8章 9話
魔導列車が襲撃されたのはマーツクト家の所有する領地でのことだった。マーツクト邸の近くにあるステーションを経由して、走り始めて間もないところを事前に用意していた爆撃用の魔石をズドンと一発。
犯人グループは二〇名にも及び、それぞれが武器も所有しており、乗客の誘拐時の手際の良さからもかなりの有力グループだと伺いしれた。
マーツクト家の領地で起きた事件のため、マーツクト殿は責任を持って自警団を動員して犯人グループの後を追跡した。そのかいあって、すぐに奴等の足取りはつかめた。ヘラン領で知らせを受けて、急いで動員した鉄熱隊も現場に到着し、ロツォンさんの指揮の元、犯人グループを包囲することに成功した。
襲撃のあった日から、実に二日も要してしまっていた。
犯人グループは人質を囲い込み、丘の頂上に立てこもっていた。とりあえずの要求として、人質の食料と自分たちの食料を欲したので、それは素直に従った。これで人質たちが飢えているということはないだろう。最終的には逃走用の魔導列車と二〇名が一生遊んで暮らしていけるだけの金銭を要求しているのだが、そちらは断固として飲むことができない。ようやく始動した魔導列車に悪い例を作ることになってしまう。
俺はプーベエに乗り、上空から犯人グループと人質の様子を伺うことにした。空に付いてきたのはラーサーで自慢のドラゴンに乗りプーベエと俺の後に続いた。アイリスとロツォンさんは地上にて待機し、鉄熱隊の包囲網と共にいてくれている。
上空から見渡す限り、犯人グループはかなり警戒した様子を見せており、見張りも機能した状態だった。人質たちは木陰に隠されており、詳しい様子がわからない。
要求を呑むつもりはないので、これからどうすべきだろうか。
とりあえず、声を拡張する魔石を使用して、犯人グループと上空から対話を試みる。
「えー、えー、犯人グループの皆さん聞こえますでしょうか。ヘラン領領主のクルリ・ヘランです」
『……聞こえている』
向こうもどうやら声を拡張する魔石を所有していた。
爆撃の魔石といい、随分と物ぞろいがいい。それに一人一人能力が高く、侮れない。一体どこから集めてきたのか、どうも裏がありそうだ。
「えー、犯人グループの皆さま、皆さまは既に包囲されており、逃亡することは非常に困難だと思われます」
『……わかっている』
「理解が早くて助かります。人質を解放しない場合、皆さまを皆殺しにします。人質を解放して投降しても皆殺しにします」
「なんで!? 」
隣を飛んでいたラーサーから激しいツッコミがあった。
なんとなくむかついたので、ここいらでちょっとやり返しておきたかったからです。
『……投降はしない。要求を飲めば人質は解放する』
「では皆殺しにします」
「だからなんで!? 」
隣でラーサーがかなり焦った様子を見せている。
話のわからない奴らだ。さっさと投降して皆殺しになれ。
『そちらがそういう態度に出るのなら、見せしめに一人を殺す。ちょうどうるさい女がいるからな』
あっ、まずい。絶対エリザのことだ。
ふざけて挑発しすぎてしまったな。
「待ちなさい! うるさいならこちらで引き取る。皆殺しは嘘だから勘弁して」
『……人質は一人も渡さない。次冗談を言ったらこちらは容赦しない』
俺は魔石を口元から話して、奴らを罵る言葉を並べたてた。ラーサーが落ち着くように指示してくるが、聞こえない分には構わないだろう。俺たちの魔導列車をこんなことに利用やがって、それにエリザまで巻き込んで、ただで済むと思うな!
プーベエから降りた俺たちは、一度集まって今後の対策を練った。
「上空から見た限り、犯人グループにはまだ余裕がありますね。今突撃した場合、かなりの人質が犠牲になると思われます」
その通りだと思った。皆殺しにしてやりたいが、最短ルートを行ってしまうとラーサーの予想通りの結末になることだろう。
「うーん、かといって要求を飲むわけにもいかないし。良かったら私が交渉に行こうか? 」
アイリスの提案だったが、非常に危険で成果も薄いように思える。いや、アイリスの可愛さを持ってしたら可能かもしれない。
「アイリス、とりあえずそちらで動いてくれないか。人質の一部でも取り戻せたら助かる」
「うん、わかった」
ロツォンさんも協力してくれるため、二人で交渉内容を詰めていくようだ。
頭に血の登った俺よりかはかなりまともな話し合いになるだろう。なんとかしてエリザを取り戻して欲しい。もちろん他の乗客たちも。
俺とラーサーは他の方面からあたることにした。最悪要求も読むという話も出た。もちろんそれは最終的な段階でだが。
「やはり皆殺しにするか!? 」
「あんた落ち着け!! 」
悩んでもやはり一方的な要求に対しての根本的解決策は出てこなかった。時間ばかりが進んでいく。
アイリスたちの交渉は条件がまとまったらしく、こちらに確認しにきた。
基本通り、要求額の減額と、人質の部分的解放である。
許可をだし、交渉は人当たりの良いアイリスに任せることとなった。
交渉はアイリスがドラゴンに乗って上空から告げた。
その様子を見ていたのだが、突如頭痛に見舞われた。この頭痛は味わったことがある。どっと記憶が押し寄せてくる前兆なのだ。このあとまた整理されていない情報が頭を満たすだろう。一旦横にならせてもらい、しばし休憩を貰った。
エリザも今同じく頭を痛めているのだろうか? そして記憶がどっと押し寄せてきているのかもしれない。
目をつむっていたのだが、ほんのわずかだけ眠りについていた。空ではまだアイリスが柔らかい声で犯人グループと交渉を行なっていた。
「また結構バラバラな記憶が戻った」
側にいたラーサーに今の俺の状態を伝えた。そして、もっと大事な情報がある。
「今の状況にピッタリな魔法を思い出したよ」
「なんです? 」
「猫先生に習った魔法で、変身魔法というのがある。ちょいとコツがいるけど、一度習得するとあとは簡単だ。こんな便利な魔法を思い出せて良かった」
変なものを覚えて……、みたいな顔しないで。
ちゃんと役に立てて見せるから。
「奴等の中に潜入したい。夜になったとき、一人をさらってそいつと入れ替わる」
「うん、良さそうですが、中で何を? 」
「エリザの状況を確認しておきたい。それに殲滅できそうならやるし、何か貴重な情報があるかもしれない」
「くれぐれも無理のないように。あなたはヘラン自治領の領主となる方ですよ」
「肝に銘じた」
あまり広く通達すると情報が漏れることもあるため、作戦はラーサーとロツォンさんにしか伝えなかった。アイリスは上空から説得を続けて、注意をひいてくれていることもあり、あえて何も知らせなかった。
日が沈んだ頃、アイリスが数回目の交渉のため空に飛んだときを実行のタイミングに選んだ。
闇に紛れて誘拐犯のグループに近づいていく。こういうのが得意そうなピチピチダイヤモンドの連中も連れてきたが、今の段階ではあくまで交戦目的ではなく、入れ替わりである。
木の上を飛び移りながら、俺は犯人グループが立てこもる丘へと接近していった。拡張された声でアイリスと犯人グループの主犯が話しているのが聞こえる。
そっとそっと一本ずつ木に飛び移り、距離を詰めていく。
潜伏場所がつかめているため、見張りの位置もある程度予測がついた。一本高い木があり、そこからわずかに気配と姿を見せて見張りに集中する男がいた。
こちらには気が付いていない。そっと木から飛び降り、俺は地面に伏せた。
場所がわかりさえすればこちらのものだ。あいにくと、こういった遠距離から相手を仕留めるのは得意だ。思い出したいくつかの魔法で見張りを無力化させるシミュレーションをしていく。うん、どれでも行けそうだな。
その中でも最適だと思われたものを一つチョイスした。
魔力を地面に流し込む。それも大量に。
魔力を吸い込ませたのは、見張りが隠れている気である。
大きい木のため吸い込む魔力の量は尋常じゃない。しかし、どうやら俺の魔力量も尋常ではないらしく、しばらくすると魔法の発動条件を満たすだけの魔力を供給することに成功した。
認めたくはないが、もはや俺の得意魔法といっても過言ではない“ヤツ”を生み出すときがやっていた。魔法生物の精製である。普段はそこら辺に生えている雑草くらいにしか使わないが、今日は過去最大級の“ヤツ”が誕生するであろう。
魔力を吸い込んだ大木は、ぱらぱらと木の葉を落とした後、一瞬脈打った様にかすかな揺れをした。見張りは何事かと驚いていたが、見回しても異変は見当たらず、しばらくして元通りの様子に戻った。
しかし、それは間違いだ。変化は確かに起きている。“ヤツ”が目覚めてしまった。木
の上からでは見えないだろう。“ヤツ”は既にお前の足元にいるんだからな。
いつもは雑草たちに命が芽生えて、大根の姿をした魔法生物が地中から誕生する。しかし、今回は大木に魔力を流し込んだせいか、少しだけいつもと違う変化が起きた。
なんと、木の幹から大根生物たち特有の濃い顔が現れたのだ。ぎょっとしたのは俺で、思わず声が出てきそうになった。
何かを訴えてこようとする大木大根に、俺は口を閉じるように指示した。
ここで会話をするのは非常にまずい。潜入したことが台無しになりかねない。
プーベエとの対話に用いる竜波を応用して、俺は大木大根に魔力を使って交信を試みた。
『聞こえるか? 聞こえたら同じように返事をしてくれ』
『ウィ、ウィッ! 』
見た目やサイズが多少変わろうが、ヤツ等のコミュニケーション方法に変化はないようだ。既にヤツ等のコミュニケーションを理解している俺にとっては、ウィ言語もややこしいものではなくなっている。
『お前の頭に乗っている人物を密かに始末したいのだが、いい案はないか? 』
『ウィウィウィウィウィッウィ』
『ふむふむ。ごめん、もうちょいゆっくり頼む』
ウィ言語をマスターしたと思っていたのだが、やはり方言なども混じってくると聞き訳が厳しくなってくる。まだまだ勉強の余地があるな、ウィ言語。
『ウィッ、ウィウィ、ウィーウィ』
なるほど、大木はもはや自分の体の一部であり、自在に操作できると。
『ならば、お前一人でやつを拘束できそうか? 』
『ウィウィ、ウィーウィッウィウィ』
楽勝だ。今すぐ結婚できる……。
『おい、なにふざけているんだ! 結婚とかなんでそんな話が出る! 』
『ウィウィイウィウィウィウィウィウィッウィウィウィウィ! 』
決行って言ったんだ、結婚じゃない。これ以上機嫌を損ねるなら帰るだと!?
ぐぬぬぬ、相変わらず大根の分際で生意気だ。そもそもお前の発音が悪いんだ。いつもの小さい奴らとのコミュニケーションはこれでいけるんだから。
小さいやつらは束で強気になってうるさくてむかつくが、一本に絞ったところでやはり大根生物たちとは仲良くなることが不可能だ。
『わかったよ。じゃあ、やってくれ』
『ウィウィイウィウィウィウィ』
なに? もっと丁寧に言えだと!? どこまでも生意気だ。主は俺であって、お前は使い魔だということを理解していないのか!
『……お願い致します。実行してくださいませ』
『ウィウィっウィ! 』
できるなら初めからやれと言われてしまった……。こいつの運命は決まったな。無事にふるさとに帰れると思うな。
大木大根は作戦を実行に移した。木の幹から急に枝が生えたかと思えば、枝がすぐさま木の上に潜む見張りを襲撃した。一瞬あっと声が上がったものの、アイリスと主犯の拡張された声によってかき消された。
『ウィウィウィッ』
成功を知らせる交信があった。辺りに気を付けて、大木大根の頭上まで登る。
『ウィウィウィウィウィウィウィイウィウィウィウィウィ』
……うるさいぞ。もう帰れ。翻訳する気にもなれない。お前はもう用済みなんだよ!
頭上では木の枝にグルグル巻きにされて失神した見張りがいた。口元も覆われていたので、それをはがした。
ほうほう、こんな顔をしていたか。では、そのお顔をしばらく頂戴しようではないか。
変身魔法をしようした。俺のチャーミングな顔が、髭面の醜い顔に変わっていくではないか。なんという非情な魔法か……。この罪は重たいぞ! 誘拐犯共!
襲撃した見張りは、大根生物の国に連れて帰ってもらった。大木大根が生意気を言っていたのでふるさとに帰さず、始末してやっても良かったのだが、ウィ言語で襲撃した見張りの男の今後を聞いてきたから、何かあるのかと聞き返した。どうやら使い道があるらしく、その身が欲しいらしい。確かに処分に困っていたし、損もないのでくれてやることにした。
『ウィウィウィウィ』
今回の報酬はこれで許してくれるらしい。
報酬だと!? 今回はだと!? 貴様らには人権などなく、当然に報酬もない。これが最初で最後の報酬だと肝に銘じておくべきだ! と言ってやりたかったが、やつらはあれで決行根に持つので、心の中だけの暴言に留めておいた。
大木大根の顔だけが地中に流れるように消えていき、気絶している見張りを地面に投げこむと、綺麗に吸い込まれていった。大根生物たちのふるさとは地中にあるらしい。知りたくなかった情報だ。
さてさて、役には立つがうるさい使い魔が消えてくれた。これからが仕事の本番だ。