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6章 15話


柔らかい、ふっかふかのベッドで目が覚めた。

窓から差し込む日差しが心地よい。布団がさらさらを通り越し、つるつるしている。枕が頭の重さを吸収していく。なんだ、この天国みたいなところは。

小鳥が鳴く声も聞こえる。もしや、ここは天国なのでは? そうだ、俺はあの赤いドラコンから落ちて死んだんだ。きっと。


「アニキ、ようやく目覚めましたね」

人語を操る天使か? いいや、意識を失う前戦ったあの貴公子がベッドの隣の椅子に腰かけていた。ラーサーか、腹違いの弟だ。それにしても、かっこいいなこいつ。日が顔を照らして、より一層イケメン具合に磨きがかかっている。これでベッドに眠るのが美女なら、もうこのシーンを題材に絵を描いてしまえばいい。気っと名画になるから。

「聞きましたよ。アニキが身を呈して私を守ったそうですね」

「もしかしてこれはその温情? 天国を見せて、この後地獄に叩き落すパターンのやつ? 」

「なんのことですか。アニキ、みんなを代表して伝える事があります」

えっ? なになに? 超怖いんだけど。死刑です、とかじゃないよね。


「よく戻って来て下さいました」

ラーサーは両手で俺の右手を取った。すごく暖かく、安心できる手だった。男なのに、剣術しているのにすべすべしている。どんなハンドクリームを使っているんだろう。


「ぐすっ……」

ん?

「ええっ、いや、ラーサー!?」

ラーサーの目からは大粒の涙がこぼれていた。ほほを赤らめ、鼻からも大量の水分が。

「アニキ、よくぞ、よくぞ生きておいででした!! 」

「えっ? ああ、ああそうだね。よかったよかった。あははは」

「うわーん」

この後しばらく、泣き続けるラーサーを胸元に抱いて過ごした。

ラーサーの髪の毛からはすごくいい匂いがした。どんな洗髪剤を使っているかも聞いておこう。エリーのお土産が二つ決まった瞬間であった。


ラーサーが泣き止んだタイミングで、俺の寝室に3名入って来た。

一人はレイル・レイン。

ごめんねー、黙ってたことすっごい怒られた。とか言っている。

もう一人はアイリス様。

うわー、目元をめちゃめちゃ腫らしているじゃないか。随分と泣いたようだ。念願かなったわけじゃないよね。さっきのラーサーの感じから、そういう話じゃないよね。

そして、もう一人イケメンが立っていた。

なんか随分いい服を着込んでいる。どこかラーサーに似いる気もする。綺麗な金髪だ。

まぁ、誰でもいいや。

「おい、あいつ今あからさまに俺への興味を失ったぞ。3年経っても何も変わってないぞ」

まぁまぁとレイルが窘めている。なんか偉い人物なのか? 態度がすごくでかいけど。


「まずどこから話しましょうかね? 」

ラーサーが空気を読んで、この場を仕切った。

どこからって、確かにどこから話せばいいのだろう。

「アニキが記憶喪失なのは全員知っていますよね? 」

全員が同意の首肯をした。

「アニキはたまたま遭遇したレイルさん以外は知らないと」

「アイリス様は知っている。城下で出会ったから」

「その程度ですね。じゃあ、こうしましょう。なんでも聞いてください。その上で納得していただいた後、アニキがどう過ごしていたか教えてくださいませんか? 」

うん、俺としてはありがたいのだが、本当に何でも教えてくれるのだろうか?


「俺はそれでいいよ。じゃあ、さっそく質問。俺はクルリ・ヘランであっているの? 」

「ええ、間違いなく。このラーサー・クダンが保証します」

「ふーん。じゃあ、あの偉そうにしている金髪の男は誰? 」

俺が指さすと、金髪の男はむっと顔をこわばらせた。


「はは、兄さん怒らないで下さいよ。あれは私の兄で、この国の第一王子アーク・クダンです」

「うっ……」

偉そうなだけじゃなく、事実偉い立場の人間だったか。失策失策。


「あれ? てことは俺の兄弟?」

「なぜそうなる」

金髪の男が俺の言葉に噛みついてきた。こっちだってごめんだっての。

「あっ、私がアニキと呼んでいるからですね。アニキにはいろいろ教わりましたからその敬意を示すためアニキと呼んでいるだけであり、血のつながりはないです」

なるほど。ラーサーみたいな弟は歓迎だが、アークみたいなむっつりな兄弟はお断りだ。


「じゃあ次。俺はアイリス様になにかよからぬことをしたのか? せ、セクハラとか……」

「なんでそうなる」

アーク王子がまた突っ込んできた。

「だって捕まえろって騎士たちに命じていたし。あれで俺昔なにかやらかしたのかなって」

「やっぱり」

「ごめんなさい」

レイルが予想的中とあきれ。アイリス様はまた目元に涙をため込んだ。

「あれには事情があるの……ぐすっ」

再び過呼吸になりそうだったアイリス様をかばって、アーク王子が代弁した。


「みんなお前が死んだものと思っていたんだ。アイリスはそれでも生きていいると信じていたんだが、夢をよく見たらしい。そこにはお前がいて、でもいつも目覚める直前、お前はどこか遠くへ逃げていくらしい。あはははっと馬鹿な顔して走り去っていくんだと。その夢のことはよく聞いていたが、まさか出会って早々捕まえろと言い出すとは」

「ごめんなさい」

「いや、責めてはいないぞ」

ただただ申し訳なさそうにするアイリス様。俺があはははっと馬鹿な顔をして走り去る夢って……。

再びアイリス様が泣くのを危惧したのか、アーク王子は一生懸命にフォローする。

アイリス様>>>>>>アーク王子くらい明確な力関係があるぞ。


「てことは、俺はセクハラ野郎じゃないってこと? 」

「まさか。アニキは清廉潔白なお人ですよ」

清廉潔白なお人……おほほほほほ。信じてたよ、俺!


「どうだかな。俺たちの知らないところでは変なことをしているかもしれん」

とアーク王子が毒づいてきた。ぐぬぬぬ、こいつは敵だ。

「兄さんがいると話がこじれそうです。出て行って貰いますよ? 」

「わかった。もう茶化さない」

これは……。アイリス様=ラーサー王子>>>>>>>>>>アーク王子。ふふふ、見えたぞ力関係。


「そうだ、アニキこれも知らないでしょうけど、ギャップ商会もアニキを追っていたんですよ」

「ああ、知っている。お陰でいろいろ逃げ道に制限が付いたし」

「なぜ追われていたと? 」

「先日少し揉めたんだよ。それで追手が付いた」

「ぶー。違います。ギャップ商会のトップ、トト・ギャップさんはアニキの親友だからです。会いたがっていましたよ。今日は来られないそうですが」

あの話やすかった相手か。

ギャップ商会のボスで、ヘラン領のことを思ってくれていたコートの男。彼は俺の親友だったのか。


「なんだ。とんだ勘違いだったのか。殺されるかとびくびくしてたのに」

「さあどんどん誤解を解決していきましょう。次は何が知りたいですか? 」

「うーん、人間関係はもういいかな。そこらへんは徐々に知っていこうと思う。ていうか、友達だったならまた仲良くなれそうだし、別に知らなくてもいいかな。それより、なんで俺は記憶を失ったんだ? エリーも」

「エリー? 」

エリザさんのこと、とレイルが横から付け加えた。


「いつからそんなに親しく? 」

と、頬を先ほどとは違う意味合いで赤くしているアイリス様が。

いやそれはこれがこうで、とレイルがなんかいろいろ説明している。


「詳しくはわかっておりません。ただ、アニキは自分のやるべきことをやりのけ、その犠牲になりました。死んだと思っていましたが、こうして戻って来てくれました。アニキは後世に名を遺す英雄です。そのことだけは間違いがありません」

……照れるなぁ。


「あっ、クルリが照れてる。懐かしいなー」

「僕も久々に昔のクルリ君を思い出したよ」

「ふん、こいつのニヤけた顔なんて何度も見るもんじゃない」

「アニキの照れ顔、私は好きですよ」

照れた顔が表に出てしまっていたか。ばれて壮絶な弄りの嵐。

でも、なんだろう。この空間は。すごく居心地がいい。いつまでも話をしていたい気分になる。

でも、そろそろ本題に入るべきかな。


「あのさ。俺がここに来た理由なんだけど」

「そういえば、そうだ。アニキどこにいたんですか!? 」

こちらから質問ばかりしていたから、俺のことは知らせていなかった。


そこから4人に、嵐のごとく質問攻めにあった。

どこにいたのか、何をしていたのか。3年寝ていた話は驚かれたし、鍛冶屋の話は興味を誘った。

エリーとの現在の関係性は!? というアイリス様の質問ははぐらかしておいた。


「それで、本題に戻るけど、ヘラン領の最近の出来事についていろいろ聞いたんだ」

ああ、と声が漏れ、4人のテンションが一気に下がった。

なんで? タブーに触れちゃった?


「ごめんなさい、アニキ。アニキのいない間、ヘラン領は以前にも増して繁栄させてやろうと皆で意気込んでいたんですが、力及ばず現在のようなドタバタした事態に収まってしまいました」

「いや、みんなのせいじゃないさ。だって、本来は俺の仕事なんだろう? 」

「いえ、アニキはだって。もう充分に働きました」

「ラーサー。ヘラン領にまだ俺が必要なら、俺はまた戻ろうと思う。そのために王都まで来たわけだし。どうやら俺は本物のクルリ・ヘランで間違いないこともわかった」

「鍛冶屋はどうするんですか? 」

あー、それね。

エリーには帰るって約束したし。

まずいよな、それは。


「移店かな、ヘラン領に」

「勝手に決めていいの? 僕が見た限りじゃ、決定権はエリザさんにあったように見えたけど」

などとレイルが冷静で的確な意見をくれました。恐ろしい現実を突きつけるんじゃないよ! 

「やっぱりそうなのね」

とアイリス様はどこか納得している。なんで!? なんで筒抜けなの!?


「仕方ない。エリザの説得が俺がしよう。だってヘラン領にはこいつがいなきゃならんだろう。普通に考えて」

その言葉でこの場を締めくくったのはアーク王子だった。

なんか美味しいとこ全部持っていきやがった。ええ恰好しやがって。


王城にいる間、面倒は全部見てくれるとアーク王子がこの後言ってくれたので、俺はそれを後悔させてやるべく食いまくろうと決意した。夜中にスイーツとか要求するからね。撤回するなら今のうちだぞ。






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