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6章 10話

バロルさんとライオットがこの店に来る頻度は日に日に増えている。

それ自体は別に大したことないのだが、最近はこの店に馴染みすぎている気がする。

先日バロルさんが自分の客との打ち合わせでうちの店を利用していたのにはかなり戸惑いを覚えた。

昨日ライオットが自分の郵便物をうちの店に届けさせた時はもっと戸惑いを覚えた。

本日エリーが二人がいつでも泊まれるようにと、寝具を購入して来た時、もうびっくりとしか言いようがなかった。


家族ができつつある。

少し変わった家族が徐々に……。


「それにしても、この国も慌ただしいことだらけじゃの」

バロルさんが空いた時間にエリーと話し込んでいた。少し休憩を取っていた俺も話に聞き耳を立てた。

「なにか変わったことでもあったのですか?」

「ふむ。最近時間にゆとりができての、昨日も行商人と立ち話をしてたんじゃ。軽く聞いたのじゃが、東の果てにあるヘラン領が随分と政治的に荒れておるらしいの」

いつも適当にバロルさんとの会話を楽しむエリーなのだが、聞き覚えのある土地名にピクリと反応した。側でお茶を飲んでいた俺も同じく反応せざるを得ない話だった。それにしても、時間にゆとりができたのはうちに良く来るからでは? 自分の仕事をおろそかにしてないといいけど。


クルリ・ヘラン。

それが俺の本名らしい。レイルという男の話を信じればだが、いろいろとつじつまは合う気がする。俺の鍛冶職人としての腕前だったり、やたらご近所さんから貴族様っぽいと言われたり。

更には貴族が学ぶべき剣術や魔術が俺には備わっていた。

そういうあらゆる見解から、レイルの話は真実味が高いと判断できる。


ヘランって、つまりはそういうことだよね。

ヘラン領と俺の本名の後に続く家名……。

エリザとはそのことについて話していないが、当然彼女もその考えに至っているのだろう。バロルさんはこの何気ない世間話が予想外なことに俺とエリーの関心を得たことには気が付いていないだろう。


「どうも3年前に大きな変事が起きたらしくてな、話はそこから始まり今に至る」

3年前か……もう耳を覆ってしまいたくなるほど、クルリ・ヘランという人物が俺のことを示している。ポリーさんが言うには俺とエリーがこの地に運ばれたのも3年前のことだ。


「あのときはすごく騒ぎになっていろいろ噂が独り歩きしたもんじゃ。経過についてはぱったりと情報がなかったがな」

「どんな噂だったんですか?」

「はて、すまんな、あまり詳しくは覚えておらん。なにせ世間が騒いでいたのに耳を傾けいた程度じゃしな」

気になる噂の情報はなしか。あえて自分で捜しまわる気にもなれない。気にはなっているが。


「あっ! 僕詳しく知っていますよ!」

話に飛び込んできたのは剣術特訓をしていたライオットだった。出たな、実は情報通なライオット少年。


「確かヘラン領主の息子さんが危険な魔法を行使したせいであの地に大きな騒乱が起きたとか。ただ、それは世に広まった一般的な説で、お母さんはその話を信じていませんでしたね。それよりヘラン領民の話のほうが正しいと」

「ヘラン領民の話? どう違うの?」

聞き返したのはエリザだった。

「はい、確かこうです。ヘラン領主の息子さん、騒乱の原因と呼ばれるこの人なんですが、大変優れた統治者だったとか。騒乱があるまでヘラン領の実権はその方が握っており、彼の働きによってヘラン領はかつてないほどの繁栄をしていたらしいのです。あれ? エリーさんも師匠もやけに真剣な顔つきで聞きますね」

うっ。まずいまずい、もっとリラックスして聞こう。ニコッとね。

エリーもまずいと思ったのか、下手な笑顔を作っていた。覚えておこう、エリーは作り笑いが下手だ。俺も言えたもんじゃないだろうけど。


「そうじゃったな。あの頃ヘラン領から剣の注文が多かった気がする。なにやら景気のいいところもあるんじゃなと覚えておるわ」

「そうですね。僕は母から良くヘラン領の話を聞いていました。あなたもノーリス家が持つ領地を継ぐなら将来彼の働きを学びなさいと教えられました。そんな経緯もあり、母は一般的に出回っている噂を信じず、直接ヘラン領から話を聞き入れていました。そこで聞こえてきた話が、ヘランの土地を蝕む魔法を止めるべく働いたのがヘラン領主の息子だったらしいです。騒乱のあと姿を消したのは、その時犠牲になり死亡したという話がヘラン領民の間では根強く信じられています。

一体どっちが正しいのだろう。

虚けか、勇者か。

クルリ・ヘランという人物はどちらだったのだろう。

もしも俺が本当にクルリ・ヘランなのだとしたら、俺はヘラン領民の話を信じます!


「両極端な話ね。一体どちらが真実なのかしら」

エリーも当然そこに食いついた。

「そこ気になりますよね。実は領主の息子さんが土地を守るため犠牲になったとき、側に付き添っていた女性がいるらしいんです。ヘラン領ではそれがおとぎ話となって絵本になっているんですよ。母が購入してくれたものを昔一度読みました。すごく感動できる話でした。だからかな、僕も母と同じ意見で、ヘラン領民の話が正しいと思います」

俺はライオット少年の意見を尊重します!

付き添った女性がいたか……これはまたまた嫌に真実味のある話になって来たぞ。


「付き添った女性の名前、絵本には載っていたの?」

下手な笑顔でエリーはなるべく自然な雰囲気を装ってライオットに尋ねた。

「なんだったかな。一年以上前に読んだからな。確か……ああ、エリーさんに似た名前でしたよ。その絵本、明日持ってきましょうか?」

「いいえ、いいのよ」

あらら。もしもその女性の名前がエリザなんてことだったりしたら……。俺たちはレイルの残してくれた封書を焼いたことを後悔してしまうことになるのかな? いや、あれはもう忘れよう。


「で、現在のヘラン領が慌ただしい話ですよね。バロル爺が話しますか?」

「わしはいいよ。ライオット坊のほうが詳しそうじゃし、新しい話の期待も込めて、お主の話を聞くとしよう」

「わかりました。じゃあ、僕が知っているヘラン領について話しますね」


流石は貴族の息子なだけある。

今現在のヘラン領の統治者について、まずはそこから話してくれるらしい。


「ヘラン領主は未だ存命なのですが、本人の意思がないこともあり、あの土地は今現在第一王子のアーク王子が臨時の統治者となっています。息子が実権を握っていたという話が濃厚ですから、本人が統治をやりたがらないのも当然ですね。王子は昨年平民の女性と結婚し、二人でうまく仕事を回しているようです。妃殿下の評判は大変すばらしいものですよ。貴族たちの反感は買っていますが、それはまた別の話になるので割愛します」

王子は平民から嫁さんを貰ったのかぁ。想像しかできないが、それは茨の道だったろうね。二人の苦労が見え透いて、なぜか俺の目元がグスリと水滴にぬらされた。


「あれはいい結婚じゃった。王子から国中に酒が振舞われての。国民がそれで皆王子側に付いたもんじゃから、貴族連中も黙っとったわい。ほっほっほ」

国中に酒を……、豪勢な王子様だな。俺はまだ貰っていないし、今度請求しておこう。


「あの時はお祭り騒ぎでしたね。ちなみに僕たち子どもには甘いお菓子が配られました。たしかどこかの新しい商会が王子たちの結婚祝いにと結構な出資をしたとか。ともかく、そんなこともあり二人でヘラン領を支えていたわけです。しかし、いつまでも王子が統治していく訳にもいきません。王子は王都にいてこその人物なのですから。3年たって、いよいよその話を避けられなくり、代わりの統治者が必要ということになったのです。バロル爺が慌ただしいと言ったのはそこから始まるのです」

ほうほう。世間話レベルのバロルさんとはレベルが違うじゃないか。流石は我が弟子よ! 今度ちゃんと褒めておこう。そしてお礼に特別特訓メニューの追加を。


「統治を拒む現領主。王都に帰らざるを得ない王子。新しくやってくる領主。うわぁ、揉め事の匂いしかしないな」

「母も同じことを言っていました。しかも事態はもっと悪いとも」

「えー、もっと悪いの?」

「はい。エリーさんも師匠も大丈夫ですか? なんか暗くなってますけど。大丈夫ですよ、ヘラン領は東の果てにある土地ですから。ここまで影響は来ないですよ」

そうかねそうかね。励ましありがとう。でも俺たちは暗くならずにはいられない。もはや他人事には聞こえないのだ。


「王子が王都に戻ることはもう決まったのですが、今泥沼状態にあるのが新領主問題です。多くの反対意見をねじ伏せて王都のダータネル家がヘラン領を引き継ぐ予定でしたが、ギャップ商会が大金を積んで新しく名乗りを上げたのです。商会のトップが貴族の方なので一切問題ないことと、何より金の力がものをいい、かなり有力な候補になっていますよ」

「金の力すげーな。それにしても、みんなヘラン領のこと大好きだな」

「ギャップ商会は新しい商会なんですが、随分と荒稼ぎしてるみたいです。そうそう、今師匠が言ったことなんですが、それも母が疑問に思っていたことです。ダータネル家もギャップ商会も大金をバラまいてまでなぜあんな辺境の土地の領主になりたいのかと」

「景気がいいからじゃないのか?」

「それは3年も前の話です。今は決してそうじゃないです」

「じゃあ、お宝が眠っているとか」

「あっ、僕もそれだと思うんですよね。ていうか、今王都ではその噂が流れています」

適当に言ったことが当たると嬉しいよね。ヘラン領にお宝が眠るか……。


「どうもヘラン領主の息子が大きな財産をどこかに隠しているんではないか、そんな噂が広まっています」

おいおいおい、やりやがったなクルリ・ヘラン。

頼む、俺の記憶、今すぐ戻れ!!


「まっ、あくまで噂ですよ。じゃないとなぜあんな土地をって話ですから。話を戻しましょう。この有力貴族が声を上げる中、肝心なヘラン領民がこれに大反対しているんです。王子の統治は臨時だったからいいものの、新しい領主となると話は変わります。今ヘラン領では暴動になりかけているとか。血が流れるのも遠い話じゃないと母が言っていました」

「反対ったって、どうしようもなくない? 王子がやれないんだったら」

「彼らの代表者が国に意見書を提出しているんですよ。その内容が、前領主の息子の帰りを待つ、それまで新しい領主は迎え入れないと」

「頑固だなぁ」

「そうですね。ただし、それだけ亡くなった領主の息子さんが素晴らしい人物だったという訳です。しかし、亡くなった方をいつまでも待つわけにもいきません。いつかは武力衝突、なんてことにならないといいですけど……」

武力衝突かぁ。いやな未来しか見えないな。


「ほかに解決策はないのかねぇ」

「今のところは。血が流れないのを祈るばかりです」

ほんと、そうだよね。俺がクルリ・ヘランじゃないのなら、ははっは大変だなぁで済む話なのに……。はぁ。これは困った。


「もしさ、もしもよ?」

「なんです? 師匠」

「もしもその領主の息子が生きてたらどうなるかな」

「そうですね、万事解決するんじゃないですか? ははっ、領主の息子は死ぬほど苦労することになりそうですけどっ」

「ははっははははあー」

俺は今どんな顔をしているだろうか。魂が抜けたような顔をしていないといいのだが。

3年間どこ行ってたんだーって関係者から殴られなきゃいいですけど、そんな言葉を残してライオットは剣術修行に戻っていった。自分の知っていることを一通り話せてライオットは愉快そうだった。

開いていたピースを埋め合わせるかのような話を聞いた俺とエリーはただうなだれるばかり。


俺、認めます。多分クルリ・ヘランです。そして、エリーはエリザ・ドーヴィル。

彼女は俺に付き添って、死んだ。3年前。少なくとも世間ではそう思われている。


王都の噂が真実か……。ヘラン領での噂が真実か……。

どうかお願いします! 3年前の俺、お前を信じるぞ!


バロルさん、ライオットがこの日帰るまで、俺とエリーの二人は異様に口数が減っていた。二人とも意識して元気を出そうとしていたが、残念ながらそれだけの気力は残っていなかった。ライオットのもたらした話はそれだけ俺たちに重くのしかかっていた。


そして、俺は一つの決断を下した。この後二人きりなったら、エリーに話そうと思う。


エリーが本日は夕食を作ってくれる。

最近は二人で外食が多かったのだが、どうしても作ってくれるらしい。


テーブルに並んだ豪勢な夕食を俺は眺めた。エリーの料理は旨い。手が込んでいるし、もしかしたら愛情も籠っているかもしれない。

「話したいことがあるって顔しているわよ」

「うん……」

「食べながら聞くわ。冷めたら勿体ないもの」

「そうだね」


エリーの作ったカボチャのシチューは絶品だ。ああ、これともしばらくのお別れになるのか……。


「エリー、話があるんだ」

「ライオットが話してくれたことね?」

「うん。俺は多分クルリ・ヘラン。いや、俺はクルリ・ヘランだ」

「わたしはエリザ・ドーヴィルね」

「うん。エリーがここでの生活が好きって言ってくれたこと、嬉しかった。手に職持ってて良かったって思った。俺もできればここに残って暮らしたい」

「でも、行くのね?」

「うん。俺行くよ。俺の正体を確かめてくる。そして、やり残したことをやってくる」

「モランさんが二人は責務を果たしって。レイルさんはわたしたちのこと誰にも話さないって。でも……、行くの?」

「うん」

「あなた王都の噂通り愚かな領主の息子だったらどうするの? 嫌なことを知ることになるかも」

「エリーはどっちだと思う? 王都の噂か、ヘラン領での噂か」

「さぁ、どっちでもいいわ。鍛冶屋さんのほうが向いているってだけ言っておくわ」

「ふっ、そうだね」

思わず吹き出してしまった。自分でもそう思う。貴族で、領主の息子で、そんな話は実感がわかない。俺はここでエリーと鍛冶屋を経営する男、そのほうがしっくりくるというものだ。


「明日の朝、俺は王都を目指すよ。レイルに会って、王子にあって、真実を確かめてみる」

「わかったわ。ねえ、一つだけ確認してもいい?」

「もちろん」

「ちゃんと帰ってくるよね?」

「当然だ。この店の半分は俺の領地だからな」




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