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6章 9話

「一晩考えて、僕なりの結論をだしたよ」

昨日の豆乳鍋の評価の話? 確かに複雑な味だった。美味しいともまずいとも評価しがたいものだったが、一晩も考えるとは……。こやつなかなかの食通!


「ちなみに豆乳鍋の話じゃないから。エリザさんとクルリ君、昨日食後に随分盛り上がっていたけど」

「なぜわかった」

「なんとなくだよ」

エリーの作ってくれた朝食を食べ終わり、人心地ついているときに、レイルは考えていたことを話したいから二人とも椅子に座ってほしいと言ってきた。

少ない可能性だったが、豆乳鍋の話ではないらしい。

豆乳鍋の味に俺とエリーは活力を復活させ、その奇妙な味に二人してかなりハイテンションで語りあったのが昨夜のこと。

「たかが鍋であれだけ楽しそうにしている人たちを初めてみたよ。思ったんだけど、二人はかなり相性いいよね」

「食事のときだけです。普段は喧嘩ばかりです」

喧嘩というよりは、俺が一方的にやられているのですが、伏せされていただきます。漏らすと恐ろしいことになりかねない。


「話を戻そう。一晩考えて、僕は決めた。君たちのことは僕の胸の内に留めておこうと」

「つまりは、仕事を依頼してきた王子に黙っていると?」

「そうアーク王子にもラーサー王子にも。もちろんアイリス様や他に心配している人たちにもだ」

「職務怠慢じゃない?」

「給金をもらってないから、決定権は僕にある! ……はずだよね?」

なんだかすごく開き直っている。昨日に悩みぬいたのだろう。今日はすっきりとした顔をしている。俺たちのことは誰にも話さないと腹に決めたからか。踏ん切りの着いた顔……今朝は食欲もすごかった。


「ま、俺はどっちでもいいけど。記憶にないことだし」

「あっさりしてるね。気にならないのかい?」

「若干気になるけど、レイルさんが黙っているのには理由があるんだろう? なら無理に知ろうって気にもならない」

「そうか……。エリザさんはそれでいい?」

片づけを済ませてくれて、洗った手を拭きながら戻って来たエリーにも聞いた。片づけをしながら大体の話を聞いていたのだろう。エリーの返答も明瞭簡潔なものだった。

「特に興味が湧かないですわ」

「へ、へぇ……。エリザさんも存外すっきりした性格だね」

「王子がこの店にまで足を運んでくれるなら話は別ですけど、流石に来れそうにないでしょう? 来てくれるならいい商売相手になりそうなのに」

「ああ、そういう視点……。逞しいね」

レイルの顔には苦笑いが張り付いていた。エリーの商売根性を舐めていたな! 俺もだが! 王子相手に商売しようとは、逞しすぎます!


「二人はさ、ここでこうして平和に商売していることが一番な気がしてきたよ。もう、君たちにはかかわらない。僕たちからはね」

「よくわかんないけど、お客としてならいつでも来てよ」

「そうだね。そうさせてもらおう。それとこれ、大事なものを渡しておく」

そう言ってレイルが差し出したものは、一通の封書。

「中にはクルリ君と、エリザさん、二人の真実を書き込んでおいた。これを読むか読まないかは二人の自由だ」

「俺たちの真実……」

恥ずかしい過去とかじゃないよね!? 


「そう。ただ、モランさんが言ったように二人はすでに責務を果たした。読まなくてもいいし、読んだことで二人がなんら責任を負うこともないと思っている。二人はもう自由なのだから」

「了解。気が向いたら読んでおくよ」

「そうだね。それがいい。それくらいでいい。じゃあ、いろいろ騒いで申し訳なかった。本当に、僕は旅立つことにするよ。いや、二人を見つけたんだ、武者修行のこの旅ももうすぐ終わりになるね。どうか二人ともお元気で」

「うん、わかった。そっちこそ頑張りすぎて体調を崩さないように」


俺とエリーは店の外に出て、レイルを見送ることにした。

爽やかな笑顔で旅立ったレイル。

……しかし、途中で何度も振り返ってくる。ちらっと見ては数歩歩いて、またちらっと振り返る。

未練がましいな。


「クルリ君! 本当に封書の中身は読まなくていいからね!」

少し離れたところからレイルはそう言った。

「わかった! 読まない!」

「本当、本当に読まなくていいからね! ちょっとだけでも、読まなくていいから!! 日に向けると透けるけど、読まなくていいから!!」

「はいはい」

もはやフリだよね。読めっていうフリだよね。


「で、どうするの?」

レイルの姿が見えなくなったころ、隣にいたエリーが尋ねてきた。

「あんな感じだったし、読んで欲しいだろうな。正直、内容が気になって来た」

「でしょうね。それにしても驚いたわ。あなたが本当のクルリ・ヘランだったなんて」

「ああ、それ。確かに驚いた。エリーの本名はエリザだよね。あるんだね、偶然って」

「あなたが本当のクルリ・ヘランなら……商品の値上げを検討すべきね。宣伝はどうしようかしら……店舗の移動も考えなきゃ……ブツブツブツ」

エリーが日に日に逞しくなっております!


二人で店に戻って、レイルからもらった封書を開けるかどうか悩んだ。

エリーはあなたに任せるわ、と言い残しいつも通り店の清掃に戻った。

俺としては結構中身が気になるのだが、彼女はそうでもないのかな。

うーん、どうしようか。読んだら最後、あとに引けなくなりそう。レイルの様子から、そんな感じの予想はついた。


「なぁ、エリー。もしかしてこの封書の中身、本当に興味がない感じ?」

声をかけると、清掃の手を止め、エリーはこちらを振り返った。

「……興味はあるわよ。ちょっとだけね」

「でも結構さばさばしてない?」

「決定権はあなたにあるでしょ? 渡されたのもあなただし」

「でもさ、一緒に悩みたいっていうか、同居人だし。二人ともレイルの知り合いっぽかったし。きっとこの中の情報も俺たち二人に関して詳しく書かれているだろうし」

「それもそうね。じゃあ、わたしの意見言わせてもらっても?」

「もちろん」

「反対よ」

「どうして?」

「きっと悪い内容よ。レイルって人は私たちを知っているのに連れ帰らなかったのよ? 連れ帰ったところでいいことにならないかよ。私たち側か、もしくは彼ら側がね」

「うん、そんな感じだったな。でもかなり読んで欲しそうだったけど」

「そうね。だから推測すると中に書かれている内容は私たちにとってあまり良くない情報。記憶をなくしたままここで鍛冶屋をやっているほうが幸せになれる、レイルっていう人はそう判断したんでしょ? だからわたしは読むのに反対……それに」

「それに?」

言い淀むエリー。若干頬が赤くなったのを一瞬だが見た。

彼女は俺から目を背けて、少し小声で続けた。

「ここの生活、結構好きなの。ここに居たいのよ、二人で」

ああ、そういうこと。照れ隠しで顔をそむけたと。

その言葉を聞いて、俺も顔がニヤリとしてしまった。


嬉しいし、恥ずかしいし。

ここの生活が好きかぁ……。

一緒に朝食を食べ、鍛冶屋を開け、忙しく昼飯を食べ、日暮れまで客を捌く。夜には疲れて口数は減るが美味しく夕飯をいただく。風呂に入って綺麗になった後、二人で夜な夜な売上を数える。いやらしい顔して。その後は二人ともぐっすり夢の中。

そうか、ここの生活はかなり幸せだったんだ。

改めて振り返ると、エリーの言ったことが身に染みる。


確かに二人でここに居たい。封書の中身を読めば、ここでの生活が失われる。エリーはそれを危惧している。だから読むことに反対する。


「……読まない。この封書は処分しよう。俺もエリーとここで暮らしたい。今の生活が大切だ」

「そう……。じゃあ、新しく羊用の剣をお願いね」

そうだった。まだやってなかったなぁ羊の分を。

俺は未練が残らないように封書を火にかけた。紙がすぐに燃え広がり、黒い炭と化した。


これで俺たちの過去は失われた。

今日も元気に『エリーとクルリの鍛冶屋』を営むだけだ。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 潔く燃やしちゃうのか。それだけ今の生活が気に入ってるんだね
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