7章 9話
魔導列車の制作を俺が中心に担当し、始発ステーションはロツォンさんに指揮を任せてある。更にこの度竜の背骨建設にも領民の同意を正式に得られた。
魔導列車の完成目途が立っているため、竜の背骨建設も同時に進めていきたいところである。
「グラシュー、ちょっと来てもらえるか? 」
魔導列車制作中、俺は先日さくら役で頑張ってくれたグラシュー青年をよびつけた。
「なんでしょう? クルリ様」
作業帽子を取りながら、煤で顔を汚した彼は俺の前へやってきた。
身長が高く頭を丸坊主にした爽やかな青年だ。集めた職人の中でも若いほうで、みんなから愛されるような性格をしていた。
今も疲れていることを顔に出さず、けろりとした表情をしている。
「グラシューたちが担当していた車輪、見たぞ。非常によかった。軽量で、それでいて丈夫。メンテナンスの際の手軽さも見込めるだろう」
「はい、褒めていただきありがとうございます」
彼は照れ臭そうに頭の後ろに手を当てて、ニコリと笑った。
「それで相談があるんだ。グラシュー、君の働きを見て考えたのだが、竜の背骨建設の指揮を君に任せたいと思う」
「えっ? 冗談ですよね? 」
「いいや、冗談なんかじゃない」
戸惑った顔のままの彼に、俺はそう決断するまでの思考を語る。
「始めは俺が行こうと思っていたんだが、やはり魔導列車の完成を見るまではこの場から離れたくない。何より優先すべきことだしな。ロツォンさんに、とも考えたがあの人にはもう手一杯になるだけの仕事をこなしてもらっている。これ以上は厳しいだろう。そこで白羽の矢が立ったのがグラシューだ」
「でも、自分は手先が器用なだけで……。あの、あまりそういった感じの仕事には向いていなんじゃないかと」
「なに、こんなものは慣れたら問題なくなる。それよりも車輪を知り尽くしたその知識はレールづくりに役立つし、皆に愛されるその性格を高く評価したい。是非やってみてくれないか? 」
「クルリ様がそこまで言って下さるのならやってみますけど、きっと後悔させてしまう結果になってしまいます」
「大丈夫。レールのいろはは事前に叩き込んでおく。あとは現場でグラシューが皆に率先して仕事に取り組むだけいい。仕事の分担などもあらかじめこちらで手配しておく。要は、グラシューはみんなの仕事の手本として動いていくだけでいい。もっと気軽に構えてくれていいんだ」
「そんなもんでしょうか? 」
「そんなもんだ。自信たっぷりに先頭を歩いていけば、自然と他の者も付いてくるさ」
こんな感じで説得すれば、グラシューもさすがに嫌とは言い出せず、次第に任命された仕事の大きさを理解してきて誇らしい気持ちが勝って来たらしい。
話した一時間後には彼のほうから再びやってきて、先ほどの件を是非自分に任せて欲しいとまで言い切った。
……言い切ったからにはやってもらおう。
もちろんサポートは全面的に行うつもりだ。最初は俺も手伝うし、仕事のプランもこちらで立てる。しかし、慣れ来たころに、彼にいろいろな仕事を背負ってもらうつもりだ。グラシューは調子のよい若者風の態度でいつも場を和ませているが、あれでいて実はすごく要領のいい男だ。手先だけが器用と言っていたが、とんでもない。かなりの世渡り上手だ。手先が器用な男は生き方が不器用だというけど、その両方を得た彼はなかなかに得難い人物である。徐々に経験を積ませてやれば、はい、出来上がり。ロツォンさん第二号!ふふふっ、使える者は使っていくのが俺の主義だ。
こうして次の日、グラシューにはさっそくだが竜の背骨建設組を率いて貰うことになった。
当日は俺も現場に駆け付け、全員に作業工程を話していく。専門的なことは一部に任せ、あとはルーティン化した作業を覚えてもらう組に分かれた。
思ったよりも現場はスムーズに稼働していく。
やはり頭に任命したグラシューという男は良く働いた。
責任感からか、徐々に覚えていけばいいと思っていた部分も数日で覚えてくる勤勉さに、ももとも兼ね備えた人好きする性格が功を奏し、現場はかなり雰囲気よく仕事がはかどった。
この分なら俺は予定していたよりも早くグラシューに全権を任せることができそうだった。
魔導列車に携わる人の数は日々増えていった。
今やヘラン領は主要産業以外の活動をほとんど休止している状態だ。全員、魔導列車が走り出すその日まで働き通す心意気でいた。
そんな折、ロツォンさんが俺のもとにやってくる。
いつも通り冷静な顔をしているし、態度にも一切出していないがなんの話かは凡そ想像がついた。俺は魔導列車の設計図をしまい、彼を出迎えた。
「ロツォンさん、ようこそ。なにか大事な話でもありそうな顔だね」
「おや? 顔に出ていましたかな? 」
「本当は顔には出ていないけど、そろそろ来ると思っていたよ」
「では話はおわかりでしょう。そろそろ資金が底を尽きます」
「やっぱり」
細かい管理はロツォンさんに任せてあるとしても、俺だって大事な資金の流れは毎日のように追っている。
だいぶ前から資金面への不安はあったが、これは想定していたよりも早いものだった。
レールの建設はヘラン領分のみで進行状況3割程度。
魔導列車の製造は進捗状況7割といったところか。
幸いロツォンが指導している始発ステーション建設組は進捗状況9割で完成が見えている。
魔石の採掘現場は今の人員をこれからも長く維持していかなければならない。
ヘラン領が稼ぎとして頼りにしている温泉と、職人街の商品の売り上げは悪くない。それどろか徐々に右肩上がりでさえある。それでもこれだけの急激な出費には耐えられなかったわけだ。
「そもそも人件費が多いのです。あまりにも支払い過ぎているように思えますね。ヘラン領の給金が近隣の領地と比べて破格であり、更にはこれだけ仕事があるのですからこちらに移住してくるのも当然と言えます。その全部を雇っていたんじゃ、予定より資金が底を尽きるのが早くても当然と言わざるを得ません」
ロツォンさんの苦言には黙って耳を傾けた。彼が正しい。
しかし、俺には俺の思うところもあるわけで。
「まぁまぁ、そうカリカリしないで」
「私はカリカリなどしておりません。クルリ様の魔導列車計画が頓挫してしまうんじゃないかと心配しているのです。幸いヘラン領の度量の広さのおかげで人心は掌握できています。これからもますます人口は増えていくことでしょう。人材不足はこれで解消したものの、金が底をつけば付いた人心も離れてしまいます」
「今更人件費を削ることはできない。せっかく滾っているモチベーションを失ってほしくない」
「そうですね。金が減っても今まで通り働いてくれる貴重な人物は多くないと思います」
少なくないとも思っている。言わないけど。
ロツォンさんは明らかに過剰なほど心配してくれている。
今回ばかりはちょっとお金を使いすぎたかもしれない。
でも……。
「心配はいらないさ。ロツォンさんが今言ったことは全部正しい。実はその自覚が俺にもあった。だけど、将来の豊かさのために今は苦しく辛い現実を耐えなければならない、なんてことはしたくない。どうせ明るい未来に向かっているなら、その道中も明るくいきたいじゃないか。ただでさえ大変な仕事をこなしてもらっているのだから」
「といっても……」
「ないものは新たに生み出すか、もしくはよそから借りてくればいい。ちょっと金持ちの友人がいてね、彼に手紙を出しておいた。近々こちらに来てくれんじゃないかな。ちゃんと勝ち目のある商談を用意している。だから安心するといい」
「そうでしたか。流石クルリ様です。私としたことが大層な慌てぶりを見せてしまい申し訳ありませんでした」
「謝ることじゃない。これからも頼りにしているよ」
ロツォンさんに話した金持ちの友人とは、学園で知り合ったらしいトト・ギャップのことだ。残念ながら俺はその記憶を忘れてしまっているのだが、王都を離れる際には困ったことがあればギャップ商会を頼るように言われている。
王都で飛ぶ鳥を落とす勢いで成長し続けている商会だ。きっと資金的な余裕はかなりあることだろう。
資金がやばいな……って思い始めた頃に、とっさに彼を思い出した。
金を借りる時だけ連絡をするとは友人としてどうなのか……とは思ったけど、ただ借りるだけじゃない。ちゃんと相手にもメリットのある話をするつもりだ。だからそれで許して。
ロツォンさんが職人街の倉庫にやってきた日のうちに、屋敷から知らせが届いた。
どうやらギャップ商会の一団が到着したらしい。
ちょうどいいタイミングだった。ロツォンさんもまだ倉庫にいたし、同席してもらうことにしよう。しかし、知らせはそれだけじゃなかった。
どうやら屋敷に押し寄せてきたギャップ商会の人員の数が尋常じゃないらしい。その数400にも上るという。
ギャップ商会の連中はそうとう気合が入っているらしい。
てっきり旧友とののんびりした商談に臨めると思っていたのだが、下手なことしたら屋敷に火でもつけられるんじゃないか……。
そんな杞憂が現実になるんじゃないかと思うくらい俺の目の前の光景には異様なものが移っていた。
馬で数人の部下を引き連れて屋敷を目指していた時、遠目にも屋敷の前に控える大集団が目に入った。
馬車の数も多く、今回の訪問だけでも相当な出費をしていることがわかる。
ああん!? 金かりてーんだろ!?
なら土地の半分でもよこさんかい!!
なんて強面の男から詰められる商談の想像が頭をよぎった。
マジかよ。水やり器でも持ってくるべきだったかな。それじゃただの戦争だ。ううっ、なんだか気分がすごく沈んだ。
それが伝わったのか、馬の足取りも重くなった気がした。
その大集団に近づくにつれ、俺の不安はますます加速していく。
ギャップ商会の連中は一度揉めたことがあり、武闘派な使用人が多いことは知っていたが、明らかに今回の面々はかなり気合が入っている。
そうとう凶悪な集団がそこにはいたのだ。タトゥーや反り込みなんて当たり前。筋肉質な連中が多い。顔や頭の古傷は勲章です! って雰囲気がある。更に全身傷だらけのものや、眉間に一生ものの深い溝を刻みこんだ凶悪な顔をした男。中には野獣に育てられたんじゃないかってくらい獰猛そうな大男もいた。
ギャップ商会よ……いくら王都で大変だからって、これじゃあただの犯罪者集団だ。良くて柄の悪い傭兵団ってとこか。マジで戦争しに来たわけじゃないよね?
彼らに近づくと、馬の足を緩めた。
責任者であるトト・ギャップを探していると、集団の向こう側から手を振ってくれていた。その顔には笑顔が浮かべられていた。どうやら彼自身は好意的なようだ。
俺もすぐに手を振り返すのだが、なにかやたらと視線を感じる。
いや、感じるどころじゃない。一心に、間違いなく俺に大量の視線が向けられている。
そりゃ雇い主の商売相手がこの場に現れたのだ。犯罪者集団が俺に視線を向けるのは、そうおかしなことじゃない。
ただね、ちょっと感じが違うんだよね。
あまりの強い視線に、最初は敵意の視線かと思った。
てめー、トト様に失礼働いたらマジぶっ殺すからな的な感じかと……。
それがどうもそうじゃないらしい。
視線にすごく熱がこもっている。
あれれ? この視線はあれだ、長いこと会えなかった、それこそ親友や家族にでも向けるかのような熱い視線のはずだ。
おかしいぞ。目の前の凶悪な面をした男が涙ぐんでるんですけど!?
おいおい、野獣みたいな男がこらえきれずむせび泣いちゃったよ。それを慰めているのもまた一般社会でやっていけそうにない凶悪面な男。気が付けばほとんど全員が感動に目を涙で湿らせていた。
なんなんだ、この一体感は。何が始まるんだよ。
なに? ここに来る前にトトから変な話でも聞かされたの? めっちゃ大作じゃん。これだけ泣けるなら商売になるよ。
「やぁクルリ。また会えて嬉しいよ」
気が付けばさっき集団の後ろにいたトトが目の前まで来ていた。
俺は急いで馬から降りた。差し伸べられた手を握り、握手を交わした。
「俺も会えて嬉しいよ。それと急に呼びつけて申し訳ない」
「なに、呼ばれなくてもそのうち自分からやってきていたさ。ギャップ商会もヘラン領に進出したかったからね」
「ありがたい。それよりも……」
声を少し落として、トトの耳元に口を近づけた。
「後ろの集団、あれなんなんだよ。柄が悪すぎるぞ」
「いやはははっ、すまない。絶対にびっくりすると思ってたけど、やっぱりびっくりしたね。実はあれらは僕とは関係ないんだ。あれらは第一王子から贈り物だ。手紙を預かっている。それを読めば全部わかるらしい」
「トトの部下じゃないのか? 」
「僕の部下は馬車の周りにいる50名だけだ。あとの300数名は赤の他人だ。けど見た目に反して、彼ら道中はかなり大人しかったよ。ときおり君の名前が聞こえてきたりもした」
なにそれ!?
クルリ・ヘランの野郎め。おい、ヘラン領につくまでは体力温存しておけよ。着いたら血祭りにあげんぞ!! 的な?
いや、視線を見る限りそれとは真逆な気がしてくる。
グランドマーザーやグランドファーザーに向ける視線に近い。あれ? 俺っておじいちゃん? そしておあばあちゃんなの!?
「とりあえず屋敷に入ろうか。エリーがいるから美味しい料理に期待できるぞ。トトの部下たちはどうする? 必要なら宿を手配するけど」
「彼らには荷物の番があるから放っておいていい。食料も近くの市場で調達するように言ってある」
「そうか。連中は? 」
「それが王子からは連れてくるようにだけ言われている。その後は全部クルリ次第だと……」
困ったようにトトが言った。
困ったのは俺も同じだ。王子の嫌がらせじゃないよね? アイリスを結構長い期間借りていたから嫉妬心が働いて今回の凶行に至ったのかもしれない。
とはいえ、もう来てしまったし、俺に任されているならやるしかないか。
「ロツォンさん、彼らに泊まる場所と食事を。トトとの商談は二人で臨むよ」
「ええそのように」
ロツォンさんを連れてきておいて正解だったな。
彼の指示で、犯罪者集団はしばらく身を寄せるところ得られるだろう。処遇については後々決めよう。今は何より、トトとの商談が大事である。
「ちょっと待ってくれ!! 」
ロツォンさんが付いてくるように彼らに言ったのだが、一人の男がそれを遮り屋敷に向かっていく俺を呼び止めた。
何事かとトトも足を止め、俺たちは振り向いた。
一際体格のよい、スキンヘッドの男だった。
頭に何本も刃物の傷が走っている。並大抵の人生は歩んでいないようだ。
「俺たちに……俺たちに言葉をかけてくれないのですか!? 」
はい? ロツォンさんが付いて来いって言ってたじゃん。彼が全部手配してくれるよ。
「俺の言葉が必要か? 」
「えっ? 」
「だから、お前たちにはわざわざ俺の言葉が必要か、と聞いている。そんなものは必要ないだろ? 」
「……ボスゥ。う……おおおおおおおお、ボススススススウウウウウウウウウウウウ。俺たちの間にはもはや言葉なんて必要ないんですね! 黙って去っていくその背中で語っていたのに、俺としたことがああああああ!! 」
おいおいおい、めっちゃ熱くなってんだけど。ボスって誰よ? 俺なの!? 俺がこいつらのボスなの!? 絶対に何かの勘違いなんですけど。
「野郎ども! 無粋なことをしちまった! 黙ってやるべきことやるぞぉ! 」
おおっと応える彼らの低い声が響き渡った。
全員、力強く目もとの涙をぬぐって、やたらと爽やかな顔をしていた。ロツォンさんに付いていく足取りが軽い。
なんなんだあれは。なんかめっちゃいい感じの雰囲気で去っていったけど。
ていうか、あいつらは本当に誰なんだよ!?




