8章 3話
王都に来た。魔導列車でも良かったのだが、運動不足気味のプーベエのために遠乗りした形だ。
『ちょっと、お金頂戴。飲んでくる』
「……はい」
首にプーベエ用の財布をかけてやり、プーと飛び立つプーベエを見送った。……どこで飲むんだろうか? 飲める店はあるんだろうか?
プーベエが彼方まで飛んでいき、俺は王城の門へ向き直った。クルリ・ヘランが来たということで、すぐに王城から案内の者が出てきた。何やら城の中が慌ただしい。前回王城に来たときはこんな扱いじゃなかった。今はなんだか、全員が俺を恐れている感じがする。通された待合室でも異様な緊張感が満ち満ちていた。飲み物を持ってくる侍女が三回もカップを落として真っ青な顔をしている。声をかけてリラックスさせたかったが、却って緊張感させてしまいそうなので、やめておいた。とうとう四杯目を持って来た侍女だったのだが、寸前で躓き、ご丁寧に俺の頭の上にコーヒーを注いでくれた。
「あわわわわっ。いっ一族郎党、全員が殺されたら私のせいです……」
なんてとんでもないことを言っている。コーヒーは熱かったし、服も台無しだが、そんなことはしない。ていうかできないし。さっきから思うのだが、王城内のこの空気、なにか俺の間違った情報が伝染している気がする。
「気にしないで。ただもうコーヒーはいらないかな」
出来るだけ気をつかって、そして笑顔でそう告げてあげた。
「あわわわわっ、笑顔の恨み見える壮絶な怒り。……死んだ」
もう何を言っても無駄な気がしたので、とりあえず下がらせて置いた。下がらせたら下がらせたで何か言われそうで怖いが、もう仕方がない。
コーヒーで汚れた服を着替え、しばらく国王からの呼び出しを待った。
案内人がやってきて、そのときを告げられる。
謁見の間に通された。
広い空間の一番奥に王座があり、そこに一人座る国王様。護衛はつけておらず、側にラーサーやアーク王子さえもいない。案内人も早々と立ち去り、取り残された。この場には立った二人だけ。俺は響き渡る足音を気にしながら王様のもとへと歩み寄った。
「よくぞ来たな、クルリ・ヘラン」
「はい、およびいただき光栄であります」
「堅苦しい話し方はいい。共に裸で風呂場で遊んだ仲じゃないか」
知らん!! 記憶がないからとかじゃない。俺はそんな非常識な人間じゃないはずだ。王様と風呂場で遊ぶ? 気がふれていないとできないぞ、そんな芸当。
「そうか。記憶が抜けていると聞いていたな。あの楽しかった思い出も忘れたのか」
俺の作った間で、王様はすぐに記憶がないことへと気遣いをしてくれた。
「すみません。あまり思い出せなくて」
「まぁ良い。楽しい思い出はまた作ればいい。それに今日はそのことではない」
王様は王座から立ち上がり、謁見の間を歩き出した。視線で俺についてこいと促しているのが分かったので、後に続く。壁に触れ、ごそごそしだしたと思ったら、急に壁に隠された扉が開いた。
「付いてこい」
王様は俺にそう告げて、扉の先へと進みだした。小走りで距離を詰め、後に続いた。俺が通ると、秘密の扉は静かな音を立ててしまった。
くらい通路を王様と二人して進んでいく。
何度も分かれ道があり、その度に王様が道を思い出すかのように進んでいく。
しばらく進んでいくと、急に王様が立ち止まった。暗いこともあり、ガッツリぶつかってしまった。おでこに痛烈な痛みが走った。目の前では後頭部を抱えて悶絶する王様の姿が……。
王様に頭突きしてもうたぁーー!! しかも強烈な一撃を!
「痛いぞ、クルリ君。こんな一撃は久々で嬉しいぞ」
なんか喜んでるぅーー!!
少しトラブルはあったのだが、くらい通路はなんとか通り過ぎることができた。通路の先に待っていたのは、魔石がわずかに部屋を照らすばかりの小さな部屋だった。部屋の真ん中には剣が刺しこまれていて、意味ありげに存在感を放っていた。
「ここ、ここ。クルリ君を連れてきたかったのはここだよ」
「はぁ」
正直戸惑いばかりだ。なんなんだここは。これだけ隠すってことは、何か大きなことがあるんだろうな。聞くのがちょっとばかり怖い。
「クダン王城に存在する秘密の部屋、その秘話を知っているかね? 」
「いいえ、知りません」
「当然だな。私の案内なしに、知っていたら首をはねている」
え? ならなぜ聞いたんだ? 知っているって言っていたら……。怖いことになっていたな。
「この剣はな、建国当初からこの位置に刺さっていた。誰も抜くことができないことで有名な剣だったらしい。しかし、クダン家の先祖はこの剣を抜くことができた。どうもこの剣を抜くことができる者は王になる資格のあるものだけらしい。その通りクダン家の初代党首はクダン国を建国し、この地に城を建てたのだ。ちなみに私も抜くことができる。君はどうかな? 」
「どうかなって? そもそも抜く必要がありません」
王様になるつもりなんてないし。ていうか、抜いてしまったらそれはもはや謀反しますっていう意味合いにとられかねないんじゃ……。
「まぁそういうな。抜いてみたまえ」
「本気ですか? 」
「本気だ」
薄明りの中でも、王様が本気だということが分かったので、仕方なく剣に手を伸ばした。剣を握った瞬間わかってしまった。あっ、これ抜けるなって。
その通りだった。スルッと抜けてしまった。本当に抜けないで有名な剣とは到底思えない程に。
「やはり抜けたか。どうする? その剣で私を斬ってみるか? そしたら君の才能でこのクダン国をヘラン国へと塗り替えることもできるかもしれないぞ」
「やめてください。私には辺境の領主という身分で十分すぎます」
「そうか。ならば剣を納めるがいい。帰るぞ」
平然と王様は元来た道を歩き始めた。急いで剣を刺しなおして、俺も後に続く。帰り道の王様はなんだか上機嫌にも思えた。
再び戻った謁見の間。
王様は王座へと戻る。
「クルリ・ヘランよ。そなたは今日から辺境の領主ではなくなる」
「首ですか? 」
「そういう訳ではない。もはやヘラン領は辺境にあらず。その力は一国に収まるものではなくなりつつあり、それを無理して抱え込むとクダン国にも無理が生じる。故に……」
「故に? 」
「ヘラン領を今日より、ヘラン領自治領とし、その自治領当主をそなた、クルリ・ヘランに任せたいと思う」
自治領? 自治領ってつまり、自分で治める領?
「本気ですか!? 」
「本気も、本気。そなたが同意すれば正式に決定。書類も作らせて、一ヶ月後には国内、国外にも通達しようではないか」
てっきり最近やりたい放題やっていたことに対して、釘を刺されるんじゃないかと危惧してきたのに、まさかの全面的解放、自治領の設立とは!?
驚きのあまり言葉に詰まる。
「自治領って何すればいいんですか? 」
思わず意味不明なことを聞いてしまう。
「何も変わらんよ。そなたがやりたいことをやり続ければよい」
ああ、そういうこと。なんかすっごく納得できた。意味不明なことを言って良かった。
「そういうことなら、自治領の件、クルリ・ヘランが承りました」
「ありがとう。しかし、一つ条件を付けてよろしいかな? 」
「なんなりと」
「息子の代だけでも構わん。存分に支えてやって欲しい」
「約束致します」
謁見は終えられた。
今はまだ、俺と王様二人だけしか知らない情報だ。なんだか怖いような、嬉しくて飛び跳ねてしまいそうな。とにかく不安定な感情が体中を錯綜していた。
そんな気持ちの中、客間へと通された。そこにはアーク王子とアイリス、それにラーサーもいた。三人は詳しい内容を知らないようだったが、なにかを察しているらしい。
「何か大事な話だったんだろう? 」
アーク王子が俺に聞いてきた。
「そう」
「父上の様子から大体は察しがついている。俺たちはこれからも今まで通りの関係性を築けられそうなのか? 」
「ええ、大体は今まで通りですよ」
大体というところに三人は注意が向いたようだった。
「呼び方が変わることくらいですかね」
「どういうことだ? 」
「詳しくは後で国王様から発表されるでしょう。とりあえず、ラーサーとアイリスは今まで通りで構いません。アーク王子は私に“様”を付けて呼ぶように」
「なんでそうなる! 」
いいから呼びなさい! なんでか理由を求めるアーク王子と、理由を説明しない俺。そんなやり取りがしばらく続いた。
軽く冗談を交えながら、アーク王子もいじれたので大方満足だ。
この日から数日、王城に泊めてもらい、とうとうヘラン自治領誕生の知らせが発表された。
アーク王子は大体想像がついていたみたいだったが、ラーサーとアイリスは驚きでしばらく俺を見ては、自治領主について書かれた辞書を読んでは、また俺を見に来るというようなことをしていた。
「クルリ様って呼んだほうがいいですか? アニキ? 」
「いや、やめて! 」
王族に様付で呼ばれるほどのことではない!
「じゃあクルリ自治領様? 」
アイリスも恐る恐るそんなことを聞いてくる。
「もっとやめて! 今まで通り、今まで通りでお願いします! 」
ラーサーとアイリスは顔を見合わせて、いいのかな? みたいに首をかしげながら楽しそうにほほ笑んでいた。
「全く、 父上も思い切った決断をしたものだ。クルリに自治領主が務まるのか? 」
アーク王子は俺の行く先を心配したようなことを一人でぼそぼそと言っている。お前は様をつけんかい!
最近瞬く間に俺の名が世間にとどろいてきだして、そしてまた自治領設立の話が出るとなると、随分と騒がしくなるだろうなと思えた。たしかに今までよりも動きやすくなりそうな点はある気がするが、それだけ責任ものしかかってくるということだ。あまり精神的な負担にならないように、エリーにもいろいろと相談しよう。
それにしても、悪い話でなくてよかった。エリーへのお土産は何だろう。市場に降り立って、美味しそうな芋でも買って帰るかな?
そんなことを考えながら、俺はプーベエの背中に乗って、王城を後にした。
『ちょっと、お金足りなかったから後で清算してきてよね』
「……はい」
プーベエはどこで飲んできたのだろうか……。