6章 4話
夜な夜な儲けた金貨の数を数えるのがこの頃の楽しみになっていた。
暗い部屋の隅っこで、エリーと一緒に丁寧に数える。俺たちはきっと悪い顔してるだろうなと思いながらも、日課となりつつあるこの楽しみを咀嚼していく。
「いい感じですわ。このままいけばそのうちもっと大きな店を構えることもできそうね」
「そうだな。大通りに面したところがいい」
「そうですわね。ねえ、雑貨屋さんに大きな狸の銅像があったのだけれど、あれ明日買ってきてもいいかしら。可愛い感じなのよ」
大きな狸の銅像が可愛いとは到底思えないのだが、俺はその案に賛同した。
「いいんじゃないかな。任せるよ」
俺が剣を打ち、エリーが接客をする。この形が固まりつつある中で、エリーのほうに余裕ができ始めたあたりから、エリーはこの店のレイアウトにも手を出し始めた。お洒落なレンガ調の壁紙を張ったり、武骨な店に綺麗な花を入れた花瓶を置いたり、彼女のセンスを存分に発揮した店づくりに取り掛かり始めたのだ。
お陰で店に清潔感が生まれ、客からは好評だ。徐々に売れ始めた剣は、その出来の良さに評判が広まりつつあり、客足は日に日に増していった。
客の大半は平民の身分であり、少しお高めのうちの剣になかなか手が出ない層が大半を占めていた。それでも奮発して、長い目で使うことを考えて、大事そうに購入していく客が増えだした。
そんな折にエリーが、せっかくのいい剣なのだから貴族層からもふんだくってやりましょう、という恐ろしいことを言いのけた。
でも『エリーとクルリの鍛冶屋』は大通りから外れた小道にあり、しかも貴族のような金持ち層が寄り付く区域でもなかった。
だから厳しいのでは、と考えていた俺なのだが、エリーが自信たっぷりに任せなさいと言うので彼女に一任した。
そこで彼女の取った案が、怪しい古物商から購入したという二足で立つ豚の銅像を使う戦略だった。豚の銅像を見て、えーというドン引きな反応をした俺をよそに、彼女はその自信満々で仁王立ちする奇妙な豚の銅像を店の前に設置し、あろうことか俺の打った剣を豚さんの腰につけたのだ。
やめてーと力なく抵抗する俺に構うことなく、その日の営業はスタートした。
そしたらだ、その日、店に初めて貴族の男性がやってきた。一通り商品を見た彼は、気に入ったらしく剣を5本も購入していってくれたのだ。
店の奥にいて会話を聞いていなかったのだが、彼が帰った後にエリーがことの顛末を話してくれた。
どうも大通りから変なものがわずかに見えたらしく、小道に逸れて除いたらしい。そしたら剣を腰につけた豚の銅像が立っているので、それが面白くて暇つぶし程度に店に立ち寄ったとのこと。思わぬ名店に出会えて、5本も購入していってくれたらしい。恐るべし、エリー商法。
それ以来、店のレイアウトに関して、俺は彼女の言葉に逆らわないようにしている。
明日来る大きな狸の銅像はあの豚さんの隣に肩を並べるのだろうか……。不安だが、きっといい方向に向いてくれると信じております。
次の日、エリーは手すき時間に狸の銅像を購入してきて、そのお店の人にすぐに店まで運ばせた。豚に続き、狸も二足で立っておりました……。
どうやら狸の銅像は家の中まで入ってこないようだ。
「狸用の剣もお願いね」とはエリーの言葉。もはや彼らに剣をつけることが当然と言わんばかりの調子だ。
というわけで、うちの店の入り口は、豚扉狸という状態になっている。
こんな威圧的な入り口で、客は入って来てくれるのだろうか? 不安だ。でも口出しはしないと決めたので、俺は黙って狸がつける剣を打った。
その日の昼、貴族の客が来た……。
黙って狸用の剣を打っていた今朝の俺の判断は懸命だったようだ。
「剣をつけた豚の店はこちらかしら? 狸もいらしたけど……」
休憩がてら店に顔を出した俺は、子供連れの客と目があった。
40代くらいのぽっちゃり太った女性が、この辺りには似つかわしくない豪華なドレスを身にまとっていた。その後ろで隠れるように、派手ではないがつくりのよい服に身を纏った少年がいた。
彼女は、すべすべなほほ肉を揺らしながらこの店が目的の場所なのかどうかエリーに尋ねていた。
「ええ、豚と狸が剣をつけた店、『エリーとクルリの鍛冶屋』はこちらであっております」
「そ、そう。変わったお店ね。先日わたくしのいとこがここで剣を買ったのを聞いたわ。わたくし、ものを見る目は確かでして、その剣を見て名剣に間違いないすぐにわかりました。子爵家夫人のわたくしがこうして足を運んで出向いたこと、誇りに思ってよろしくてよ」
「もとより誇りに思っております」
えっ……なんかエリーの接客態度悪くない。どこか感じ悪い。もしかしてこの偉そうなおばさんにイラっと来てたり? いやいや、普段どんな客にも礼儀正しく接しているエリーがそんなこと……。ありました。
顔を覗き込んだら、めっちゃ嫌そうな顔をしていました。
先日エリーが特別にと夕飯を作ってくれたことがあったのだが、その料理を俺がテーブルの脚に躓いてこぼしたとき、こんな顔をしていた。
「えっ、ええ、まぁよろしくてよ。それよりも本日はこの店に剣を買いに来たの。この店で一番値段の高いものを出して頂戴。それがいいものなら買って帰るわ」
「はーい」
かなりの上客だとわかると、エリーは嬉しそうに、店一番の剣を店の奥から取り出した。普段を展示していない逸品だ。
「これになります」
エリーが両手で抱えて持ってきた剣は、両刃で少し反りのあるものだった。いろいろな剣を試しているうちにできた、今店にある中で最高の一本だ。装飾がなく、地味なのだが、このマダムの目にかなうのだろうか。
マダムはそのぜい肉たっぷりの腕で、大ぶりの剣を手にした。
剣を眺める眼光は鋭く、細部までしっかりと見ていく。妙な緊張感が店の中に漂った。豚と狸に挟まれた扉をくぐり、この緊張感に支配された店の中に平民の客が来たらどう思うだろう。俺なら間違いなく帰る。
「ふむ、いとこの剣も素晴らしかったですが、やはりこの店一番の剣というだけはありますわ。正直今まで見た中でも最高の逸品ですわ。この街、いや、この領内でもそうそう見れるものではないはず」
たっぷたぷのお肉を揺らしながら話す割には、結構シャキシャキしており、彼女なりの鑑定を終えた。
「おいくら? いくらでもお支払いしますわ。おっしゃって頂戴」
エリーが嬉しそうにその言葉にうなづき、決められていた値段を彼女に告げた。驚くような値段設定なのだが、マダムは気にした様子もない。今手持ちがないから後で金を持ってこさせる。その時に剣をいただくと、淡々と述べていた。
エリーは今夜の金貨数えを頭に描いたことだろう。二人してぐへへへと金貨の数を数えるあのダークな一時を。
しかし、その一時をつぶすかもしれない言葉を俺がかけた。要は、この商談にストップをかけたのだ。
「お待ちを、マダム」
「誰がマダムですって」
「あ、すみません。子爵夫人。少し気になった点がありまして」
心の中でマダムと呼んでしまったいたから、ついやってしまった。不機嫌そうにマダムがこちらを伺う。
「今更そのお値段じゃ売れませんとか、言わないでしょうね?」
彼女が不機嫌そうにしたのはそういうことか。貴族なだけあって、平民の店で買い物をするとそういうことがあるのかもしれない。
「いいえ、そういうことではありません。ただ、一つお伺いしたいのです」
「なにかしら?」
「この剣、もしやその子に買い与えるつもりじゃないですか?」
俺が指したのはマダムの後ろに隠れた7,8歳くらいの少年だ。おそらく息子と思われる。
「その通りよ。この子のには将来は騎士になってもらいたいの。そのためのお金はいくらでも払うつもりよ。剣も最高のものを持たせるわ。わたくしの目が黒いうちわね」
やっぱりそうなのか。だったら声をかけてよかった。
「マダムがお買いになった剣は成人の、それもかなりの体格を想定して作った剣になります。息子さんのご様子だと剣はまだ初心者だと思われるので、こちらの剣を使うのは相応しくないです」
「誰がマダムですって」
「あ、ごめんなさい」
「一番の剣をこの子には与えたいの」
「こちらの剣はうちで一番高価ですが、一番の名剣というのは人によってそれぞれです。マダムの息子さんにとってこの剣は大きすぎます。これから剣術を習うのに、いきなりこんな上級者向けの剣では基礎をおろそかにしてしまいますよ」
「もうマダムでいいわ。それもそうだけど、この子向けの剣なんてどれかわからないわ」
「そこは任せてください。息子さん用に剣を一から打たせてもらいます。マダムはお金に余裕がありそうなので、剣術の進歩具合、体の成長具合に合わせて、新調していってもいいでしょう。一番いいものをというのでしたら、この店にある一番高価な素材を使った剣にします。どうでしょう?」
マダムは悩んだ。当初の予定と違っていたからだ。
そこへ、ずっとマダムの後ろで隠れていた息子が声を発した。
「お母さん、僕、あのお兄さんが言う剣がいい」
「どうして?」
俺たちと話すときとは違う、優しい声でマダムが聞いた。
「……お母さんんじゃなくて、僕を見てくれたから」
そうね、と優しい言葉と手で息子を包み、マダムは俺の前まで来た。
「では、息子のために一から剣を打ってもらおうかしら。いいものだったら、あなたの言う通り、息子の状況次第で新調させてもらうわ」
「はいっ!」
マダムの後ろで隠れていた内気な少年を引っ張ってきて、エリーと二人で彼の腕の長さ、脚の長さ、身長、体重を図っていく。
彼に向いた剣のサイズが決まると、さっそく仕事に取り掛かった。
マダムとの約束があるので、店一番の材料を使った。
出来上がった剣は小ぶりで、まっすぐ伸びたシンプルな剣。シンプルイズベストとは言うが、マダムの目にかなうかどうか。
できた剣をマダムは先ほどと同じように丁寧に見回す。
「どういう意図のある剣なの?」
鑑定中、マダムはそう聞いてきた。
「基礎を学ぶには最高に一本ですね。子供のころの自分に与えてやりたい剣です」
「ふふっ、買っていこうかしら。こちらお幾ら?」
材料費と、利益分をたして、概算した金額をマダムに提示した。
それはマダムが当初買う予定だった剣の値段からしたら、100分の一程度のものだった。
それだけの手持ちはあったみたいで、マダムはすぐに支払いを済ませた。満足げに剣を受け取り、すぐに息子に渡した。息子のほうもかなり嬉しそうだった。
「ながい付き合いになりそうね」
「ええ、そうしたいですね」
親子二人で豚と狸の間に挟まれた扉を出ていったとき、来た時よりも少年の背中が頼もしく見えた。
「今度は一人で来るよ!」
そういった少年の言葉が店の中に残った。
「あなたのせいでこの剣が売れ残ったわ」
エリーが指したのはマダムが当初買う予定だった剣だった。
「ごめん」
今夜の楽しみを奪ってしまったことへのお詫びだ。素直に謝っておいた。
「まぁいいわ。ふふふ、あの子が成人したらこれ以上の剣を買わせるわ」
不気味なことを言い残して、エリーは嬉しそうに剣をしまいに行った。