1話
あの時止めておけば…。
りんごが食べたくてもぽっちゃりが木なんて登るもんじゃない。
そう思っても時はすでに遅く、俺は木の上から地面に落ちた。
しかも頭からだ。
痛いと感じるまでもなく意識は失われ、俺は使用人達によって家の中に運び込まれた。
目覚めたのはちょうど1日後。
「大丈夫かい?クルリ」
心配そうに俺を覗き込むのは、母親のアイス・ヘラン。
頭から落ちたのが相当心配だったのだろう。どうやら看病してくれたらしい。
が、今はそれどころじゃない。
頭を強く打った衝撃からか、俺は今前世の記憶を取り戻している。
前世では学生をしていたが、交通事故に遭ってそこから記憶が消えている。
ああ、俺はあの事故で死んだのだろう。そしてこのクルリ・ヘランが俺の今世の人物だ。
12歳、貴族の家の坊ちゃんで、まぁ甘やかされてきたから身体は綺麗なぽっちゃり体型だ。
幸い顔立ちはいいから痩せればどうとでもなりそうだ。
裕福な家庭、恵まれたポテンシャル。まぁラッキーな生まれ変わりだと思ったのだが、「クルリ・ヘラン」俺はこの名前を前世の頃から知っている。
「幻想学園」俺が前世ではまりまくってたシミュレーションRPGだ。
主人公の女が恋愛をしながら、王族や有力貴族と仲を深め合う。
そんな主人公を疎ましく思うライバルが邪魔をするというのが主なストーリーだ。バトルや育成なんかもあったので男の俺もめちゃくちゃにはまっていた。
平民の主人公のいわゆるサクセスストーリーを描いたものなのだが、どんな結末を迎えようとエンディングで絶対に出てくるのが、俺こと「クルリ・ヘラン」なのだ。
エンディングは決まって主人公とライバル令嬢のその後の人生が描かれる。
大抵は、主人公の幸せそうな将来が出た後に、貧しい農民として働くライバルとクルリ・ヘラン夫婦が描かれる。
しかもこのクルリ・ヘランという人物。ゲーム中には一回しか出てこない。
食堂で豚みたいにご飯をかきこむ姿をライバル令嬢に「キモっ」と言われるワンシーンだけだ。
これしか描かれてないのに、なぜか悪役令嬢とともに没落させられている。
詳しいことは何も描かれてないのにだ!!
スタッフのいじめとしか言いようがないあのクルリ・ヘランの雑な使い方。
なんども見たかわいそうなクルリ・ヘラン。
鏡の前に立つ俺の顔は間違いなく「幻想学園」のクルリ・ヘランだった。
「なんてこった」
貴族の家に生まれたのに原因不明の没落ルートしかないなんて。