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7章 2話

「ふぉっふぉふぉふぉふぉ!! 」

奇妙な笑い声をあげる目の前の男。笑いながらフォークに肉を刺し、それを口に運びながら、また奇妙な笑い声を出し続ける。

正直かなり不快だ。唇から漏れ出す肉汁を平気で顎に垂らし、ナプキンもべとべとに汚しながら食べるその姿はあまりに品がない。

この男、かなり肥え太っている。そんなに太っているのに、まだ食べるのかと失礼なことを考えてしまった。いや、肥え太っているから更に欲するのだろう。

「おいしいふぉ」

美味しいんかい。ちょっと戸惑ったが、それは良かった。エリーや臨時で来てもらった料理人たちが一生懸命仕上げてくれた料理たちだ。美味しく頂いて貰って何よりだ……。しかし、皿を見てみるとこの男、肉しか食べていなかった。

野菜や、スープ、穀物、更にはエリーが大事に育てて、愛情込めて料理した芋を残していた。なんたる愚かなことを。


「それでフォンテーヌ家のアレグラーデン殿がわざわざヘラン領に何用ですかな? 」

「ふぉっふぉふぉふぉ、美味しいお肉もいただきましたし、そろそろ本題に入ってもいいふぉ」

アレグラーデンはべとべとに汚れた顎を、汚れたナプキンでごしごしと拭きだした。それで綺麗になるのだろうか? という疑問が湧いたので、すぐさま綺麗な顔拭きを持ってこさせた。

真っ白に洗い上げられた白い布地も、彼がひと拭きするたびにみるみる汚れがついてく。もうそれあげる。ほんとに。


今朝、日が昇ったばかりのころだった、使いの者が屋敷まで馬を飛ばしてきて、貴族フォンテーヌ・アレグラーデンの来訪を知らせてきたのだ。昼頃には着くので、失礼のないように迎え入れられよ、それと豪勢な食事を用意せよ、という何とも高慢な要求をしてきた。

ロツォンさんからの情報で判明したのだが、相手は王都で有力な貴族であり、多くの事業を営む商人でもあった。今回の来訪は大事な話があってのこと。

正直まだ眠かった。しかも相手の態度にイラっと来た。

「殺すぞ」

と、高慢な使いの者に言ってやっても良かったのだが、そこはぐっとこらえた。

「お待ちしております」

と笑顔で言い切った俺を誰か褒めて欲しい。


そんなわけで、予定通り昼には豪奢な馬車で客人が屋敷を訪れたわけだ。

連れの者2,3人に支えられて馬車から降りてきたのは、体が人の三倍は横に広いぜい肉の塊を腹と顎と下半身に蓄えた男だった。指や腕には宝石が散りばめられたアクセサリーをつけているが、あまりのぜい肉具合に、アクセサリーたちは肉にめり込んでいた。今すぐにでも、パーン!!とはじけ飛んできそうで、ちょっと怖い。

「ふぉ、お腹すいたふぉ」

開口一番でこれだった。俺たちは彼を出迎えるためずっと外で待っていたというのに挨拶もない。第一印象から最悪だった。

彼を屋敷に招き入れた瞬間、室内の温度が跳ね上がったような錯覚に陥った。いや、錯覚じゃないのかもしれない。


いつも使っているリビングには通さない。あそこは狭いし、居心地のいいあそこに知らない人間を入れたくもなかった。広間がある。豪勢なテーブルも、椅子もある。そこに食事も準備してある。彼らを連れて行くのその場所だ。

フォンテーヌ・アレグラーデン一行は席に着くや嫌なや、むしゃむしゃと用意された食事を食べ始めた。肉、肉、肉!

そして、先の奇妙な笑い後を上げ始めたという訳だ。


「クルリ・ヘラン殿、そなたにとってもよい話をもってきたふぉっ」

ようやく綺麗になった顔でこちらを見つつ、彼はそう切り出した。いや、待て。まだ頬が照かっているじゃないか! ちゃんと拭いて!


「何かな? いい話とは」

顔の照かりが気になるが、あまり失礼なこともできない。想像するに、相手はこのヘラン領で商売がしたいのだと思う。そんな利益をもたらすかもしれない相手を無下にはできない。領主にとって、この地が栄えるのは何よりもの願いだ。だから、彼は今現在、何よりも優先すべき人物であった。


「そなたの以前の活躍は耳に入ってるふぉ。ただの辺境の地であったこのヘラン領をかなり発展させた功績ふぉ。なにか不思議なことが起きてヘラン領は一時期砂に包まれた土地だったけど、なんか知らないけどこの通り元に戻ったふぉ。しかもクルリ・ヘラン殿も戻られたふぉ」

彼は一度言葉を止め、食後に出された紅茶を飲む。グイっと一気に飲み干すと、話の続きをしだした。

「そなたが戻ったことは王都でも結構話題になったふぉ。また豊かなヘラン領が戻るとみんな期待しているふぉ。出資をする貴族もこれから増えていくと思うふぉ」

出資だと? あれあれ? ここまで印象最悪だったけど、存外いい客なのかな? 


「ほうほう、まことに興味深い話ですね」

「そうであろう? ほかの貴族どもはこれからの成り行きを見守っておる。そんなことではダメふぉ。後手を踏んでしまうふぉ。だから面倒ではあったがこうしてわざわざヘラン領まできたふぉ」

「それはそれは、信用していただいて嬉しいふぉ。違った、信用していただいて、嬉しいです」

俺も食後のお茶に手を出す。これから領でやっていきたいことはたくさんある。先日から取り組んでいる職人街の整備にもかなりの費用がかかっている。これからだというときに、王都に住む貴族が出資してくれるというのは実にありがたい。笑いが出そうだ。心の中に押しとどめておこう。ふぉっふぉふぉふぉふぉ。


「実は、最近王都でギャップ商会の小僧どもに手痛くやられたふぉ。もっとやりあっても良かったけど、もう競うのはやめるふぉ。新しく良い場所を見つけた、今度はそこで商売をすればいいだけふぉ」

ギャップ商会か。王都で会ったフードを被った男を思い出す。記憶がなくなる前は親友だったらしい。確かに彼には他人とは思えないものを感じていた。目の前の肥え太った貴族は王都でそのギャップ商会と揉めていたと。

「ヘラン領ということですね。きちんとした商売なら我々は受け入れますよ、もちろん……」

ギャップ商会ともこれから懇意にしていくつもりだ。ギャップ商会に負けてこちらに逃げてきたという話なら、彼らにはまたきつい話になるだろう。だから少しだけ黙っていた。


「ちゃんとした商売ふぉ。薬を扱っているふぉ。それも王都で代々と続く名家だったふぉ。フォンテーヌ家といえば、薬。薬と言えば、フォンテーヌ家ふぉ。ギャップ商会の連中がまがいものの薬をバラまかなければあちらでずっと稼げたふぉ」

まがいものね。男のジェレシーは醜いぜ、ってやつですね。


「といことはヘラン領でも薬を売っていくと? 」

「そうだふぉ」

そう同意して、彼は動かしづらそうな頭を縦に振った。

「歓迎しますよ。しかし、あなたが嫌っているギャップ商会、我々ヘラン領としては彼らからの商品も多く買い入れるつもりです。直接支店を持つというのならそれにも応えるつもりだ。あとはフォンテーヌ家とギャップ商会、それぞれの商品が市場に並ぶだけ。どちらを買うかは領民が決めることだ」

商売で競ってくれるぶんには大歓迎だ。どちらが勝とうが、うちの利益になればそれでよい。結局いい薬が勝つ、多分王都で勝ったようにこちらでもギャップ商会が勝つ気がするが。


「そこだふぉ。競い合いはなしだふぉ。このヘラン領では薬を売れるのはフォンテーヌ家だけにして欲しいふぉ」

来たか、これがわざわざ遠いところまで来た真意ね。

「なぜ? 」

一応理由だけは聞いてやるか。どうせ禄でもない話に決まっているが。

「もちろん独占すればそれだけ利益が増えるからふぉ。薬は必要不可欠なものふぉ。ギャップ商会のまがいものが買えないとなれば、真の薬であるフォンテーヌ家のものが売れるふぉ。どんどん値段を釣りあげてもいいふぉ。なぜなら必要不可欠なものだからふぉ。絶対に売れるふぉ」

「はぁー」

思わずため息が出た。

席を立つ。この広間には窓があるのだが、その傍まで歩み寄った。アレグラーデンが乗ってきた馬車が見えた。あんなに豪勢なつくりの馬車、一体いくらかかって作ったというのだ。それに彼の体中につけられた数々の宝石。それらは彼が今話したように稼いできたものなのだろうか。きっとそうなのだろう。


「アレグラーデン殿、あなたの言う通りにすれば、それは禄でもない結果が待ち受けますよ」

「何を言ってるふぉ。間違いなく稼げるふぉ。利益の3割はそなたに譲るふぉ。いや、他のものも独占させてもらえるなら利益の4割をそなたの懐に納めてもいいふぉ」

「もう結構です。話を終えましょう」

彼に振り向くこともなく、俺はそう告げた。もう潮時だ。帰っていただくことにしよう。

「馬鹿なのかふぉ? なぜこのうまみがわからないふぉ? 」

「馬鹿はお前だ。だからギャップ商会にも競争で負けるのだ」

しまったふぉ!馬鹿と言われて、ついムカッと来て言い返してしまった。彼の顔は見ていないが、憤怒に染まっていることだろう。ならもうこのまま見ずにおこう。外の景色のほうが100倍見る価値がある。


「ふぉふぉふぉ!! 怒ったふぉ。ヘランの領主は賢いと聞いていたのに、とんだデマふぉ。そなたには思い知らせるふぉ」

「思い知らせる? 何を? 」

「ギャップ商会と一戦交えようと用意していた私兵があるふぉ。それを全部そなたに差し向けるふぉ。怒らせた償いはとってもらうふぉ」

「ほう? 脅しですか? 」

「そうだふぉ。話を撤回するならまだ許すふぉ」

うむ、これで本当に話は終わった。

俺は振り向き、部屋の扉付近にいたロツォンさんに目配せをする。

しっかりと俺の意図は伝わったようだ。ロツォンさんは扉を開け、使用人たちを全員外に出した。

部屋の空気がピリリと張りつめたものに変わった。


部屋に残るのは俺とロツォンさん、アレグラーデンとその部下3人。

「この俺を脅すのか……」

静かに言って、ゆっくりと歩きだす。アレグラーデンの部下の元まで行き、そっと肩に手を置く。

「君も同じ意見かな? 」

「も、もちろん。アレグラーデン様に絶対の忠誠を誓っている」

更に歩き出す。隣に座っている部下にも同じように肩に触れる。

「君も? 」

「相違ない! 」

面倒くさいので最後の部下には確認しなかった。え? おれは見たいな顔していたが、無視だ。ゆっくりと歩きだす。俺の足音だけが部屋に響き渡る。緊張した面持ちになるアレグラーデン一行。ロツォンさんはいたって平静だ。

テーブルの向かい側である、アレグラーデンの正面まで歩いていき、俺は彼に静かに告げた。

「私兵を向けられるのは困る」

「ぬを? そうであろう! そうであろう! 」

「だから面倒なことは省くとしよう。今ここでそなたら4人を殺すことにしよう」

「ふぉっ!? 」

驚いてくれて嬉しいよ。そのための演出だったんだから。


「脅されるのは好きじゃない。自分が強いと思いあがっている連中に脅されるのは特に腹が立つ」

「やめるふぉ。手を出してみよ、ただではすまんふぉ! 」

叫び声をあげるアレグラーデン。部下たちも興奮に任せて立ち上がった。主人を守ろうという心意気は素晴らしい。


部屋を見渡した。

何でこいつらを処分してやろうか。

椅子? うーむいまいち。

テーブルクロス? むごいことになりそう。

食事に使った銀ナイフは? 勿体ない。


部屋の奥隅に目をやる。

そこにはちょうど4つのツボがあった。

あれはそうだ、先日から開発に取り組んでいる職人街の連中がくれたものだ。なんでも新人たちを叩き上げて、仕上げたものらしい。大した出来ではなかったが、エリーが花を飾れるようなものが欲しいと言っていたのを思い出して、記念に貰おうと彼らに提案したのだった。快くくれた手前、本来の目的以外に使うのは心苦しいが、サイズがあまりにぴったりで俺の意志は固まりつつあった。

サイズとは、目の前の4人の頭のサイズと、ツボの穴のサイズが見事に一致する気がしたのだ。

あれで処刑することにしよう。


ゆっくりツボまで歩き、まずは一つ手にした。

「部下諸君から始末しよう」

片手にツボを持ち上げ、部下の男に近づく。

「ち、近づくな! 俺は武術の達人だぞ。いいのか? いたいめにあううううあああああああああああぁぁぁ」

頭にツボをかぶせてやった。

外そうと床に寝転がりながらもがいている。

「次行こうか」

振り向いて次のツボを取りに行く。取った後、他の部下に視線をやる。ニヤリと笑みがこぼれた。

「ああああああああああ」

「いやだああああああああ」


部下は全員ツボに入ってもらった。床でもだえ苦しんでいる。


「こ、こんな行いは許されないふぉ。王都に多くの伝手があるふぉ。あのダータネル家にも伝手があるふぉ。手を出したら許されないふぉ! ああああああああぁぁ」

最後に残った醜く肥え太った顔もツボの中へと消えていった。


「どうします? ここで殺すとエリー様に怒られますよ」

ロツォンさんが冷静にめっちゃ恐ろしいことを言っているな。

「まぁいい。今日のところはこれで許すとしよう。今後同じようなことを言う馬鹿が出ないようにいいデモンストレーションになっただろう」

「では馬車に詰めて送り返しましょう。ツボから体液が漏れ出していますので手早く致しましょう。あまり汚すとエリー様に怒られます故」

「そうだな。エリーの芋を食べていればもう少し穏便に済ませてやってもよかった」


後の始末は全部ロツォンさんに任せた。彼は頭も働くが、力も強い。4人を担ぎ上げ、あっという間に馬車に放り込んだ。馬に一発鞭をやり、馬車は屋敷から走り去った。


それを見送る俺とロツォンさん。

「すこしやりすぎた? 」

一応側近の彼に聞いてみた。

「いえいえ、クルリ様の行いに間違いなどありえません」

「そう? ダメだしされると思ったけど」

「これでうるさいハエどもは来なくなるでしょう。敵は増えたかもしれませんんが、クルリ様に比べれば取るに足らない連中ばかりです。それよりもこんな小事は放っておいて、そろそろ領民の皆様のご要望をお聞き下さい」

「なんだそれは? 申請書なら全部見たが」

「申請するまでもないことですよ。皆クルリ様がまた温泉を掘り当てるのを心待ちにしております。温泉の貴公子のお戻りを心待ちにしております」

「はい? 」

俺がまだきょとんとしている間に、ロツォンさんはなぜかシャベルを持ってきた。それを俺に握らせる。

「さあ行きましょう」

「はい? 」





次回!伝説よ再び!

一攫千金!温泉を掘り当てる回!

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[一言] 7章2話最後のところでロッツォさんのセリフで、ん が一つ多かったです。
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