7章 8話
「やぁやぁ皆さん、よくお集りいただいた」
俺は壇上に立ち、目の前に集まったレール建設反対の各地区代表者たちを見下ろしていた。
外では日が沈んで既に夜も深い時間帯を迎え、眠たそうな顔をしているものがちらほら。この時間帯なら頭がぼーっとしてしまうだろう。魔導列車の制作で忙しいからこの時間帯しか説明の場を設けることができないと彼らには説明している。場所を確保するのも面倒だったので、彼らには魔導列車制作現場として利用している職人街の巨大な倉庫に入って来てもらっている。ざっと300人は集まったかな?
とりあえず得た印象として、今日の話し合いに関してそれほど熱烈な意見を持つ者はそういない。なんとなくレール建設には反対で、今日は軽く俺の意見を聞きに来ただけ。といった感じかな?
よかったよかった。この雰囲気なら俺の意見も通りやすいように思う。
「大体の事情はロツォンさんを通して聞いています。皆さんは魔導列車を走らせるためのレール建設に反対しているということでよろしいかな? 」
上から彼らを見回すが、軽く同意の意を示すかのように頷いたり、ぼそぼそと、そうですなんて声が聞こえてきた。
「そして、その理由はこのヘラン領の地下深くにドラゴンが眠っており、いつか目覚めたときに、地表にレールがあるとドラゴンの機嫌を損ねてしまうと」
この話にも同意の意を示してくれた。若干違う話が広まっているところもあったようで、何名かは近くの者に小声で話をすり合わせていた。
少し待ってやる。こちらの都合のためにだが。
「心配はごもっともだ。しかし、この領主であるわたしを侮るなかれ」
片手を前に突き出し、掌を開いた。お腹に思いっきり空気をため込み、そして大声で言葉を放つ。
「そなたらの心配していることは今後起こりえないと、この場でクルリ・ヘランの名をもって断言しよう!! 」
おおっと感嘆の声が領民たちから漏れた。腹から声を出した効果はあったみたいだ。これだけ断言してしまえばウソでもなかなか見破られないだろう。
「と断言されても、まだ不安な者もいるだろう」
これは事実だ。感嘆の声をあげた者が多かったのは確かだが、懐疑的な顔をぬぐえない者もそれなりにいた。
「安心してください。ちゃんと根拠はありますから。……それはそうと皆さん、夜遅くに集まって貰ってお疲れでしょう。実は職人街の奥様方に頼んでちょっとした馳走を用意しているのです。私もまだ夕食を取っていないので一緒にどうですか? 」
遠くから駆け付けた者も多くいたようで、どうやら相当空腹を我慢していたらしい。これにはほとんど全員が笑顔で快諾した。
俺の合図でエリー率いる職人街の奥様方が大量の料理を倉庫に運び込んでくる。職人たちがテーブルを運び、その上に並べられる肉を中心とした豪勢な料理たち。
「さぁさぁ皆さん食べて食べて」
立食スタイルだ。酒が欲しいものには奥様が笑顔で注いでやる。
職人街の連中は基本、魔導列車もレール建設にも賛成している。作る側が反対していたんじゃ可笑しいから当然だが。そんな彼らには今日の説得に全面的に協力いただいている訳だ。
食事は楽しく続いた。
食わせて、飲ませて、エリー率いる奥様集団に機嫌をとってもらい、更にこの夜遅い時間……。
ふふふっ、もう彼らに正常な思考は残っていないだろう。この説得、もはやうまくいかなわけがないな。
食事を終えた頃、頭がすっきり冴えわたっている俺とは違い、反対集団の面々は幸せそうな顔を並べて、もはや今日何しに来たのか忘れているものさえいた。
「皆さん、美味しい食事はいかがだったでしょうか? 」
再び壇上に戻り、彼らへ呼びかけた。
おっ!? とそこで本来の目的に気が付いた彼らは壇上の前に再び集まってくる。
「さて、お腹も膨れたことだし、本題に戻りましょうか。話はこの地にレールを建設しても大丈夫だというところで止まっていましたね。その根拠を話したいと思います」
お腹いっぱいで眠たそうな者。お酒をガッツリ飲んでしまった者。ふふふっ、おるわおるわ。急いで話を進めましょうかね。
「皆さん、ドラゴンが眠るという噂と同時に、もう一つ噂を聞きませんでしたか? 」
ん? と困ったように近くの者の顔を見る人ばかりだが、誰かが待ち望んだ言葉を発した。
「クルリ様の体にドラゴンの血が流れている噂を聞いております」
「そう、その通り! 」
答えた青年をびしりと指した。君、よくぞ言った。まぁ彼はいざという時の為に仕込んでおいた職人街の青年なんだけどね。さっそく役に立ってくれたよ。
「これは結構ね、繊細な話だから自分から切り出すっていうのはなかなかしづらいんだけど、実は私はドラゴンと人間のハーフです」
ええっ!? と広がる驚愕の声。まさかのカミングアウトに領民たちは驚きを隠せない。
「だから噂は真実です」
ドラゴンの血が!? まさか!?
いや、クルリ様ならありえるぞ。確かに!
一気に場が活気づいた。いいぞいいぞ、どんどん納得しておくれ。
しかし、この調子じゃ俺の話を聞いてもらえなさそうなので、エリーにサインを出した。
彼女は倉庫に運び入れた大なべの蓋を開け、奥様方と共に漏れ出した湯気を集団へと仰いでいく。
その香りは壇上の俺にも届く。癒し効果のある薬草を煮詰めて、その香りを彼らにも吸わせたのだ。熱く語り合っていた彼らだが、徐々に落ち着き始めた。睡眠前に嗅ぐとなおいいとされる香草である。もう頭はお眠タイム真っ盛りだろう。
それを見計らって、話を再開する。
「ドラゴンの血が流れているからといって、特になにかできることもないのですが、一つ! 私は皆さんにできないことができます」
「なんでしょうか? 」
さくらである職人街の青年が尋ねてきた。
「ドラゴンと対話できます。実は地下に眠るドラゴンは私の従兄にあたります。人間の血縁関係とはまたちょっと違った複雑性があるので詳しいこと説明しません。しかし、従兄殿はレール建設に反対をしてはおりません! 」
「なぜですか! 」
職人街の青年がいい具合に返答を帰してくれる。うむ、彼には後でたっぷりと褒美を渡そう。
「今回のレール建設に使用する魔石を皆さんご存知ですよね? 実はあれ、肩こりに効きます」
これには職人街の青年も驚いた様子で、うまく返答できないでいた。もちろん領民たちも同じだ。
「魔石が見つかった山ですが、あの地下深くには、実は従兄殿の首の付け根があります。大量に魔石があることで、首の根元の血流が良くなるという訳です。もちろんドラゴン専用ですよ。みなさん試さないでくださいね」
さてさていよいよ話は大詰めに入る。
エリーにアロマテラピー効果のある蒸気、それを仰ぐのをやめさせるようにサインを出す。
代わりに、あるものをもってこさせた。
魔導列車の設計図に用いていた長さ2メートルもある紙である。今日は別の用途で使用している。
3,4人がかりで開かれた紙に描かれていたのは、真っ赤なドラゴンの全身姿だった。モデルはラーサーが乗っていたドラゴンだ。プーベエじゃちょっと格好がつかなかったので、今回のドラ選にいたる。
「これが従兄殿です。で、魔石はここにありました」
と、首の根元っこ辺りを指し示す。
「従兄殿の肩こりはもうずっと前に解消されているため、魔石をここから取り除いてやります。で、これからはまんべんなくこういうふうに敷き詰める」
すーっと一本の線をたどる。それはドラゴンの背筋にそって滑らかに進んでいき、尻尾の先で止まる。
「と、こんな感じで魔石を分配していくことで、魔石効果による血流促進は、従兄殿の背骨に沿ってまんべんなくいきわたるのです。なんという快適性。常にマッサージを受けているも同義!! 」
おおっと歓声が上がる。
「我々は何もレールが敷きたい分けじゃない。従兄の体を慮ってのこと。よし、きめた。これからはレールなんて呼び方はしない。『竜の背骨』と呼ぶことにしよう。竜の背骨の上を魔導列車が走ることで、従兄殿の背中には適度な圧力がかけられ、それはそれは快適に眠ってくれることだろう。人間の世界のことなど綺麗さっぱり忘れて。いかがかな!? こんな素晴らしい計画に、皆さんはまだ反対するというのか! 」
「いいえ! 反対しません! 」
大声をあげた職人街の青年に、他の領民たちも続けて声をあげ始めた。
「レール賛成! いや、竜の背骨賛成!!」
「竜の背骨賛成!! 」
「竜の背骨賛成!! 」
倉庫に響き渡る大合唱。
彼らはそのテンションのままお帰りしてくれた。きっとその熱意で彼らの地区に説明してくれることだろう。
ふふふっ、説得は大成功だ。これで魔導列車計画はますます軌道に乗ることだろう。
レール建設に集まる人員が増える気さえしていた。
「よく働いてくれた。褒美に、なにか欲しいものがあるなら与えよう」
反対集団が去った後、さくら役を頑張った青年のもとに行った。
褒美を与えると言ったのだが、彼はなんだかあまり嬉しそうじゃない。
すごく悩んでいるふうだ。
えー、何かとんでもない要求とかしないよね? 景気よく言った手前、断るのはかっこ悪いし。
「あのー、物は別に欲しくないんです」
「金? 」
「いやいや、そういう訳じゃなくてですね。えーと、そのずっと働いていたいんです。たぶんこの魔導列車の計画って相当長い仕事になるでしょう? だからどこか途中で切り離されないようにしたいんです。この仕事が楽しいので、最後の最後、王都まで列車が走りきるまで仕事をやらせてください」
なにこの人? 目を輝かせて、なんてことを言っているんだい!
人間働きたくないがデフォルトじゃないの? 人員足りていない状況で主力メンバー切れるとでも!?
願ってもない褒美を要求されてしまった。
「名前は? 」
「え? ああ、グラシューと申します」
「よし、最後まで共に働こうじゃないかグラシュー。頼りにしているぞ」
「ありがとうございます。最後まで付いていきます」
このグラシュー青年、なんだかんだで魔導列車計画において重要人物になっていく。
最終的に魔導列車の総責任者に任命させるのだが、完成した後のまだまだ先の話だ。