7章 5話
朝、暗殺者4組の尋問が始まる。
場所はもちろん地下。日の当たらない場所で、彼らはきっと時間もわからず恐怖におののいていることだろう。
血なまぐさいことになるからエリーとアイリスは上で控えるように言っておいた。……けど、付いてきた。
という訳で、ラーサーも加えて4人で尋問に入る。
「さて、なんでまたもやクルリに暗殺者なのかな? 」
まず切り出したのはアイリスだった。椅子に座らされ縄で縛り上げられた暗殺者たち10名。だれも率先して口を開こうとはしない。
それにしても、またもやということは以前にもあったということだ。捕まった10名の後ろに控える4兄弟、ピチピチダイヤモンドのことを指すのだろう。彼らは俺を暗殺しそこね、挙句配下になるという華麗な転身を遂げた暗殺者たちだ。今は王都で義賊をやっている。しかもファンクラブがあるほどの人気を有している。
「おい、話せ」
ピチピチダイヤモンドの長男が左端の暗殺者の背中を叩いた。途端、アイリスに尋ねられたときとは違い素直に話し出す。
「すんません。自分たちダータネル家に雇われた者です」
雇い主の名前まで簡単に吐き出すとは、随分素直だ。
「ダータネル家ってまたですか!? アニキとの因縁はまだ続いているみたいですね」
因縁って何? 知らないんだけど。
戻った途端暗殺者送られるとか、一体過去に何があったのやら。
王都では俺のことを見た途端、腹を痛めていたようだけど……。あれは当主の息子だったかな?
「先日義賊の活動でダータネル家の当主を誘拐したことがあるんですが、その時に身ぐるみも剝がしてやったのです」
ダータネル家の名前を聞いて戸惑っている俺たちに、ピチダイの長男が説明をしだした。ピチダイって……。略してしまったよ。そのうち親近感が湧くんじゃないだろうか。不安だ。
「どうやらその時に奪ったものの中に不正な取引の証拠が混じっていたようなのです。それが露見すればまずいことになると思ったやつらは、早速暗殺者を送り込んだようで」
「それが彼ら三人か」
左から並べられた三人も眺める。彼らは腕はそこそこ立つようだが、ピチダイを前にしてはどうにもならないレベルだったらしい。
「それにしても、随分と素直に吐き出すな。一体昨夜の間に何があったんだ? 」
「それはあれですぜ」
と笑顔で答えだすピチダイの次男。
「自分はこういうのが得意でね、徹底的にこいつらに教え込むですよ。格の差ってやつを。依頼者の位置。そして俺たちピチダイの位置。最後に俺たちの上に立つお方の位置。そうクルリ様の位置をね。そういうのを丁寧に教えてやるんですよ」
その位置付けで俺はどこに立たされているんだろうか。そして自称もピチダイなんだね。
「そしたら人間賢いもので、やはり頂点には逆らえないと理解するんです。こいつらはただ本能的に理解しただけです。自分たちの上に立つお方は依頼者である王都の貴族である。しかし、その権力をものともせず俺たちピチダイは暴れ回ることができる。王都の貴族よりピラミッドの上にいるのは俺たちピチダイだ。そしてそんな俺たちを支配するのがクルリ様。食物連鎖の頂点が誰か、こいつらの頭の中には鮮明にイメージできていることでしょう」
やめてー。変な洗脳しないでー。食物連鎖のトップって、俺食べたりしないから。肥え太った貴族なんて食べても腹を下すだけじゃないか。
「ま、まぁいいや。じゃあ次。次の3人組は誰に雇われたの? 」
「自分たちはアッミラーレ王国から来ました。依頼者は南部の豪族サルマンです」
はい、来た! まさかの他国!
アッミラーレ王国といえばあれか? 元学友だったクロッシ王女が治める国で、ヴァインも付き従っている国ね。
なんでそんなところがまた。
「サルマンさんって言った? なんで彼がまた俺に暗殺者を送るの」
「以前の因縁もあるとおっしゃっていましたが、これからクダン国へ進出するうえで、あなたの存在が邪魔になるとかおっしゃっていました。すみません、詳しいことは知らないんです」
はい、また来た! 覚えのない因縁! 過去って簡単には清算できないんだね。
「進出とは!? これはアニキだけの話じゃなくなってきましたね」
王族であるラーサーにとっても聞き流せない話になって来た。他国の権力者がこの国を脅かす気でいるのか? だとしたら一大事だ。
「どうやらダータネル家と繋がりがあるようですぜ」
この情報はピチダイの三男から発せられた。
「大事な取引の証拠を押さえているんだよな? それはヘラン領に持ってきているのか? 」
「今運ばせているところです。後日面白いものが見られますよ」
ピチダイの働きっぷりに驚いてばかりだ。ちょっと仕事しすぎじゃないのか?
「ダータネル家は俺にまずい取引の証拠を握られたと。で、サルマンはクダン国進出のために俺が目障りだと。しかもダータネル家ともつながりがありそうな状況」
とりあえず要点をまとめてみた。
俺が目障りだという点だけがすごくもどかしい。俺関係ないじゃん。国の重要人物であるアーク王子とかに暗殺者を送るとかならすごく納得できます。是非送ってください。
まぁこれはピチダイの証拠を待つとして、今は残りの二組だ。まだ俺を恨んでいるのは一体どこのどいつだ?
「じゃあ次の3人組。お前たちの依頼者は? 」
俺の質問に、彼らははきはきと答えだした。洗脳が行き届いており大変よろしい。
「自分たちは港街を治めるタロン家が送った暗殺者です。最近やたらと海賊が増えて商売の邪魔をする連中が増えだしているとこのことで。その海賊が増えだした理由を探っている途中、あなたの名前が出てきたそうです」
「いやいやいや、海賊なんかと繋がりはないぞ。絶対」
エリーやアイリスの顔を伺うが、やはり彼女らも首をかしげている。ラーサーも知らないとばかりに首を振る。
これは絶対に自信がある。記憶を失っているとかじゃない。俺は無罪だ!
「それがそうでもないみたいで、海賊の船長が天の預言を受けたらしいのです。内容はこんなものだそうで。『クルリ・ヘランこそがパワーの源。タロン家から奪った財産は三つに分けなさい。一つは自分たちの為に使う分。二つは市民に返すための分。三つはいつか出会うクルリ・ヘランに渡すための分。これを守れば万事うまくいくだろうと』」
ラーサーやアイリスから向けられる視線が痛い。知らないよ!?
俺に海賊とのつながりなんてないんだから。
「海賊は結構な額をため込んでいるという話です」
それが全部俺に!? いやいやいや貰わないから。本当に。ほんとうに……。
「タロン家は力をつけた海賊とやり合うよりも原因であるあなた様を消すほうに舵を切ったみたいで。今回我々が送り込まれたのはそんな背景があります」
はた迷惑な話だぜ!
これに関しては俺は一切悪くない。パワーの源ってなんだ。知らん!
「次! 最後のお前だ。お前は何でここに来た」
最後の暗殺者には少しきつめに言い寄る。悪いな八つ当たりだ。
「私も他国の暗殺者です。占いが盛んなプースル国という小さな国です」
「で? なんでそんな聞いたこともないような国が俺に暗殺者を!? 」
「あっはい。我々小国にとってクダン国の情勢はそれはそれは非常に大事なことなのです。その情勢を知るために我が国では占いを盛んに活用するのですが、ある時から占いが機能しなくなってしまったのです」
「それが俺の責任だと!? ええっ!? どうなんだ!? 知らねーぞ。占いなんてやったこともねーしな!! 」
詰問は続く。完全な八つ当たりだ。もう額と額が引っ付くくらい俺は顔を寄せてしまっている。
「原因といいますか……。ある時を境に、クダン国を占うとあなた様の顔が出てくるのです。怒った顔や、ふざけた顔、更には寝顔まで。にやけた顔は結構不評でした」
「知らん! それは本当に俺の責任なのか!? 占い師がおかしくなっただけじゃないのか? 」
「いやいや。我が国の占いは本当にすごいんです。凄腕の占い師も山のようにいます。ですが、誰がやってもあなた様の顔が出てくるのです。私も多少たしなむのですが、やはり同じ結果でした。鼻の穴がドアップでしたが、わずかに見える髪色からあなただと判断しました」
「鼻の穴のドアップはやめろ! 」
嚙みつくところはそこじゃないけど、もういい。
海賊と占いに関しては絶対に俺に責はない。絶対にない。
「数百年もヘランの地に続く呪いを消しちゃったりしたからねー。クルリの体に変なことがおきていても不思議じゃないよ」
なぜか妙に納得しているアイリス。やめてやめて、まだ俺を人間側に居させて。
「あっ、そういえばこの間ね面白いことがあったのよ。クルリがグラスに入れて水を飲んでいたのに、気づいたら中身がブドウジュースになっていたの。本人は気づいていなかったし、私も見間違いかなって思ったんだけど。やっぱりあれは真実だったわ。この人少し変ね」
エリーからのダメ押し来た! 水がブドウジュースに!? どこの奇跡ですか!
「アニキが肩に触れた瞬間肩こりが……」
それは絶対嘘。ラーサーめ、かぶせてきたな。
「あっあるある! 」
「私も! 」
マジですか!? アイリスとエリーもあるの?
「つまりはこういうことですね。アニキは呪いを打ち破った結果、どうやら人間から外れた力を手にしつつあると。この国に害をなそうとするものはどうしてもアニキの存在が気になってしまうし、占いで覗こうにもアニキの不思議なパワーがそれを防ぐ。しかし、海賊どもの様に、悪用できてしまうのもアニキの不思議なパワーの特徴。なんですかこれ!? アニキ大丈夫ですか!? 」
自分で言っててわけがわからなくなってしまっているラーサー。聞いている俺も混乱してきたよ。
「大丈夫だと思う……」
「とりあえずもう一度水をブドウジュースに変えてみて! 」
なんかアイリスは楽しそうだし、うん、大丈夫だと思う。
こうして尋問が終わった午後は、俺が水をブドウジュースに変えられるかどうかの検証が行われた。
予想以上に盛り上がったし、本当にブドウジュースに変わったときは鳥肌が立った。ちょっと待って、俺はどこか変な道に進みつつあるのかもしれない。
あっ、ちなみに暗殺者10名は新しい家来となった。暗殺者をこれだけ従えている貴族は他にいるのだろうか? いないなら相当評判が悪いんじゃないだろうか。そんなことが気になるここ最近。