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8章 2話

『クダン国貴族会』なるものから召喚状が届いた。

いろいろ書いてあったのだが、ギャル風に訳すと、チョーシ乗りすぎ、いろいろ言いたいことあるから来週スタバ来て。逃げたらマジよーしゃしないから。という感じの内容だった。

ギャル風に訳したくなるほど下劣に書きなぐられた文面。ほとんど言いがかりな誹謗中傷がすさまじい。破り捨てても良かったのだが、一度彼らの言い分を聞いてもいい気がしてきたので、承諾の返事を送った。ふん、魂胆は見え見えだが、仕方ない。破り捨てたところで、こんな不快な呼び出しは今後も続くことだろう。いっそ、ここらで決着をつけねばならないだろう。古き貴族と、これからの時代を引っ張る貴族。そろそろ白黒つけて、どちらが生き残るかはっきりさせて置こうじゃないか。

当日、会場であるスタバことマーツクト邸まで魔導列車を貸し切って向かうことにした。マーツクト家というのは古い歴史のある一家だが、長いこと不況に喘いでいた。しかし、魔導列車の時流に乗って再興を果たした貴族家だった。俺に感謝してもいいはずの一家だが、今回の集会所に使われているということはマーツクト家当主も時代に乗り遅れた貴族たちの僻みの被害者なのかもしれない。

マーツクト邸は大陸横断レールの十あるステーションの一つのすぐ近くにある。ヘラン領から三つ進んだステーションだ。だから魔導列車で駆け付ける俺にはさぞや交通の便が良い。


昔ならどれくらいの時間がかかっていただろうかと思いながら、俺は魔導列車から降りて、裁きの場であるスタバへと赴いたのだ。

『クダン国貴族会』といういつからあるかわからないが、きっと僻みや嫉みが生み出した無価値な集会の一番後ろの席に俺は腰を下ろした。広い部屋に用意された長いテーブルには既に俺以外の貴族たちが全員座っていた。全員が緊張感をあらわにし、冷や汗を露骨に流している者もいた。

司会進行役もいるはずなのだが、俺が到着したというのに誰も話始めようとはしない。

「なぜ黙っている? 俺を裁くための集会だろう? こうしてご馳走がやって来たんだ。ほら、むさぼり付けばよい」

「貴様! よくもぬけぬけとそんなことを! 」

テーブルの端と端、一番奥に座り、正面から俺を睨みつける男がそう発した。今回の集会の代表者と見える。

「なにかご不満でも? 挑発に満ちた召喚状をよこしてきたものを無視してやっても良いところ、こうしてわざわざ丁寧にやって来たのだぞ? さぁ、思う存分おれを罵ればいいじゃないか! さぁ! 」

歯ぎしりや、苦悶に満ちた声が上がるばかり、具体的な言葉は誰からも出てこない。臆病者の大物貴族たちが三〇名近くも集まり、俺に何も言えないとはな。お笑い種だ。

誰も何も動きがないので、俺は目の前のコーヒーをただ黙って飲み続けるばかり。

しばらく間が相手、ようやく代表者が再度口を開いた。


「ふざけている! なにゆえ、私兵を数百名も連れてきている! 」

ようやくそこに触れたか。

「馬鹿め! 俺をひがむ貴族共に呼ばれて、わざわざ敵地に赴くのに丸裸で来るはずもない! 千にも及ぶ、我が鉄熱隊の一部を連れてくることも想定できなかったか? 平和ボケにもほどがある! 全く、これだから貴様らは俺の視界の隅にも入らない! 」

そう、実は貸し切った魔導列車に鉄熱隊の半分である五百名も詰め込んできた。俺を裁きたい連中なのだ、素直に一人で来たら何を言われ、何をされることか。俺だってそんな労を好むほどお人よしじゃない。せっかく鍛えに鍛えた私兵たちが、たまには仕事をやらなくてはな。

「私兵五百名、水やり器三台。食料は一週間分も持って来た。マーツクト殿、しばらくそなたの屋敷は俺が護衛しようではないか! そなたらが用意したのは、刺客5名といったところかな? 屋根上に隠れたやつ。随分と質素な装備だ。さぁ、何度も言わせるな、俺を裁きたいのだろう? 好きなだけ言ってくれればいいさ」

心の中で高らかに笑い、俺はうつむきがちな彼らを見た。

勝った。俺を叩くつもりの彼らに、逆襲の一手を打てたことにひたすら快感を覚える。

「何か? 言うことは? なければ帰るが」

何度目かの沈黙が部屋を満たしたが、代表者が意地を見せて口を開きかけた。それをすかさず遮る。

「俺は結構短気だ。ちょっとしたことで怒りが爆発する。先日屋台で買い食いをした。たまにはジャンキーなものも欲しくなるからな。そこの店主が俺にサービスしようと標準よりソースを多くかけたんだ。怒りが爆発しかけたね。ソースはバランスよくかけないと美味しくない。あやうく鉄熱隊を呼ぼうかと思った」

代表者の口がぴたりと閉じられた。

適当なエピソードもこの場においては馬鹿らしくなるほど真に受けるらしい。

結局それ以降、誰も何も言うことなく、集会は終えられた。


「ダータネル家がいただろう? あれはあれでうるさかったが、直接喧嘩を売ってくる度胸があった。お前たちみたいに集まっても何も言えない小物など、まさに虫けらに等しい。もう一度自身を振り返るべきだ。マーツクト殿のように時流に乗ってもいい。ギャップ商会のように新しいもので生きるのもいい。ヘラン家のように時代を開拓するのはもっといい。貴族というだけ有り難られる時代は終わったんだ」

黙り続ける彼らに、俺は高笑いを残して去っていった。帰り際、マーツクト殿に手土産も貰い鉄熱隊と共にヘラン領へと戻ったのだ。


先日ラム王子を最悪な形で送り返したこともあり、今回の貴族共に対する非礼は少し開き直ったからこそやったことだ。もう評判もこれ以上落ちないだろうという予想のもと、一転してふてぶてしい態度をとってやった。。言いたい奴には言わせておけという思考に最近はなりつつある。またラーサーからお説教がありそうだが、それはまたうまくかわすとしようではないか。さて、有力貴族はほぼ全員敵という認識でいいだろう。あの領主は味方かな? あの領主はどうかな? なんてことを考えなくて済むぶん、却って楽になるかもしれない。


出る杭はどうしても打ちたくなる。彼らも俺を打ちたくて仕方ないのだろう。先日のお礼も込めて、これからどんな仕返しがあるかある意味楽しみにしていたのだが、仕返しは一向にやってこなかった。その原因となった事件を知ったのは、クダン国貴族会に呼ばれた日から一週間もたった日の早朝だった。ヘラン領で新聞社を立ち上げ、今やクダン国中に購読者を持つショウジ新聞にそれは書かれていた。


『力を持ち、金を持つ数多くの卑しき大物貴族が集まり、若者一人を陥れようと企むも、あっけなく返り討ち』

そう大きく題された新聞の見出し。先を読み進めていく。

先日のクダン国貴族会の様子が克明に描かれた新聞内容。俺の名前はもちろん、集会に来ていた一部の代表格の名前も記載されている。

更には実際にあの場で起きたことだけじゃなく、計画段階の様子も克明に書かれていたり、実際に俺に飲ませたかった要求も書き並べられていた。

『小さき者共のむなしき夢は散った。かみつく相手を大きく間違えたのだ』

記事はそう締めくくられていた。

その後に執筆者と、そして肝心な情報提供者の名前も書かれていた。

先日集会の場所に利用されたマーツクト邸の提供者でもある、マーツクト殿だったのだ。

彼はあの日は敵の立場にいたわけだが、何か思うところが多くあったのだろう。こうして掌を返して、あの日あったことを新聞社に提供し、結果として俺の味方をしたことになる。

マーツクト家というのは魔導列車によって立ち直った一家なので恨まれる覚えなどなく、先日の集会場所を聞いたときは大層驚いたものだが、まさかこういう結果をもたらしてくれるとは……。

果たして、マーツクト殿は、初めからこうした行動をとるつもりだったのか? だとしたらとんでもない役者ではないか。一度がっかりさせておいて、後の最高の成果をもたらす。心象的には最高。天才の類じゃないか。すべては推測でしかないのだが、今一度マーツクト殿の評価をし直す必要があるかもしれない。


衝撃の新聞記事が飛び込んできた後、ショウジ社の記事を引用した形で、その後一斉に他新聞社もこのクダン国貴族会を中心に記事を書きだした。情報は、クダン国はおろか、他国へも一気に知れっ渡った。

『肥え太った猫の集団が勘違いをして、赤い獅子の怒りに触れる』

『レールの上を歩く迷惑な連中がようやく轢かれた』

『鍛えるべきは剣か、古き貴族共か』

こういったヘラン領を印象付ける感じの記事のタイトルが多く、どれもこれも俺を賞賛し、貴族会の連中を批判する記事ばかりだったのだ。中には自分たちを擁護する記事を書くように貴族会側から金を送られたと書いてある記事もあった。クダン国の報道機関は若く、健気で勢いに満ち溢れているという印象を得た。


マーツクト殿の一つのタレコミが次第に国をも動かし始めていた。

始めは平民階級からの支持が凄いことになった。行商人に話を聞いたのだが、どこの領地でも俺の名前が上がらない日はないらしい。新しい時代をもたらす貴族だと言われているらしい。ありがとう、賞賛は素直に受け入れよう。照れるけど。

しかし、貴族連中には死ぬほど嫌われているんだろうなぁと思っていたところ、新聞記事の落ち着いたころ、マーツクト殿が多くの貴族を引き連れてヘラン領の我が屋敷へとやって来た。


多数の見知った名前の大物貴族。大量の馬車には各家の家宝の一部を持参しているらしい。最後尾にはショージ新聞社も待機している。

軽く挨拶も済んだ頃、彼らは屋敷に上がることもなく、屋敷の側で厳かに横に一列に並び、マーツクト殿が一歩進み出て、ポーズを取った。

胸の中心に掌を当て、彼は宣誓しだした。

「ここに集まりし貴族はクダン国に永遠の忠誠を誓うと同時に、クルリ・ヘラン殿との友好を永遠に誓う」

彼が述べた後、後ろに控える貴族たちも同じポーズをとり、宣誓を繰り返した。


うーむ、まさかこんな展開になろうとは……。

新聞社の魔道映像記録器がこちらを捉え続けている。

俺はそちらをしっかり意識しながら、マーツクト殿に手を差し伸べた。あからさまに顔を明るくして俺の握手に応じたマーツクト殿。二人してショージ社のほうを意識しながら、ニコリと握手を交わす映像を撮影してもらった。

その後、彼らは順順に家に伝わる家宝の一部を俺に手渡して言ってくれた。一つ一つに物語があるらしく、せっかくなので聞いておいた。中にはクルリ・ヘランが打った剣もあった。なんか変な感じがしたけど、受け取った。それを一つ一つ丁寧にエリーが収納していってくれた。最後に、マーツクト殿が家に伝わる家宝を俺に渡してその逸話を語る。それも受け取り、エリーにしまわせた。無事これで友好の儀が終えられたかと思いきや、マーツクト殿からの贈り物は家宝だけではなかった。なんと馬車から降りてきたのは華麗な雪色のドレスを着た美しい女性。聞いてみると、どうやらマーツクト殿の娘であり、一年に何度もプロポーズを受けるほどのモテ女らしい。それを父親がなんとか全て断りに断り続けて、とうとう娘を送り出せる相手を見つけ出したということ。それが俺だったのだ。今回の友好の儀の最後の贈りものとして、満を持して彼女が出てきたわけだ。

今までの贈りものを丁寧にしまい込んでいたエリーだったのだが、満を持して登場したマーツクト殿の娘に一瞬沈黙する。しかし、沈黙のまま終わるはずもない。そして無事エリーに蹴り返されて今回の友好の儀は終えられた。

記事はまたすぐさま世界中へと知れ渡った。こうして平民階級に好かれるだけでなく、無事大物貴族の仲間入りもできたわけだ。いや、貴族のトップに躍り出たといっても過言ではないくらい、最近は恭順を示す貴族が増えだした。

名実共に最強貴族を名乗れる日も近いかもしれない。


満月を見て高笑いをしている日のことだった。

急ぎの配達が届き、そこには王様からの呼び出しが書かれていた。

……クルリ・ヘランの天下は短いかもしれない、と思った。



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― 新着の感想 ―
[良い点] これが三日天下っていうやつか………… 最高にワクワクする展開が続いてて楽しすぎる
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