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8章 4話

自治領主の就任式はヘランの地で行われることとなった。

三週間後にはアーク王子が王族代表としてやってきて、俺に自治領主としての証である銀の王冠を授けに来る。

自治領になったからといっていきなり大きく領の状況を変える予定はない。それらは徐々に長い目でやっていくつもりだ。まずは、式に向けて全力で準備する必要がある。


必要なもの、その一。

自治領の旗。クダン国にも旗はあり、歴史の深い貴族家にも家紋があり、世間に知れ渡るほど有名な家紋などもあったりする。我がヘラン家はもともとなんちゃって貴族家なので、そこらへんは曖昧で、これといった個別の家紋はない。多分量産されたであろう貴族を証明するような家紋はある。しかし、それを自治領の旗の模様にする訳にはいかない。当然である。同じものがないように、唯一無二のものにしていかなくてならない。

それで、デザインを公募することにしたのだ。

俺はデザイン力がないし、エリーに任せたら変な動物とか描いてきそうなのでヘラン領の名誉のために候補から外しておいた。外しておいたはずなのに、公募から申し込みしようとするエリー。その執念はどこから……。


公募によって集まった旗のデザイン候補は約一万にも及んだ。採用された場合に報奨金も出すし、ヘラン自治領が存続する限りデザイナーとして、その名誉を独占できるのだ。応募が殺到したのは必然ともいえた。

忙しい仕事の合間に、俺は応募されたデザインを片っ端から見ていった。どれもこれもピンとくるものはなく、ただただ時間が過ぎるばかり。

一帯何通目になっただろうか。そろそろ見飽きた頃に、デザインではなく文字での応募があった。

『プーベエが応募します! 』

記載したのはエリーで、本当の応募者はプーベエのようだった。エリーがこそっと応募していたのはこれだったか。さてはプーベエに無理に頼まれたな。

俺は一度休憩をはさみ、屋敷の上で日光を気持ちよさそうに浴びながらプカプカ浮かんでいるプーベエを呼びつけた。

声は届かないので、フルーツを持ってブンブン手を振るのが正しい呼び方だ。

プーベエはパンパンンに膨れた体から空気を徐々に抜き、羽で風力を上手に調節して、くるくると円を描きながら地上に降り立った。

『なに? 夕飯にはちょっと早いけど』

プーベエは俺にだけ伝わるテレパシーのような、最近竜波名付けられたもので、コミュニケーションをとる。

「はい、この応募。どういうこと? 」

『ああ、それね。エリーに頼んでおいた』

「エリーに頼まずに直接俺に言えばいいのに。わざわざ公募に申し込まなくても」

『だって採用されたらお金貰えるっていうし。たまには自分で稼いでみようかなって』

あら、随分としっかりした子に育ったじゃない? 大きくなったのは体だけじゃないのね! 

それにしても、随分な自信だな。

「勝算があるみたいだけど、デザインを描くことができるの? 」

『そんな難しいことは必要ない。僕の胸元を見てごらん。かっこいいのがあるから』

言われた通りに見てみる。

盾のような紋章がプーベエの胸元に浮かび上がっていた。確かに以前からなんとなくマークが見えていたが、こんなにカッコイイデザインが仕上がっていたとは。

『どう? 』

どうって……、めちゃくちゃかっこいいよ。即採用したい。

わざわざ公募までしたのに、身内に最強のデザインを生まれ持った生物がいたよ! なにこの生まれながらにしての勝ち組は!


『どうなの? 』

「うっ」

『ほらどうなの? 言ってごらんよ』

「うっそ、それは……」

『なにを恥ずかしがってんだい? 言ってごらんよ、スッキリするから』

「かっか……かっこ……」

『かっこ? 』

「かっこいいいい!! 」

無事身内採用となりました。

どうすんのよこれ。公募までしちゃったのに、身内の案を採用だなんて。世間様に怒られてしまうよ。自治領の出発点がいきなりドロドロに汚れたイメージを与えてしまう!


という俺の独り相撲的な心配事も、実は次の日には解決されることとなる。

プーベエが『この胸のデザインが自治領の旗に決定されました! 』というプラカードを首にかけて領を飛び回ったのだ。領民の反応はほとんど俺と似たもので、デザインに対する賞賛ばかりで、とくに身内の案が採用された件については非難がなかった。しかもプーベエの人気は絶大なもので、プーベエの胸元の盾マークが採用されたこと自体が嬉しいという声も多かった。

その日の宣伝活動を終えたプーベエは、戻るや否や、俺の書斎の窓辺へ浮遊し、じっと中を覗き込んできた。

「なっなんだよ……」

プーベエは今日の働きを報告してきて、領民の反応まで教えてくれた。

「で、何が欲しいんだよ」

プーベエの要求は非常に簡潔なものだった。

公募を勝ち抜いた分の報奨金と、今日一日の宣伝費を支払えというものだった。ちなみに分割払いも可能らしい。その場合、手数料と利子の上乗せがあり、総額では支払いが増えるとの説明も受けた。どこで学んだんだ、このドラゴンは……。

きっちりと一括払いをしておいた。

金を得たプーベエはせっせと上空に浮遊し、『飲んでくる』と竜派を俺に送ってきた。

「あまり飲み過ぎてエリーの晩飯が食べられないなんてことにならないようになー」

『そんなミスをするのは素人です』

素人!? もはや遊びのプロだとでもいうのか、彼は。

こうして無事、自治領設立に向けて一歩前進したわけだ。


自治領設立の為に必要なこと、その二。

法の設備。

自治領の設立にあたって、やはりこれは後回しにはできないだろう。概ねクダン国の法にのっとればいいのだが、それだけでは不都合が生じる部分がある。

今まで、犯罪者は全て王都にて捌いていたのだが、これからはヘラン領でもやらなければならない。裁判制度を導入する必要があるだろう。

そのほかに、これまではあやふやにしていた職務にもしっかりとした役職をつけていくことが必要だと思えた。

いろいろと考えた挙句、自治領主として俺がトップに立ち、その下に三人従えることにした。主に自治領の発展を担当する内政長。クダン国や諸外国相手を担当する外交長。犯罪対策や裁判制度を任せる裁判長。


内政長ははじめから候補がいて、その人をすぐに呼び寄せた。その人はいつもと変わらない様子で来て、話を聞いてもいつも通り平然としていた。

「で、内政長を任せたいんだけど、いいかな。ロツォンさん」

「お受けいたします」

無事にこうして一番大事なポストにロツォンさんが収まってくれた。役職名がついただけで、具体的には今までと関係性は変わらない分、受けてくれると思っていたが、こうして返事を貰った時は素直に安堵した。

次に外交長だ。これは悩んだ。人当たりが良く、それでいて自治領を守り抜くほどの英知と覇気がある人物……。


とある町、とある民家……。

患者の様子を丁寧に観察していき、話に耳を傾ける人物。医師としての旅を再開したレイル・レインがそこにはいた。医師としての腕はまた随分と上達したらしく、相変わらずの人気ものだった。

彼の診察が終えられて、家から出てきたのを俺は見逃さなかった。

腕をつかみ、プーベエの背中に乗せて、一気に上空へと飛び立った。人気医師をしばらくの間、独占させて貰うとしよう。

「なに!? なに!? なに!? なんなの!! 」

俺の顔を見ながら、どんどん上空へと上昇するこの状況に戸惑うレイル。

「荒いことしてすまない。大事な話があるんだ」

「告白? 」

「違うから。頼みたい仕事があるんだ」

「エッチなこと? 」

「違うから。ヘラン領が自治領になる話、聞いているか? 」

「ああ、それね。知っているよ。随分とクダン国で話題になっているからね。旅の間にも何度も聞いたよ」

「それなら話が早い。外交長というポストを用意しているんだが、そのポストに座る気はないか? 」

「ああ、それはないかな。僕は医師としての仕事が好きだし、誇りも持っている」

当然断られると思っていた。彼が仕事を愛しているのは知っていたし、無理にやめさせる必要もない。

「そう悪い話でもない。医師として一人で旅をするのは随分と危険も伴うだろう? 聞いているぞ、先日は求婚してきた貴族の娘を振った挙句、包丁で刺されかけたんだって? 」

「うっ、なんで知っているの? 」

「自治領主になるんだ、耳は良くしておかないとな。それにあれも聞いたぞ。随分と他の医師から嫌われているらしいな。嫌がらせや、風評被害も多いと聞く」

「うわー、それも知っているの? 」

「知っている。外交長に付いてくれれば、そんなことはこれから一切させない。ヘラン領主の力を持ってして、レイル・レインの医師の旅を邪魔するものを全て排除して見せよう」

「なるほどね、僕の仕事はあえて続けさせてくると」

「その通り、ただ道順はこちらの都合に合わせて欲しいとこもあるし、訪れた土地で数日外交の仕事についてもらうことがある。それ以外は医師の仕事をしていて構わないし、身の安全は保障する。補佐の者をつけて、常に道具や薬類の補充ができる体制も整える」

「悪くない、悪くないけど、別に魅力的でもないかな。貴族の娘に刺されるのもスリルがあって、そんなに悪くない。それに他の医師に嫌われようと僕の腕が鈍るわけじゃない。大した問題じゃないのさ」

流石に逞しいな。その程度のことで心が疲労していては、確かに過酷な医師の旅なんてできないのかもしれない。無欲な人間ほど、強いものはないというものだ。

「レイル、お前を引き込む材料はまだあるんだ、これが」

「ほほう、聞いてみようかな」

「考えてみろ。クダン国中を周り、治療も薬も格安で支給する凄腕の医師。顔も性格も良い。そんな奇跡のような人物を得て、クダン国は非常に幸運だ。しかし、幸運はクダン国にしか訪れてくれない。病人は他の国にもいるというのに……」

「うっ」

「レイル・レインという男の目指す道というのは、全ての人に平等に治療の機会を与えることだと思っていた。一つの国に縮こまって、自己満足するような小さな男じゃないと信じていた。しかし、今の身分で、他国を自由の放浪できるかな? ズバリ無理だな。行く先々不当に拘束され、何度も同じ不快な疑いを持たれ、挙句は医師の仕事もできないまま時間が過ぎる無力さを味わうこと必至」

「ふふん、それが逆に僕の心に火をつけて燃え上がらせるかもしれないよ? 」

「その可能性はある。しかし、効率が悪いことには変わりない。それに、外交長という正式な役職を持っていれば、俺の力で他国の医師を紹介してやれることもできる。クダン国で学んだ医師としての知識に満足しているか? 疑問点はないか? もっと技術は進歩してもいいはずとは思わないか? それは一人で考えるほうが早いか、それとも違う視点を持った相手と考えるほうが早いか。一体どっちかは明白だな、レイル」

「ううーーー」

「それにさ、何より……」

「何より? 」

「何よりレイルの力を借りたいんだよ。俺だって自治領主になって不安なんだよ。旧知の友人が助けてくれる……これがどれだけ心強いか」

「なんだよ、クルリ君。初めからそう言ってくれればいいじゃないか。全く君という人は。分かったよ、外交長? そのポスト、レイル・レインが引き受けようじゃないか」

「はい、二人目ゲット! プーベエ帰るよ! 」

「あれ? 気持ちの切り替え早くない!? さっきの湿っぽい感じはどこへ!? ねえ! 」

「ゲット、ゲットー!! レイルには泣き落としが有効だったかぁ」

「そういうこと僕の前で言わないでくれない! 」

こうして無事外交長も無事ゲットできた。

そのまま連れ帰りたかったが、まだこの街で仕事をしたいというレイルのため、俺とプーベエは一足先にヘラン領へと戻ることになった。


さて、順調に二人ゲットしたわけだが、あと一つ、裁判長のポストは誰がふさわしいか、本当に悩みに悩んだ。悩んだが、結局ヘラン領にはふさわしい人物がいないという結論に至った。

さて、どうしたものか。外からの招くしかないのだが、法の番人という立場上なかなか人選も難しい。下手な人選をしてしまうと、ヘラン自治領は内部から腐敗していくことになりかねない。順調にいった前の二人とは違い、最後のポストの人選は難航していくことなった。


そんな折、ヘラン領に、猫先生がやって来たという知らせが入った。

記憶がなくなる前、魔法学園で俺に魔法を教えてくれていた先生らしい。猫なのに先生で、しかも随分と長く生きているということ聞いた。一体どんな人なのだろうか? もしかしたら、最後の裁判長のポストに収まる人なのかもしれないと期待もした。

とにかく、会わないと話も進められない。どうやら向こうも俺に会うためにヘラン領を訪れたらしい。道中有名な温泉宿に泊まったりして道草を食っているらしいが、待てばそのうち来てくれることだろう。

俺は猫先生という人の性格を甘く見ていたらしい。

猫先生は俺に会いに来たという割に、全然屋敷まで来てくれなかったのだ。仕方なく、俺は猫先生が滞在しているという温泉宿まで行くことにした。



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