7章 10話
「いやーあれだけ話したいことがあったのに、なぜだかこうして向かい合っていると不思議と話が出てこないものだね」
ソファーに腰を下ろしたトトが俺の向かいでそんなこと言った。
以前の記憶をなくしている俺としても何から話していいのかちょっとした悩みどころではあった。
「薬草づくりは順調か? 」
だから彼が得意だし、俺も興味のある話題から入ることにした。
「ああ、王都で話した日の光を必要としない薬草はもう完成した。順調に行けばもうすぐ商品かもできるだろう」
「それは良かった。このヘラン領を生産の地に選んでくれれば太陽の日に困ることもないけどな。しかもこの地の植物は良く育つ」
「あ、それ本当に検討しているんだよ。君が今やっている魔導列車が完成したら、この地を生産の拠点にすることで、王都までの輸送途中で他の領地にも商品を卸すことができるし、なによりこのヘラン領は広大だろう? 王都でところ狭しに生産している現状はあまりいいとは思えないんだ」
「是非来てくれ。トトの会社ならいつだって歓迎だ。友人関係抜きにこれはお互いに多くのメリットのある話になりそうだ」
うんうんとトトが頷いた。
あまりよく話すタイプの人間だとは思えない彼だが、薬草や経営の話になるとすごく快調に口が弾むようだ。
「ギャップ商会の薬草は評判がいいからな。ヘラン領にも行商人が数少ないけれど輸入してくれているんだ。それを購入した領民からの評判を聞いている。価格に比べて性能がすごく優れているというじゃないか。流石に王都からは大量に仕入れることができないらしく、常時仕入れ待ちといった状態だ。まったくすごいものを造り上げたな」
「それを君が言うのかい? 今売り出している商品の、それも売り上げのいいものはほとんどが僕と君の共同制作と言ってもいいくらいなんだぜ? 」
「うーん、やっぱり思い出せないけど、なんだか想像したらそれはさぞ楽しそうな光景が浮かんでくるな」
「実際楽しかったよ。君と僕とアイリスで薬草や独自の野菜を作り出していたんだ。あの日々は僕にとって黄金の日々だよ」
「え? ちょっと待って」
こやつ今なんと? 俺の聞き間違いかもしれないが……。
「俺とトトが共同でやっていたんじゃないのか? 」
それは普通に想像できる。
トトも俺も貴族という身だが、なんか普通に土いじりしている姿が思い浮かぶ。
しかし! そこのあのお方を入れてはならんだろ!
「そうだよ。僕とクルリが。その傍にはいつだってアイリスもいたよ。彼女も自分の野菜を大事に育てていたからね」
「あのアイリスが!? 」
絶世の美女にして、第一王子お気に入りの女性。更には博識で人望も携えている。
なのに野菜を育てていたの?
「なんだか、想像できないな」
「僕からすれば君のほうが随分と異質だったけどね。アイリスは貴族ではないし、当時手のや足腰からして畑作業は得意に見えた。僕は僕で貧乏貴族だったから優美さなんてなく、薬草で手をいつも緑色に染めても違和感なんてなかった」
へー、トトって貧乏貴族だったんだ。なんかわかるー。苦労してそうだもん。
「それなのに君ときたら田舎とはいえ、広大な領地を持つ貴族の嫡男だ。なのに鍛冶仕事をいつも行っているし、貴族同士の華やかな輪にも混ざらない。僕が薬草を一緒に育てないかと聞けば快諾する始末だ。誘っておいてなんだけど、あれはいい意味でびっくりしたよ」
鍛冶仕事を学園にいた頃からやってたんだ。何してんだろう俺って。ちゃんと貴族やれよ。
「俺ってなんで鍛冶仕事をやっていたの? 」
「え? 僕に聞かれても……。正直いつか君に聞きたいと思っていたくらいだし」
「ああ、そうなんだぁ」
謎は深まるばかり。
応接室でトトとそんな話をしていたら、扉がノックされた。
「どうぞ」
入って来たのはエリーで、俺たちに紅茶と手作りのケーキを差し入れてくれた。
エリーがそれらをテーブルに並べている間、ちょっとだけトトの異変があった気がした。ほんのちょっとした変化だったけど、一体なんなんだろう。
エリーは手早く作業を終えて、トレーをもって笑顔で去っていった。ごゆっくりと一言添えて。
俺とトトは紅茶に手を伸ばす。
うーん、ヘラン領でとれた独特の香りを持つ茶葉を使用している。エリーの紅茶をいれる技術も日に日に良くなっているな。
「エリザさん、随分と変わったな」
トトも紅茶に手を伸ばし、一口飲んだ後そんなことを言った。エリーも学園に通う貴族だったから、当然トトとも知り合いだった訳か。ということは、さっき一瞬見せた変化は、エリーへの昔の思い出がそうさせた?
「どう変わったんだ? 」
「うーん、昔はもっとこう……苛烈だった」
「苛烈!? 」
「そう、苛烈。それも劇的なくらい。正直僕は貴族の連中が嫌いだったけど、エリザさんに対しては嫌いという感情よりも恐怖という感情のほうが強い」
「なにそれ!? 」
いや、でもなんとなくだが、わからないこともない。
一緒に目覚めて、鍛冶職人の店を開いた頃のことを思い出すと特にそうだ。
日に日に丸くなる彼女の性格だが、始めのころはそうだったろうか? もっとつんつんしていた。そして時にデレた。
ツンツンの具合は日によって違い、確かに機嫌の悪い日には苛烈といってよいツンツン具合だった日もあったな。……エリーの楽しみにしていたシフォンケーキを隠れて食べた時には花瓶で頭を殴られたっけ。俺が悪いんだけどね。
「随分と丸くなったね。彼女も記憶がないんだったよね? 」
「そうだな。学園にいた頃は尖がっていた? 」
「かなりね。君は変わらないのに、不思議なものだね。ていうか君に影響されてんじゃない? クルリは昔からちょっとゆるいところがあったし」
「ゆるいってなに? 頭のネジが!? 」
「そうじゃないよ。なんていうか、大らかっていうか、よく言えば器が大きいのかもしれない」
あー、そっちね。あんがと。
「ちょっと抜けているだけかもしれないけど……」
ネジが!? ネジが抜けてんの俺って!!
「あの苛烈だったエリザさんと、貴族の枠を超えて自由に生きてたクルリ、思えば二人が一緒になったのってそうおかしな話でもないかもしれない。あのエリザさんを受け入れることができるのはクルリくらいしか思いつかないからな」
一緒になったって……。まだですよー。恥ずかしいから言わないけど。
でもそのうち言わないといけないよなー。みんなにもエリーにも。
「まっ、昔の話はこれくらいでいいか。クルリとなら昔の思い出なしでも、また新しく友人関係が築けそうだし」
「そうだな。俺もそう思うよ。ギャップ商会に囚われていたときでさえ、トトとの会話はなんだか楽しかった。なんでもない会話なのにな」
「僕もだよ。未だに君くらいとしかこんなにスラスラと会話ができない。部下のトリスターナやヌーノなんて僕の仕草で伝えたいことを理解してくれるものだから、余計に会話能力が上達してくれない」
「面白いなそれー」
なんだか想像して笑ってしまった。
人間関係苦手そうだもんなー、トトって。
「面白いのは君も一緒だけどね。この手紙、なんだよこれ。こんな手紙は初めてもらったぞ」
そう言って彼は一通の手紙を取り出した。
てっきりアーク王子から託されてものかと思っていたが、見覚えがある。テーブルの上に置かれた手紙は俺がトトに差し出したものだった。
「これを読んだ部下が何人か顔を真っ赤にして怒っていたぞ。僕はなんだかクルリらしくて好ましかったけど」
あれ? なんて書いたっけなぁ。
手紙に手を伸ばし、開いて読んでみた。
『トト、金を貸しくれ。ヘラン領超金欠。 クルリ・ヘランより』
真っ白な紙の上らへんだけにそう書かれていた。
えー、俺こんな手紙書いたかな?
ああ、書いた書いた。確か書いたのが深夜だったな。
丁寧な文章を考えたんだけど、なんか急激な眠さが襲って来たんだよ。
で、近くに配達係の者も待たせていたし、もう伝えたいことだけ書いちゃえってな感じで書いたんだった。
結果、この文章か……。
ひどいな、我ながら。
「ごめんなさい」
素直に謝っておこう。
「いいよ。随分と笑わせて貰ったし」
「そこに書いた通りなんだ。人員は間に合っているんだが、少し羽振りが良すぎたせいで資金が予定よりも早く底をついてしまいそうだ。で、思い出した。そうだ王都で出会ったトトは友人だというし、王都で急成長しているギャップ商会のトップでもある。そうとう金持っているだろうし借りてしまえ、とね」
「ま、まんまだね……」
トトはまさにこれぞ苦笑いとばかりにひきつった顔をしていた。
「ただ、友人とは言え、ただお金を借りるのは忍びない。もちろんギャップ商会にも利のある話を用意している」
「クルリがただ金をよこせ、というだけでも僕は出すけどね」
「そう、ギャップ商会には絶対に損を……てええええええええ!! 」
なに言っちゃってんのこの人。
見た目に反してかなり大胆なこと言うなー。いいの貰っちゃうよ? めちゃくちゃ貰っちゃうよ?
俺が驚愕に目を見開いていると、トトは話を進めだした。
「ただそれは僕個人の意思であって、ギャップ商会の面々は反対するだろうね。僕を慕ってくれている人も少なくない数いる。彼らを失望させたくないから、代わりに他の方法を持ってきた」
「他の方法とは? 」
「金を貸すんじゃなくて、出資という形にしたい。金は出す、その代わり魔導列車完成の暁には、ヘラン領が持つ権利のどこかをギャップ商会に譲っていただきたい」
出資か……。いいね、それ。
ほかならぬ、トトなら余計に良い。
というよりも、信頼できる男なら出資の形が一番好ましいのかもしれない。
「その形をとればギャップ商会の面々も納得するか? 」
「うん、納得する」
トトの目を見つめた。身長は低く、体も痩せているが、ひ弱な人間には見えない力強さを秘めていると今更ながらに気づかされる。
「お互い、背負うものが増えたな」
「そうだね」
そういうと二人とも笑い出した。
今不思議と、学園でトトと一緒に薬草を開発していたという話にすごく実感がわいた。ああ、俺は彼とならそういうことをやっていそうだなって、今確信した。
「実はな、出資という話はある程度考えていたんだ。クダン国を横断するのにヘラン領がもつ資金では到底追いつかない。だから通過する領地の領主に一部権利を譲渡することで人員と資金を提供してもらう。お互いに利益のある話なら無下にはされないからな」
「僕もそう思うんだ。金を貸すとなるといつ返して貰えるか目途がたたないとそれが不満に繋がることにもなる。だから出資という形をとり、僕たちも制作の身内になることでより一層の協力関係を築いていけると思う」
二人の意見が一致したのだ。
もうこの形でいいだろう。ならば、何を渡すか。
きっとトトは並み半端な額は出さないだろう。それこそ彼の心意気を感じられるような大金を出してくれるに違いない。
ならばこちらもそれに見合うだけの権利を渡すべきだ。
「まず一つ目に、ギャップ商会がヘラン領を生産拠点にするという話、それが実現する暁には俺が一等地を選ぼう。魔導列車の始発ステーションがある辺りはこれから地価があがっていくだろうから、その付近にギャップ商会への土地を提供する」
「それはありがたい。魔導列車が完成した後はもちろん、その前にもこちらに支所を持ちたい。本当に助かるよ」
「更に……」
「更に? 」
「今決めたんだけど……、王都にできる終着ステーション、そしていずれは最大のステーションになるであろうそれを、ギャップ商会に渡す」
「それは本気かい? 僕が想定する限り、魔導列車が止まるステーションの意義はかなり重い。物がそこから運ばれてくるのだから、間違いなく付近の地価はあがるし、多くの商業施設建てられる。生み出されるその利益は長い目で見ると天文学的な金額になるとおもうのだけど。それも王都のステーションだ」
「理解しているさ。ギャップ商会だけじゃない、各領地にステーションを一つ建設していく。その権利もその土地の領主に譲るつもりだ。トトみたいに理解の早い人間だと、かなりの出資を見込めそうだろ? 」
「それだとヘラン領のうまみが減ってしまう気がする。せめて王都にあるステーションだけでも君が確保するべきだ」
「うーん、俺はヘランの人間だからな。王都までどうのこうのってのは、正直その良さを持て余してしまう気がする。それなら一層信頼できるトトに渡してしまったほうがすっきりするってもんだ。大丈夫ヘラン領の利益はちゃんと見込んでいるし、あまり儲けすぎても良くない」
「君が魔導列車計画を成功させた暁にはその膨大な利益を受ける権利は十分にあるとおもうんだけなぁ……。でもくれるっていうなら貰おうじゃない。その代わり、ギャップ商会の持てる財産のすべてを君に出資するよ。完成の時まで全面的にフォローすると約束しよう」
「ありがとう。頼りにしてる」
俺たちは立ち上がり、再会した時よりも力強くお互いの手を握り合った。
「とりあえず、今日は温泉入っていけよ。ヘラン領の温泉は入ったことある? 」
「いいや、ないな。君に誘われたことがあったけど、薬草の手入れがあったから断ったんだ。念願のヘランの温泉だ。楽しみにさせてもらうよ」
「一番の温泉を用意しよう。もしくは屋敷の裏にある温泉でもいい。ちょっと狭くて足元が危ういが、なかなか悪くない」
「そうか、ならそっちに入らせて貰おうかな。そうそう、うちの使用人たちなんだが、馬車の数が結構多かったろう? あの中には準備できた資金と、ヘラン領で売りさばく予定の薬草が入っているんだ。君の許可があれば早速売りに出したいんだが」
「薬草も運んできてくれたのか!? 願ってもないさ。ギャップ商会の薬草だろ? みんな喉から手が出るほど欲しがっているんだ。ちょっと待ってろ。今許可証を出してやるから」
俺はそこらへんにあった紙にペンを滑らせて、ヘラン家の印を押してやり、許可証を発行した。
『薬草売っていいよ。 クルリ・ヘラン』
渡されたトトはなぜか少し戸惑い気味だ。
「いや、いいの? これで」
「ああ、うちの領は大体これで済ませてある。どうも俺の筆跡ならみんなわかるらしいし、印鑑もちゃんとあるから信頼して貰えるから大丈夫だ」
「へ、へぇー……。なんか君の領地って良くできてんだか、なんというか……。まぁいいや」
「市場の側に噴水があるから、そこら一帯を解放する。そこでしばらくの間やりくりしてほしい」
「場所さえあれば十分だ。資金はすぐに屋敷に運ばせよう」
俺とトトは今後の段取りを手早く決めて、気になる例の手紙を見ることにした。
犯罪者集団を俺にさしむけ、手紙を読めばわかると言ってきたアーク王子の横暴さが証明される瞬間だ。きっと厄介な犯罪者集団を俺に押し付けたに違いない。
「じゃあ、手紙を読もうか」
なんか一人だと不安だったので、トトにも一緒に読んでもらった。
『クルリよ、元気にしているか? 俺は元気だ。王都は最近天気が良く、そのおかげで気分も明るい。ん? そんな話に興味ないだと? 肝心な話をしろ? ふははは、断る! お前が急いで知りたがっていることなど手に取るようにわかるぞ。だからなお焦らす!
……と、やり過ぎたらお前は手紙を破いてしまいそうなので、本題に入るとしよう』
こいつめっちゃ腹立つな! 手紙に亀裂が入ってしまったよ。
『お前に送り付けた連中は王都の大監獄に収容されていた連中だ。お前が生きていると情報が入って以来、軽く暴動が起きかけてな。かなり手に余っている状態だ。王都はただでさえ、大変なんだ。これ以上厄介ごとは増やしたくない。だから奴等はお前に任せる。お前が奴等をヘラン領に呼びたがっていると伝えたところそれはもうお祭り騒ぎだったぞ。じゃあ、あいつらのこと頼んだぞ。監獄に入っていた頃の様に上手に手名付けてくれ』
……本当に厄介払いじゃないか。王都で手に負えなくなった囚人どもをヘラン領に送り付けてきやがった……。魔導列車計画の人員補充のつもりか? 確かに力仕事では役にたちそうな連中だが。
それにしても、まずは一つ確認しておかなければならない。
「トト、俺は犯罪者なのか? 」
「ええ? いや、知らないけど……」
「王子の手紙の内容からして俺も王都の大監獄に入っていたっぽい。ただのでたらめだといいんだけど」
「ああ! そうだ、君が消息を絶つ前に確か王都で捕まっていた時があった。あれのことか」
でたらめじゃないんですけど!!
本当に捕まっていたっぽい。
罪状は!? 罪状はなんなの!?
とりあえず、手紙は破いた。
「いいの!? 」
トトは驚いていたが、いいんだよこんなもの。ついでに魔法で焼却。塵となって消えた。
今日だけでも記憶から消しておきたい。明日からはあんな連中を指揮するんだ。今日くらい忘れてまったりしたい。
「トト、ギャップ商会の手配が済んだら、一旦手紙のことは忘れて温泉に行こうか」
「君がいいならそうするけど、忘れられるの? 」
意地でも忘れてやる。
「いこう! 」
「ヘランの温泉かぁ。楽しみだなぁ。君にお湯を飲まされてお腹を下した思い出しかないから、ようやくその本当の良さを知れるよ」
記憶のなくなる前の俺、何やってんの。
大監獄に入っていたのも真実実を帯びて来たな。