11話
今俺とアイリスがたっているのが、学校の南方面で正門だ。
学生証を見せると学園内に通りしてもらった。
中に入って改めて周りを見るとやはり広大だ。
巨大な池やら、噴水、花壇が入口より校舎へと続いている。
「1年生の寮は西へ向かうとあります」
門で軽く説明を受け、馬車から荷物をすべて運び出した。
ここからは学園内を徒歩での移動になる。
西へ、つまり校舎に付き合たって左へと進んだ。
ちょっと広すぎるな。
建物は見えていたが、10分くらいは歩いた気がする。
ついてみるとこの建物がまたとんでもなく大きい。
一体何人の生徒を収容できるだろうか。
寮の前にある管理人室へ近づいた。
「今日から入寮ですか?」
「はい」
「男子寮は手前の建物、女子寮は奥の建物になります。
その左に並ぶ建物が食堂です。
部屋は早い者勝ち、二人とも男子寮女子寮の一番乗りなので好きな部屋を選んでいいよ」
「じゃあ私は2階をもらおうっと、じゃあまた後で会おうね」
アイリスはさっさと決め、自分の荷物を運び入れに行った。
「じゃあ」
俺も2階がいいかな。
「ちなみに、1階は人気がないので他階より部屋のスペースが倍あります」
「それなら1階にするよ」
「はい、それじゃあ1-1のカギをお渡ししますね」
「ありがとう」
俺もさっさと荷物を運び入れた。
引っ越し作業というのは疲れる。なるべく後伸びしないように初日から気合を入れて整理しますか。
部屋は個室が4つ。
一つを寝室に、一つはリビング、一つは鍛冶作業ができる部屋に、もう一つは物置部屋かな。
段取りを考えて、早速作業に入る。
部屋が広すぎる気もするが、あまり狭いと文句も言われるのだろうからな。
部屋4つもいらなかったかも。
作業は順調に進み、昼には大体片付いていた。
家具は一式そろっていたし、収納スペースが充実していたのが何よりも素晴らしい。
ひと段落着いたので、寮の隣にある食堂へと足を運んだ。
アイリスはまだ来ていないようだ。
食事はビュッフェスタイルのようだ。
こういうのは少し取りすぎてしまうのが定石なので、とりあえずは少なめにとっておいた。
疲労からだろうか、その少量でお腹いっぱいになってしまった。
部屋に戻り、次は鍛冶場スペースを作ることにした。
材料は馬車に積んできたし、作る手順も知っているのでこれも夕方には終了した。
夕食時には生徒が何人かちらほらと見え始めていたが、特に話しかけることもなく一人で食べ、地下の共同浴場で体を流した。
「やっぱり環境に慣れるまではしばらく疲労がすごそうだ」
ちょっとだけ愚痴をこぼしてその日は眠りについた。
朝起きて朝食前に少し、学園の下見がてらランニングをしてきた。
何もかも規模がでかい。
校舎も、なぞの植物園も、2、3年生の寮もどれも巨大建築物だ。
こんなの精神的疲労がでかいよ。
都会に住んでいる人たちはまた違う印象を抱くのだろうか。
朝食後、アイリスに会いに行こうかと考えたが、男子が女子寮へ軽々しく行くのもどうかと思いやめておいた。
まずはアイリスの剣の修復でもするか。
不良品だから一から作りなおしたほうがはやい。
見た目だけ似せておけばバレはしないだろう。
そうと決まれば、鍛冶場スペースに愛用道具と剣を準備して、鉄を熱した。
そのときドアからノック音がした。
トントンというには少し大きすぎる音だ。
作業を中断し、来客のためにドアを開けた。
・・・巨人がいる。
ドアぶちに顔が収まりきっていない男が立っていた。
「隣に入った者だ」
顔が見えていないが、低く重たい声だった。
同級生ではない、きっと違うに決まっている。
「ああ、1-1のクルリ・ヘランです。同級生なのですか?」
「1-2に入った、王国騎士長の息子、ヴァイン・ロットと申します」
今度は声が小さく聞き取りづらかった。
しかし、こんなに体が大きいと圧迫感があり、恐喝されている気分になるな。
「ああ、私はヘラン領の者です。どうぞ今後ともよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。ヘランの温泉の話は聞いています。ぃっゕぃっ・・・・」
えっ!?最後なんて!?
体が大きいわりに声はぼそぼそとして小さすぎる。
これじゃあ会話がなりたたない!
「これから同じ学園に通うものどおし一緒に頑張りましょう、ヴァインさん」
・・・。
返事がない。
会話のキャッチボールで言うと次はそっちが投げる番なんだけど。
顔も未だ見えていないし、不気味この上ないな。
「よっ用事がなければ今日はこれで。また後日学校でお会いしましょう」
「はい」
男は一歩下がり、ドアに手を添えて、豪快に閉めていった。
轟音と、風が俺と正面衝突した。
「すまない!自分不器用でして」
「気にしないでください」ドア越しに答えた。
うん、ドア越しのほうが安心して話せるよ。
さてと、作業に戻るか。
少し邪魔が入ったが、集中集中!
そう考えた直後、またもトントンとは程遠い豪快なノック音がした。
「すまぬ、また来た」
・・・また巨人がいた。
「なっなんでしょう」
「先ほどは会話に夢中になってしまい、これを渡し忘れた」
男の手にはきれいにラッピングされたものがあった。
ていうか、さっき夢中になるほど会話したかな?
「母が持たせてくれた。これを渡すと喜ばれるだろうと」
プレゼント?優しき巨人?
「ありがとう。こちらもお返しをしたいのだが、すぐに渡せるものと言えば・・・
短剣くらいしかない。それでもいいかな?」
「もらおう」
ヴァインさんに短剣を渡し、さっさと帰ってもらった。
ドアを閉める勢いは相変わらずすさまじい。
「すまない!2度も」
「いえ、気にしてませんので」
さてと、今度こそ作業に戻るか。
ゴン!!ゴン!!
またかよ!
勢い強すぎてドアを破りにかかってるんじゃないかと思うくらいだ。
「どうしました?」
なるべく感情を出さないように聞いてみた。
「自分、幼少時よりひたすら強さを求め剣の腕を磨いてきた。
父から他のことも学んで、人物としての厚みをつけろと言われこの学園に来た。
しかし、いざ来てみても何をしていいのかわからない」
なんだろ、この悲しき野獣みたいな生物は。
「とりあえず、入りますか?」
「いいのか?」
「どうぞ」
ドアをくぐる際にようやくそのお顔を拝見することができた。
悲しき野獣はイメージと違い、結構甘いマスクをしている。
流石は王都の出なのだろう、よく見ると服装もおしゃれだ。目鼻がくっきりとしていて、さわやかな印象を与える顔だ。
髪が少しカールしているのがまた上品に見える。
黙っていれば身長も体格もある。顔もかっこいい。
一定層の女性に爆発的人気を誇りそうだ。
なぜ、入れてしまったのか?
ヴァインさんが、入ってきて5分としない間に激しい後悔に襲われた。
入れたのはいいが、ヴァインさん全く話をしない。
自分を語らない、他人を詮索しない。
関係を気づく段階での最悪なパターンだよ。
かと言って俺からも何を切り出せばいいのかわからない。
やっぱりこの人、人間の皮をかぶった魔獣でしょ。
「好きなところに腰をかけてください。
私は剣をしばらく打っていますので、なにかあればいつでも声をかけてください」
仕方ないので、俺は鍛冶作業を再開させた。
そのうち声をかけてくるだろう。
しかし、声はかからない。
しかも、ヴァインさんなぜか俺の真後ろに座っている。
普通こういう場合、話しやすいように横とかに座らないかな?
なんで真後ろなんだろ。
不気味なんですけど。
戦闘において死角に入るのは正しいけど、このコミュニケーションにおいては最悪の一手ですよそれ!!
正騎士長様は一体何を教えていたんだ!!
剣を打っていてこんなに汗をかいたのは初めてな気がする。
「なぜ剣を打っているのか」
ようやく会話がきた!!
でもなに?その質問!?
死角からの、俺の行動を否定するとも取れる一声。
なに?俺、試されているわけ?!
ここで間違った答えをすると斬られるの?
将来の正騎士長様に斬られ、ゴミ屑のように捨てられるの?
「あの、隣に来て話しませんか。そのほうがお互い話しやすいですし」
恐る恐る振り返り、聞いてみた。
「ああ!すまない。自分はそういうことに少し鈍くて。他にも無礼なことがあったらどんどん言って欲しい」
「わかった」
あれ?やっぱりただの心優しき巨人なのかな?
「知り合いの剣を修理している途中でね。
どうせなら前よりもいい状態で返してあげたいと思って」
「そうか。クルリさんは優しい人のようだ」
「呼び捨てで構いません。同級生ですし」
「では、クルリと呼びます」
「私もヴァインと呼びます」
「はい、それで構いません」
・・・。
「ご趣味は?」
「とくにはない」
・・・。
「好きな食べ物とかあります?」
「食べ物を好き嫌いで判断したことはない」
・・・。
もう帰ってくれ!!
いい人だとはわかったけど、会話が続かないんだもん!
この人と打ち解けるには時間が必要だよ。
今日、明日じゃ無理です!
剣を打ち終わり、なけなしの会話をしたがまだ帰ってはくれない。
たぶん、この人言われるまで帰らない。
かと言って、帰れとも言えないし。
「腹が減ったな」
それだ!
「飯にしようか。食堂へ行き、食べたら今日はもう休もう」
「そうだな。明日も来ていいか」
「・・・。もちろん!」
さてと、この野獣にどうやって常識を叩き込もうか。