6章 13話
正直に告白しよう。
エリーは相当かわいい。
記憶をなくてして目を覚ました後、俺は彼女の美しさに目を奪われた。それからいろんな女性と会った。その度に思う。エリーはこの世で世界一美しいのでは、と。彼女の美しさは他に類を見ない。恥ずかしくて、彼女の前でそんなことは決して言えない。でも、ときたま思うのだ。彼女より美しい女性などこの世にいないのではないかと。
なぜこんな独白をしているか。
それは俺は今初めてエリーと方を並べるほどの美女を目にしているからだ。
いた、エリーを越えはしないかもしれないが、間違いなく肩を並べるレベルの美女が!
市場でおばちゃんから果物を購入して、すぐに齧りついていた時だった。
どうやって城に入ろうかと悩んでいた。昨日行ったら門番に突き返された。あやしいやつめ、という言葉を添えられて。
ギャップ商会から逃げた時みたいに塀を飛び越えるか?
ただし、これには大きなリスクが付きまとう。
当然侵入したら王城に住む騎士どもに追い回されるだろう。
それだけじゃない。王子がもしも、お前誰? と言う可能性だってゼロではないのだ。レイルはああ言っていたけど、まぁ危険なことに変わりはない。
そんなことを考えながら、ふらふらしていた時、空から天女が舞い降りたのだ。
多くの人だかりができていたので、俺も野次馬精神で何か覗き込んだ。
そしたら、騎士に護衛されながら、目を疑うほどの美女がいた。思わず齧っていた果実を落とすほどの衝撃だった。
エリーと同じくらい可愛い。いや、やっぱりエリーのほうが可愛い。いや、やっぱり同じくらいか。
「お前さん、随分と見惚れておるな」
うっ、見惚れていたけど。なんか知らんおっさんに声をかけられた。野次馬の中の一人だ。
「ダメだぜ? あれは天の上のお人だ」
「まさか!? 本物の天女!?」
「なわけあるか。ありゃ第一王子の専属メイド様だ。アイリス様って言うんだ。俺あれの方の肖像画持ってんだぜ」
見せてやろうか?というおっさんを押しのけた。
そうか、あの美しい人がレイルの言っていたアイリス様。
へぇー、あんなにきれいだったんだ。王子の専属メイド様は。なんと羨ましい関係なのだろうか。
俺とあの美人さんが本当に知り合いなら、是非握手してほしい。! 違う、違う!
俺とあの美人さんが本当に知り合いなら、ここで声をかければ王城に入れる?
そんなうまくはいかないかな。周りの騎士たちが睨みを聞かせているし、飛び出していったら斬られないとも限らない。
「アイリス様は良くああして城下に顔を出しているんだぜ。忙しい王子の代わりに困っている国民の声を直接聞きたいってな」
「へぇー、立派だな」
「そうなんだ。立派なんだ。俺たちにゃ手も届かない存在なんだぜ」
手も届かない存在か。
なんだか彼女を眺めていたら、本当にそんな気分になってくる。
あっ、アイリス様が歩き出した。どうやらこの場での滞在は終わりらしい。
この場に集まっていた集団がその囲いを開け始めた。
綺麗に、アイリス様の歩く先が開かれた。
アイリス様は通り過ぎる人々に手を振っていた。
おっとこちらへ向かっている。
うまくいけば手を振ってもらえるかも……まずいすっかり野次馬の一員になってしまっている。
でもせっかくの機会なので。
アイリス様がいよいよ傍まで近寄って来た。
俺のすぐ目の前、手の届くほどの距離まで来た。彼女は明るい笑顔を顔に浮かべ、手を振り続ける。
「あっ」
やった。今俺にも手を振ってくれたぞ。ラッキー。
まずいまずい、おっさんたちと全く同じ心理じゃないか。
アイリス様は俺たちの目の前を通り過ぎていった。
すごいよなー。平民から王子の専属メイドになり、こうして国民を思いやって城下に足を運ぶなんて。本当に素晴らしい人物だ。一目見られただけで良しとしよう。
アイリス様は人々の間を歩き続ける。その背中がだんだんと離れていく。
と、思ったら、急に止まった。
なんか、固まった。
背中がぴくっとなったのを見た。そして頭が斜めに倒れる。
さささっと音がするくらい、彼女は俊敏に後ずさりした。その奇妙な行動に護衛の騎士たちは反応できず、アイリス様は彼らを置いていった。
すごい俊足でアイリス様がたどり着いた場所。それは俺の目の前だった。
「あ、あんちゃん。アイリス様だ。アイリス様がこっちを見てるぞ!」
となりの名もなきおっさんがうるさい。
そんなこと俺だってわかっている。本当に目の前にいるんだから。
俺とアイリス様はお互いに固まったまま、瞳を合わせ続けた。
うわぁー、綺麗だなぁー。連絡先とか教えてもらえないかなー。
いかんいかんいかん、なんて不純なことを。
「ア、アイリス様!! 何事です!? 」
遅れて騎士たちが追いついた。
俺を見つめ続けるアイリスを見て、騎士たちも俺を訝しげにこちらを見る。
いったい何事かと更に人が集まる。でも、アイリス様は固まったままだ。次第に辺りに沈黙が訪れた。
「あなた、名前は?」
全員の沈黙を破って、アイリス様が口を開いた。
あれ? 俺に質問してんのかな? 俺? 俺か!
「クルリ、と申します」
アイリス様は目をこすった。瞼をぱちぱちと動かし、もう一度俺を見る。
そしてもう一度目をつむり、ほほをパンパンと力強く叩いた。
「アイリス様!? 何を!?」
本当に何を!? せっかくの美肌が勿体ない。
「クルリなの? 本当にクルリなの?」
「はい、多分クルリです」
「はぁー……」
なんだかアイリス様から力が抜けた。いや、魂が抜けたというような感じがした。
「あわ、あわわわわわ、だっだれか!! だれか捕まえてー!!」
魂が抜けたかと思ったら今度は気が動転したように大声をあげて、俺を捕まえるように指示を飛ばした。
辺りにいた全員が驚いたが、騎士たちの行動は早く、すぐさま剣を抜いて俺に向かってきた。
えっ!? なんでこんな事態に!?
名も知らぬおっさんを騎士たちに押し付けて、俺は駆け出した。逃げねば! 後ろには剣を持った騎士たちが追ってきている。
「まっ待て!」
待たぬ! 人垣を押しのけて必死に逃げる。
結局この追跡はすぐにまいたのだが、この後すぐに俺の手配書が王都中に出回った。
王都まで来るときに身に着けていたマントがあったので、それで顔を隠した。
これで急場はしのげる。
しかし、俺はなぜ姫様に捕まえろと言われたのか?
その疑問が頭に残る。
その日の夜、顔を隠していても入れそうなボロ宿に泊まった。
胸にしまった新しい手配書を見る。
『 手配者 クルリ・ヘラン
直ぐに王城にいらして下さい。絶対に悪いようには致しません。あなたに聞きたいことがたくさんあります。
この顔に見覚えがある方、情報提供を求む。危害を加えることのないように!』
前半は俺へのメッセージ。
後半は国民へのメッセージ。
絶対に悪いようにはしませんか……。嘘だ! 絶対に嘘だ!!
俺を釣りあげようとしているのが見え見えだ。絶対怒らないからは、絶対に怒られるやつ理論だ!! 本当、怖いわ! 王都は怖いわ!!
この晩、俺は自分の記憶をなくす前の真実の姿を想像した。
あの時、動転して俺を捕まえるように指示を飛ばしたアイリス様の顔を思い出す。
そして、導き出される真実はこれだ。
俺が記憶をなくす前、おそらく俺は貴族という身分を利用して、平民のアイリス様にセクハラまがいのことをしたに違いない。
そして、今となっては身分に逆転が生じ、悪事を働いてきた俺が地獄に落とされるパターンのやつ!!
捕まったら終わりだ。一生監獄行き。
ギャップ商会から脱獄できるだけの能力ありという情報が入れられ、俺には24時間厳重な監視が付くに違いない。
まずいまずいまずい。
一刻も早く、俺は王都を脱出せねばならぬ!!