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8章 7話


次の朝、プーベエの朝食は俺が持っていった。

顔を晴らした俺を見て、プーベエがぎょっとする。

『その顔とクルリが朝食を持って来たことを総合すると、エリーと喧嘩した? 』

「喧嘩ならよかった」

『えっ!? そんなに深刻なの!? 』

「俺たちのエリーはもう戻らないかもしれない。憎き女、エリザ・ドーヴィㇽに奪われてしまったかも」

『なにそれ!? 奪い返しなよ! 』

「はぁー、思い出さないほうがいいことも世の中にはあるんだなぁ」

『いやいや、弱気! 言っとくけど、エリーと別れたらボクはエリーと一緒に行くからね! 』

おい!! お前は俺のドラゴンだろう!! なんてことを言うんだ!

結局プーベエとも軽い喧嘩をして、最悪の朝を迎えた。


一晩寝たというのに、思い出すことはどうでもいいことばかり。なぜエリーと共に繭の中から目覚めたのかは思い出せない。子供の頃太っていたことというどうでもいいことは思い出したのに。あとあれだ、父親が森で遭難したこととか。ほんと、どうでもいいわ!


最悪の雰囲気を醸し出す屋敷へと戻った。いつもなら暖かい食事と、忙しそうに動き回るエリー、そんな幸せな光景が流れているはずのリビングルームには、静けさだけがあった。

エリザ・ドーヴィルは二階に引きこもってしまい、とても近づける様子ではない。

どうしたものかと思い悩んでいたのだが、いいタイミングでトトが屋敷を訪ねてくれた。


「なんか雰囲気最悪だけど、もしかしてあのドラゴン、プーベエが死んだとか!? 」

『死んでないから!! 』

トトの予想を遠くから竜派で返事をするプーベエ。ドラゴンって耳良いんだなぁ。

「プーベエは今日も元気に屋敷の上で浮いている。最悪なのはエリザ・ドーヴィルだ」

「えっ? エリーさんでしょ? 喧嘩したの? ああ、それで痣が。仲いいねー」

仲良くない!! 断じて仲良くない!!

「喧嘩なら良かった。けど、そうじゃない。俺もエリーも昨日猫先生に記憶を取り戻す魔法をかけて貰ったんだ」

「本当!? それでそれで? 」

「それで、確かに記憶は戻りつつある。しかし部分的にであって、まだ全部戻り切っていない。記憶をなくした後のクルリ・ヘランの記憶は全部ある。しかし、記憶をなくす前は学園に入った辺りが点々と思い出せるだけだ。なんで鍛冶職人になったか、なんでエリザ・ドーヴィルと共に繭の中で目覚めたのかなど、そこらへんが全く思い出せない」

「記憶が戻り切らなかったってこと? 」

「猫先生いわく、徐々に完全な記憶を取り戻すだろうって」

「ならいいじゃないか」

「それがそうでもない。この痣はエリザ・ドーヴィルに殴られたものだ。あれはエリーじゃない。エリザ・ドーヴィルの人格が勝ってしまった別人物だ。俺はエリーとは仲良かったけど、エリザ・ドーヴィルとは仲が良かったとは到底思えない」

「つまりなんでエリザさんと仲良くなったのかも思い出せないと」

「果たして俺とエリザ・ドーヴィルは本当に仲が良かったのだろうか? とてもそうは思えないんだが」

「僕も詳しくはわからない。学園に入った当初はとげとげしい雰囲気だったエリザさんだったけど、段々とエリーさんっぽい雰囲気になっていった気がする」

「ということは、学園生活で何かしら転機があったと? 」

「かもしれない……」

そうだと良いんだけど、今のエリザ・ドーヴィルの様子からは到底想像ができない。

「エリーさんも同じ状態でしょ? 昔仲が良くなかったとしても、君たち二人、ここで幸せに暮らしていたじゃないか。そのまま仲良くできないのかい? 」

「俺の中にあるエリザ・ドーヴィルの悪いイメージがそれを阻止してくる。それにエリーの中にある昔のクルリ・ヘランの像はもっと悪いものらしく、俺を同じ人間として見ていない節がある」

「……うわっ、なんだか大変なんだね。精神が落ち着く薬草でも持ってこようか? 」

「いや、エリザ・ドーヴィルが飲んでくれるとは思えないからいい」

エリーからすべてのいい要素を取り上げて、気性の粗さだけが残ったあの憎き女め。できれば成敗する薬草が欲しいです。

「そうだ、僕との思い出は思い出しかい? 」

「……ヘラン領の温泉水を飲ませてお腹を下させたことは」

「忘れていたけど、そんなことがあったね。結構酷い下痢になったよ」

すみませんでした!! 

「あとさ、アイリスと共に巨大な野菜を育てていなかった? 」

「そうそう! 」

「はい、ビンゴ! 」

なんだろう、この思い出した快感は!

その後も、記憶の整理のため、トトが知っていそうなことを話して情報の正確さを検証していった。

トトが屋敷に来たのは別の目的があったというのに、話は記憶についてのことばかりだった。

話に花を咲かせる俺たちだったのだが、楽しい時間はそう長くは続かなかった。

二階の悪魔が下りて来たのだ。

扉は力強く開け放たれた。睡眠不足と不満を思いっきり顔に張り付けて、冷たい雰囲気を全身から醸し出したエリザ・ドーヴィルが俺たちの前に姿をさらした。

こちらに歩み寄り、トトをギリッと鋭い目で睨みつける。トトは意味を理解し、すぐさま責を発ち、部屋からも逃げ出そうとした。俺はすかさず腕をつかみ、トトにこの場にいて欲しいと視線で訴えた。

エリザ・ドーヴィルはトトが座っていた席に座り、俺と正面きってはなしをする様子だ。トトは側にひかえて、俺たちを見守っていた。


「あなたとの生活は覚えているわ。家事をわたくしがして、プーベエとかいうドラゴンの世話もして、あなたの領主の仕事も手伝ったし、鍛冶屋の店員もわたくしがやったわ」

「はい……、覚えています。とても楽しかったです」

「わたくしも、どうやら楽しかったと錯覚しております」

おっ!? まさか……。

「しかし! 錯覚は錯覚にしかあらず! わたくしは宰相の娘であり、共に過ごす価値のある殿方は王族だけ。自治領主に登りあがったとて、所詮は辺境の領主。血筋が違うのよ、出直してらっしゃい」

「……腹がたつ」

「なんて!? 」

「……お前なんか嫌いだ」

「ふんっ、辺境の領主にわたくしの高貴さなんて理解できないでしょうね」

「……不細工だ。エリーはそんな厚化粧をしなかった」

側でトトが、落ち着いて! と声をかけてくれたが、俺だって言いたいことがある。

エリーはいつも仕事の邪魔にならない程度にしか化粧やお洒落をしなかった。自然の美しさがそこにはあったし、そもそもエリーは根が美しかった。髪を束ねた姿は清々しかったし、一仕事終えて髪をほどいたエリーは心からリラックスしていて、こちらまで癒された。

それが、目の前の女はなんだ。

エリーの十倍に分厚い化粧をして、髪は謎のウェーブがかかっており、頭のボリューム感が凄いことになっている。そんな恰好じゃ動きづらくて仕方がない。服装だってそうだ、エリーはいつも動きやすい恰好をしていた。スタイルがいいエリーはそれが一番似合っていた節がある。それなのに、目の前の女はどこから取り出したのか、祭典にでも着ていくかのようなドレスでリビングルームに下りてきた。今日はどこかで祭りでもあるのですか!? あるなら教えてください!


「わっわたくしが不細工ですって!? 」

「そうだ、不細工だ」

バチンッとビンタが飛んできた。……、ここらへんは初期のエリーと同じく手が早いな。それにしてもとても痛い。ほほがじんじんと熱くなっていく。

「まさか田舎者に愚弄されるとは思いませんでしたわ。そこの家来。わたくしを王都まで送って頂戴」

家来呼ばわりされたトトが戸惑ったようにこちらを伺う。

帰るのは勝手だが、エリーを置いていけ。

「トトは家来じゃない。どうしても王都に戻りたいなら手配する。しばらく待ってくれ」

「ふんっ、一刻もこんな田舎から立ち去りたいけれども、まぁ少しだけ待ってあげるわ」

「誘拐犯が随分な物言いだ」

「なんですって!? 」

「誘拐犯め! エリーを返せ! 」

「馬鹿な人ね。あれはただの幻。もうあの人格は消え失せたわ」

頭にくる女だ!

俺は激しくエリザ・ドーヴィルを睨みつけた。負けずとエリザ・ドーヴィルも睨み返してくる。

トトが間に立ってくれたが、俺たちの視線は軽くトトを貫通してお互いを焼き続ける。


人を使いに出し、ロツォンさんを呼びに行かせた。何事かと急いでやってきたロツォンさんは屋敷内の地獄の雰囲気を感じていろいろと考えを巡らしているようだった。

「ロツォンさん。この女は既にエリーではない。エリザ・ドーヴィルという方だ。王都に帰りたがっている故、送って差し上げろ」

「クルリ様? ……わかりました、すぐに手配します」

「念願の王都に帰れるぞ、良かったな! 」

「ええ、本当に。田舎臭くてたまらなかったわ。帰りは魔導列車の一等席を頼みますわ。あそこのメニューにある芋のエンジン焼きがたまらなく……。芋なんて下々の食べ物ですわ!! 」

……おい。

今全員が聞いていたぞ。俺も、トトも、ロツォンも、ロツォンを呼びに行った若者も。たまらなく……なんだよ。それはエリーが考えたメニューであり、あんたのためのメニューではない。

「芋が好きなんだろう? そのくらいサービスで出してやる」

「愚弄なさらないで。シフォンケーキと紅茶を要求しますわ」

「強情な女め」

「デリカシーのない男ね」

今度は間に立ったロツォンを貫いて俺たちはにらみ合った。お互いを焼き尽くさんとする熱き視線は先ほどよりも更に増していた。


状況を察してくれたロツォンさんは、このあとエリザ・ドーヴィルの為に宿を手配し、しばらくの猶予を持たせて魔導列車の席を手配してくれた。

宿にエリザ・ドーヴィルが泊まって、従業員たちはエリーが来たのかと歓迎したらしいのだが、エリーとは一八〇度も違う傲慢な態度にさぞ驚いたらしい。一応エリーの評判を落とさないために、別人です、と宿に手紙を送っておいた。宿と温泉は気に入っている様子らしく、特に問題も起こしていないため、しばらく放置しておくことにした。

出発の日まであと二日。

あのうるさい女が去るのは構わない。しかし、あの中には確かにエリーが存在しているはずなんだ。……あの女が去るということは、エリーも去ってしまうということ。

なんだか憎い気持ちと、悲しい気持ちが両方存在している。

複雑だ。

エリーの顔を思い出しては懐かしく会いたいと思う。エリザ・ドーヴィルの顔を思い出しては怒りが湧き、出ていけと思う。本当に同一人物なのか?

猫先生、もしかして記憶を取り戻す魔法、失敗してたりなんかしていませんよね!?


とうとうエリザ・ドーヴィルが王都に戻る日がやって来た。

ロツォンさんが魔導列車の一番いい席を取ってくれたらしい。俺は屋敷でその報告を聞いた。

もうすぐ列車が走り出す時間だろうか? 

そんなことを考えているとき、屋敷に二頭のドラゴンが空から降り立ち、ラーサーとアイリスがやってきた。

「アニキ、来ましたよ! 」

「クルリーと、エリー! 」

二人はロツォンさんに通されて屋敷に上がった。屋敷内の地獄雰囲気を感じて、すぐさま視線をキョロキョロさせる二人だった。




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