7章 7話
クダン国を横断する魔導列車を走らせるという計画は以前からロツォンさんと練りに練っていた。物資の不足や人員不足などで停滞していたのだが、いよいよ転機がやって来たという訳だ。
先日大量に見つかった魔石たちは領民を動員し、かなり速いペースで掘り進めていっている。事故には気を付けるように言っているし、そのための設備も整えたのでしばらくすると安定した採取量を得られるだろう。
魔石は魔導列車本体に大量に使うのは当然として、列車が走るレールにも等間隔で敷き詰めていく必要がある。操縦者が魔導列車に魔力を注ぎ、魔石がそれを進行エネルギーとして車輪を回し始める。レールに乗った魔導列車は走り続けるが、進行エネルギーは徐々に失われていく。エネルギーが失われてそのスピードが落ちだす頃合いの間隔で、レールに魔石を仕込み、残っている進行エネルギーを増幅させる役割を与えるのだ。
魔導列車の魔石にはエネルギーを維持する役目を、レールの魔石にはエネルギーを増幅させる役目をそれぞれ与えることで、列車はどこまでは走り続けられると考えている。
王都は今、ラーサーが新兵器である水やり器の情報を持ち帰り慌ただしくなっていることだろう。そこに更に申し訳ないが、今回の列車の話を記した手紙を送っておいた。王様の許可をもらうためだ。各領主が同意してくれれば勝手にその地にレールを敷くこともできそうではあるが、国を横断するものを作ろうとしているのだから、王様の同意は欲しいところである。東の果てのヘラン領と西にある王都を結ぶ鉄道が通れば、この国にはかつてないほどの物流の便が生まれるだろう。所詮田舎の領から、魔導列車始発の地にして、終着の地になれば多くの利益がそこに見込める。
かつてない繁栄がヘラン領を待っているのだ。わくわくしてもしきれないというものだ。
王都からの連絡の返答を待つ間、何もしないってのは時間がもったいないからヘラン領に始発ステーションの建設を開始した。最悪王都からダメだと言われたところで、じゃあヘラン領だけで魔導列車を走らせまーすっていう決断もできる。じっとしている必要などないのだ。
始発ステーションの人員の手配、資金繰りはロツォンさんに一任した。建設が得意な男はこの領に多いので、心配は不要だ。任せていれば一か月後にはいい報告を持ってきてくれるだろう。
それよりも俺は魔導列車の製造に取り掛かる必要があった。
なによりもこの国をこれから走り回る大事な鉄の足になるかもしれないものだ。俺の鍛冶職人として培ってきたすべての技術を注ぎ込む必要があるだろう。
職人街に製造に携わる各ジャンルのスペシャリストとなる職人をかき集めた。製造現場となる巨大な倉庫に集められたその数、100名。俺を取り囲む人々を確認していく。この面々で基本的な製造を行なっていく。実際の作業には更に彼らの弟子にも行っていってもらうのだが、核となるのは間違いなくここにいるメンバーたちだ。
「俺たちはこれから伝説の一歩を踏み出す。命をかけて魔導列車を造り上げようじゃないか! 」
俺の鼓舞に全員が気持ちのいい同意をしてくれた。
こうして始まった魔導列車の製造。
その道のりは辛く長く、遥か先に至ろうとも願いが叶わないとも知らずに……。
なんてことはなく、およそ一週間で実用的なものが完成しつつあった!
もちろんすべてが完成したわけじゃない、実際にはもっと巨大なものを作る必要があるし、質量もかなり違ってくる。大きな鉄の塊を走らせるのだ、当然大変なのだが……。
しかし、これだけのエネルギーを生み出せば、想定している車体の重さと運ぶ荷物や人の重さを加えても走り出せるだろうという目途が立った。実際の質量で走り出すかはわからない。規模の小さいものでは成功しただけだ。まだ理論上なのだ。理論上にしてもかなり余裕のあるエネルギーを生み出せているのが俺たちの確固たる自信とやる気につながっている。
この爆発的なエネルギーがあれば魔導列車は走り出すし、レール上に等間隔に設置した魔石によってスピードも維持されることだろう。想像するだけで、ぐっと握った拳に更なる力が入った。
俺たちがやったことは、まずは魔導列車の想定している重さを正確に割りだして、それを動かすためにはどのような仕組みが必要で、どれだけのエネルギーを必要とするか計算することから始まった。
はじめ、魔石から放たれるエネルギーで直接車輪を回すことばかりに考えを取られ、それでは重すぎる魔導列車はまともに動き出せないと結論が出た。
操縦者に求められる魔力排出量、それに必要とする魔石量も膨大なものになる。それによって魔導列車の重量もコストも、更には運用する人件費もとんでもなく、到底維持できるものではないものだった。
クダン国を横断できるようなエネルギー効率ではなかったのだ。よっぽど馬で移動したほうが楽という言葉がどこからか出たほどである。
悶々とした空気が流れ、やはり開発はすんなりと進ませてくれないかと思わせた時だった。疲れた俺が皆の議論を聞きながら、側にあったそれに体を寄せた時だった。ぴんっと来ましたね。
俺が体を寄せたのは、水やり器3号だった。
こいつだ! 俺の頭に何かが下りてきた瞬間だった。
しかし、その直後、エリーが職人街の奥さんたちと頑張って作ってくれた料理を運んできてくれたのだ。全員腹も減っていたし、皆で食べる飯は旨いこともあり、倉庫でそのままはしゃぎながら食事に入った。
そしてテンションがあがり、ヘラン領の未来について語り合い、酒も入って軽く騒ぎ、俺たちは寝た。
次の日、アイデアが飛んでいた……。
あれー、何考えてたかなー!!
ああっ!! 出てきそうで出てこない!!
あああああああ!!!!
これを思い出すために二日間を要した。今思い出せば一番無駄で辛い時間だった。
思い出したきっかけはあれだった。疲れていて、ぼーっと歩いているときに、脚の小指で水やり器を蹴ってしまった時だった。
ズギャッとした痛みのあと、ぴんっと来ましたね。
もだえ苦しみながら、喜んでいる俺を職人街の連中はさぞやおびえた顔で見ていたのは思い出したくない。
「全員ちゅうもーく!! いいアイデアを思い付いた」
壇上にあがり巨大な倉庫の中に響き渡る声を発した。
俺のアイデアはこうだった。
今まではエネルギーを直に車輪に回していた。
それだと魔導列車を動かくために莫大なエネルギーを必要とした。
しかし、水やり器を使って魔導列車が進む方向とは逆に風魔法を噴出し続けたら、その力で車輪はまわるのではないかというものだ。
このアイデアはすぐに実行されることとなった。幸い水やり器3号の出来が良く、かなりのエネルギーを噴出してくれることが分かった。
そして計算した結果、許容範囲内の魔力量そして、魔石量で魔導列車は走り出すと結論ができたのだ。おそらくスピードもかなり出ると見込まれる。
魔導列車の簡易版を作り、お尻の部分に軽く改良した水やり器3号を搭載する。
レールも100メートルほど試作したものがあり、その上を走らせてみた。
操縦者が乗り込み、魔力を流し込む。
水やり器3号からは危険ではない、人の役に立つ、時代を進むための鋭い風が連射される。
エネルギーが安定せず、簡易版魔導列車はガクガクしながら挙動不審な動きを見せた。
しかし、すぐにそれは安定し、全段階であれだけうんともすんともしなかった鉄の車輪が徐々に動きし始めた。
そして、加速した後はすんなりだった。そして速かった。100メートルのレールを走り切ったのだ。
もう、気が動転したのかってくらい喜んだね。俺だけじゃなく、その場にいた全員が。
やーっと叫んだあとは、思考がすべて飛ぶくらいに激しかった。
ダンっとその直後に轟音が響き渡り、俺たちの歓喜はすぐに中止となってしまった。えっ!? となり、轟音がしたほうを見る。
魔導列車はレールを越えても進み続け、倉庫を突き破り職人街の建物に衝突してその動きを止めたのだ。
……全員走らせることにすべての頭脳を働かせたことにより、止まることを一切考えていなかった簡易版魔導列車の最初の事故がこれだった。
操縦者の職人は全治2週間の怪我を負った。
「これしき大したことじゃないですよ。明日からも絶対に手伝いますよ! 」
と頭から血を流しながら笑顔でいいきる彼に俺は申し訳なさでまともに目を合わせられなかった。すまぬ。
しかもこの日、この男が当たったのはこれだけじゃなかった。なんと職人街にある家に帰ったら、妊娠していた奥さんが出産したのだった。彼は息子に『フィリップ』という名前を付けた。尊敬する父からとった名前らしい。
お詫びとして、簡易版魔導列車を俺たちは『フィリップ』と名付けた。初めての魔導列車に彼の息子と父親の名前をつけたことを大層喜んでくれた。頭に包帯がぐるぐる巻きにされていて、この時も申し訳なさでまともに目を見られなかった。
俺がフィリップと名付けることを職人たちに説明したとき、全員が何の反論もなく素直に同意した。
「なっいいよな」
「ああ、もちろんだ」
そんな感じで語り合っている。
どうも頭を血だらけにして、次の日には包帯ぐるぐるまきでやって来た操縦者に申し訳なさを感じていたのは俺だけじゃなかったらしい。魔導列車フィリップはきっと歴史に残る。それで勘弁してね。
方向性はこれで決まった。
水やり器のより一層の改良に、魔導列車の詰めもまだまだ必要だろう。しかし、進むべき道が見えていれば俺たちの仕事は、あとは時間次第だ。完成は見えている。
こうして日々魔導列車完成へと向けて進む日が始まった。
そうしているうちに、王都から返事がくる。
当然魔導列車計画についてのものだ。
内容は少し驚いたものだった。
魔導列車の製造、そしてクダン国を横断するレールの建設について、その権利義務を全て俺に託すという、王様直筆の手紙だったのだ。
ただし、王都は今水やり器問題でダータネル家への処分、そしてアッミラーレ王国との連携で危険人物サルマンをどうするかなどの国防問題を抱えており、かなり忙しいとのことで、人員の増援は叶わない。そして、資金援助もなしとのことだった。
そのかわり、見事魔導列車完成の暁には、そなたへ計り知れない報奨を約束する、としっかりと力強く書き込まれていた。
うむ、計り知れない報奨ね……。頑張ろうっと。
それにしても、人員も資金も王都から援助なしか。ヘラン領のリソースだけじゃ到底間に合わない。仕方ない、お金だけでもピチダイにくすねて来てもらうか。なんて冗談は置いておいて。
まぁこれは策がない訳でもない。
権利義務を全て託されたのだ、やりようはいくらでもある。
とりあえず、ヘラン領の西隣に位置するカラサス領主から説き伏せるとしよう。そろそろ始発ステーションの建設も目途が立つ頃だろう。カラサス領主の情報をロツォンさんに集めさせるとしよう……。
と、こんな感じで難事はあれど、俺の頭の中では今後の見通しは明るかった。そのはずだったんだけど、意外なところに落とし穴というか、呼び寄せたロツォンさんからまさかの意見が届けられた。
カラサス領主の話をしたかった俺だけど、ロツォンさんからもたらされた話に驚愕してそれどころではなくなってしまった。
「ヘラン領民から、魔導列車制作に協力するのはいいが、この地にレールを引くことは反対だという声が続出しております」
「なんでまた」
たしかに自然美しいのがこのヘラン領のいいところなのだが、レールなんてそこまで外観を崩すものでもないし、自然に悪影響だってそれほどないはずだ。
「まこと迷信深い話ですが、彼らが言うには、この地の底深くにはドラゴンが眠るというのです」
「えー、またそんなおどろきの情報を……」
「以前この地に起きた天変地異や、そして異常な数で温泉が湧くことでそう言った迷信が信じられ初めてようですな」
「ドラゴンって……、温泉と何の関係が? 」
「その息吹で水が沸騰するそうですよ。プーベエがかなり温泉好きなのも、どうやら迷信に拍車をかけているようですね」
「あちゃー」
俺は頭を抱え込む。
まさか身内の反対に今更あうなんて。てっきりヘラン領の民は大賛成してくれるものとばかり考えていた。
プーベエのやつ最近相手してやれなくて、どっかに行っていると思っていたが、温泉に行っていたのか。優美なやつめ。
ヘラン領に起きた天変地異ってのは、俺からはどうも言えないな。解決した本人だが、残念なことに記憶は吹っ飛んでいる。ドラゴンとか言われても、知りませんとしか答えられない。
「まったく、ドラゴンが眠る土地だからレールを引くのはまずいってことなのか? 」
「そうですね。いつか目覚めてこの地に現れるドラゴンの妨げをしてはならない、でなければまた天変地異が起こると。これを信じている領民の数がどうも無視できない程いましてね」
「困ったな。こういうのってどう説得したらいいのか。下手したら火に油を注ぎそうだし……」
悩むよなー。これは案外、思いっきり足を引っ張られるかもしれない。根拠のない話だけに、こちらも根拠のある説明をしづらい。
「困るだろうと思って、一応解決の糸口は見つけてあります」
「おおっ、さすがロツォンさん」
ヘラン領、頼れる男選手権、ナンバーワンな男だけはある。まだ実施していないけど。
「もう一つ迷信が広まっていましてね。百発百中で温泉を掘り当てるクルリ様にはドラゴンの血が流れているのでは? という声もちらほら聞こえるのです。そこに解決の糸口があるやもしれません」
「ほー、なるほど。それは使えそうだ」
時代の変わり目がやってきている。そんな時折にはこんなトラブルもあるのだろう。
解決しようじゃないか、このヘラン領の明るい未来の為に。