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10話

同乗したばかりのときは、遠慮や警戒があったのだろう。ほとんど自分の家のことなどをくわしく語らなかったアイリスだったが、4日も一緒にいると不思議なもので相手も自然と警戒心を解いて身の上話をしてくれた。


アイルスの家は父親が鍛冶職人だったらしいが、病気でアイリスが12歳の時にこの世を去っているらしい。

それからは母親と3人の妹、2人の弟と共に家の畑を耕して生計を立てている。

だが、それもぎりぎりの生活らしく、贅沢とは一切無縁な生活だ。

アイルスは何度も妹たちや弟たちがしっかりやっていけているかどうか心配だと言った。

本当にそのことで頭がいっぱいのようだ。


うちの領内でも農業だけで生計をたてている一家は多い。

しかし、何かの災害がなければどこもある程度の金銭的余裕は出来ている。

アイリスが言うには、領内の税金が重く、それが生活を圧迫しているとのことだ。


「じゃあヘラン領へきたらいい。うちの税金はそんなに高くはないし、領地もだんだんと栄えている。きっといい生活ができるはずだ」

「ありがたいけど、そんな簡単には故郷を捨てられないよ」

一蹴されてしまった。

確かに、簡単に決めるようなことじゃない。


世の中には悪い領主もいたもんだ。うちの父親が輝いて見えるよ。


アイリスは子供のころから勉学に秀でていたため、母親からこの学園を受験するように説得されたそうだ。

はじめは断ったが、母親の熱心な説得と、将来家族を養っている自分を想像して、思い切って受験してみることにしたらしい。

畑仕事の合間に、基礎教養、魔法、剣術の3つの試験科目を独学で学んだらしい。

素晴らしい、忍耐と、素質だと思った。


「それでね。受かったときは本当にうれしかったんだけど、いざ家を出発するときにすごくさみしくなって、今でも本当に私が選んだ道は正しかったのかなって」

「俺も領地を離れる際は心配だったよ。

父親が平和の使者みたいな人だから騙されたりしないかなーとかさ。でも、きっとうまくやっているよ。アイリスの弟や妹もアイリスが思っている以上にきっとしっかりしているはずだと思うよ」

「んーそうだといいな」

「きっとそうさ」

「・・・うん!」


少しだけ元気を取り戻してくれたらしい。

運よく外は快晴だ。

このまま暗い話ばかりではもったいない。

どうせなら我が父親の武勇伝でも聞かせて元気づけてあげなきゃ。


「なにか外で騒いでいるよう」

話しかけた俺を遮り、アイリスが先に話し出した。

「トラブルのようです」

従者が渋い顔して報告してくれた。


二人で馬車をおり、あたりの状況を確認した。


道の先に商人が使う馬車が止まっている。

乗組員と思われる人物たちが総出している。


「すまない。道を開けていただけないだろうか」

立ち止まる男たちに声をかけた。

「いやー、すみません。すぐに馬車を移動させますので」

少し小太りの男が慌てて部下に指示を出している。

荷物が多く馬車は通常より大きい。

狭い街道故に退くの少し手間取っている様子だ。


「いかがいたしましたか?」興味本心でつい聞いてしまった。

「それが、王家への貢ぎ物を配達していたのですが、王城入場の許可証を先ほどのトラブルで盗られたようでして」

「トラブルとは?」

「魔物が急に襲いかかってきました。

幸いけが人はなく、高価なものの破損などもなかったのですが、不運にも入場許可証をとられてしまいました」


「それは不運でしたね」

聞いては見たが、あまり興味の出る話ではなかった。

さっさと退いてくれ。


「高価な剣をつけられているようですが、もしかして魔物の退治などをされるのですか?」

「いえ、これは外出時に護身用としてつけているだけです」

鞘も剣も手作りだ。それを高価と判断したあなたの目は正しい。いい商人に違いない。


「はぁ、そうでしたか。魔物を狩ってくれれば金貨1枚を支払おうと思っていたのですが」

失礼な奴だ。俺は一応貴族だぞ。金貨一枚ごときで心は揺れん!!

「本当ですか!?」

予想外にもアイリスはめちゃめちゃ食いついた。

「本当に金貨一枚を支払ってくれるのですか?」

「もちろんです!二人で行ってくださるなら、金貨2枚をお支払いします」


アイリスが泣き入りそうなうるんだ目でこちらを見つめている。

断れないよなーこれじゃぁ。

「やろうか」

「はい!」


「魔物は狼型、2頭で我々を襲撃してきました。

巣はここから森に入って500mほど進んだ場所にみつけております。我々は戦闘できないためそこまでしか助力はできません」

「わかりました」

簡単な説明だけを受け、自分の馬車へと向かった。


「アイリス、魔法の実力は?」

「エレノワール学園の試験には合格しましたけど、実戦は初めてです。

あっ!でも生活のために普段から毎日魔法を活用していますので、ちょっとはいけるかも・・・」

うーん、アイリスって確か、剣術も魔法もぴか一のセンスを有していたはず。

初実戦とはいえ、弱小の魔物だし問題ないかな?

最悪の場合フォローをすればいい。


「武器は持っているかい?」

「はい、剣術の授業用に剣を一本持って来ています」

「じゃあそれを装備して、出発だ」


商人の言う通り森を南下して500mくらいで、狼型の魔物2匹を視認した。

匂いでばれないように結構距離を取っている。

正直、俺一人ならこの距離でも仕留めることは可能だ。

危険性も少なく、できればそれで済ませたい。


だが、俺一人で事を済ませた後に問題が生じる。

きっと、アイリスは報酬を断るだろう。

自分は何もしていないのにお金はもらえません!とか言うに決まっている。

「アイリス、この位置から魔法を当てられるかい?」

「えーと、たぶん無理かな。距離がありすぎるよ」

やっぱりダメか。


よしっ、それなら作戦は一つしかない。

「アイリス、俺がこの位置から魔物を一匹仕留める。もう一匹は俺たちに気づいて襲ってくるだろうから、そいつの迎撃を頼めるかな」

「うん、いけると思う」

「よし!」


魔力を練りだし、水の性質変化の応用で氷の性質変化を加える。

手のひらに作り出したのは、氷の矢だ。

初めて作り出したがいい感じだ。

これを、さらに練りだした魔力で爆発的な突風を発生させ、氷の矢を飛ばした。

空気を割く音を立てながら、矢はまっすぐ魔物を貫く。

悲鳴も上がらずに絶命した。


「上出来!」

「すごい!」

「さぁ、もう一頭がくるよ」


仲間を殺されたもう一頭が逆上し、こちらへ突進してくる。

アイリスも魔力を出し、炎に変え、魔物の足元へ放った。

仕留める威力はないが、そもそも狙いは突進の勢いを殺すことにあった。

狙い通り、突進の威力はなくなり、ひるんだ魔物にアイリスの剣筋が立った。


すごい身のこなしだ。

綺麗に魔物の首が飛んでいく。

滑らか、かつすばやい。が、変な音がした気もする。


「やったなアイリス」

「・・・」

「どうした?」


アイリスはうつむいている。なぜか、全く喜びを見せない。

「剣が、げんが、あぁ、折れっちゃった」

「ははっ、一撃で折れるとは不良品をつかまされちゃったみたいだね」


「お母さんが、おがさんがむりして買ってくれた剣があああああああ、うあああああんんん」

えっ!?

ガチ泣きですよ!!


「剣なら俺の新しいのをあげるから、ほら泣くなよ」

「おがあさんが、あがあさんがいっしょうけんめためたおがねでかってくれだのに、うあああああん」

ああ、そういうことか。

ようやくアイリスの心情が分かった。


「それも安心しろ!

その剣はまだ治るから。学園に着いたら俺が治してあげるから」

「ほんど?ほんとうになおるの?」

「本当に本当。むしろ今までよりかっこよく、丈夫にしてあげるよ」

「うんうん、いままでどおりでいい」

「ああ、わかった。許可証をとったら街道にもどろうか」

「ゔん」

許可証は革製でできていた。それで魔物に獲られたわけだ。


許可証を回収し、アイリスの様子をうかがった。

ガチなきで瞼が赤くなっている。

別に俺が魔物を退治しようと言い出したわけではない、俺が剣を折ったわけでもない。

それなのになんでこんなに心が痛むんだ!?

俺は悪くないよね?

遠い地にいるラーサーの優しい笑顔に問いかけてみた。

もちろんですよ、そんなラーサーの返答を俺が作り出した。



「本当にありがとうございました。これは約束の金貨2枚でございます」

許可証と引き換えに、報酬をいただいた。

一枚をアイリスに渡すと、途端にキャッキャと騒いでいる。

剣も治ることがわかり安心しているのだろう。


「私の名前はファミールです。主に歴史的価値のある商品を行商しております。

この御恩は忘れません。いつか恩返できればと思います。

よろしければ名前を教えていただけないでしょうか」


「クルリ・ヘラン。あっちはアイリス・パララ。

貴族の私からあなたに商売のアドバイスをするのは失礼に値するだろうけど、一つアドバイスすると後ろの彼女の名前と顔は一生忘れないほうがいいですよ」

「はい、商人はどんなアドバイスもありがたくいただきます。ただですので。

クルリ・ヘラン様。アイリス・パララ様。二人との出会いが今後の利益につながることを期待しています」

「そんなこと相手の目の前で言うんだ」

「はい、商人とはそういう生き物です。では、またいつか会いましょう」

無機質な挨拶を済ませ商人は立ち去った。


商人たちが道を開けてくれたので、馬車がようやく通ることができる。

アイリスといえば、さきほどの金貨をほほに擦りつけている。


「その金貨は何に使うんだい?」

まぁ決まっているだろうけどね。


「家族に送ります。きっとこれでしばらくいいものが食べられるでしょうから」

やっぱりそうか。

本当は俺の金貨もあげたいけど、絶対に受け取ってはくれないだろうな。


「でも、やっぱりこの金貨はクルリさんにあげます。

ここまでお世話になったし、私の大事な剣を治してくれるとおっしゃってくれましたし。

これでゼロになるとは思いませんが、この4日間のせめてもの支払いをさせてください」

そう来たか。

「もちろん受け取らないよ。それはアイリスが稼いだお金だからね」

「でも、私本当に他に何も返せないので。せめてこれだけでも」


「その金貨を、俺に送りたい?それとも家族に送りたい?君の本心はどっちかな?」


「・・・、家族に送りたいです」

「じゃあそうしたらいい。そのほうがみんな幸せだ。

君は俺が金貨一枚で喜ぶと思うのか?

ヘランの一番高価な温泉宿は、温泉、食事、その他もろもろのサービスがついて、一泊金貨50枚もとるんだぞ」

「金貨50枚も!?そんなぁ、それじゃあ私いつまで経ってもヘランの温泉に入れない気がするよ」

「まぁ、それは最高級のサービスだからね。安い宿だっていっぱいあるさ」

「あぁ、よかった。

・・・、クルリさん。この金貨は家族に送ります」

「そのほうがいいに決まっている」

「でも、私絶対にこの恩は忘れません!!将来絶対に大きなお返しをさせてもらいますから!

わたし、自分の言葉には責任を持つ女ですから、信じて楽しみにしていてください」

「絶対に?」

「絶対にです!!」


いっよしっ!!!!

でかい保険会社に入ったような気分だ。


「さぁ学園はもうすぐだ。楽しみんで行こう!」

「そうですね。どんな感じなんでしょうね」

それは俺もずっと気になって、うきうきとしている。



その日の夕暮れに馬車は学園に着いた。

それは学園というにはあまりに大きく、一つの街がそこに存在しているかのような壮大さを持っていた。


「でかいなぁ」「大きい」

そんな言葉しか見つからない。













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