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ちょうど時を同じくして、ユウは安らかに逝ってしまった。
それを聞いたのは出産翌日だった。
まだおかしな歩き方をして、霊安室に向かう。
「ユウ……?」
私は恐る恐る声をかけた。
声をかければ、またユウがくしゃくしゃな笑顔で笑ってくれる気がしていた。
でも、ユウの返事はなかった。
顔の部分の小窓が開けられる。そこには、穏やかな顔をしたユウがいた。
でも、顔中血の気を失っていて、まるで人形のようだった。
「ユウ……」
へたりこむ私に、そっとお母さんが近づいて言った。
「ユウからの伝言……『幸せになってくれ』って……」なにそれ。ユウがいないのに私が幸せになれるとでも思ったの?
ユウがいないこの世の中で、どうやって幸せになれと?
私は錯乱したように泣いた。あまり泣きすぎて、途中で鎮静剤を打たれた。
目を覚ますとそこは自分の病室だった。
しばらくすると、簡易ベッドに寝かされた赤ちゃんが運ばれてきた。
女の子だった。
――先生が赤ちゃんの性別がわかっちゃった、と言ったときに、あえて聞かずにいたから、ピンクの足輪がつけられたその子を見て、初めて女の子だと知った。
病室に助産婦さんがやってきて、おっぱいが出やすくなるマッサージをしてくれた。かなり痛かった。
名前は決めていた。
男の子でも、女の子でも、ユウの色、空色から「空」とつけようと、以前からユウと話をしていたので、名前はすんなり決まった。
出生届けに色々書いていくときに、何故か涙がこぼれた。
そのまま、私は涙を堪えきれずに、泣いた。
泣いて泣いて、泣き疲れたところでまた書類を書いた。
その日からおっぱいをあげなくてはならず、私はかなり苦労した。
マッサージは受けているものの、おっぱいがでなかったのである。
先生が、ユウがいなくなったことで一時的に身体が反応しなくなっているのだろうと言った。
私は必死でマッサージを受けた。初乳はぜったいにあげたい。
そんな苦労を知ってか知らないでか、空はマイペースに睡眠を貪っていた。
◇
やがて年月が経ち、空を連れて散歩したりしていた。
「空、おいで」
「あなた……」
私のとなりにいる人は……レンだった。
私は繰り返し同じCDを聞いていた。
あの時、ユウが作った歌。
私宛の、私のためだけの曲。
いつか空が大きくなって、この曲を聞いてくれる日がくるまで。
レンはそんな私をすっぽりつつみこんでくれた。
それ以来、わたしはとても感じた。愛しい人がいることの大切さを。
レンはいつもニコニコして私のユウの話を聞いてくれた。
だから、そのままの流れで自然と結婚した。
だが、もうそろそろ私も夢から目覚めないといけない。空と、大切なレンのために。
レンはユウが亡くなったあの日から、ずっと私のそばにいてくれた。ユウの話を聞いてくれた。もういないはずのユウの誕生日パーティーもさせてくれた。
空もことしで十歳になる。
そろそろ私もユウから解放されるべきだろう。
最期に作ってくれたあのCDをききながら、そう思った。
CDにはいかに私が大事か、幸せになってほしいかが歌詞になって歌われていた。
そろそろ諦める時期だろう。
そして今まで支えてくれた空とレンに還元していかねばならぬだろう。
「ユウ……ありがとう。あなたに会えて、幸せでした」
私の最期の一言だった。
明日からはレンの妻として、空の母として、私は懸命に生きるだろう。
ユウがそうだったように。
ユウ……忘れないよ。どうかそちらの世界から見守ってほしい。
それが私の、願い、だから。




