7章 15話
カラサス領にも竜の背骨の建設が開始された。
いままで経済の滞っていたカラサス領にも明るい話題ができ、領主がためていた財産が領民のもとへと行き届き、ひそかに好景気の予兆が起きていた。
魔導列車は今現在ヘラン領だけで乗られているのだが、その需要は日に日に増えていく。もはやこれはヘラン領だけのものではなくなり、王都から他の領地か観光しに来る人が後を絶たない。
是非乗ってみたいという要望が山の様に押し寄せ、しばらくはその処理に手間取ることとなった。
魔導列車は2号機、3号機と増やしていかなければならない。これだけ需要があれば、製造にかかるコストもすぐに元が取れることだろう。魔導列車の製造に関してはヘラン領のみで行っており、そしてこれは今後もここで製造していく。魔導列車に関連する他のうまみは分配していくつもりだし、魔導列車自体作ると他の貴族に言われて反対するつもりはない。ヘラン領はこの技術と経験を活かして先頭を走り続けるのみだ。
王都では未だ情勢が慌ただしく、俺はラーサーたちにも魔導列車に乗ってほしかったのだが、それは当分敵わないだろうと手紙で返事をもらった。
招待したい者には断られてしまった。
あまりにも多すぎる魔導列車への乗車希望に応えるため、大抽選会を行うことなった。
応募するための権利は直接購入することも可能だが、ヘラン領の温泉に入った者や、職人街で一定額を超えた買い物をしたものにも与えれた。
一か月もの期限を設けて集めれた大量の応募の紙から、俺とエリーが無作為に抽選していく。
金持ちだけが乗れるんじゃ、ちょっと寂しいから、スペースは狭くなるが庶民でも乗れる客車も用意した。快適性が失われる反面、価格は据え置きとなる。一等車二等車三等車と区切り、応募もその希望するランクごとに応募してもらっている。
「ちょっと見て。このシート名前だけじゃなく応募理由まで書かれているわ」
無作為の抽選のはずが、エリーは目についた一枚の紙を取り上げた。
「えーと、この子まだ4歳らしいわ」
俺は黙って聞くことにした。
「なになに? えー!? うそ!? そんなのあんまりよ。ちょっと、この子通してあげて! 」
そういうのをなくすために無作為で選んでいる訳だが? エリーさん、お分かり?
反論したいのだが、無下に扱うと夕食をボイコットされてしまう可能性があるので俺も一応応募理由を読んでみた。
『おじいちゃんはヘラン領で作られているという魔導列車のこと、毎日私に話してくれた。
すっごく楽しそうに、毎日毎日。
おじいちゃんのこと、私大好きだった。
おじいちゃん、いつか私と一緒に魔導列車に乗りたいと行ってくれた。
こつこつ節約して貯めたお金で一緒に行こうと……。
でもおじいちゃんはもうこの世にいない。
私だけでも、おじいちゃんの夢をかなえてあげたい。
だから、一番最初の乗客になりたい。
おじいちゃんの見たかったもの、私が見てあげたい!
お願いします、私を魔導列車に乗せて! 』
うっ。
泣けるじゃねーか。
でもダメです。
字が達筆すぎて4歳とは思えない。
おじいちゃんがこつこと貯めたお金で一等車に乗るの? お金はきっちりとるから、結構高いはずよ? 絶対に金持ちでしょ。
エリーが当選の箱に入れていたが、後できっちりと除外させてもらいます。
「ねえ、みてみて。こっちにも応募理由が乗ってあるわ」
「また!? 氏名と住所だけでいいと言っていたんだけどな」
「なになに? うわー! こんなことあるの!? これも絶対に当選させるべきだわ」
だからそういうのはダメだって!
でも言わないよ。夕食がなくなる可能性があるからね。
『魔導列車が開通したその日、僕の人生が変わった。
不治の病だと言われていたのに、なぜか魔導列車が開通した途端、僕の病は綺麗さっぱり消え去った。
運命だと思った。
きっとこれは神が僕に生きろとメッセージを与えてくれたのだ。
そしてその目で魔導列車に乗ってこいと。
お金はありません、しかし心意気は誰にも負けません。
だから、僕を乗せてください』
すごい話だな、これは。
魔導列車が開通した日に、不治の病が治ったのか?
本当に何かのメッセージ性を感じ取りたくなるような話だ。
でもダメです。
不治の病が治ったのは奇跡だけど、魔導列車とは無縁です。
あと金は払え。健康になったならしっかり働け。
一等車を希望している辺り、なかなか厚かましいやつだ。
エリーは今回も当選の箱に入れていく。あとであれも取り出して処分だな。
「いやー、こうして理由が書かれていると面白いわね。もっとないからし? 」
いや、無作為の抽選だからね!? エリーさん、そこのところ忘れてない?
もう夢中になって探しているエリーを止めることはできなさそうなので、俺は黙ってエリーに協力することにした。
本当の当選者は俺が夜のうちに引いておこう。今はエリーの楽しみに付き合ってやるか。
「あった! これも書かれているわ! 」
「おっ。読んで読んで」
「へえー、今回の話もいいわね。ほら、あなたも読んでみなさいよ」
読み上げて欲しかったのだが、エリーはひとしきり読み終えるとそれを俺に渡して次の者を探しにかかる。当然これも当選扱いなのだろうなと思いつつ、俺も読んでみた。
『旦那が仕事を首になりました。
上司の失敗を擦り付けられたのです。倍返ししてと伝えましたが、倍返しは良くないと旦那に諭されました。
それから転職し、旦那は家に戻る時間が早くなりました。今回の職場は以前ほど拘束時間が長くないのです。
それ以来家族仲が良くなりました。
冷めきっていた家族間の距離も、今では縮まっています。
嬉しいけど、なかなか人に言うのも恥ずかしい話なのでここに書かせていただきます』
魔導列車の話は!?
いやいや、匿名の書き込み所じゃないから!
嘘でもいいから、せめて魔導列車への気持ちを書いて!
先の二人がだいぶ可愛く思えるくらいの書き込みだった。
もちろん落選だ。この場で破り捨ててしまいたい。
もはや無作為の抽選所ではなく、エリーの好きな話を見つけていくという趣旨になりつつある作業はまだ止まらない。
エリーはこれを見つけるのもまたうまく、俺が一枚見つける頃には5枚を見つけているといったペースだ。
「うーん、これはダメね。ストーリーがないじゃない」
エリーが放り投げた紙を俺は拾い上げ、読んでみた。
『魔導列車に乗りたい!! 』
実にわかりやすく、気持ちの乗った文字が書かれていた。
俺としては今までで一番好意的なのだが、エリー先生の気には召さなかった。ストーリーがないからだ! 次回は気を付けるように。
というわけで、こいつは再抽選。
エリーの手は止まらない。
視線も良く動くし、手はもっと早い。
たまに返送して市場でお買い得食材を勝ち取ってくるエリーなのだが、そのときはこういった機敏な動きをしているのだろう。
主婦の目に! 主婦の手さばき!
「次はこれね。うーん、ぎりぎり当選ってとこかしら」
もうルーティン化したかのように、エリーが読み終わり、次いで俺も読み込んでいく。
『息子に魔導列車を見せてやりたい。
その気持ちで二人して見に言ったのがきっかけでした。
一目で惚れましたね。息子より私がもう夢中になっちゃって。
貯金はそこそこあるので、それを使って乗るつもりです。
是非、よろしくお願いいたします』
うわっ。まともなの来た。
お願いいたします、とか言っちゃってる。
すごいまともだ。
変なのばかり読みすぎたせいで、かなり違和感がある。
うーん、ぎりぎり再抽選ですね。
それから流れ作業のように、見つけたらお互いに共有して読み合っていくというのを続けた。エリーは俺に全部渡してくれたが、俺が見つけた中でストーリー性のないものは勝手に再抽選させてもらった。
エリーは当選者を選んでいるんじゃなく、ストーリーを求めているからな。必要としているものを理解する男! それが俺です。
そんな中、俺はエリーにペースでは負けるものの、なかなか濃い内容のものを見つけ出す。
『息子が作ったという魔導列車に乗りたい。
一番いい席が良い。
お金は結構ある。絵をかいて結構稼いでいるからね。
妻も楽しみにしている。
久々に故郷に帰れるのも嬉しい。
ヘランの温泉が懐かしい』
たぶん知っている人からの応募だ。
王都でのんびりと絵を描いてまったり暮らしているあの人だ。
応募してる! 普通に応募してるし!
ちょっと違うなーとか思わなかったのかな?
いや、あの人のことだ。思わないだろうな。
俺はその応募用紙を黙って落選の箱に入れた。
エリーによる選別は時間が過ぎるにペースが落ちていき、夕食の時間にはいよいよ手が止まった。
「ふう、もうこんな時間ね。じゃあご飯作ってくるから、後はよろしくね」
「こっちは任せて」
この間に、俺はエリーの選別を一度無効にし、それらを廃棄しようとした。
けど、せっかくエリーがあれだけ読み込んでいたものを廃棄するのも忍びないので、彼らにも再抽選のチャンスを与えた。
一度箱に戻し、そこから無作為に引いてみる。
偽物の4歳児を引き当ててしまった……。
絶句。冷や汗。恐怖。
大人と一緒に乗ってね。
次いで引いていく。
病の治った無一文も当選……。
無賃乗車はお断りです。
転職の主婦も当選……。
予備知識をお忘れなく。
出るわ出るわ、その後もエリーのお気に入りの応募達が。
ちなみに俺の父親は普通に当選しなかった。
こうして運命に任された抽選会が終わった。いいや、結果だけを見れば、これはエリーに選ばれた者たちだ。
エリーによる、エリーのための、エリーの抽選会はこれで幕を閉じる。