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6章 8話

「この紅茶美味しいね」

「……ありがとう」

紅茶を飲み干したレイル・レインという男は一旦落ち着きを取り戻していた。さっきとの様子の変わりように、俺もエリーも戸惑いを感じている。ただ、この冷静さか本来の彼の気質な気もする。そんな彼があれほど取り乱すとはいったい何事か。


「うーん、まず何から話そうか……」

顎の下に手を添えて、レイルは何かを思考している。なんか俺たちのことを知っているっポイけど、どんな話が飛び出すのだろう。

「まずはここからだね。なんで二人とも僕のこと知らない、みたいな態度なの?」

なんでと言われても……。

俺とエリザは顔を見合わせて、お互いに頷きあった。

「「だって知らないし」」

綺麗に重なったその言葉がレイルの体を鞭打ったようで、彼は大きくせき込み始めた。いちいち反応が大きい。発言に最新の注意が必要そうだ。


「本気で言っているの? 僕だよ。あのレイル・レインだよ? 」

どのレイル・レインだよ。新手の詐欺か?

「ごめん、知らない。ていうか、覚えてない。目が覚めた時にはあらゆる記憶が飛んでたし」

「記憶が飛んでた!? 目覚めたのはいつ!? 場所は!? 一体なぜ!? 」

ぐいぐい来るな。身を乗り出して問い詰めてくるので、熱くるしいことこの上ない。


「記憶は本当にないんだよ。日常的な基本知識も覚えていたり忘れていたり。もちろん自分については全て忘れていた。エリーもたまに古い記憶がよみがえるくらいで、俺とほとんど変わらない状態。つまり、二人とも綺麗さっぱり過去のことは忘れている。だから、お金を借りてたならごめんなさい。それは過去の俺がやったことなので、どうかチャラにして下さい」

「お金は貸してないから大丈夫……。そうか記憶喪失なのか……。いや、今の説明だと少しおかしくないかい? 君は自分の名前を憶えているじゃないか。大体僕が戻って来た理由だってそれだ」

ああ、そうか。レイルは昼に一度来ているんだったか。わざわざ戻って来たのには何かちゃんとした目的があったからだ。


「街をいよいよ出ようというとき、親衛隊から見送りがあったんだ。彼女らに『エリーとクルルンの鍛冶屋』でいい剣が買えたと礼を伝えたところ、『エリーとクルリの鍛冶屋』ですと店名を訂正された。その時の驚きと言ったら……。これだけの剣を造れて、しかもクルリの名前を語るんだから、これはクルリくん、君本人じゃないのかって。だからここまで急いで駆け付けたんだ」

「あー、そういう訳でしたか。実はクルリ・ヘランという鍛冶師の名前からとった名前なんです。彼に負けない鍛冶師になれるようにと願いを込めて。だから本人じゃないです。ごめんなさい。エリーのほうもわずかに覚えていることから貰った名前です」

「いや、本人だよ!! 君がクルリ・ヘランなんだよ!! 彼女がエリザ・ドーヴィルなんだよ。奇跡だよ! こんな奇跡的なネーミングある!? ないよね、普通!!」

俺とエリーは再度顔を見合わせる。

二人とも思考が一致しているようだ。やっぱり新手の詐欺かな?


「目覚めたのはいつなの? 大体君たちはどうしてこの土地に」

「目覚めたのは3か月前くらいかな。モランっていう人がここに俺たちを運んでくれたらしい」

「モラン……。ああ、あの騒動の関連者……たしかヘラン家に雇われていた男の名だ。彼が君たちをここまで。しかし、なぜ身を隠すようなことを……。なぜ僕たちに一切何も教えなかったんだ……」

今度は一人でぶつぶつとつぶやきだした。

さっきから俺とエリー、そしてレイルの間に大きな熱量の差がある。

もうベッドに入って休みたい俺たちと、血が滾って頭の整理を始めだしたレイル。

彼が一生懸命なのはわかるけど、俺とエリーが彼に抱いている思いはただ一つ。とりあえず、今日のところは帰ってほしい。


「クルリ君たちがこの国にとってどれほど必要な人物かわからないはずはない。現状、すぐにでも戻って来てほしいくらいだ。彼にも陰謀が!? しかしそれだと矛盾が……」


新手の詐欺にしても、明日にしてほしい。本当に、切実にそう思います。

頭をフル回転させながら考え込むレイルを、俺とエリーは優しい眼差しで射続けた。客商売の手前、帰れとはいいづらい。だから、無言の圧力だ。どうも通じていないらしいが。


「そうだ! クルリ君、そのモランって人、君たちに何か伝言は残さなかったのかい?」

「ああ、確かあったな。ポリーさんから教えてもらった。なんだったかな、『二人は責務を果たした。目覚めたら好きなように暮らしてほしい』そんな感じのメッセージだったと思う」

「二人は責務を果たした……」

俺の言葉をかみしめるように、レイルは何度も何度もモランさんからもらった伝言をつぶやいた。

そして、さっきまでの興奮具合がどこへいったのか、彼は椅子に座りなおし、冷静にこちらの様子を伺った。その視線を店内にも巡らす。飲み干した紅茶のカップに視線を落とす。彼は一通り見まわし、納得したようにニコリと頷いた。


「二人は今、幸せなの?」

突如改まってなんて質問を……。幸せなんて聞かれても、ちょっと困る。

店を経営して行く上で苦労はある。エリーに厳しい視線を向けられることもある。

しかし、仕事はやりがいがあり、楽しくもある。エリーも不満はありつつも、この生活に満足しているのではないか。だとしたら……。

「真面目に答えて欲しい」

「幸せ、だと思うよ」

「エリザさんも?」

「そうね、そこそこよ」

エリーと俺の真剣な返答に、レイルは今一度確認をとり、そして大きくため息をついた。


明らかにがっくりうなだれる。あれ? 俺たちが幸せだと悲しいの? 何この人。もう帰ってよ!


「僕がここに来たのは間違いだったかもしれない。そう、このままが一番なのかもしれない」

あなたがここに来たのは間違いです。だからもう帰って!

「クルリくん。僕が今旅をしながら何をしているか知っているかい?」

「医者でしょ? 結構話題になっていますよ」

「そう。その通り。僕は自分の夢だった医者になったんだ。まだ修行中だけどね。でも、それだけが目的でこの国を隅々まで旅している訳じゃない。僕にはもう一つ、王子から任された仕事がある。3年前、ヘラン領を救った後に姿を消したクルリ・ヘランとエリザ・ドーヴィル、2名の捜索だ」

それが俺とエリーのことらしい。俺とエリーがヘラン領を救った? なんのことですかって感じだった。ヘラン領ってどこよ。聞いたことないから絶対辺境だよ。


「僕は正直どこか諦めていた。アーク王子だってそうだ。二人はもう生きていないんじゃないかと。でもラーサー王子と、アイリス様はいつまでも信じて疑っていなかったよ。二人は生きていると。だから僕も心折れることなく探してこれたんだ……」

「みつかって良かったね」

「他人事!? 今のいいかたすごく他人事みたい! 君たちのことだから!」

「ああ、そうか。そうでした。なんか頑張ってたんだなーっていうのが伝わって来たので、つい」

「はぁー、でももういいのかもしれない。モランと言う人が残した言葉、僕は今その重みを実感しているよ。探し出すこと、無事を確認することこそ二人のためだと信じて疑わなかったけど、もしかしたらここで鍛冶屋を営んでいくほうが二人にとっては幸せなのかもしれない」

「いい店でしょう? 朝開いて夕暮れには閉店するんです。ああ、今はもう日が沈み切ってしまいましたね」

「帰れってか!? 今暗に帰れって言ったよね! 全く、君は、何もわかっていない。ことの重大さに! 今日は泊まる! いろいろ頭の整理をつけたいし、絶対に泊まる! 帰らないからね!」

「お風呂は三番目でお願いします。エリーが最初で、次に俺、最後のレイルさんでお願いします」

「いいんだ!? そこは普通に泊めてくれるんだね」

「じゃあ、ご飯を食べに行きましょう。今から作るのも面倒でしょう?」

話が一旦着地点を見せたので、エリーが外出の準備に取り掛かる。俺の服も取ってくれているようだ。

「話が早い! さっきまでのもたもた具合と全然違う。二人ともそのことばかり考えてたでしょう!」

その通り。でも内緒にしておこう。


「二人とも、食べたいものはあるの?」

外出用の服を取ってきたエリーが俺たちの要望を聞いた。

「俺は辛いものがいいかな」

なんだか今日は辛いもので体を温めて休みたい気分だ。

「えーと、僕は魚介系がいいかな」

レイルは魚介系か。さっぱりしたもの好きそうだもんね。見た感じ。

「では、今日は豆乳鍋を出してくれる店に行きましょう。具材はポークと山菜中心で」

「了解!」

「なんで!? 僕とクルリ君の要望の欠片も入ってないんだけど!? クルリ君なんでそんなに従順なの!?」

「いつものことなので」

「随分尻に敷かれてない!? ねえ!!」

まぁまぁそれそれで結構。ほっほほ、楽しみだねぇ。豆乳鍋。




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