6章 7話
ライフドラゴンの討伐、結論から言うとすごくうまくいった。
ただ、納得のいかない内容だったと抗議したい。
何が不満かというと、ダンジョンに潜ってもヴォルテールさんは一切働かなかった。俺の認識としては、ヴォルテールさんが先導かつ遭遇モンスターの排除を行なってくれるものと思っていた。
しかし、彼は一切戦わない。ライフドラゴンには敵わないと聞いていたが、一般モンスターですらきついとのこと。普段は一人で隠れながらダンジョン奥深くまで行くらしい。そもそも彼のダンジョンに入る動機がモンスター討伐ではなく、ダンジョン内の散策らしい。だから戦闘力は必要ないと。
一人の時は隠れてやり過ごせるが、もう一人いるとなるとそれは難しい。
そういう訳で、彼は常に俺の後ろに控えてダンジョン内を歩いた。
「クルリさん! 虫型のモンターは確実に頭をつぶしてください!」
剣で頭を切り落として、つぶし切りるまで全部俺の仕事だった。ぐしゃりというあの感覚は一週間やそこらじゃ忘れられそうにない。
「クルリさん! 死霊系のモンスターに剣は効きません! 魔法を放ってください!」
無茶言うな! 魔法を放って下さいって、できたら最初からやってるわ!
……まぁ、できちゃったんだけどね。どうやら剣術だけじゃなくて魔術のほうもたしなんでいたらしい。記憶が抜けてるって怖いねー。試してみなければしらないままだったよ。その点ではヴォルテールさんに感謝してもいいかもしれない。
ただ、一応死霊系も頭をつぶしておきましょうという彼の案によって、またも2,3週間は引きずるであろうぐしゃりとした感覚を味わった。
「クルリさん! この通路の奥にライフドラゴンがいるんですが、幻獣クラスのモンスターが道を塞いでいます――」
ヴォルテールさんが言い終わる前に俺はすでに斬りかかっていた。
やるんでしょ? どうせ俺がやるんでしょ?
この馬鹿でかい熊型のモンスターと一対一で!
もうそこんとこ大体わかってるから、悩んで尻込みする前に突撃というわけだ。
頭から血を垂れ流すほどの怪我を負ったが、幻獣クラスも仕留めた。
後ろでは無傷のヴォルテールさんが嬉しそうに飛び回ってる。
逆だよね。この後俺が剣を打つんだよ。
彼が戦って俺が後ろで喜ぶ。その構図が正しいはずだ。
せっかくなので、いや、ここまできたら……。
俺は幻獣クラスのモンスターの頭もぐしゃりとやってやった。
「クルリさん! いよいよライフドラゴン戦です。クルリさんがライフドラゴンの気を引き付けてください。倒してくれてもいいです。そのすきに自分が背中の鉱石を掘り出しますので!」
だから……立場が……やってやらーー!!
こうして俺とライフドラゴンの壮絶な戦いが幕を開けた。
全身傷だらけになりながらも、俺はとうとうライフドラゴンにまで勝利してしまった。俺って相当強いかも。
倒れたライフドラゴンの背中からヴォルテールさんが目的の鉱石を採取する。ふう、これで俺たちの旅路は終了になる。
最後に俺はライフドラゴンの頭も……。いや、ライフドラゴンの息絶えた頭部は死んだ者とは思えない程、未だ力強くその場に横たわっていた。顔の造形が美しく、鱗が光を反射して輝いてみる部分もある。こんな神聖なものを傷つけるるなんて……ぐしゃりとやってやった。もうここまで来たら例外はなしだ。
帰りはヴォルテールさんに背負われてダンジョンを出た。
二人して無事にダンジョンから出た時、空には夕日が真っ赤な色で輝いていた。予定ではもう少し時間がかかると思っていたので、やはり順調なダンジョン探索だったみたいだ。
「早く帰って剣を打ちましょう!」
血まみれの俺に向けて言う言葉じゃないよね。ヴォルテールさんにはいろいろ人として持つべき感情が抜けているのかもしれない。
彼と二人で店まで戻ると、入り口の豚さんの銅像の隣に羊の銅像が威風堂々と立っていた。彼の分も剣を打ってやらないといけないことだけはすぐに理解できた。
店の中に入ると、血まみれの俺をみてエリーとバロル老人が仰天した。
二人とももっと気楽なものと思っていたのだろう。俺もそうだったけど。
すぐにエリーが治療道具を持ってきてくれて、まずは汚れた顔と体を拭いてくれた。
「バカね。こんなになるまで頑張って」
「さすがにいろいろと予想外だった」
「あなたにもしものことがあったら……」
エリー治療しながら徐々に声のトーンを落として俺のことを気遣うようにそう言ってくれた。
俺にもしものことがあったら……。やっぱりエリーは悲しんでくれるのだろうか。
「収入減がなくなるじゃない」
「ああ、そういうことね」
「そうよ!」
傷口を消毒してくれるエリーの力が、先ほどより強まった気がした。いててて、もう無理はしないから優しくしてほしい。
「羊の剣は明日打っておくよ」
「そうね。でもあのままでも素敵だから急がなくてもいいわ」
これはエリーの優しさなのだろうか?
豚と狸のときは急いで剣を打たされたから、きっと優しさなのだろう。これだけで優しさを感じられる俺って、結構調教されてきたのかもしれない。
でも、優しくしてもらえるならたまには怪我してもいいかな。
「クルリさん! ライフドラゴンの剣は今日中にお願いしますね!」
エリーが治療してくれているとなりで、ヴォルテールさんが元気よく言い放った。彼の興味はそこにしかないので仕方がない。
「ふふふっ、ヴォルテールさん。すこし奥で話しませんか? 美味しいお菓子もありますので」
エリーが笑顔じゃない笑顔を浮かべてヴォルテールさんに言い寄った。
「えっ、なんですか? 少しならいいですよ。おなかも空いていることだし」
二人は店の奥へと消えていった。
何を話しているのは知らないが、ちょっと不気味な雰囲気を感じています。
予想通りだったらしく、帰ってきたヴォルテールさんは顔を真っ青にしており、いつもの光輝いた目つきは失われていた。
「クルリさん。剣はいつでもいいです。打ちたいときにお願いします」
どうやら彼も無事調教されてきたらしい。恐るべしエリー。彼女の恐ろしさを、俺たちはまだほんの一握りしか知らないのだろう。
「別にいいよ。体はまだ動くし今日中に剣を打とう。俺だってライフドラゴンの剣がどんなものか気になる。それに気分もハイだし、いいものを打てそうだ」
「ほ、ほんとうですか?」
ヴォルテールさんの目にかすかな光が戻った。エリーに人にらみされてすぐさま消え去ったが。
「……無理しないでください。クルリさん」
完璧だ。完璧にエリーに支配されている。
彼への罰はもう充分だろう。
「さあて、大きな傷は塞いでもらったし、さっそく剣を打つとしよう。鉱石をこちらへ」
「はっはい!」
カンカンカント金属がぶつかり合う音が店を支配した。
これから何ができるのか、ヴォルテールさんはもちろん、バロル老人もエリーも結構興味があったみたいだ。
剣ならざる剣、なんてものがどんなものか、出来上がらないと俺にもわからない。
ダンジョンでハイになったこともあり、作業で疲れは一切感じなかった。
時間がたつもの早い。
気が付けば、ライフドラゴンの鱗を使った剣は完成していた。
ライフドラゴンの鱗の半透明な黄金色を剣にも残すことができた。剣は鱗の特徴をよく受け継いでおり、半透明で、黄金の粒子が中に混ざっており、刃は先がしなやかなつくりとなっている。
明かりを反射して、剣の中にある粒子が輝いている。いや、剣の中の粒子が動いているようにも見える。まさに生きていると言わんばかり様子。
これがヴォルテールさんの言っていた生きている鉱石のなせるわざなのか。
「できましたよ。これで完成です」
目の光を取り戻したヴォルテールさんが真っ先に剣にとびかかろうとした。
しかし、踏みとどまる。エリーに視線を移す。許可を求める。
「いいわよ」
「ありがとうございます!」
ヴォルテールさんが飛んできた。
彼が一番喜んでいることはしっているので、おとなしく剣を渡す。彼が一番詳しそうだし。
彼はバッグから単眼レンズを取りだし、目に着けると、そこからは一気に集中して自分の世界に入っていった。彼は今必死で出来上がった剣の状態を確認しているのだ。
静寂な時間が過ぎ、ヴォルテールさんが顔をあげ、こちらの世界に戻ってきた世だった。
「成功です……。ライフドラゴンの鱗はまだ生きたままです! この剣には正真正銘、竜の血が流れております!」
おおっ、成功らしい。できた時の感触で、大体わかってはいたけれど。
ヴォルテールさんは剣を我が子を抱くように抱きしめた。刃先に気を付けて。
ここまで喜んでもらえると、今日の苦労も吹き飛びそうだ。
「一回! 降らせて貰っていいでしょうか!?」
なぜかその質問はエリーに向けられていた。
「いいわ」
そして、なぜかエリーが許可を出す。
ヴォルテールさんは間を置くことなく、剣を振り下ろした。戦闘が苦手というのが信じられないくらい、今の一振りには何かが籠っていた。達人技を見せられたような、そんな気持ちがざわざわと呼び覚まされる。
「やっぱり。この剣には竜の意志が宿っている。剣を使えない自分がこの一振りを生み出したんです。この剣はやはり生きています。仮説は正しかったんだ……」
そういう理屈なのか。ならば今の一振りにも納得がいく。もしこの剣を剣の達人が降ったら、一体どれほどの剣筋が見られるのだろうか? 少し楽しみである。
「いやー、いい体験ができました。では、剣はお返しします。私はこれで帰ります。また何かありましたらよろしくお願いいたします」
ヴォルテールさんは俺に剣を渡し、律義に一礼して店を出ようとした。
「ちょっと待って! 剣は!? いらないの!?」
「はい。私は基本、剣を使いませんので。依頼も一振りしたいと申しあげたはずですが……」
いや、本当に一振りでいいんかい!!
「では、私はこれで」
えー、本当に帰ってしまった。
「どうしよう、これ」
俺は手元に残ったライフドラゴンの剣を見つめた。
「羊に持たせるか……」
「「なっ……!?」」
エリーとバロル老人から同時に頭を殴られた。
ヴォルテールもあほだがこいつも大概だ! みたいなことを言われた。
「せっかく苦労したんですもの。自分で使ったら?」
「うーん、それもそうだな」
エリーの提案に乗ることにした。生きている剣か、確かに使っていけば面白い変化を見られるかもしれない。
という訳で、ライフドラゴンの剣は俺の所有物となった。
外を見れば完全に日は暮れており、バロル老人はそろそろ帰らねばと身支度をし始めた。
今日一日店を見てもらったので感謝の言葉を伝える。いつかちゃんとした礼もしなくちゃ。
「おっと、ひとつ大切なことを言い忘れ取った。今日医者が来たぞ」
「医者? 例の?」
「そうじゃよ。分割払いで剣を一本売ってやった。気に入っておったからそのうちまた店に訪れるやもしれんの。今回は縁がなかったみたいじゃが」
「そうみたいですね。バロルさん、今日はありがとうございました。帰り道に気お付けて」
「おう、また明日も来るからのー」
バロル老人を見送って、俺とエリーは閉店の準備に取り掛かる。
それにしても疲れる一日だった。エリーもエリーで羊の落札の剣でだいぶお疲れのご様子。しかし、お互いに収穫はあったので結果オーライとしよう。
そんなことを考えているとき、店の外に人の気配がした。
入り口付近で立ち止まっているみたいだ。看板を見ているのか? いや、豚と狸の銅像を見ているのだろう。聞いた話とは違い、そこに羊が加わって戸惑っているのか。この時間帯に滑り込みの客は勘弁してほしかった。特に今日みたいな疲れた日は。
願いかなわず、そのお客は扉を押し開いた。
最後の一人だ。頑張って接客しよう。
「「いらっしゃいませ。ようこそ『エリーとクルリの鍛冶屋』へ」」
俺とエリーの元気な声が重なった。
入ってきたのは一人の男。見た感じかなりのイケメンさんだ。水も滴るいい男とは彼のこと言うのではないだろうか。簡単な荷物だけ持ち、旅人の雰囲気を漂わせている。歳は俺とエリーと同じくらいか。
「エリーとクルリのかじ。なっ……」
客は入ってくるなりすぐさま固まった。目を見開き、信じられないという風に俺とエリーを交互に見る。何度も何度も。
剣に見惚れている訳ではなさそうだ、俺とエリーをずっと直視しているのだから。
「クルリ君……!? エリザさん……!?」
はて、俺の名前を呼ぶこの人は一体誰なのだろうか? エリーの名前は少し間違っているが。
エリーに視線を向けて、誰?と合図を送る。エリーの目元が若干渋る。知らん!ということらしい。
「ああ、もしかして昨日行った八百屋の店主さん。トマト美味しかったですよ。ここ俺の店なんですよ」
「いや、違うから。僕だよ、僕。レイル・レインだよ!! 」
レイル・レイン? はてどこかで聞いた気がするが。
「ほら、医者の。なんか旅してまわってるっていう」
「ああ、それか」
エリーが覚えてくれていたようだ。ということは今日店に来て剣を買ってくれたのも彼だ。もしや返品に来たのか!? やめて!!
「違うから! 医者だけど! なんでそういう認識!? 僕だよ、君の友達のレイルだよ! 3年間も一体君はどこにいたんだ!?」
「ん? ここだけど……。なぁエリー」
「はい、そうですけど……」
「何を呑気な! えー、なんでそんなに落ち着いてんの!? 僕がおかしいの!? ねえ、僕がおかしいの? いや、普通こういう反応になるから!!」
どうしたんだろうこの人。かなりテンションが高い。なんか俺たちのこと知ってるぽいけど、ちょっと付いていけない。
「……エリー、お茶、出してあげて。鎮静剤的なのってうちにあったかな?」
「そうね、それが良さそうね。鎮静剤はないわね」
「いやいやいや! 僕はまともだから! 」
「お客様、いったん奥へどうぞ。紅茶と緑茶どっちがよろしいでしょうか?」
「……紅茶! 予定変更! もうこうなったら長居するつもりだから何か口に入れるものも頼むねっ!」
なんか開き直った。この人長居するとか宣言したよ。えー、超厚かましんだけど。
疲れた日の最後に、変な客が来たものだ。