6章 6話
常連客確保ならず。バロル老人には根性がないと少し叱られた。子供ができれば出費はもっと嵩む云々は聞き流した。勘違いだし、早計だし。
レイル・レインという人物については日に日にその噂が広まり、近頃ではうちに来る貴族のお客たちの間でもその名を口にするようになった。大層素晴らしい人物であることを裏付けるような物語がいくつもあるらしい。知り合いになっていれば、この鍛冶屋のVIP客になってくれていたかもしれない。まぁ、それはもうなくなった話ではあるが。あの親衛隊達を潜り抜けて、噂の医者にたどりつける自信がない。伝言をまた頼むのも違う気がする。
ともかくだ、なくなった縁は忘れて、俺は自分のできることに専念することにした。いつも通りの鍛冶師としての仕事が戻ってくる。
先日道案内してくれたライオットへのお礼として、彼には特別訓練メニューを用意してやった。基礎練習に飽きたとか愚痴っていたからちょうどいいタイミングである。彼の悲鳴に近い声を聴きながら、今日も剣を丁寧に打っていく。
日が暮れた頃、ライオットはヘトヘトの体を引きずって家路につく。俺とエリーは店じまいに入る。今日も商売は順調で、気持ちよく一日を終えられそうだった。店の外に置いた閉店を知らせるサインプレートを『閉店』にするため外にでると、滑り込みの客が二人駆け足で来ていた。
「おーい、よかったよかった。間に合ったわい」
少し汗を流しながらやってきた一人は、常連のバロル老人だ。朝方俺をしかりつけてそのまま帰っていったのだが、どうやら新規の客を連れてきてくれたらしい。
「これ、ワシのとこの客なんじゃが、珍しい依頼をもってきおった。お主ならできるんじゃないかと思って連れて来たわい」
これ、と失礼な紹介をされた男は大きなバッグを背負った背の低いやせた男だった。体中に古傷があることから、普段から危険な場所に身を置いていることがうかがえる。身のこなしもかなり俊敏そうだ。
「バロルさんのところでよく剣を買っているので、今日も少し難儀な仕事を依頼にいったんです。そしたら、その難儀な依頼をこなせる鍛冶師が一人おると連れられてきました。あっ、自分名前をヴォルテールといいます。冒険者をやっています」
冒険者っていうより、バッグの大きさからして探検者って感じがした。ヴォルテールさんの目が嫌にキラキラ光っているのもその印象を強くする。
見たことないものを見に行くんだ! って普段から言ってそう。
「冒険者の、ヴォルテールさん。私は鍛冶師のクルリと申します。この店で働いています」
豚と狸の像の後ろの店を指さした。ここが我が城である。
「素敵なお店ですね。さっそく依頼の話に入っていいですか?」
「とりあえず店の中へ」
結構せっかちな人だな。いや、依頼のこと以外全く興味がないと言った感じか。素敵なお店ですね、という言葉もただのお世辞だろう。入り口に豚と狸の像がある店を普通素敵な店とは言わない! 奇妙な店と言うべきだ。
「仕事の依頼というのは」
店に入り接客用の席に座るなりヴォルテールさんの口は開いた。エリーがお茶を持ってきたので、お茶を飲むため一旦口は止まったが、お茶を飲みきったらまたすぐに話し出すだろう。
「美味しいお茶をありがとうございました。仕事の依頼というのは、新種の剣を打って貰いたいのです。生命の竜という種の背中に鉱石があるのですが、その鉱石を使った剣を振るってみたいのです! バロルさんに話したところ無理と言われて失望しておりました。しかし、できる人物が一人いるかもしれないとここに連れて来られました! どうか仕事を受けて頂けないでしょうか!」
なんか勢いと、結構大掛かりな仕事になりそうで、若干戸惑っております。
バロル老人を見ると、頼んだ、みたいな顔をしている。
「ライフドラゴン? よく知りませんが、鉱石が取れるんですね?」
「はい!」
「質のいいものなのですか?」
「それはもちろんです!」
「じゃあ、なぜバロルさんが断る必要があるんですか? 凄そうな仕事ですし、鍛冶師冥利につきるじゃないですか」
未知の仕事はいつでもやるべきだと思う。楽しいし、何より腕の上達につながる。
当然の疑問を持ってバロル老人に突き付けた。
「うーむ、剣ならざる剣になるからじゃ」
「剣ならざる剣!?」
なにそのかっこいいワード。
「こやつ興奮してだいぶ説明を省いておる。ライフドラゴンというのはかなりの希少種でな。その背中の鱗が鉱石だということを発見したのがこのヴォルテールじゃ。それ自体は大変な功績じゃよ。ただ」
「ただ?」
「その鉱石は全く使い物にならん。剣を作る材料には使えんのじゃよ。加工ができない。加工しようとしたら鉱石が死んでしまうんじゃよ」
鉱石が死ぬ? スピリチュアル的な感じのお話?
「きょとんとしとるの。まぁ無理もない。鉱石に命があるなんて話、聞いたこともないじゃろうからな。でも間違いなくライフドラゴンからとれる鉱石には命があるんじゃよ。竜の血が通った不思議な鉱石じゃ」
それを見つけたのがヴォルテールさんで、しかもその鉱石を使った剣を振るってみたいと。
イメージ通り、ヴォルテールさんは冒険者というより探検家ってところだね。
話を聞く限り、かなりワクワクする話なのだけれど、簡単にやるとも言いづらい仕事だ。バロル老人が無理と言っているものを、できます! なんて根拠なしにいうことはできないのだ。
「結構難しそうな話ですね。そもそも鉱石は手元にあるんですか?」
「請け負ってくれるなら、取りに行きます!」
なんというアグレッシブさ。
「うーん、なんとも言えませんね。実物を見てみない限りは」
俺が渋っていると、ヴォルテールさんはみるみるうちにキラキラ輝いていた目をショボショボさせだした。失望真っただ中だ。
すごく申し訳ない。
「お主でも難しそうかの。てっきりたぶんできますよ! 的なことを言ってくれるとばかり」
「いやいや買い被りですよ」
「剣ならざる剣、いままでたった一人だけ完成させた男がおるんじゃよ。どこにあるか知らんが、今も現存しておるという」
まさか……それって。
「お主と同じ名のクルリ・ヘラン。その人じゃよ。剣に魔力を込めて、打ち上げたらしい。その剣は3年たった今でも流々と魔力が流れているらしい。実物を目にしたものからは剣というより生き物に近いと聞いた。まさに剣ならざる剣ではないか」
クルリ・ヘランという男はどれだけ伝説を持っているのか。バロル老人がこの話を持ち出した理由は透けて見える。
クルリ・ヘランに対抗心を持つ俺の心に火をつけようとしているのだ。そして、結果として確かに俺の心には火が付いた。やってやろうじゃないか。
「ヴォルテールさん、この依頼受けましょう!」
「本当ですか!? ありがとうございます! じゃあ、さっそく明日の早朝にダンジョンに潜り込みましょう。二人でライフドラゴンの鉱石採取に向かいますよ」
はい? いやいやいやいや。
採取はヴォルテールさんの仕事。剣を打つのが俺の仕事。のはずだよね。
「私は戦闘面においてライフドラゴンの足元にも及びません。一人で採取してくるなんて無理です。かといってほかの冒険者に同行を依頼する資金もありません。だから、クルリさん。共に行きましょう!」
すっごい眩しい眼差しで見上げてきます、彼。とんだ爆弾客じゃないか。
でも受けるって言ってしまったし。
そうだ!
「明日はエリーが3体目の銅像を買いに行くんだった。俺までいなくなると店番がいなくなるじゃないか。あー、行きたい! 行きたいけど、行けないよ。ごめんなさい、ヴォルテールさん」
「問題ない。店番はわしにまかせろ!もちろんただでええぞ」
気前のいいバロル老人に計画を阻止された。ただほど高いものはないとはこのことだ。
「決まりですね!」
ヴォルテールさんが今日一番の期待に満ちた視線を向けてくる。
これはもう……。
「わかりました。明日の早朝、集合場所はこのお店でいいですか?」
「はい!」
こうして俺は鍛冶師でありながらダンジョンに潜ることになった。
エリーからは楽しんできてねーと気の抜けた声援をいただいた。
ヴォルテールさん、当日になって急に尻込みしたらいいのに、とか考えたが彼はキラキラした目を輝かせながら約束の時間通りに店に来た。
ちなみに、バロル老人も来ていた。店は任せとれ、それが見送りの言葉だった。
◆
クルリとヴォルテールはダンジョンに潜った。順調にいけば当日で戻れる予定だ。
エリーは豚、狸に次ぐ第三の銅像を買いつけに出た。『エリーとクルリの鍛冶屋』が銅像効果で貴族客を捕まえたことに便乗して、巷ではひそかな銅像ブームが起こりつつあった。そんななか、エリーが新しく目をつけたのが二足で立つ羊の銅像。エリーが目をつけたためか、急に店主が値上げを決行し、エリーが本日抗議兼値下げをしに行ったのである。
こうして、店には本来の主ではないバロル老人と今日も律義に修行にきたライオット少年だけになった。
珍しくその日は客が少なかった。いつもの繁盛を知っている二人には少し奇妙なほどの静けさが店を支配した。
エリーと銅像はセットでないと集客効果がないのかもしれない、バロル老人はそんなことを考えだしていた。
エリーと銅像はセットでないと集客効果がないのかもしれない、ライオット少年もそんなことを考えていた。
奇跡的な思考の一致を二人は知ることもなく、時間はただ過ぎ去っていった。
昼を過ぎた頃、今日4人目の客が扉をくぐって入ってきた。この時間までで、片手で数えられる客数は開店以来はじめてだった。
しかし、客数とは裏腹に、その4人目の客は望んでやまない人物だった。
「おおっこれはこれは。医者のレイル・レイン殿ではないか!」
暇そうに座り込んでいたバロル老人はあまりの驚きに飛び起きていた。その様子をみてレイルは少しはにかんだ。レイルは店の大体の場所を聞いてこの場所にやって来ていた。路地で腰に剣をつけた豚と狸の銅像を見つけた時、すぐにこの店だと分かった。豚と狸の印象が強すぎて、レイルは看板の名前を見落としてはいたが……。
「そのままで結構ですよ。親衛隊の方たちに聞きました。道中の安全のため、剣を一本買わないかと先日訪ねてくださったそうで」
「ええ、そうですそうです! よくぞおいで下さった!」
「ありがたい申し出なので、一本買っていくことにしました。あまり持ち合わせがないので、分割払いでも大丈夫でしょうか?」
「もちろんじゃよ! なんなら金は結構じゃ。一番好きなのモノを一本持っていくがよい。先生に診てもらった肩の調子が良くてな。いやはや先生のような素晴らしい人には相応しい素晴らしい一本を持っていただきたい。ここにあるのはどれも名剣じゃからな」
バロル老人は嬉しそう店をたたえつつ、羽振りのいいことを言った。彼にとってこの店はもはや他人の店ではない。約孫の店、くらいに思っているほどだ。
「はは、そうはいきません。治療は治療。これはこれ。いい剣ならなおさらお金を支払わせてください」
「そうかの。全く素晴らしいお心の持ち主じゃ。支払いは急がんでいいからの、先生が出世してからでいいんじゃぞ」
「ご厚意感謝します」
レイルは礼を述べ、店に陳列されている剣を見ていく。
どれもかなり質のいいものだとわかる。
この一帯はあまり裕福な場所ではないと思っていたが、目の前にある剣は王都の貴族街にあるものよりも良く見えた。そんなことありえるのだろうか?と少しばかりの疑問が頭をよぎった。
「剣を見る目には自信があったはずなのですが、ここの剣に関してはちょっとどう評価していいか悩みますね」
王都に一番の鍛冶師たちが集まるという概念がレイルの頭にはあり、それが彼の混乱を招いていた。こんなところに王都の職人たちよりいい剣を打てる人物がいるはずない。そんな固定観念が彼の目をだいぶ曇らせていた。
「はて、先生の好みではなかったですかの?」
「あっ、大変失礼なことを申しあげました」
先ほど述べた言葉が、目の前の鍛冶師の腕を批判していることに気が付て、レイルは急いで謝罪の言葉を述べた。
「失礼も何も、ここはワシの店じゃないから別にええよ」
「えっ!? じゃああなたは?」
「ただの店番じゃ。店主夫婦に急用ができたから、かわりにの。今日だけじゃ。店主と先生を引き合わせたかったが、うーむ、このタイミングの悪さ。縁がなかったということじゃの」
「そうなんですか。店の名前からもっと若い人が経営していると想像してました。そういう事情だったのですね」
レイルは胸につっかえていたものが取れたような気分になった。店名からこのバロル老人の姿があまりに遠くて、ずっと違和感を抱えていたのだ。
「しかし、先生の目にはこの剣たちが良いものには見えないのですかの? 大げさではなく、ここの店主の腕は歴史に残るほ程ものと思ってるのじゃが」
「歴史に残るほどの……」
レイルはもう一度剣たちを丁寧に見て回った。
自分の目は間違っていなかった。
そうだ、ここの剣は王都の貴族街にある剣たちより良く見えるんじゃない。間違いなくこちらのほうが格上なのだ。ありえないことだが、目の前にその事実があるので、否定しようがない。
「すごいですね。僕の目が曇っていただけでした。代わりに店主に謝罪を伝えていただけないでしょうか。こんな名剣を見たのは一体何年ぶりだろうか……」
レイルの目の輝きを見て、バロル老人はこの人には本当に剣を見る目があったのだということを悟った。
「それにしても、何年ぶりとはどういうことかの? かつて、これほどの名剣をみたことがあると?」
「ええ、ありますよ!」
力のこもった言葉だった。見栄で言っているわけではなさそうだ、とバロル老人は感心した。
「それは誰の剣かの?」
「突拍子のない話に聞こえるかもしれませんが、伝説の鍛冶職人クルリ・ヘランの仕事を、僕は何度も目の前で見たことがあるんです。嘘っぽいけど、まぎれもない真実です。大事な友人なので彼の剣のほうが良く見えると言いたいところですが、ここの剣たちはかつて見たものに負けていない。いや、もしかしらたもっと先を言っているかもしれない」
「ほっほっほほ、わしも同じ意見じゃ。クルリシリーズに負け取らんよ、ここの剣は。本当に、すごい鍛冶師じゃよ。どうじゃ? 夜には戻ると思うが、会っていかんかの?」
「会ってみたいですが、もうこの街を発ちます。いつか、機会があれば」
レイルは事実、その鍛冶師に会ってみたかったが、今のうちに出発しておかないと次の街に今日中にたどり着けなくなってしまう。それは避けたかった。
「これ、買わせてください」
並ぶ名剣たちをいつまでも悩むわけにはいかず、レイルは一本手にして買うことにした。
値段はこの一帯の経済状況を考えると高いものだったが、剣の質を考えるとかなり安い。もう一本買おうかともの悩んだが、手持ちのない身分でそれは厚かましいとすぐに思いなおした。
「分割購入。五回払いで承った。支払いは本当にいつでもいいからの」
「そうはいきません。郵送でできるだけ早くお支払いします。では、僕はこれで旅立ちます」
レイル・レインは颯爽と店から出ていった。急ぎ足で次の街へ向かうのだろう。
バロル老人は外に出て、その背中を見送った。