7章 13話
完成してしまった……。
とうとう魔導列車の完成形がその姿を見せてくれたのだ。
全体的に黒光りしており、大きな鉄の車輪が左右に5つずつある。胴体部分は高さ4メートル、長さ10メートルもあり、その天辺には動力源である水やり器を改良した黒い鉄の筒が二本乗せられている。既に水やり器ではなく、エンジンとなったそれは水やり器だった頃とは違い、中に一本の太い鉄の芯が通っている。その周りを筒に触れないように鉄の板を円形上に、外側に反るように並べられている。魔石からエネルギーが放たれ、回路を通ったそれはエンジンを稼働させ、反作用を推進力として魔導列車はその巨大な体を走らせることが可能になるのだ。
正面に回ってみると、金色のプレートが貼られており、そこにはヘランの名前が刻まれていた。
感動のあまり、俺は魔導列車に抱き着いた。ひんやりとしており、大地に根を張ったかのようにびくりとも動かない。俺に習って、他の者たちも魔導列車に抱き着いた。皆同じようなことを考えているのだろう。ほほをつけて、ひんやりとした冷たさを味わっていた。
こんな巨大で重たいものを走らせようと考えるなんてとんでもなく無謀な連中だ。しかもそれを実現したのだからなおのことすごい。
「みんな! よくやった! これはヘランの宝物だ! 」
テンションの上がった俺は魔導列車の上にまで登る。上から見下ろすとこれがまた高い。4メートルってこんなにも高いのかと感銘を受けた。
今度もまた全員俺に習って魔導列車の上にまで登ってくる。
上に登られることなど想定していないので、次々に登ってこられたときに冷や冷やしたものだ。
こいつが先頭になって、この後ろに荷物車や客車を連結していく。そちらはまだ作っていないが、魔導列車の本体部分と比べて製造はかなり簡単にできるだろう。
だから、現状を持って、魔導列車は完成と言ってよかった。
夜中になり、人が寝静まったころ、職人街の倉庫の前に10頭もの力自慢の馬が集められていた。交通量の少ない夜間に、この馬たちに始発ステーションまで運ばせるつもりだ。
ロープで魔導列車を固定して、それを馬たちにひかせる。
これから多くのものを運んでいく魔導列車が、最初にして最後の運ばれ役になる時だった。
輸送が完了したのが、ちょうど日が昇り始めた頃だった。
完成してピカピカの状態を保ったヘラン始発ステーションに入り、慎重にレールの上に魔導列車は乗せられた。
始発ステーションはレンガ造りの建物であり、多くの民が親しみやいように温泉宿を模した巨大な建物になっている。実際に入ることはできないが、ところどころに実際に温泉の湯がたまった場所もある。そこに石像などを置いたりしてお洒落さを醸し出していたりもする。そのうちの一つに俺に似た裸の石像があった気がしたのだが、見なかったことにしよう……。
列車が実際にレールに乗せられると、魔導列車には命が吹き込まれたような存在感があった。レールと車輪が擦り合う音が建物の中に響き渡る。これから何度も聞いていく音になるだろう。
竜の背骨は今、ヘランの地の7割程度までその長さを伸ばしている。
クダン国全体に竜の背骨が張り巡らされる前に、ヘランの地で一足先に運用していくつもなのだが、それは今日でもいいのではないかと思えてきた。
「荷物車や客車を待つまでもなく、この本体部分でだけで走ってみないか? 」
俺の提案にその場にいた全員が同意した。
とはいえ、その場には俺を含めて100名もの人がいたので誰が限られたスペースに乗り込むかという話になる。
ここは単純にくじ引きで決めようとなった。
俺だけは特別扱いしてくれようとしていたが、それは断る。俺は結構くじ運が強いのだ。正々堂々引き当てて乗り込むつもりだ。
それで決まったのが、魔力を操れる者、操縦者2名。
それ以外の乗り組印を8名。合計10名だけが栄光の乗り手となることがでる。
魔力を操作することのできるものは俺を入れて7名いた。この中から二人が勝ち残る。
上に立つものとして、こういうのは彼らに譲るのが正しいのかもしれない。
正しいとかそんなことは、今はどうだっていいのだ。
何が何で早く乗ってみたい。そのスピードを、パワーを、その存在を味わいたいのだ。
だから勝たせてもらう!
両手を天に向かって突き上げ、俺は祈った。
始めは結局は誰が乗ってもいいという緩い雰囲気のあった彼らだが、俺のあまりの本気度に感化されて、それぞれが己独自の必勝祈願法を行なっていく。
全員の精神が満たされたところで、くじ引きの箱の前に整列する。
俺は7人目に並んだ。ふん、これぞ王者の余裕ですよ。俺の祈りは完璧なはずだ。
と、思っていたら一人目がいきなり当たりを引き当てた。
おーい!! 王者の余裕だと!! そんなこと考えなければよかった!
あと当たりは一つ。その後2人目、3人目が連続してハズレを引いた。
もう体面も気にせず、よしっと叫んでしまった。完全に辺り一帯そういう空気なので全然大丈夫だ。
4人目が箱に手を突っ込んだまま、固まる。触った感触で図ろうというのだ。
馬鹿め、わかるわけないだろう。正気を失うな。
案の定、やつはハズレを引いた。
5人目もあえなく散る。奴は一瞬だったな。
そして、運命の6人目。
そいつは魔導列車第一号『フィリップ』の運転者にして、あの日脱線事故で頭から血を流していた男だった。
やつはくじを引きに行く際、俺に一言告げた。
「クルリ様、この名誉は私が貰います」
ぼそりとした声だったが、力のこもったものでもあった。
まずい! 持って帰るつもりだ! やつはこの名誉を息子のフィリップの元へ!
これが父親の強さなのか!? くじ箱へ向かうその背中はかなり大きく見えた……!
けど、くじ引きにそんなものは一切関係なく、普通にハズレを引いていた。
ということは、あと一票は必然当たりになる。
俺はくじ箱に残った紙を取り出し、折りたたまれたそれを丁寧に開いていった。
『やったね。アタリ! 』
もうちょっとマシなことを書けなかったのか、と思ってしまったが、嬉しいことには違いない! よしっと今度は人のハズレを喜ぶのではなく、自分の辺りを世転ぶ声を出すことができた。
こうして醜い乗組員決定戦は幕を閉じた。
栄光ある初乗り組たちは急いで乗り込み、それぞれに仕事の分担をしていく。
竜の背骨の半分程度まで走る予定だ。そこには方向転換させるレールがあるため、始発ステーションまで戻ってくる。
行きの運転手には俺が選ばれた。
竜の背骨はまっすぐに建設されているため、スピードの出し過ぎでもなければ脱線の心配もない。乗組員に安心するように伝えた。
俺は魔石に触れ、魔力を流し込んでいく。
回路を伝って、魔導列車の上に設置された水やり器式エンジンを稼働させていく。
ごうっと魔導列車の中に響き渡る轟音。エンジンのつき始めことその音はすさまじかったが、出力が安定してくると音も次第に静まった。
エンジンの温まり具合を確認して、俺は魔導列車のブレーキをオフにする。それと同時に水やり器式エンジンへ魔力を更に流し込む。
レールの上にある車輪がギーと甲高い音を発しながら徐々に回転していく。
その速度は徐々に加速していき、始発ステーションから見える外の景色へと一気に走り出した。
金属の車輪が凄い音と衝撃を生み出しながら、魔導列車は安定したスピードに乗った。エンジンの音、風の音、中での作業音に、車輪の音、何から何まで快適性のない乗り物だったけど、確かに走っている。
それも馬をも置いてけぼりにするほどのスピードを安定して出し続ける。
俺は魔導列車の側面につけられた窓を押し開けた。
そこから顔を出す。
ブワッと体ごと持っていかれそうな強風が顔に吹き荒れる。頑張って片目を開けてみた。
緑豊かなヘランの景色が凄まじいスピードで過ぎ去っていく。
頭を魔導列車の中へと戻した。風にいじめられた目に涙が浮かんでいた。
「ぷはっ! 外見てみ! 超すごいぞ」
手の空いたものから、俺がそうしたように側面の窓から顔を出して外の流れる景色と、この魔導列車のスピードから生み出される暴風を味わっていた。
運転者のちょうど視線の辺りに、鉄でできた小窓がある。
そこを押し開くと、この魔導列車が走っている竜の背骨も見えた。
視界良好、このまま飛ばしても大丈夫そうだ。
しばらく走ると、魔力の操作にも慣れてくる。
今回の運転で得た情報もみんなに共有しなくてはなと思う。魔導列車はこれから走るたびに更に更に良いものになっていくはずだ。
それから魔道は一時間も走り続けた。
そこで前方を確認すると中継地点が見えてくる。方向を切り替えるためのポイントがある場所だ。
魔力の供給を弱め、徐々にブレーキをかけていく。
魔導列車はところどころからガタガタと怪しい音が響くものの、俺の操作には素直に従ってくれ、結局中継を手前に綺麗にその動きを止めてくれたのだ。
轟音が鳴りやみ、激しい揺れも収まって、俺たち乗組員はなんだか遠く味わっていなかったように、この静寂をしばし大事に過ごした。
魔導列車のパワーは凄まじい。それが生み出す音や衝撃もそれだけすごかったのだ。
魔導列車から降りた俺は、この走って来た竜の背骨を視線でたどる。
その先に始発ステーションは見えず、まっすぐな地平線がみえるばかりだった。
馬では考えられないスピードでこの距離を走って来た。しかも距離が伸びれば馬は休息を必要とする分だけ、さらに魔導列車との速さに差が付いてしまうだろう。一回に運べる荷物量も人数も桁違い。
轟音と衝撃に苛まれるだけのメリットはありそうだった。
魔導列車の方向転換もこの時が初めてだったが、これもすんなりとうまくいった。
帰り道は運転手を交代する。
俺は帰り道は手持ち無沙汰となってしまった。
しかし、それだけに魔導列車のことがより一層良く見える。
中もまだまだ改良できる。スピードもまだ出せる。
それにこの鳴り響く轟音と衝撃も、乗り込む客のことを考えるとまだまだ改良の余地はあった。それでもこれだけ安定して走れる乗り物が誕生したことにただただ喜びが湧き上がる。
皆が忙しく働くなか、俺は側面の窓から景色を楽しむ。
楽しむほどのんびりとは見られらないが、今まで馬で走ったことのある土地を過ぎる時は感慨深い気持ちになった。
轟音が鳴り響いて他を気にする必要もないので、俺は鼻歌を歌い始めた。
この愉快な気分を表すかのような、軽快な歌だ。
ふんっふんーと俺の気持ちは高鳴る。
魔導列車の水やり器式エンジンも温まり、いい音を出す。
車輪も活きよりスムーズに回っている気がする。
乗組員のテンションも最高潮だ。
ドンッ!! 衝撃的な音と揺れが襲ってきた。
完全に気を抜いていた俺たちはその衝撃で倒れ込む。
幸い強く体を打ったものはおらず、皆すぐに立ち上がった。運転手は急いで魔導列車にブレーキをかけ、エンジンへの魔力供給もやめた。
何事かと説明を求める視線を向けられた彼は、申し訳なさそうに答えた。
「すみません、前方不注意で何か轢いてしまいましたっ」
青い顔した彼はそういった。
魔導列車が止まったと、俺は外に出て、轢かれたその物体を見た。
鹿だった。
もう絶命している。
「まぁいい教訓になったよ」
近くに寄って来た運転手を励ました。本当に良かったよ、鹿で。鹿には申し訳ないけど。
「本当に申し訳ございません。鹿……どうしましょう? 」
「食べよう! 」
初めて魔導列車が走った日の記念に、今日は鹿を皆に振舞おう。
鹿の血抜きをそこで行い、俺はそれを担いで魔導列車に乗り込んだ。
帰り道は、手持ち無沙汰になったはずの俺にも仕事ができた。
魔導列車がそのパワーを存分に発揮しながら走る中、俺は丁寧に鹿を解体していった。
「鹿なべー。鹿なべー」
俺のご機嫌な歌はその後も続いた。