二人を見送った。最近のプーベエは若干肥満気味だったからな。鍛えてくれる人がいるのは非常にありがたい。お金を支払ってもいいくらいだ。
騒々しい二人がいなくなって、俺は屋敷に戻った。
目覚めたクロッシがライオットと共に朝食を食べているところだった。エリザとも仲良さそうに話をしていて、なんだかホッとした。
「あっ、師匠。エリザさんの作る朝食がとても美味しいんです! 」
「そうだよな。エリザは料理がとても上手なんだ」
ライオットに至っては言葉もなくむしゃむしゃと朝食を書き込んでいた。エリザはお褒め頂いて光栄です、と貴族の礼儀作法にのっとって、アッミラーレ女王に礼を述べた。
クロッシにはそれが可笑しかったようで、ひとしきり笑った。二人の仲はまた一歩近づいたかに思えた。
ヴァインたちが戻らないので、朝食後はクロッシとライオットと共に過ごした。アッミラーレ王国のことも聞いたし、ヘラン領のことについても話した。
「師匠、今はまだ友達として話をしているのですが、ヴァインが戻り次第、アッミラーレ王国女王と、ヘラン自治領主としての会話をしたいのですが、時間はよろしいでしょうか? 」
「もちろん大丈夫。その二つに違いがあるとは思えないけど、友達のまま話には入れないのかい? 」
「はい、こんな私でも国を背負っている身ですので、真面目に話をしないと。力を持つヘラン自治領主様に頼みたいことが沢山あるのです」
大事な話が待っているというのに、ヴァインは戻る様子を見せなかった。竜波でプーベエと連絡をつけようにもなかなか返事がない。どうやら相当遠くまで出ていってしまっていると見える。
大事な話があることはヴァインも知っているはずとは思うけど、一度鍛えるべき相手が現れる情熱を注いでしまうところは、本当に昔のヴァインのままだ。そんなところが俺は好きだし、クロッシも呆れた様子だが、彼女もきっと嫌いな部分ではないのだろう。
「クロッシ女王、ヴァイン親衛隊長はお戻りにならないですし、良ければ二人で話を始めましょうか? 」
「お恥ずかしい限りです、自治領主様」
「いえいえ、ヴァイン親衛隊長はあれでいいと思いますよ。うちの肥満のドラゴンの面倒も見てくれていることですし、ありがたいです」
「全く、帰ったら私から制裁を加えておきますのでご容赦下さい」
「ほどほどにお願いします」
友達としてじゃなくて、女王と自治領主としての交渉が始まった。
「頼みたいことというのは、既に多くの依頼が来ていると思いますが、魔導列車の件についてです」
「でしょうね」
「我が国には一刻も早く魔導列車を走らせて物資を潤沢にする理由があるのです。残念ながら私にはヘラン自治領主様のように己の力で難敵を退かせることはできません。我が国の南部には未だサルマン卿強大な力を有しており、国に脅威を与えております。そこで、北部に魔導列車を走らせることに寄り、流通面で南部に差をつけていきたい。力をつけたその先には、この手でサルマン卿を葬るつもりでいます」
「ふんふん。なるほど」
大半は知っている話だ。サルマン卿とは戦ったこともあるし、未だ力があることも知っている。ダータネル家と手を組んでクダン国に脅威を与えたこともあった。関係のない話でもない。
「ヘラン自治領主様のもとには魔導列車の建設依頼が多く来ていることでしょう。しかし、それをアッミラーレ王国優先でやって欲しいのです。レールの建設費用等はもちろんこちらが負担しますし、ヘラン自治領が利益を出せるようにも致します」
「悪くない話だ」
しかし、似た話は多く来ているのも事実。もっといい話もあるくらいだ。
「ここまでは一般的な話でしょうね。我がアッミラーレ王国にはもっと支払う予定がございます」
おっ!? クロッシが何か、今までとは違う雰囲気を醸し出している。何かすごく大きな存在に思えるほどの圧力がある。思えば、彼女はもう長いこと女王の座に座っている。一国をその身に背負ってきた彼女だ、想像を超えるほど成長していても何ら不思議ではない。この交渉にも勝機を持って臨んでいることが伺えた。
「魔導列車建設を進めて頂けるなら、国策としてアッミラーレ王国で育てているドラゴンをヘラン自治領に輸出することができます。毎年安定した頭数を破格の値段でお譲り致します。兵力を必要とする自治領主様には悪い話ではないはずです」
まったく、平凡な交渉から一気にトップに躍り出るほど魅力的な話になって来た。ただ単に自治領主就任の祝いをしに来てくれたと思っていた旧友が、こんな美味しい話を持って来てくれるとは。
「アッミラーレ女王陛下、私からの返事はこうです……」
「ちょっと待って欲しい。その返事を聞く前に、もう一つ話がある。南部のサルマン卿を退けた暁には、その領地の半分をヘラン自治領主様にお譲りすることも決まっている。今回のことは私の一存ではなく、配下の者とも話し合って決めたことなのです。これがアッミラーレ女王として出せるものの全てです。どうぞ、返事をお聞かせください」
相当な覚悟を持ってやって来たんだな。
一刻の女王と親衛隊長が国を跨いで西の端にあるヘラン領まで来たのだ。旧友への再会だけで配下の者が許すはずもなかったか……。
「アッミラーレ女王陛下、私の返事は変わらずこうです。サルマン卿を退けた暁に手に入る土地の半分、そんなものはいりません。アッミラーレ王国とは距離も離れすぎているし、とても管理しきれない」
「……そうですか」
「そして国策で育てているドラゴンの件も割り引いてくれる必要はありません。必要ならば定価で買わせて頂きます」
「……わかりました。非常に残念ですが、無理を承知でお願いしたのも事実。こちらとしてはもう」
「しかし、魔導列車建設はお受けいたしましょう」
「……なぜ? 」
「費用はもちろん持って貰います。我が領の利益が出るように工事も進めさせて頂きます」
「それではあまりに普通過ぎる! そんな話は山のように転がり込んでいるはず。我が国が優遇される理由がない! 」
「理由? 理由ならある」
「まさか、友人だからとでも言うのですか!? そんな理由ではこちらがお引き受け出来ません! 」
「友人だという理由がそんなに嫌か? 」
「嫌です! 対等な交渉を希望します! 」
随分と強情だな。長年の女王の座に座らされた結果が、この強情さかな? このくらい覇気がないとやっていけなかったのも知れない。
クロッシは何が何でも譲らないと言った顔でこちらを見つめ続ける。喜ばしいはずの交渉なのだが、どうしても払うものは払いたいらしい。こういった交渉は初めてだ。どう切り崩せばいいか逆にわからない。
その時、扉が開いて、エリザが冷めたお茶の交換にやって来た。
お茶が変えられる間、俺もクロッシも黙ったままだった。
そこへ、エリザが口を開いた。
「自治領主様および、アッミラーレ女王陛下、発言宜しいでしょうか? 」
ん?
「ああ、もちろん」
「私も構わない」
俺たちの許可を得たのを確認して、エリザは席に座った。そして、彼女の意見を述べる。
「ヘラン自治領主、そして私の夫であるクルリ・ヘランの提案は対等ではないとお思いですか? 」
「……ええ、その通りです。あまりに我が国が有利すぎる。国事は友情とかそういうことで回すべきじゃない。最大限の利益を確保することこそが自治領主様の仕事であり、それ以外は領民への裏切りだと思います……」
クロッシは言葉を選びながらも、己の思いを告げてくれた。それを聞いたエリザ。今度は自分の考えを述べていく。
「私はそうは思いません。人が運営する限り感情は常について回ります。最大限の利益が得られる選択をしても、それが誤った選択になることもあります。逆に何ともない契約が多くの利益を生むことも。感情は立派な判断材料だと思うのです」
「……しかし、それにしても、ヘラン自治領に旨味が少なすぎます」
「旨味はあります。アッミラーレ女王陛下はどうやってヘラン自治領までお越しになりましたか? 思うに、馬車かドラゴンに乗ってクダン国王都へ、その後魔導列車に乗り換えて国を横断してこの地まで来たのではないでしょうか? 護衛をつけて、と考えると随分と苦労の多い旅路だったのではないでしょうか? 友人に会いに行くだけでこれだけの苦労を? 魔導列車が直通であればだいぶ楽になっていたでしょうね」
「エリザさん? な、なんの話を? 」
「魔導列車が直通になれば、いつでも気軽にヘラン自治領に来られるようになりますよ。毎年毎年友人に会える夫が羨ましい限りです。旨味は、これだけじゃ不足でしょうか? 」
「不足じゃない! 」
すぐさま俺がエリザの提案に応えた。
クロッシから思わず笑いが漏れる。
「全く、師匠が師匠なら、その奥さんも奥さんです」
たまらず続けざまに笑い出すクロッシ。
「ではこうしましょう。私、アッミラーレ女王とヴァイン親衛隊長は毎年ヘラン自治領を訪問する必要があること契約条件に加えましょう。アッミラーレ王国側としての条件は以上です」
「話はまとまったな。アッミラーレ女王陛下、魔導列車建設計画をヘラン自治領主、クルリ・ヘランの名のもとに約束する」
俺とクロッシは固い握手を交わした。
エリザのおかげで話はまとまるし、毎年クロッシとヴァインが来てくれることになるし、全く、流石エリザ!! 略してサスエリ!!
奥さんに感謝の念を送っていると、違う念が飛んできた。
どうやらこれは竜波だ。
『まずいよ、まずいよ! 止まらないよー! この人が変な飛び方を仕込んでくるからー!! 』
プーベエの叫び声が竜波に乗って俺の頭に飛んでくる。一体どんな状況なんだ。
竜波でプーベエに状況を聞くが、帰ってくるのは叫び声ばかり。
そして、突如屋敷の窓を割ってドラゴンと大男が飛び込んできた。
「ぶはっ!! 」
『ぐええええーー』
ガラスが刺さって血まみれのヴァインとへとへとになって倒れ込むプーベエ。何が何だか、あまりにもカオスな光景に俺はただ笑うしかなかった。
クロッシはかなり慌ており、ヴァインのあまたを殴りつけていた。
「このっ! 師匠のお屋敷になんてことを! 」
「大丈夫だ。明日俺が責任を持って修理する」
「そういう問題じゃない! 全く、国の命運を左右するほどの話をしていたところだぞ! 」
「大丈夫だ。決裂したのなら、俺がもう一度頼んでみる」
「あー! お前というやつは! 」
クロッシの普段からの苦労が手に取るようにわかる瞬間だった。二人はこんな感じでもうまくやっているのだろう。なんだかすごく微笑ましてく、笑えた。
二人はこの三日後にヘラン自治領を旅立った。
屋敷は確かにヴァインが修理をしてくれた。意外といい腕をしており、意外な才能を見せた。
今度来るのはいつになるだろうか。二人の来訪が楽しみである。