6章 3話
ポリーさんから借りたお金を元手に、家に鍛冶用の工房を作ってもらえた。職人が多いというこの街ではそういった環境を整える仕事に従事する人間も多かったのだ。
「あなた本当に剣が打てるんでしょうね」
ここまで開店準備しておいて、今更エリーがそんな不安を口にした。
黙っていればそうとうな美人なはずなのに、口を開けば棘のある言葉を発する彼女の特性はだいぶ理解してきた。でも、実はツンデレなところもあると知っているので、いつか訪れるデレを期待して、彼女の棘のある言葉には我慢している。
「すごい剣を打ってあげるよ。欲しいならエリー専用に一本打ってあげてもいい」
「あらそう。せっかくだからお願いするわ。伝説の鍛冶職人の”クルリ”さんに」
あっ……ばれてる。
俺が妙に対抗心を燃やしていたクルリ・ヘランという人物のことを。彼の打った剣だというクルリシリーズの一本を見て、自分にも同じレベルのものが作れると思ったのだ。事実バロルという老人の工房で打ったものは、クルリシリーズのそれに負けないレベルの代物だった。しかし、そんな対抗心を抱いた相手の名前を借りてしまったことを知られたのはすごく気恥ずかしい。
「この数日でいろいろ知ることができたわ。その中の一つにクルリ・ヘランという人もいたわ。彼はくず鉄から名剣を造り上げる人だったらしいわよ。期待していますわ、”クルリ”さんっ」
窓を拭きながら愉快そうにエリーがそんなことを言ってくる。プレッシャーのかけ方がうますぎる。彼女の天性の攻めの強さに心が陥落されそうです。でも、きっと来るから。俺は彼女のツンデレという一面を知っている。待っていればいつかデレは来る!!
こんこんと家の扉がノックされた。
今日は店のオープンのため、各業者からの届け物が多数来ていた。今度はどの業者だと思いながら、扉を開く。
男性二人が立っており、爽やかな笑顔で挨拶してくれた。
「どうも、看板屋です。注文の品が届いております」
おぉっ! お店の顔ともいえる看板が届いたのだ。
二人に指示して、さっそく建物の外、扉の上らへんに設置してもらうことになった。
二人は慣れた手つきで看板を設置し、無事固定させて、見上げていた俺とエリーの元まで来た。
「どうですかね?」
看板を見上げる。そこには青、赤、黒の三色を使って描かれたこの店の名前があった。
『エリーとクルリの鍛冶屋』
おほーっと声が出た。
エリーが青色。クルリが赤色。他は黒色で描かれたポップ調の文字たち。
「いい、いいです!!」
「そうね、一応合格ってところかしら」
俺の様子とは対照的にエリーはすごく冷静な態度だ。けど、彼女が実は喜んでいることを俺は知っている。この数日で気がつたいのだが、彼女は嬉しいときにその感情を隠す癖がある。そして、隠すときはいつも目をつむるのだ。
今がまさにそれで、両腕を組みながら目をつむって冷静なふりをしていた。
彼女が冷静じゃないと分かるのはほかにも根拠があった。
ポリーさんが看板を注文しましょうと提案したとき、店名で彼女と揉めたのだ。クルリの名前が先か、それともエリーの名前が先かで。幼稚なようで大事なことだ。結局負けはしたが、そのときのエリーの嬉しそうな顔から彼女の店に対する愛着を感じていた。だから、彼女は今ウッキウキな気分だと思う。なんなら俺以上に。
業者さんが去ってからも、しばらく二人で看板を眺めた。
不思議な気分だった。なぜだか、こうして店を開いたことが当然なことのように思えた。記憶が抜け落ちているはずなのだが、長年の夢がかなったかのようなこの満足感。不思議だ。
「あなたとわたくしは、以前はどんな関係だったのでしょうね」
看板を見上げたままエリーがそんなことを聞いてきた。
「……たぶん、商売敵?」
「ロマンのかけらもないですわね。あきれました」
なにを言えば正解だったのだろう。彼女の求めるロマンとは!? いまだ未熟な俺にはわかりません。
店に戻り、一通り準備が整ったのを確認して、俺は剣を打とうと思った。
集中して、今出せるものを全部注いだものを造り上げて見せる。この借りている名に負けないような、凄腕の鍛冶職人になってやるという決意をこめて。
そんな感じで超真剣だったのだが、手持ち無沙汰になったエリーが側に座って俺の仕事を見ようとする。
「ほら、早くやりなさいよ」
こういうのは一人で集中して、自分との戦いに打ち勝って、その果てにすごい剣を造り上げる! てなのを想像してたから側にいられるとちょっと雰囲気が崩れるというか、うん、ちょっとやりづらい。
「見ててあげるから」
「……」
横目で抗議したのだが、どうやら通じなかったらしい。
全く、男の熱い世界というのを理解していない。やれやれだぜ。
彼女に口論で挑むと返り討ちに遭うとこの数日で学習しているので、もう何も言うまい。
俺の初めて打つ剣だ。……バロル老人のところで打ったのはノーカウントにしよう。剣が打てるということは記憶のない以前にもたくさん打っていたかもしれないが、やはりそれもノーカウントとさせてもらおう。
いよいよ、記念となるスタートが切られる……。
はずだったのだが、店の扉がまたノックされた。
業者は全部来終わっていたから、もしかしたらお客か? はやい、はやすぎる。先行きがこの上なく安定してしまうではないか。
エリーが急いで対応しに行ってくれた。
明るい声で応対している彼女の声が聞こえる。お嬢様っぽい彼女にそんなことできるのかという不安があったのだが、今の様子を見るに全く必要のない不安だったみたいだ。
お客の対応は彼女に任せるとして、俺は俺のできることをしようと思った。思ったのだが、また予想外なことにエリーは二人組の男性を店の奥にある工房まで通したのだ。
「赤い髪の男……、たぶんクルリに用があるって」
通された二人組を見ると、そこには先日見知った顔があった。
鍛冶職人のバロルと、冒険者で凄腕の剣士である男性だ。
「ああ、お二人さん。またお会いしましたね」
「そうじゃな。それより、そなた名をクルリというのじゃな」
感心したようにバロルが言った。
「いや、はは、実は記憶がなくてですね。バロルさんが言っていたクルリ・ヘランという人の名を借りたんです。まぁその人のように素敵な鍛冶職人になれたらなっていう願掛けみたいなものです」
「そうか。てっきり貴族様かと思っておったから驚いたわい。ところで、先日は失礼した」
突如バロルが頭を下げた。それに釣られた様子で剣士のほうも頭を下げる。
「見た目に惑わされてそなたの腕を侮ったことじゃ。そなたの仕上げた剣を見て、この人はただ者じゃないとわかった。どうか、謝罪を受け入れてほしい」
「いや、そんなに畏まらなくても」
だってモチモチパイのお金はいただいたわけだし。俺としてはそれで貸し借りなしだ。
「自分の口からも謝罪したい。そなたの仕上げた剣を見た。見惚れてため息が出るほどの剣だった。バロル殿から聞いた話じゃなければ信じられないが、事実なのだろう?」
隣に立っていた剣士まで真剣な顔して謝罪の言葉を述べる。
「……はい」
照れるなぁ、そこまで言われると。
「なに照れてるのよ。堂々としなさい。この店の主でしょ」
ぴしゃっと活を入れてくるエリー。え? 今主と?
彼女の目を見るが、その瞳は閉じられていた。
あっ、これは!! 彼女も嬉しかったのか!? 俺が褒められて、彼女も喜んだのか!? ちょっとかわいい一面を見てしまったかも。
「それでな、先日見せたクルリシリーズがあったじゃろう。そなた直せると言っておったな」
バロルの言葉に合わせて、剣士が背負っていたものを俺の前に差し出した。
先日見たクルリシリーズ、聖級の一本アマツだった。相変わらず素晴らしい剣だ。
ボロボロな状態は先日から一切変わってはいなかった。
「はい、直せると思いますよ」
「先日打った剣を見た後ならその言葉が何よりも頼もしく思えるわい。では、この剣の修復をお願いできるかの?」
「もちろんです」
剣士ががさごそと懐をあさりだす。
出てきたのは黄金の輝きを持った10枚のコイン。
「クダン金貨10枚でアマツの修復と、先日クルリ殿が打った剣を買いたい。よろしいか?」
正直な感想としてはこうだ。
相場がわからない。記憶がそこらへんも綺麗に吹っ飛んでいた。
元手でポリーさんからいくらかお金は借りている。それでも金貨2枚行くか行かないかくらいだったと思う。金貨2枚で店の形を構えることができたのだから、結構な額だとわかる。それを10枚だと!? 間違いなく破格。できれば、モチモチパイ何枚買えるかで指標を示してほしい。そしたらその価値がストレートに俺の心に響くはずだ。
「わかった。クダン金貨12枚出そう!」
相場が分からなくて、いろいろ考えている間に金貨二枚分儲けてしまったらしい。新しい交渉術!
「エリー、どうする?」
困ったときにはエリーに頼ればいい。先日の彼女の機転の良さを考えて、頼ってみることにした。
「伝説の鍛冶職人クルリ・ヘランに同じ仕事を依頼するなら、あなたいくら出すの?」
「伝説の鍛冶職人、クルリ・ヘランにだと……?」
剣士はうつむいて考えた。そして、隣にいるバロルに助言を求めるように視線を向けた。
「ふむ、ワシなら彼の腕を見れるだけで全財産を差し出してもいいかの。まぁ、この場合は、クダン金貨20枚といったところかの。たしか、アマツもそのくらいで購入したと聞いたが」
「その通りです。ではクダン金貨20枚! この場でお支払いいたしましょう。それで新しい剣の譲渡と、アマツの修復をお願いしたい」
「だそうよ。最終決定は主人であるあなたが決めてちょうだい」
エリーえもんに頼って正解だったよ。それにしても、そこまで俺のことを評価していてくれてたの?
儲けが増えただけじゃない。今のエリーの言葉で、俺には伝説の鍛冶職人クルリ・ヘランと同等の仕事が要求されたことになったのだ。
ハードルは一気に上がった。だけど、何より喜びが第一に湧く。絶対にその人物を越えてやる。だから、目の前の剣の修復、これに俺の全身全霊をかけると決めた。
「よし、この仕事『エリーとクルリの鍛冶屋』の最初の仕事とさせてもらう」
あの金貨20枚でモチモチパイが何枚買えるか、その計算は明日の楽しみとさせてもらう。今は目の前の剣にすべての神経を集中させよう。
仕事を見ていきたいというバロルと剣士に席を用意し、エリーも側に控えてこちらを伺っている。
いよいよ、本能に従って目の前の剣と向き合って修復を開始した。
クルリ・ヘランという人が打ったこの剣はまさに見事なもので、一部の欠点もないように思えた。しかし、剣と心を交わすうちに、いろいろと欠点も見えてくる。
それらを改良しながら、どんどんと手順を進めていった。
不思議と、この剣を打った時のクルリ・ヘランの状態が詳しくわかる。部屋に筋トレをしている友人二人がいて、その騒がしい中でこの名剣を仕上げたのだ。恐ろしくカオスな状態だが、そんな状態でこのレベルの名剣が仕上がるのだ。改めて、その技術に感服してしまう。
きっと筋トレしている友人がいた状態じゃわからないような些細なミスを修正して、ボロボロの状態だったアマツをその生まれた時以上の輝きを伴って蘇らせた。
バロルも剣士も、そしてエリーまでも開いた口がふさがらない状態で剣をずっと眺めていた。
「一振り……、彼の一振りには金貨一枚の価値がある。クルリシリーズの名剣を見て、とある貴族が言った言葉じゃ。そなたにもそれと近いものがあったように思う」
「ああ、間違いない。金貨20枚でこんなものを見れるのなら安いものだ」
バロルと剣士は感動に包まれながら、しばらく余韻に浸っていたいと工房を離れたがらなかった。
結局二人が去ったのは夕暮れ時だった。
今日の客は彼らだけだった。でも儲けは十分だし、気持ちも満たされた。
そして何より、「あな本当に凄いのね。ちょっとだけなら敬ってあげてもいいわよ」
という数日ぶりに出たエリーのツンデレを見られたことがすごく嬉しい一日だった。