透明スカイブルー
辺りに立ち込める醜悪な臭いに、つい眉間を歪ませてしまう。上着に備え付けられている、左のポケットからハンカチを取り出し、鼻と口元を覆い隠した。そうすることで、幾分か臭気を遮断出来たが、それでも眉間のしわはなくならない。青次郎は、目的の物体を探すために、嫌な臭いに耐えながら、散策を続けた。しばらく歩くと、妙に積みあがった石山が目にとまる。近寄り、うず高く伸びた石山を、細目で眺めてみる。どう見ても人為的に積まれた石山を、頭頂部から順に、石を手で落としていく。時間の経過とともに、その姿が次第に小さくなっていき、遂には、隠していたものを、白日のもとに曝け出した。“それ”を手に取り、確認を終えると、青次郎は胸元の内ポケットにしまった。
「……これで、依頼は完遂か」誰となく呟くと、青次郎はハンカチをポケットにしまい、代わりに小型の電子端末を取り出し、電源を入れ、小さいウィンドウに表示された時刻をチェックする。午後二時を回ったところだった。青次郎は端末を操作すると、メールボックスを開き、本部に居る上司に向けて、依頼を完遂した旨を書き添えたメールを送信する。内容はあくまでも端的に、事務的に纏める。あまりの臭いに頭痛すら催してきた。これ以上の長居は不必要である。青次郎は足早に、『空虚トンネル』を立ち去った。
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世界は理不尽である。
神と呼ばれる存在が、本当に存在しているのならば、こんな不平等な世界を作った神は、とんだ腐れ外道なのだろう。自らとその他の格差を感じ取れない、かわいそうな奴なのかもしれない。我は無神論者だと、とくに主張するわけではないが、別段信仰している神もいない。信仰に値する神が存在しないからだ。そういう意味では、この世界に神は存在しないという事なのかもしれない。少なくとも、桃瀬 翌檜という人物の世界には、存在しなかった。
翌檜は、手元の電子端末に表示された文面に、思わず唸ってしまった。電子メールの送信主欄には《小紫》の文字。本文にはたったの一行……。
『せいぎのみかた、やめます』
その一文をひと睨みし、翌檜は端末を閉じると、瞼を閉じて息をついた。今月だけで既に三回目だ、と翌檜は思った。一度目はトンネルの清掃ボランティアの最中、二度目は夜祭が中止になった昼。そして今回は任務の途中である。普段は怜悧なポーカーフェイスを崩さない翌檜でも、つい破顔してしまう。こいつはどこまで学習能力がないのだ、いくら逃げたところで、協会に連れ戻されるだけだ。そういう結末しかもたない逃走劇を、こんな茶番を何度繰り返すのだ。翌檜は凝り固まった肩を親指でほぐしつつ、僅かに振動した電子端末を再び開いた。またしてもメールを受信したらしい。
送信主を確認すると、《青次郎》からである。メールの内容は依頼の完遂を伝えるものであった。翌檜はその事務的な報告文には目もくれず、即座に返信用の文章を打ち込んだ。内容は簡潔だ。『追加任務、小紫の捕獲。早急を要す』とだけ記入し、返信する。成すべきを成し、翌檜は再び目を閉じた。
「急げよ、青」
呟き、静かに端末を置いた。
いろいろ。