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8章 8話

「えええええええええっ!! 」

屋敷中に響き渡る声でアイリスが叫んだ。息を全部吐き出したアイリスは、再度息を大きく吸い込んだ。

「えええええええええっ!! 」

なんで二度叫んだ。

「アイリス、どうしたんだ。珍しくテンション高めだぞ」

「なんだかロマンティックで、つい」

「ロマンティック!? そういうのとは真逆だ。もはや悲劇、寸分の他要素も混じらない純然たる悲劇!! 」

「それを乗り越えた先に……」

「奴との先には何もない! エリザ・ドーヴィルには帰ってもらい、平和がこのヘラン領に戻るだけだ」

「自治領主就任式の件で来たというのに、なんだか面倒くさいことになっていますね」

テンションの上がっているアイリスとは違い、ラーサーは事態の面倒さに気を揉んでいた。

「兄が正式に国王の遣いとしてやってくる前にやることは山ほどあるんですよ!? それでアイリスさんと共に手伝いに来たというのに、面倒ごとを……。とっとと仲直りしてきてください! 」

「仲直りだと!? エリーはもういないんだぞ……。エリーはエリザ・ドーヴィルに殺されてしまったんだ」

「何を哲学的なことを言っているんです。エリーさんでもエリザさんでもいいので、早く迎えに行って下さいよ」

「ラーサーは黙ってて!! 」

屋敷に響き渡る声で、アイリスがラーサーを制した。

「これは二人の問題よ! 」

何この人!? こんなに熱い人だった? 

「私はね、前々から二人にはこんな試練が必要だと思っていたのよ。だって学園では気が付いたらあれよあれよと二人が仲良くなっちゃってさ? もう他人が入り込む余地がなかったし、いいのよこれで。記憶がなくなって、行方をくらませているときも二人で楽しくやってたし。心配したのに何よって感じ。もっと苦労してもいいくらいよ」

言いたいこと言ってスッキリした様子のアイリスだった。

それにしても聞き捨てならない。学園で俺とエリザ・ドーヴィルがあれよあれよという間に仲良くなっただと!?

否!! そんなことはあり得ない。もはやエリーとエリザ・ドーヴィルは別人格だと俺は信じている。


「さあ、クルリ。エリザさんを追いかけるのよ! 」

「断固拒否する! エリーはもういないんだ」

「頑固ね! クルリはもっと器の大きい男のはずよ! 」

「それでもエリザ・ドーヴィルという怪物は収まりきらず! テーブルをも潰してしまうほどの逸材だ」

「テーブルが潰れても皿が耐えれば料理は綺麗なままよ! 」

「そもそも料理は皿に収まりきってはいない! すでにテーブルや床に垂れ放題な状態だ」

「それを気にせず食べてるのが男ってものでしょ! 」

「なんの話ですか! 」

ヒートアップしてきた俺とアイリスをラーサーが抑えてくれた。

このまま話を続けるとまた熱くなりそうなのを察してか、ラーサーは少し話題をずらしてくれた。

「そういえば、私とアイリスさんの記憶も戻りつつあるんですか? 」

……戻りつつあります。けど、あまり言いたくない。

「なんかまずいって顔してますけど、なんですか? 変な記憶が戻りましたか? 」

「うっ……」

バレている。

「話してみてくださいよ。正しい記憶じゃないかもしれないですよ」

そうだよな。それもそうだ。

「俺は、ラーサーと初めてあったとき、殺そうとしていたのかもしれない」

「なんで!? 」

「懐に剣を忍ばせていた。あれは殺そうとしていたんじゃないかと」

「ああ、あれですか。あれはプレゼントでくれたじゃないですか。今も大事にしていますよ」

「あっ、本当に!? プレゼントだったか。なるほど、あっははははは、てっきり俺は王族暗殺を企てていたのかと」

「他には何かないんですか? 」

「なんかめっちゃアイリスを恐れていた気がする」

「なにそれ!? 私こそ怖かったんだけど!? 貴族様で気安く声をかけてくるのクルリくらいだったし、恐れ多かったよ!? 」

「なんだろう、この記憶は……」

「他には? なにかありますか? 」

「うーん、アーク王子をすごく舐め腐ってた気がする」

「ああ、それは今もですね」

「そうか。納得」

記憶の整合性が取れると共に、なんだか楽しいな。昔の話というのは。

こんな感じの話はすぐに時間が経ち、ロツォンさんが輪の中に入ってくるまでノンストップだったのである。

「魔導列車の出発時間です」

ロツォンさんが耳打ちをして来た。

そうか、王都に向かう魔導列車の時間が。その一等席にはエリザ・ドーヴィルが座っているはずだ。

「あああああ!! 話に夢中で、エリザさんのことどうするの!? 」

アイリスが詰め寄って来た。

「もちろん行かせる。本人が望んでいるんだ」

「ダメよ! 絶対にダメ! 何が何でもダメ! 私魔導列車を止めてくるわ」

「落ち着いて下さい! アイリスさん! 」

駆けだそうとするアイリスとを必死に抑えるラーサー。ひと悶着あって、時間がとうとう来た。魔導列車はたった今出発した。エリザ・ドーヴィルを連れて。


「ああ……、行っちゃったの? 」

人一倍落ち込むアイリス。ラーサーがすみませんとなぜか謝っていた。

俺たちの問題なのに、二人にはいらぬ心労をかけてしまった。申し訳ない。

しばらく沈黙が続いた。何を話すべきかわからないし、気分も沈んでいた。


「そういえば」

沈黙を破ったのはラーサーだった。

「ドーヴィル家って今は王都に住んでいませんよね」

「あっ……」

アイリスもそうだったと言わんばかりの顔をして、ラーサーと視線を合わせた。

「アニキはまだ思い出せてないかもしれないですけど、エリザさんの父エヤン・ドーヴィルはダータネル家に加担していたこともあり、今は行方をくらませています。母のツクシ様は祖国に帰っており、エリザさんが見つかったことを知らせる手紙を送ったところ、祖国から船でこちらに来ていると伺っております。家族がバラバラになり、エリザさんが実家だと思っている屋敷には、ドーヴィル家は住んでいません」

本当に? 

エリザ・ドーヴィルといえば王都でも有名な宰相家が住む屋敷に住んでいるんじゃないか? それが今はも実家ではないと? それを知ったら、エリザ・ドーヴィルはさぞ傷つきそうな気がした。……俺には関係ないことだが。

「どうしましょう? アニキ……」

「どうしましょうって、勝手に行ってしまったし。とりあえず、王都で屋根のあるところに泊まれるように何か手配しよう。その後は、彼女の勝手だ」

「ツクシ様と再会できるように私も手配しておきます。しかし、それだとエリザさんはツクシ様の祖国に戻られるのでは? 船旅で数か月もかかるような遠くの国ですよ? もう会えなくなるかもしれないです」

「そうなったら、そうなっただ。俺には自治領主としての新しい仕事もある。そちらに集中すれば、また変わらぬ平和な日常が戻るだろう」

「エリーがいなくなるなんて、私嫌だなぁ。プーベエだってなついていたし」

エリーがいてくれれば、俺だって文句はない。でも、もうエリーはエリザ・ドーヴィルの強烈な個性によって埋もれてしまったし、彼女はこの国最速の魔導列車で移動中なのだ。もう誰にも追いつけはしない。既に手遅れだ。

プーベエは悲しむだろうけど、新しい世話係に良い人を雇ってやろう。

悲しみは時期、消えるだろう。


「さあ! 気を取り直してギャップ商会に行こう! トトと新し薬草の開発をする予定なんだ。二人はギャップ商会に行ったことがないだろう? 是非見たほうがいい。なかなかいい体験ができる」

二人は断らなかったので、三人でギャップ商会に向かった。

馬車の中で、空気が湿らないように俺がひたすらしゃべった。

二人は笑ってくれていたが、なんだか気まずい雰囲気はぬぐえなかった。


ギャップ商会はヘラン領に生産の拠点を設けたことを最初の転機とし、その後本社もこちらに移すという大胆な変革を遂げた。ヘラン領にはまだまだ土地が余っているというのが事実なのだが、ギャップ商会の大きな建物の周りには市場ができており、ギャップ商会で働く従業員の家もこの辺りに集まっており、一つの街と化していた。ヘラン領にはいくつか大きな街があるのだが、ギャップ商会を中心としたこの街の成長速度はいずれ全ての街を超えて、ヘラン領一の街になる可能性も大きくある。

俺たち三人を出迎えてくれたのは、トトの右腕ともいえるトリスターナという男。最大限の礼を尽くしてくれて、俺たちをトトの元まで案内してくれた。

トトは相も変わらず、薬草と向き合っていた。

俺たちが到着しても、気づかず仕事をせっせと来なしていた。

「あっ、来たんだね! それにラーサー王子とアイリスまで」

三人は久々の再開を喜び、ほどほどのところで仕事の話に入った。

「これまでもヘラン領と手を組んで共同開発した薬草はある。しかし、今回のは大きな仕事になりそうだよ。なんたって、魔導列車がらみの仕事だ」

「それは大きな仕事になりそうだ」

「魔導列車がこの国を横断して、もうしばらくたつね。そこで最近判明したのだけど、魔導列車の乗客にわずかばかりの健康被害が生じている。どうも乗っている間に眩暈や、吐き気を訴える乗客が多い。長く乗れば乗るほど、こういった被害は増えていると言っていい」

「乗り物酔いの類かな? 」

「乗り物酔い? 」

今、はっと思いだした。どこからの知識かは知らないが、俺は確かに昔その知識を持っていて、たった今思い出したところだった。

「魔導列車の揺れに対応しきれず、平衡感覚を失うと起こったりする症状だ」

「詳しいね。どうも船乗りなんかに起きるもの似た者らしく、これはある程度対応策がわかりつつある」

「ほう、それは話が早い」

「魔導列車内では基本、動き回ることもできないからね。あらゆる対策があげられるけど、取りづらいものばかりだ。そこで正常な状態に戻るための薬草を開発しようとなった。実は既に船乗りなんかには試してもらっている。魔導列車にもうちの従業員を乗せて試させて貰った」

「おっ、仕事も早いな」

「その結果、ひと噛みすると唾液が多量に分泌され、栄養も補給できる薬草が一番効果的であることが分かった。その薬草は、以前から取り組んでいる温泉付近で栽培している薬草だ。温泉水に流れ込む栄養を一部拝借したものだ。これが抜群に乗り物酔いに聞くことが分かっている」

「そこまで分かっているなら、あとは簡単だな。すぐに相応しい土地を手配しよう」

「ああ、助かるよ。利益の話は内のトリスターナとそちらのロツォンさんで詰めていいかな? 毎度の通り」

「それがいい」

無事話がまとまり、トトと握手を交わす。

こうして商談はまとまったのだ。

残った時間は、アイリスとラーサーを連れて、ギャップ商会の生産場を回ることにした。

辺り一面真っ赤な薬草がひしめくフロアがあったり、大量の種子をまき散らす薬草の畑があったり、俺も隅々まで見たことがなかったため、素直に関心させられた光景だった。

昼までご馳走になり、俺たち三人は満足した表情で屋敷に戻ることができた。


「さあ、遊ぶのは今日までですよ。私もアイリスさんも自治領主就任式の準備で来たんですからね! 」

「そうそう。一旦全て忘れて仕事をしようか! 」

二人は無理にでも暗い雰囲気を作らないように振る舞ってくれた。

それもそうだ、暗くなっても仕方がない。

一旦、エリーとエリザ・ドーヴィルのことは置いておこう。なんだかんだでなるようになるかもしれない。

今は目の前の仕事を片付けるときなのだ。さあ、仕事だ!


と、集中しようとした次の日の朝、屋敷にロツォンさんが駆け込んできた。

「魔導列車が、エリザ様の乗った魔導列車が襲われて乗客全員が人質に取られてしまいました」

「えっ、困る」

魔導列車の内部は、ブラウ・ダータネルのこともあり、警備をかなり厳しくした。しかし、まさか走っている魔導列車を止める者が現れるとは。

どうやらレールごと爆破されて魔導列車を止めたらしい。大胆なことをしてくるものだ。

乗客は全員無事だという犯人側からの報告はあるものの、果たして信じて良いものか。

向こうの要求は純粋に金銭らしい。それで乗客は全員返してくれるというものだ。魔導列車を管理するヘラン領の主である俺が責任を持って解決すべき案件だろう。

それにしても、エリザ・ドーヴィルまで捕まっているのか。

くそっ、あんな女どうだっていいのに、なんでこんなにも心配している自分がいるんだ!

「プーベエ!! 行くぞ!! 」

『エリーのピンチならどこへでも! 』



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