8章 10話
木の上で待機すること数時間。予想通り見張りの交代がやって来た。こちらから動くのはリスクがありすぎるため、俺は見張りの襲撃後、その姿に変身して見張り場所で待機していた。相手は俺のことを何も怪しんでいない。今から5時間眠っていいらしい。ということは、5時間も俺は自由に奴らの中を動き回れるということだ。
「じゃあ、あとは頼んだぜ」
「ああ、これが終われば俺たちは大金持ちだ」
そうなればいいな……。そうでなければ、お前たちは全員大根生物の国に行くこととなる。
あそこの国では日夜過酷な労働が待ち受け、大根生物たちとの壮絶な身分格差もあり、幸せなど到底味わうこともできやしない。毎日食べられるものと言えば大根生物の死骸ばかり。味はさっぱりしており、ピタミンも豊富だが、根本的な栄養に事欠くだろう。つまり、待つのは死のみ! ※個人の想像と感想です。
仲間からの許可を貰った俺は、堂々とした態度で丘に潜む犯人グループのもとへ戻っていった。アイリスと主犯の交渉はまだ続いている。主犯の顔は少し遠くて良く見えない。今はやつの正体よりも、エリザの安否確認が先だ。武器を所持した男が数人固まっている場所があった。どうやらそこに人質が集められているのだろう。
俺はそこに近づいていく。仲間と思われる男が俺の接近を怪しんだ。
「なんだ? お前は休憩だろう」
うむ、仕事に真面目な奴らだ。誘拐犯にしておくには惜しい。
「暴れたやつってのはどいつだ? 」
「ああ? お前も見ただろうが。あの女だ」
犯人が指したのは、両手両足、更には口元も覆われた女性、まさにエリザその人だった。やはりあなただったのね。エリザは疲労し、かなり頭に来ている様子だったけれど、特に怪我などは見当たらなかった。無事で良かった。
人質の見張りは全員で五人。やれないことはないな。見張りに出ているのは、おおよそ十人といったところだろうか。あとは就寝中とみていいだろう。
「いつまで交渉なんてしているんだ? 俺はもう疲れたぞ」
わざとらしさが出ないように、俺は苛立っていることを仲間に伝えた。
「ボスに任せておけ。お前は休んでいろ。起きたら今度は俺と交代なんだからな」
「いい加減イライラするぜ。こっちは金だけ欲しいってのに。なんでこうも手間取るんだよ! 」
「落ち着け。疲れているんだ。いいから休め」
人質たちを一度睨み付け、今度は仲間の男たちをも睨みつける。
「ああっ!! イライラするぜ! 」
頭を掻きむしり、地面を強く蹴り、近くにあった木も殴りつけておいた。
そして、もう面倒くさい、と言葉を残して人質たちの輪に入って眠りについたふりをした。
「おいっ……」
一度俺を注意しようとした仲間たちだったが、やはりあからさまに苛立っている仲間をこれ以上刺激したくなかったのか、無視することしたようだ。寝て疲れが取れればどこでもいいという彼らなりの判断だろう。
よしよし、作戦成功といったところか?
人質たちは全員両手を縛られて無力化されている。俺が輪に飛びこんだ後は、いらぬやけどをしないようにと全員が距離を少し開けた。
これも都合が良かった。バレない程度に寝がえりを打つ振りをして、俺は徐々にエリザの近くに転がっていく。
端っこで転がっていたエリザまでだいぶ近づけたとき、俺は小声でエリザに届くように言葉を発した。
「振り向くな。クルリ・ヘランだ。助けに来た」
「……ん」
塞がれた口元からわずかな声が漏れた。ごそごそと動きだす。
「動くな。バレるとまずい」
ごそごそとした動きは止まった。
寝たふりをした髭面の誘拐犯と、がっちり縛られた貴族の令嬢がそこに静かに並んだ。
「記憶は戻ったか? 俺はまたいくつか思い出した。相変わらずエリザ・ドーヴィルっていう女は嫌いだが、エリーは別だ。エリーを被害に合わせるわけにはいかない」
「……んぐ」
何かを訴えているようだが、聞いてやるつもりはない。
「これからこの場にいる五人を殲滅しようと思う。エリザには人質を守って欲しい。思いした記憶の中で、戦闘に役立つものはあるか? 」
しばらく考えて、エリザはこくりと頷いた。
なんで令嬢のわたくしが!? とか思っているかもしれないが、助かるために今は協力してくれるのだろう。エリーも凶暴な一面があったからな、エリザにもある程度の戦闘力は期待できそうだ。
「両手両足を縛る縄を斬ってやる。それが開始の合図だ」
またコクリと了承の頷きがあった。
これから自治領主になるというのに。長年の、本当に長年の心の底からの願いが叶うのような感覚が押し寄せてきているというのに、その直前まで来てこんな面倒ごとが起こるとは、これだから人生というやつは。
ラーサーには自治領主としての自覚を持つように諭されてしまった。
しかし、殲滅できそうなのだもの。ならやっちゃうよね。
一度深呼吸をした。魔力を練っていく。
奇襲は一瞬だ。集中、集中。
炎の刃を作り出す。すぐさまエリザの拘束を切り落とした。
立ち上がる俺とエリザ。人質の前に立ち、気の強そうな顔を見せるエリザ。
彼女の仕事はそれで十分だ。
駆けだした俺は、背中を向ける誘拐犯の一番腕がたつであろう男の胸を、後ろから炎の刃で貫く。仰天した残りの四名は、もともとの実力差と、襲撃した側とされた側の優位性の差もあって、誰一人剣が俺に届くことはなく、炎の刃に焼き尽くされた。
人質の拘束を全て解いていった。
見張りを除いて、主犯と思われる男と、あとは休んでいる男たちが五名。始末してもいいと思ったが、やはり人質を連れだすのが先だと判断した。
竜波を使用して、プーベエに指示を飛ばした。プーベエからラーサーのドラゴンへ、ドラゴンからラーサーへと意思が通じれば、すぐに鉄熱隊が動き出す。外の見張りの一〇名はすぐに殲滅されることだろう。
アイリスと主犯との交渉が突如として間が空いた。アイリスにも何かが伝わったのかもしれない。これは鉄熱隊が動いたと思っていいだろう。人質を連れてとにかく暗闇に紛れるように駆けていった。
エリザも必死に走っている。彼女も戦ってくれたことが凄く嬉しかった。てっきり一人逃げ出す可能性も考えていたからだ。やはりエリザ・ドーヴィルのなかには心優しきエリーが確かに存在している!
逃げ隠れた先で、丘付近から聞こえてくる鉄熱隊が暴れる声が響いた。しばらくして、騒ぎは静まった。どうやら殲滅に成功したらしい。空から、そして地上から俺たちを呼ぶ声が聞こえてくる。ふう、どうやら一見落着とみていいらしい。
もう変身も解いていいだろうと思い、髭面の男から、チャーミングな顔に戻ることにした。
俺の変わった顔に驚き、そして現れたクルリ・ヘランに人質たちは驚きを一層大きくしていた。
「田舎の貴族というのは変な魔法を使うのね」
エリザは相変わらずの憎まれ口をたたく。まだエリーは帰って来ていない。もう帰ってこないのかもしない。
「最高の学園で習った魔法だ」
「どうでもいいわ。ドレスが汚れちゃった。やつら、わたくしの手で始末しかったのに」
「助かったんだからいいじゃないか」
「もっと早く助けなさいよ」
……これ以上この話しているとまた喧嘩になりそうな気がした。
人質たちもやたらこっちを見ているし、一旦この話題は終えよう。他に話したいこともある。
「……エリザ、俺はまたあれからいろいろと思い出したぞ。主に魔法についての知識だが……」
「わたくしもよ。主に魔法の知識をね」
主にね……。お互いに他も思い出しているようだ。
なんかこちらから話すのは気恥ずかしいな。それになんだか負けた気がする。
「他には何を思い出したんだよ」
「あなたが言いなさいよ」
絶対に譲る気がないな、この女。
仕方ない、ここは俺が大人になってやろうじゃないか。子供め!
「俺は昔、どうやらエリザ・ドーヴィルに花を贈ったらしい……」
「そうね。どうやらわたくしはクルリ・ヘランという田舎者から花を贈られたらしいわ……」
同じことを思い出していたか。
こんな嫌味な女に俺が花を贈っただと!? ありえない、しかしあり得ている。ありえない! いや、あり得ている! やっぱりありえない!
「ありえないわね。花を贈られたくらいでわたくしが喜んでいただなんて……」
えっ!? 本当にあり得ない! 信じられない! このエリザ・ドーヴィルが花を贈られて喜ぶような純情な心を持っているのか!?
「……なんか、ちょっとだけ可愛いな。それ」
「はあああ!? だれが何ですって!? 」
花を贈られて喜ぶ傲慢な女、エリザ・ドーヴィか……。やばい、なんだか想像以上に可愛いな。それに面白い。見てみたい!
こっちのエリザは照れ隠しの為に怒り爆発状態だが、ははははっ、逃げさせてもらおう。そして安静な場所でまた想像力に花を咲かせるのだ。
人質の周りを駆け回る俺たち。片方は笑いに花を咲かせ、もう片方は怒りに顔を真っ赤にした状態。誘拐犯たちが捕まったこともあり、場は自然と明るい雰囲気となっていた。
その後、捜索中の鉄熱隊の一部が俺たちと遭遇した。場所を知らせてくれて、こちらに迎えに来てくれるらしい。これでようやく本当に解決した形となったわけだ。空にドラゴンも見える。アイリスとラーサーが飛んできているのだろう。人の気配も近づいてきた。こちらはロツォンさん率いる鉄熱隊たちだろう。
ここにきて、本当に安心しきった人質たちが次々に俺のもとにやって来た。
ただ感謝を述べる者。返礼を約束する者。他領の権力者も中にはいて、いずれまた話をしに来ると言い残す者と様々であった。
最後に近づいてきた男は、随分と焦燥しきっていた。一人で魔導列車に乗ったらしく、誘拐中も随分と心細い思いをしたに違いないだろう。何か優しい言葉をかけてやろうとしたのだが、彼は胸元を探り始めた。
「そうだ。良いものがあるんですよ。ちょっと待ってくださいね」
「気を使わなくても結構ですよ。お互い無事で何よりですから」
「そうは言わないで、受け取ってくださいよ」
男は焦った様子をしていて、胸元から取出そうとするもものがつっかえている。若干の気味悪さを感じつつも、じっと待った。
胸元から出てきたのは、岩塩だった。延べ棒にしており、丸裸で持ち歩いているらしい。奇妙すぎて、男と岩塩をなんども凝視してしまった。変わった客もいるもんだ。
そう思っていると、奇妙な男の顔が驚愕におののいた。また何事かと構えていると、突如お腹に熱が走った。
は? なぜ? 見てみると、熱の正体は、腹を貫く鋭いナイフだった。背中側から貫かれている。奇妙な男が驚愕したのはこれだったか。俺を刺した人物を見るため、振り返った。
……先ほど返礼を約束してくれた男性だった。返礼がこんな形とは……。
「なんでこんなことを……」
「ははっはははは、やってやった。やってやったぞ。誘拐犯が人質に混じってないとでも!? 油断したな、スキない男だったが、最後の最後でスキを見せたお前の負けだ! 」
結局刺した明確な理由は語ってもらえなかった。でも、なんだか思い出したぞ。この男の顔には見覚えがある。そうだ、先日呼び出されたクダン国貴族会の代表者の男……。ああ、そいうことか。人質に紛れこんで、これまた上手くやられたものだ。
男は駆け付けた鉄熱隊に抑え込まれていた。それでも笑うことをやめようとはしない。
傷口を止血する俺だが、どうも傷はかなり深い。
薄れゆく意識の中、ドラゴンから飛び降りるアイリスとラーサーが見えた。
そして、隣には目を見開き、立ち尽くすエリザの姿も……。
こんなタイミングだが、またいろいろと思い出してきた。俺がなんで鍛冶職人をめざしたのか。そうだ、俺はもともと没落予定の貴族だったんだ。それが必死に頑張った挙句、自治領主にまで登りつめようとしていたときに、こんなことになろうとは……。没落回避はすぐそこだというのに、また遠のくのか!?
眠りたくないが、もう限界も来ており、結局意識は飛び、暗い眠りにつくこととなった。
没落予定なので、鍛冶職人を目指したわけか……。我ながら地に足の着いた素晴らしい考えだ……。