7章 14話
荷物車ができてから、魔導列車は本格的にヘラン領で稼働させることとなった。
一部的な運用だったが、それでも計り知れない経済効果を生み出すことになる。今まで馬車で限定的な量しか運べなかったものが、連結させた10もの荷物車が大量にそれも安価に運び始めた。
真っ先に影響が出たのは、食材の価格だった。
価格が日ごとに安定していき、次第に値下がりもする。
生産者は大量に運べることで、経営が安定して、更なる供給量を増やそうと躍起になっていた。
これはほんの一例であり、同じように更に別の要因でも、経済は周りに周り、ヘラン領の経済は黄金期を迎えようとしていた。
まだまだ手元の資金は寂しい限りだが、この地がこれから生みだす財はこれから図り知れないものになると誰もが理解していた。それと比例するように俺の懐も温まることだろう。
客車の導入はまだされていない。
鹿を轢いて美味しく頂いて以来、事故らしい事故は起きていないのだが、安全面には力をいくら注いでも損はない。
それと初走行の時のままでは快適性が皆無だったため、そちらにも力を注ぐ必要があった。
衝撃を吸収させるため、連結部分に緩衝材を使用したり、車輪の更なる改良にも取り組んだりした。
魔導列車がこれから人を乗せていく機会も増えていくだろうけど、魔導列車がまだ一般的なものになるまでは富裕層の乗り物になるだろう。
そこで、そんな富裕層たちが魔導列車に乗っても不満が出ない程度に音も衝撃も和らげたという話になり、富裕層の代わりとしてエリーに試乗してもらうことになった。
華麗なドレス姿に身を包んでもらい、革製の旅行かばんも持ってもらった。せっかくなので雰囲気を出すために側付きの者を一人側に置き、その人には日傘をさしてもらった。
花柄の扇子で顔を仰ぎながら、エリーは笑顔で魔導列車の客車に乗り込んでいく。
そして往復して帰って来た魔導列車から降りてくるエリーはいつも尻を痛めて、苦悶の表情を浮かべていた。
「ダメね、本当にダメ。もう今日ご飯作らないから」
「次こそはもっといい走りにしてみせるから! だからご飯は作って! 」
不機嫌なエリーを屋敷に送り返して、俺たちはまた魔導列車の改良に取り組む。ご飯、作ってくれるといいのだが……。
魔導列車の改良がすなわちヘラン領の利益につながるため、こちらへの投資も生半可なものではない。
ギャップ商会から出資してもらった分も多くが魔導列車本体に注がれている。
お金を良く食うけど、一番吐き出してくれるのもこいつだった。
「クルリ様、竜の背骨がいよいよヘラン領を横断しようとしています」
魔導列車の改良をしていたとき、倉庫には久々にあの男が姿を現した。
頭は相変わらず丸坊主にしており、人好きのする笑顔を携えている。その日に焼けた顔の持ち主は、竜の背骨建設を先頭で引っ張てきたグラシューだった。
「そうか。想定していたより早かったな。やっぱりリーダーが良いからなのか? 」
グラシューはむずがゆそうにして、照れた顔を隠した。
「やめて下さいよ。それを言うなら、俺たち全員のリーダーであるクルリ様が良いからこんなにも上手くいくんですよ」」
「や、やめてよ」
俺も照れた顔を隠す。
何やってんだろ……。お互いを褒め合って、お互いに照れ隠しして……。
はたから見たらさぞ気持ち悪い光景なんじゃなかろうか。
「本題に戻ろうか。竜の背骨が完成したということは、このヘラン領全域を魔導列車が走りまわることができ、更なる経済発展が見込めるだろう」
「はい、それは間違いなく」
グラシューが力強く相打ちを打ってくれる。
「だがしかし、大事なのはそれだけじゃないよな」
「もちろんです! 」
これにもグラシューがいい返事をしてくれる。
先頭で引っ張って来た彼にも、俺にもまだまだ先は見えている。
「これから先は、ヘラン領の外での仕事だ。勝手は変わってくるだろうが、グラシューの力は間違いなく必要になってくる」
「そう言ってくれると思ってました」
「ただ本当にこれからの交渉次第なところはあるんだ。正直な。どれだけの裁量をグラシューに任せられかまだわからない。俺としては、実績もあることなので、グイグイとグラシューのことを売り出していきたんだ」
「クルリ様がそう思ってくれるだけでもうお腹一杯ですよ。それにまだまだやりたいって気持ちはあるんですけど、同時によくここまでやったなと自分をほめたい気持ちもありまして」
「当然だな。それだけのことをやって来たんだ。もっと自分を褒めて褒めて褒めまくっていい」
俺たちはそれからも一通りお互いの健闘をたたえ合い、後日に来る商談に向けての作戦も練った。
いよいよ、ヘラン領の西隣にあるカラサス領主との商談に入るときがやってきた。
そのためにいろいろと交渉材料を用意した。
ヘラン領で走り回って経済の中核になりつつある魔導列車はいいデモンストレーションになったことだろう。
日にちがまとまり次第、俺たちはカラサス領へと赴くことになった。
カラサス領主には訪問する旨を先日手紙で知らせてある。
せっかくなので、当日は道中魔導列車で進むことにした。
初の客車運用の日でもあった。客車には武装した鉄熱隊300名が乗り込み。
運転席には俺とグラシューとロツォンさんがいた。
空には更に成長して逞しい体つきになったプーベエが魔導列車のスピードに負けずと付いてきている。
魔導列車はヘラン領の端まで走り切り、そこで止まった。
その先にはもうレールがないからだ。
プーベエも魔導列車が止まったことで、地上に降り立った。
領の境目の街道には検問所があり、カラサス領側の役人が俺たち一行に気が付くと駆け付けてきた。
「クルリ・ヘラン殿ですね? 」
「そうだ」
「訪問の旨は領主様から伺っておりますが、後ろに控える隊とドラゴンは如何なる理由で連れてきているのですか? 」
「趣味だ」
「趣味!? しかし、そんな危険分子を我が領にそう簡単には通すことができません。どうか兵隊とドラゴンはこの場に置いていってください。それが領主様のもとへと案内をするための条件です」
「いいだろう。みんなここで待っておくように。俺はちょっとばかりカラサス領主と話をつけてくる」
「いいんですかボス? 話が面倒になったらいつでも俺たちを呼びつけてくださいよ。通らない話も通して見せますから」
「それは頼もしいな。では、行って来る。朗報を期待して待っていろ」
熱い後方からの声援に見送られ、俺とロツォンさんとグラシューはカラサス領内へと踏み込んだ。
カラサス領は正直ぱっとしない領地である。
ヘラン領の隣に位置するということは、つまりは辺境友達も同じなのだ。
やたら広い土地だけを持つもの同士、多くの共感できる悩み事もあるだろう。
俺は商談が上手くまとまることを願って、カラサス領主の館へと向かった。
領地がぱっとしなければ、屋敷もぱっとしておらず、目の前に見える建物はもう数百年も改修工事のなされていない古城のような様相を呈していた。
屋敷の入り口では使用人が数名待ち構えており、俺たち三人に最大限の礼を尽くしてもてなしてくれた。
やたらに親切すぎる態度は逆に居心地が悪く、俺たちが応接間に通された後も執拗に使用人の世話は続いた。
思えば俺たちが護身用に持ってきた剣にも一切話が及ばない。取り上げられて然るべきとも思ったのだが、やはり俺たちの機嫌を損ねないようにと、そういったところにしか注意を注いでいなかった。
応接間で待たされた時間はごくわずかなものだった。
すぐさまカラサス領主と思われる痩せた体系の男が笑顔で部屋に入ってきた。
髪の毛を短く切りそろえて、顎髭を豊富に蓄えたその人は俺たちの元へ近づき、端から順番に握手をしていく。
「ようこそお越しくださいました。クルリ・ヘラン様」
と、ロツォンさんの前で腰を低くして、頭下げる。
「私はロツォンと申すものです。クルリ様はこちらです」
とソファーの真ん中に座る俺を手でしめした。
「え? ああ、こちら様がクルリ様でいたか。すみません、若いとは聞いておりましたが、ここまで若いとは。あ、いえ、決して文句がある訳じゃないのです」
別にいい、とすべなく応えて、彼も席に着くように言った。
やたらと腰の低すぎるこの男に若干の戸惑いを隠せない。
今日の要件は手紙で大体のことは知らせてある。どちらかと言えば、俺たちが頭を下げる側だと思っていたのだが、立場は想定していたものとは真逆だった。
この分なら商談はとんとん拍子で行きそうだ。いや、断りたいからこその丁寧さなのかもしれない。とりあえず、話して見なければわからないな。
「わたくし、カラサス領主をしております、チューイスト・カラサスと申します。隣の領なのに一度も挨拶に行けず、まことに申し訳ございません」
「それはこちらも同じだ。挨拶にくる機会は作れたはずなんだけど、こうして用事ができるまでそれをしなかった。だからお互いに謝る必要はないさ」
まだ頭の低いままのチューイストに俺はできるだけ優しい口調で伝えた。
「そういって頂けると助かります。本当にご慈悲の心、感謝いたします」
なにこの流れ。今日は領主同士、対等な立場で商談に来たはずなのだけど、まるで王族を出迎えるかのような扱いを受けてしまっている。
戸惑っても仕方ないので、居心地の悪いまま俺は本題に入ることにした。
「それで、今日は手紙で大体知らせたと思うのだが、魔導列車計画について共に話したいんだ」
「はい、それは重々承知しております。それでわたくし共も昨夜遅くまで継続して話し合いをして決めたことがございます」
手紙で知らせたのはざっくりとした話であり、詳細は詰めていない。
なのに、チューイストたちが既に決めたこととは? てっきりこれから一緒に話し合うとばかり思っていたのに、話がサクサクと進んでいくではないか。
「竜の背骨建設の話、ヘラン領の今の状況も伝え聞こえております。端的に行って、もはや我々とは違う次元にいらっしゃる。魔導列車が走る竜の背骨分とプラス10メートルの幅、そのカラサス領を横断する一本道をヘラン領に譲渡しましょう」
え? なに言い出してんのこの人?
「チューイスト殿、少し落ち着いてほしい。まずは我々の話をですね……」
「足りぬと申されますか!? 」
終始笑顔でいたチューイストの顔が鋭い剣幕に包まれた。
「足りるも何も、そんな話じゃない」
「もしや、全部ですか……! 」
「だから落ち着いてください」
「ぐぬぬぬ! もはやこれまでか! せめて、せめてこのチューイストの命を捧げます故、どうか領民たちには手を出さないで頂きたい!! 」
チューイストが胸元に隠した短剣を取り出し、己の旨に突き刺そうとしてその場は一転してパニック状態に包まれた場所となった。
三人で気の動転したチューイストを抑え込み、それでも自害を図ろうとしているチューイストを完全に制圧することは敵わなかった。本当に危ないことになりそうだったので、仕方ないと決断して俺はチューイストの首に腕を回して締め上げた。
気を失い、倒れ込むチューイスト。
まさか隣の領主の館にやってきた初日に領主本人を締め落とそうとは……。全くの想定外と言ってよいだろう。
バタバタとかなりの騒ぎがあったため、館に控えていた使用人が数名飛び込んできた。
倒れ込み動きを見せない領主の姿をみて、やはりこうなってしまったか……。と悔しそうな言葉をつぶやく彼ら。
やっぱりとはなんだ。俺がチューイストを締め落とすことがやっぱりなの!? どういう予想のもとそういう結論に!?
慌ただしくなった領主の館だったが、チューイストが死んでいないとわかってからは徐々に落ち着きを取り戻し始めた。
チューイストもソファーの上でしばらく眠り、目を覚ました後は先ほどの激しい動揺も消え去り、まともに話し合いができる状態に戻っていた。
「なに!? では、カラサス領を我が物にしようと画策していたわけではないと!? 」
「そうですよ。なんでそうなるんですか。手紙にはそんなこと一切書いていなかったでしょ? 」
「ですが、クルリ・ヘラン殿と言えば怖い話がちらほらとこちらにも伝え聞いております。民に優しい反面、貴族には一切の容赦をしないとか」
「そんなことはないさ」
「なんでも王都の貴族、アレグラーデン・フォンテーヌがヘラン領を訪れた際にはツボをかぶせられて王都に送り返されたとか……」
「そんなことは……」
あったね。でもあれには事情があってだね。
「さらにクルリ・ヘラン殿は暗殺者集団や最強の私設兵団を所有しているとも」
「そんなこと……」
あるね。はい。
「今日だってそうだ。魔導列車のその脅威を示すと同時に、列車から降りてきたのは屈強な兵士たち。しかも空には巨大な体を浮かべるドラゴンの姿まで。知らせを聞いたときは、ああ、今日が人生最後の一日になるのだと理解しましたよ」
「攻め込んだりなんてしませんよ。安心してください。そもそもそんなことをしては、王家への反逆です」
「クルリ・ヘラン殿には王族との癒着があるとの話も……」
癒着じゃないから! ただラーサーと仲良くしているだけだから!
「ははっ、まぁ聞いているような悪い噂はないと約束しましょう。我々はただ商談をしに来ただけですから」
それからようやく本題となる竜の背骨建設計画の話になった。
技術と人員のいくらかをヘラン領が出し、残りの人員をカラサス領が持つことに。指揮者もヘラン領で担当していたグラシューがそのまま継続することになる。彼は本当にこの国を最後まで渡り切ってしまうかもしれない。そして肝心の資金はカラサス領主が代々ためてきたものを全て吐き出すことで話がまとまった。随分ためていたんだなというのが率直な気持ちだった。
しかし、決して損のある話ではないと彼らも理解しているからこその出資だ。カラサス領に建設されるステーションは俺たちには協力の義務がない。魅力的な場所になるかどうかは彼の仕事となる。
こんな感じで、概ね俺たちが望んだ条件がまとまった。
当初から話をうまくまとめる自信はあったのだが、たった一日でこれだけテンポよく進んだのはいい意味で想定外だ。
これはあれだな。
はじめ、攻め込まてすべてを失う可能性さえ考慮していたチューイストは、その後の話が全て想定していたものより良いものだということで前向きに物事を考えるようになった。普段悪いことしている奴が、たまにいいことするとめっちゃいい人に見える現象と似たものだ。俺を恐れていただけに、優しくカラサス領の利を解いてやるだけで神のごとく扱われた。
こうして商談はまとまり、ついでにお土産まで持たされた。
「次の交渉時も、鉄熱隊を連れていくか……」