京典の行きつけのお店
<京典の行きつけのお店>
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「お前は~。」
「何ですかっ。」
「何でそんな暴力を振るうねん。」
「暴力なんて振るってない!」
「振るてる~言うねん。」
「そっちが悪いんでしょっ?」
「そっちとか言うな。」
「何よっ。」
車内に、落ち着いた京典の声と、怒り狂う私の声だけが響く。
「ほんまお前は、からかい甲斐のあるヤツやな。ククク。」
笑う京典をキッと睨むと、私はプイっと横を向く。
「すぐ拗ねる~。」
「・・・。」
京典の声を聞き流しながら、流れる車からの景色を見る。
(あれ・・?)
景色を見ているうちに、何だか街中から遠ざかっているような気がしてきた。ネオンで溢れていた色々な光が少なくなっている。
「・・・あの。」
「ん?」
「どこ・・行くんですか・・?」
行き先を聞いていなかった私は、恐る恐る聞いてみる。
「・・・っ?」
前方を見ている京典の顔が、ニヤっとした。
「ど、どこ行くんですかっ!?」
「どこかな?」
「京さん!」
「はーい?」
「返事じゃなくって!」
「ククク。」
京典は不気味に笑いながら、ハンドルを右に切った。
「はい、着いた。」
「・・・?」
車はしばらく走って、海辺の近くに停車した。何処だか分からない私は、ビクビクしながら辺りを見渡す。
「そんなビビんな。」
「だ、だって・・っ。」
「そこ。」
「え?」
京典が指を指した方を見ると、そこには屋台のような物が見える。
「な、何ですか・・?」
「あれな、めっちゃ美味いフレンチの屋台やねん。」
「は?」
「ドライブしてる時に偶然見つけてな。それ以来、夜に時間できた時は食べに来んねん。」
「は、はぁ・・。」
「行こ。」
「あ・・っ。」
私は、京典に手をひかれ、慌てて歩き出す。
「こんばんわ。」
「お、京典くんじゃないの~。久しぶりだね。」
「はい。ご無沙汰してます。」
大きなワゴン車と一体になった屋台から、髭を生やしたかっぷくのいい中年男性が顔を出す。
「相変わらずいい男だね~。」
「ははは、何ですか?それ。」
たわいもない会話を交わしている様子から、二人はある程度気心がしれた仲のようだ。
「あれっ?」
京典の背中に隠れるようにして話を聞いていた私に、屋台の店主が気づいた。
「もしかして、京典くんの彼女とか?」
「もしかしてって何ですか~。」
「だって~、こんな可愛い子。」
「どういう意味なんですか?」
私は何だか恥ずかしくて、ますます京典の背中に隠れてしまう。
「何で隠れんの。」
「だ、だって・・。」
「ははは。彼女、可愛いね。」
「でしょ?」
「うわ、早速ノロケだよ。」
「ククク。」
「・・・。」
京典と店主の会話に、私は顔が熱くなる。
「あっち、座っていいですか?」
「いいよ~。」
「お薦め、お願いします。」
「はいよ。」
「桃、行こ?」
「は、はい・・。」
先に歩く京典の後を、私は慌てて追う。
「ここ、海がよう見えるやろ?」
「え?」
机と一体になった長いベンチに腰を降ろしながら、京典が言う。
「あ・・そうですね。」
すぐ近くとはいかないが、目の前には夜の海が広がっている。
「座り?」
「え?」
私が立ったまま海を見ていると、京典が自分の隣を指先で示していた。
「と、隣・・?」
「何やねん、嫌なんか。」
「ち、違う・・っ。」
「ベンチやねんから、隣しかないねん。」
「は、はい・・。」
私は、緊張しながら京典の隣に腰を降ろした。
「ぶぅー。」
「はっ?」
「今、桃が屁をこきました。」
「そ、そんなのしてないっ!!」
「ぶはははっ。」
「ほんっと最低!!!!!」
「ククククっ。」
私はまた京典の腕を叩く。
「痛いっちゅうねん。」
「叩かれて当然でしょ!」
「何で~。」
「普通、彼女にそんな事言う!?」
「ククク。」
怒りが爆発する私を、京典は可笑しそうに見ている。
「何見てるんですかっ。」
「いいやんけ、見るくらい。」
「見られたくないっ。」
「怒ってる時の桃は、子犬みたいやなぁ。」
「子犬!?」
「キャンキャン、うっさい言う事。」
「!?」
私はまた京典の腕を叩いた。