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7章 4話

掘れば温泉が湧くということで、ならばと屋敷の側にも温泉を掘り当ててやった。

領民たちがすぐに大理石を敷き詰め、人が入れる温泉へと変えてくれたのが数週間前のこと。領主様が入る温泉だ、気合入れて作るぞー! と彼らが張り切っていたのを思い出す。屋敷から温泉までの道にも大理石を敷き詰め、外からの視線を遮る木も植えてくれた。もともと屋敷を囲っていた塀も、温泉を囲むように広げてくれたのもありがたかった。あっという間に立派な温泉が出来上がったときには感嘆したものだった。

彼らは善意で大理石を使ってくれたのだが、実はすごく滑る。この温泉に入る俺を含めた4人には結構不評だったりする。そのうち誰かが滑って後頭部を打ちかねない。その点を除けば、立地を含めて文句なしの温泉なのだが。

今日もこの温泉には人影がある。

今入っているのは俺とラーサーだけ。

もちろんこれは一般に貸し出すことのない、領主一家が使う温泉となっている。


「ではアニキ、私は先に上がりますね」

大事なところをタオルで隠しながら、火照った顔でラーサーが声をかけてくれた。

「はいはいー」

俺はほとんど目を閉じたままラーサーに手を振った。ぴちゃぴちゃと足音が去るのを聞きながら、まったりと温泉につかる。ラーサーは俺に比べて入浴時間が短い。俺もそれほど長風呂ってわけじゃないけど、やっぱり涼しい夜に温泉に入るとこの贅沢な時間を一秒でも長く味わいたく、気が付けばいつもラーサーより長く浸かってしまっているのだった。


「ふぅ」

俺もそろそろかな? 火照ったほっぺを確かめながら、そんなことを考える。

風呂上りには冷たい井戸水が俺を待っている。くうー、想像するだけで清々しい気分が体中にあふれてくる。初めのほうこそそれほどありがたがっていなかったが、ラーサーがいつも風呂上りに「まったく、ヘランの水は美味しすぎます! 」と言ってぐびっぐび飲んでいる姿を見ていたら、俺もあの井戸水が大好きになった。


ラーサーはいつも飲みすぎてお腹からたぷんと水が波打つ音がするのだが、あれは本当に飲みすぎじゃあないのかと俺はひそかに心配している。ラーサーにお腹を下させたら日には、王都からなにか文句を言われそうでちょっとした冷や冷やものだ。


想像が膨らんでしまっては、もう我慢できない。冷たい井戸水が俺を待っているー……。

「あれ? どなた? 」

湯に浸かっていた体を起こし、目をしっかり開くと、目の前には黒い覆面をつけた人物たちが10人もいるではないか。

ここは専用の温泉なので、例えこの覆面の中にエリーたちが紛れていようとも数名は間違いなく侵入者である。しかもエリーたちは間違いなく紛れていないので、全員が侵入者だろう。


「クルリ・ヘラン殿だな? 」

「そうだが? 」

正面に立っていた男が俺の素性を確かめてきたので、素直に答えてやった。これから起こるひと悶着を考えると気が滅入る。

俺裸だし。せめてパンツは穿きたい。活躍したところでモロ出しじゃ恰好がつかないでしょ。


「こちらも確認しておきたい、クルリ・ヘラン殿で間違いないか? 」

正面の男だけでなく、塀寄りに立っていた覆面の男にも名前を確認された。なんで? 今確認したじゃん。

「そうだって」

俺のイラっとした気持ちが伝わったのか、この侵入者は少しだけ申し訳なさそうにした。そんな分別があるなら裸の男を襲撃しないで欲しい。


まぁ彼らも仕事だから仕方ないのかもしれない。それにしてもなんの仕事だろうか? 普通に考えて暗殺? うわー、ますますパンツが穿きたい。


「すまぬが、もう一度確認させ欲しい……」

「だからクルリ・ヘランだって言ってんだろ! 」

木陰の側に潜んでいた男が3度目の確認をしようとしてきたので、つい声を荒げてしまった。馬鹿なのか!? なんで3度も同じ質問をするんだよ。

「お前たちな、ふざけてんのか!? 仕事は何だ? 俺の名前を聞きだすことか? 違うだろ! まじめにやれ! 」

裸の俺が言うのもなんだが、まぁこれだけは言っておきたかった。

木陰の側に立つ男が、少しいじけた感じの仕草をとった。どうやら言い分があるみたいだ。

「何かあるなら言えよ」

「いいんですか? 」

「いいから」

「自分ら、違うグループの暗殺者でして……」

「は? 」

「一応ターゲットを始末するとき、本人確認をするのが美学的な? こいつらに先にやられてターゲット確認はできたんですけど、やっぱりいつもやっているし、念の為に再度確認しただけで……空気が読めなかった訳じゃないし……」

めっちゃいじけてるな!


「ちょっと待て、お前ら違うグループの暗殺者なのか? 」

彼らもどうやら相当戸惑っているみたいで、全員があいまいにうなづく。

「どっからどこまでがひとグループ? そこんところはっきりして! 」

とりあえず俺の指揮のもと、グループごとに固まらせることにした。


塀の側で俺の名前を確認したやつの仲間は他に2名。合計三名で俺を殺しに来たと。

正面のやつも仲間があと二人いて、こちらも3名で俺を殺しに来たらしい。

そして木陰でいじけてたやつも仲間が二人。こちらも3名。


あれ?

「じゃあ、お前は? 」

残った一人を俺が指さした。

「すみません、単独です。空気的に本人確認は難しかったので、我慢してました」

偉い! さすが一人でやっているだけあって、そこらへんは機転が回るらしい。


いやいやいや、そうじゃない。

暗殺者来すぎなんですけど!?

なんで4組も来ちゃってんのよ。俺どんだけ恨み買ってんだよ。


まぁ一件は心当たりがあるんだけど。

先日いい感じのツボをかぶせてやった男だ。名前を確か、アレグラーデン・フォンテーヌといったか? 醜く太ったあの豚野郎の貴族だ。

「おい、アレグラーデン・フォンテーヌの使いはどいつだ? そいつは素直に相手してやろう」

誰も反応しない。

雇い主の名を上げる馬鹿はさすがにいなかったか。

……もしや本当にいないとかじゃないよね? 


「おい、お前たちは自分の仕事に誇りを持っているか? 」

全員がきつめの視線でこちらもにらむ。当然だと言わんばかりに。

「なら、パンツをはかせろ。死ぬにしても裸は嫌だ」

「こちらには都合がいい。溺死だと勘違いしてもらえれば、それが一番だ」

そう言って正面に立つ覆面の男は背中に装備した剣を抜いた。

言っていること無茶苦茶なんですけど。溺死なら都合がいいんじゃないのか? 斬殺するき満々なんですけど!?


今にも男は斬りかかってきそうな殺気を放つ。それは困る。パンツを履きたいんだ。

「待て。一歩でも動けばお前は死ぬ」

俺は手を突き出して、男を制す。

「はったりを……!? 」

言葉を発し終えないで、やつは勢いよく踏みだした。しかし、ツルツルの大理石に足を取られ、後頭部を強烈に打つことになった。この温泉で後頭部を一番に打ったのがこの男だとは……。

踏み出した力が強いだけに、転んだ勢いも強かった。残念ながらこいつの意識はしばらく戻らないだろう。


「次は? 」

パンツを履いていない俺だが、自分でも不思議なくらい強気だ。

背中を温泉の淵に預け、おれは両手を広げた。

「みんなそれぞれ得意な状況というのがあるだろう? 雨の日。晴れた日。風の吹き荒れる日。真っ暗に寝静まった夜なんてお前たちは得意そうだな。俺の得意な状況を知っているか? 」

全員に緊張が走る。

「俺の得意な状況、それは温泉に浸かっているときだ。ゆったりした時間を襲撃しに来たんだろうが、罠にかかったな馬鹿者ども。この温泉こそおれのフィールド。その気絶している男が倒れたのは事故だと思っているんじゃないだろうな? お前たち」

まさか……というつぶやきが聞こえる。

「そのまさか! 事故なんかじゃない。すべては我が手の内にあり! 」

だからパンツ履かせて。


俺の迫力ある説得に応じることもなく、残念ながら全員が剣を抜き放った。

プレッシャーが彼らをより一層やる気にさせてしまったようだ。しまった、パンツ履きたい俺の行動が彼らに火をつけてしまうとは。


仕方ない、こうなれば俺もやるほかない。

死にたくないなら、裸で戦うほかなさそうだ。


俺が決意して立ち上がろうとした時だった、屋敷の方面から人影が見えた。

「まさかとは思いましたが、暗殺者……。大事を取って剣を持ってきて良かったです」

静かな声と静かな足音で、現れた男、剣を装備したラーサーだった。

「嫌な予感がしましてね、アニキの剣も持ってきましたよ」

緊張を和らげるためか、笑顔で俺にそう告げたラーサー。

剣よりもパンツが欲しい。


「まぁ安心してください。このくらいの相手なら、私一人で十分ですから」

剣を抜き放つラーサー。辺り一帯を支配する圧倒的な殺気。王都で一度やり合っているが、ここまでの使い手だとは……。仲間で良かった。


「アニキに剣を向けた罪、決して許し難し。でも、安心してください。一人は生かしますから。いろいろ聞かないといけませんからねっ」

ラーサーが加速した。

一瞬にして、ターゲットにした男の懐まで距離を詰める。抜き放った剣を、あとはがら空きの腹に斬りつけるだけだったんだけど……。


「あわわったったった」

急加速までは良かったけど、急停止は踏ん張りがきかず斬ろうとしていた暗殺者ともつれ合うラーサー。

下がツルツルの大理石だからね。濡れているし。

そんなやり取りを3,4回繰り返して、ラーサーは開き直った。

俺の前に立ち、言い放つ。

「アニキを守り切ればこちらの勝ち。ふっ、私から仕掛ける必要はなかったのですよ」

初めからこういう行動ならかっこよかったんだけど、まぁいいや。俺が裸で戦わなくて済むならそれでいい。


展開はラーサーの言う通りになった。急いで仕事を果たすべきはやはり暗殺者側であり、俺の前にラーサーが立ちふさがるものだから彼らは必然ラーサーに挑まなくてはならなくなる。

足場を上手に工夫しながら仕掛ける彼ら。必殺の一撃でカウンターをお見舞いしようとするラーサー。

ラーサーのほうが腕前は上なのだが、意外に戦いは長引く。


「すみません、アニキ。なんだか体が少し重いみたいで……。もう少しだけ温泉を楽しんでいてくださいな」

体が重いだって? 君、さっきから動くたびにお腹からたぷんと心地のいい音が響いていることに気が付いているかい? 水の飲みすぎなんだよ! 膨れ上がったお腹、響き渡る快音。一体何杯飲んだんだ! 


ラーサーのお腹がたぷんたぷんしてて、なかなか決着がつきそうにない。これはいよいよ俺が恥を忍んで戦うべきかと思っていた頃だった。

塀の上に4つの影を見た。新手かと思ったのは一瞬で、すぐに彼らの正体はわかった。


俺が彼らに気を向けている間も、ラーサーは必死に9人の攻撃をいなし続けていた。いつまでも続くかに見えたその攻防だったが、急に終わりがやって来た。

暗殺者9人がなぜか動きを止めた。

なぜかではないな。目を凝らせば良く見える。全員の体が鉄のワイヤーによって縛り上げられていた。

蜘蛛の巣に絡まった小さき虫のように、彼らは抵抗もできず、それぞれに剣と戦意を落としていった。


「遅くなり、申し訳ありません 」

俺の側に寄って来た4つの影たち。俺はこいつらを知っている。

名前をピチピチダイヤモンドという。何を隠そう。俺が名付けた名前らしい。信じられない。記憶をなくす前の俺は少し頭がどうかしていたのかもしれない。

記憶が戻って、彼らとは王都で一度会っている。全員が頭に鉄のリングを巻き付けた4兄弟だ。

俺の命で何でもやる義賊で、もともとは王都一の暗殺者集団だったらしい。しかし、俺との戦いに敗れ去り、それ以来は従順な家来となっているのだ。

「いいや、よくやった」

危うくパンツなしで戦うところだったからな。

ラーサーを出汁にして、その間にトラップを張っていたことは、あとでラーサーに謝ればいい。

「ふん、こいつらも馬鹿だな。元王都一の暗殺者集団を使役するクルリ様を暗殺しようだなんて」

4兄弟の妹が捕まった暗殺者たちに言った。

それもそうだ。これを機に暗殺はやめて欲しい。


「さてさて、では彼らから情報を聞き出そうか」

その前にまずはパンツを履いてこよう。






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