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8章 14話

大名行列とはこういったのをいうのだろう。

そう思わせるほどの長い行列を作って、アーク王子を先頭に王都から自治領主就任式のために人員が大量によこされた。祝いの品だと思われる荷馬車が次から次へと屋敷に運び込まれていく。地下の金庫は既に満杯に埋まっていることもあり、屋敷内にはあまりものを運び入れたくなかった。それでも祝の品を断るわけにもいかず、空いた部屋からどんどんと物を詰めていくことになった。

アーク王子は満足気な顔で作業を見守っていた。あいさつもまだしていないので、俺は側に駆け寄った。

「アーク王子、この旅は遠路はるばるとようこそおいで下さいました」

「何を畏まったふりをしている。どうせ祝の品の値段が気になって仕方がないのだろう」

「それは昔の話です。今のヘランの館には溢れかえるほどの金銀財宝があります。そんじょそこらの品ではもう喜こべない体になってしまったのですよ」

「てっきり泣いて喜ぶとおもっていたのに……ところで、ヘラン領って今そんなに財力があるのか? 」

「ええ、それはそれは。もう笑ってしまうほど」

「祝いの品、少し持って帰っていいか? 」

「ダメですね。起き場所に困っていたところでしたが、そういわれると返したくなくなります」

「天邪鬼め」

「お金に困ったときは貸しますよ。アーク王子と私の関係ですからね」

「利子が気になるところだな。まったく、お前は随分と高みまで上り詰めたものだ。少しばかりお前が羨ましいよ」

おっ? 王子がこんなことをいうなんて。俺からしたら王子の立場こそ羨ましいのだが。

「王子が私を羨ましいと? 顔がかっこいいからですか? 鼻とかあきらかに私の方がチャーミングだったりしますしね」

「そうじゃない。お前のその上り詰め方、自分の力で道を切り開くところとかな。ちょっとだけだが、そんな生き方も楽しそうだと思っただけだ。ちなみに鼻は俺の方が魅力的だ」

「そうでしたか。他人から魅力的に見えても辛いことも多いのです。やはり王族であるアーク王子の方が羨ましいですよ。口は流石に私の方がチャーミングです」

「まったく、そういうものだよな。どうしても隣の芝が青く見えてしまう。馬鹿を言え、口も俺のほうが魅力的に決まっている」

勝負するか!? ええっ!?

アーク王子も受けて立つ気満々でいた。よし、ハッキリさせる機会をそのうち作って置こうじゃないか。審判は公平を期して、猫先生で!

……どっちも平凡だニャ、とか言われてしまいそうだ。


「クルリよ、自治領主就任おめでとう」

「えっ? このタイミングで言うんですか? 」

「今くらいしか自分の言葉で伝えられそうにないからな。もう言わないし、さっきの言葉ちゃんと味わっておくんだな」

「ちゃんと味わいたかったのに、あっという間に過ぎ去って後味がわからないですよ。もう一度言ってくれませんか? ちゃんと様をつけて」

「馬鹿を言え。王族は二度同じことは言わないんだよ。よく覚えておけ」

「覚えておきます。同じことを言った場合には揚げ足を取らせていただきます」

「いやな奴め」

「アーク王子にだけです」

「余計問題だ」

「アーク王子だけが特別です」

「これだけ特別感のない特別もなかなか聞かない」

アーク王子をいつもの調子でいじり終えた頃、作業も順調にはかどりだした。

俺たちは場所を移して、ヘラン領一の宿に場所を借りることとなった。

王族や領主を迎えることとなり、宿は一層の名誉を授かることになるだろう。

後に『独立の席』と名付けられる宴会がこの場で行われた。

宴会の席の準備が済まされた豪華な部屋に俺たちは一人ずつ入っていった。

一番奥に俺とアーク王子が。他に招待されたのはラーサー、エリザ、アイリス、トトにモラン爺、ペタルさん、エヤン・ドーヴィルや猫先生、当然レイルやロツォンさんもこの会場に呼ばれた。ヘラン領の重要人物、それと俺の人生にとっても重要な人たちがここには集まった。


「みんな忙しい中よく集まってくれた。アーク王子も来ていただいて、ようやく新しい一歩を踏み出せそうだ。就任式はまた後日になるが、今日は前祝いの席だと思って欲しい。好きに飲んで食べて、楽しみ尽くしてくれ」

それぞれに好きな飲み物を持ち、乾杯した。

弾ける飲み物と、全員の笑い声。

これだけの祝い事だ、今日は本当に羽目を外してくれて構わない。

ほら、猫先生が寝転がって酒瓶から直接酒を飲んでいるだらしない姿……いいんです! 今日は!

ほら、アーク王子がアイリスにお酌して貰おうとすり寄る情けない姿……いいんです! 今日は!

ほら、ラーサーが大人びた飲み物に挑戦して吐き出している可愛い姿……いいんです! 今日は!

ほら、飲んで食べて歌って!! 今日は全部アーク王子の奢りだから!!

ふははははっ、後で知って少しばかり驚くアーク王子の顔が楽しみだ。それを思うだけで飯が進んでいく。

宴会も始まって結構な時間が経つ頃、次々と飲み過ぎてダウンする者や、都合で抜け出す者もいて、気が付けばエリザと二人向き合う形で飲み交わしていた。

「ここの料理は美味しいわね。ヘラン領にいたというのに来たことがなかったわ」

気まずさが出ないように、エリザが口早く言葉を並べてくれた。

「あまり贅沢な生活をしていなかったからな。お金もかなりたまっていることだし、これからはどんどんと使っていくスタイルに変えていこうか」

「いいや、今までのままでいいわ。もっと投機的なことにお金を使っていきましょう」

それもそうだ。今までの生活がかなり幸せだったし、変えていくこともない。

「エリザ、エリーだった頃の様にまた一緒に暮らしていけるかな? 」

「うーん、行けるんじゃないかしら。二人とも記憶が戻ったことだし」

「中途半端に戻ったときは、喧嘩してしまったな。悪かったよ、文句を言って」

「こちらこそ。言いたい放題言って出ていってしまって申し訳なかったわ」

エリザと今一度喧嘩をしてしまい、気まずい感じになってしまったが、これで仲直りできたかな? 

飲み物をついでもらい、俺もエリザについだ。二人で飲み交わす。何気ない会話もたのしんで、夜は更けていった。

「エリザ、あのさ。前々から言いたかったことがあるんだけど。いいかな? 」

「なに? 」

「結婚しないか? 」

「……いいけど? 」

「おっ、ならそうしようか。ねえ、明日の晩御飯だけどさ、芋スープ出して欲しい」

「いいわ。プーベエもちょうどねだって来たところだったし」

「あいつめ。いつも食べ過ぎているくせに、そんな要求まで」

「いいのよ。プーベエはそういうところが可愛んだもの」

「可愛いか? あいつ」

「可愛いわよ。そんなことを言っているからプーベエは私に一番懐いているのよ」

「別にいいよ。なんならあげるよ」

「ひどい。プーベエに言っておくから。絶対に怒るわ。出ていっちゃうかも。謝るなら今のうちよ」

「……はい、すみません。言い過ぎました。プーベエを大事にするので許してください」

「いいわ。許す。じゃあ、皆ダウンしている様子だし、そろそろ私たちも家に帰るとする? 」

「そうしよう。帰ろうか、俺たちの家へ」

エリザとこのまま二人で仲良く屋敷へと帰った。飲み過ぎて倒れている連中は知らん。放っておくに限る。

屋敷までの道のりは遠かったけど、エリザと話しながら帰ると、あっという間に着いてしまった。


先日ダメダメになるまで食べて飲んで騒いだ面々も、今日は一様に凛々しい恰好をして、引き締まった顔をしていた。

そう、今日はいよいよ自治領主就任式が行われる日だった。

式のためヘラン国立公園には大勢の領民が集い、礼服に身を包んだ多くの貴族も駆け付けてくれていた。すべては俺の就任を祝うためだ。

嬉しさと気恥ずかしさと、誇らしさで胸が一杯だ。

壇上には自治領主のための椅子が要されていた。銀色を基調にデザインされたいすで、さぞや座り心地が良さそうだ。

王族が金色を使うのに対して、自治領主は銀色を用いる。これは古くからの慣習らしい。

自治領主の誕生など数百年ぶりのことなので、慣習なんてどうでもいい気がしなくはないが、王族と同じ金色を使うのも確かに気が引けるところではある。

自治領主の椅子に座った俺は、目の前に立ち、演説を繰り広げるアーク王子の背中を眺めていた。

なにやらアーク王子らしくもない、俺を褒め称えた言葉が次々にあふれ出してくる。その度に広場は歓声に包まれて、異様な盛り上がりを見せた。

すなわち俺の人気というのは絶大らしい。歓声が合わさったときなんかは、壇上がガタガタと震えたりする。その震えは体にまで響いてきて、なんだか自分がひどく偉くなった気分になってしまう。

アーク王子の演説が間もなく終えられようとしていた。

「私から言うことはこれで全てだ。次はクルリ・ヘラン自治領主殿の言葉を聞きたいと思う」

いよいよ俺の番か。正直これといって話すことはないんだが、それじゃあつまらないよな。

演説のバトンが俺に渡されて、椅子から立ち上がったとき、再びものすごい歓声が辺り一帯を支配した。

手をあげてそれに応えた。

歓声が静まるのを待ち、俺は今の気持ちを述べた。

「ヘラン領が自治領になるのは非常に喜ばしい。その主として私が皆の力になれれば幸いである」

話すたびに歓声があがるので、またしばらく間を開けた。

「自治領になるといっても、我々はクダン国民に変わりはない。国王様を敬い、ここにいらしたアーク王子を支えていくこともこれまでと何一つ変わらない。今まで通り勤労に励み、ヘラン領と共に健やかに過ごすだけのことだ。ただ、大きく変わるものもある」

大きく変わるもの……それは。

「誇りである。ヘラン自治領民だという誇りを強く持ってほしい。クダン国の手本になるべく、文化の発信地になるべく、常にその意識を持って過ごして欲しい。このヘラン自治領もいつの日かは滅びる。しかし、この地を思う人が多ければ多いほど、その日はとおくなることだろう。伝えたいのはそれだけだ」

手を振り、歓声に応えて演説を終えた。


いよいよ、帝冠の時が来た。

アーク王子が銀の冠を持ち、壇上に立つ。俺はその傍まで近づいていき、アーク王子の顔をまっすぐに見た。

少し頷き合い、俺は膝を曲げてその場にかがんだ。

アーク王子が歩み寄ってくる。

そして、頭の上に銀の王冠が乗せられた。今ここに、正式に自治領主が誕生した瞬間であった。広場にヘラン自治領の旗が同時にあがった。

永遠の繁栄は約束できないが、俺が立っている間は支えて続けようと思う。このヘラン領を。

領民の間を割って、パレードが行われた。

馬が六頭がかりで引っ張る巨大な馬車に乗って、手を振るだけの簡単なお仕事である。同乗したのは妻になるエリザ・ヘランと、次期国王様であるアーク王子。それにその妻となるであろう人、アイリス・パララ。後にアイリス・クダンと名乗る人だ。

できるだけ多くの方に顔見せできるように馬車はゆっくりと進んだ。

途中、大量に香りの良い花びらがまかれて車中を満たしたのだが、どうやらそれはギャップ商会によるものだった。なかなか粋な祝い方をしてくれるものだ。

歓声が大きく、車中ではろくな会話もできなかったのだが、アーク王子が何かを思い出したみたいで、耳元に口を寄せてきた。

「そうだ、忘れていたことがある。父上からお前に銀時計を渡したと聞いている。あれ一つで軍隊を動かせてしまうから、自治領主となるお前には返して貰いたいそうだ。この後受け取りたい」

……あの銀時計、ヘラン領の大干ばつ騒ぎのときに亡くしたんだよね。どうしよう、大事に持っておくように言われたのに。

よし、聞こえなかった振りをしよう。俺はより一層笑顔を輝かせて領民に手を振った。

しつこく話しかけてくるアーク王子を押しのけて、隣にエリザを引き寄せた。

ギュッと接近して、もう誰も近づけないほどに抱き寄せる。せっかくだし、こちらの報告も領民たちにはしなくてはな。

エリザは気恥ずかしそうにしているが、抱き寄せた手の力を抜くことはない。アーク王子が再び何か言いだすこともあるのでしばらくはこのままだ。それに、凄く良い顔で恥ずかしがっている妻を、放したがる夫などいないだろう。


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