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そしてまた、退屈な入院生活に戻る。
薬の副作用で一日中寝ていることもあれば、ギターを片手にしていることもあった。
外の寒さで窓が曇る。そんな窓にユウが落書きをする。
私はユウのために、大好きなリンゴをすりおろす。
リンゴがすりおろされるのを待ちきれないユウがつまみ食いとばかりに手を伸ばしてくる。
それをデコピンで阻止する私。
「みかん食いてー……」
とユウが言う。
「明日持って来てあげるから」
とユウを諭すと、おとなしくすりおろしリンゴを食べ始めた。
ユウとの日常はいつもこんな感じで過ぎていった。
臨月近くなり、お腹が大きくなった私は自宅で自習していた。
参考書を片手に問題を解いていく。だが、そんなに簡単には解かせてくれない。
数式なんてわけがわからない。
ピンポンと玄関でチャイムが鳴った。洋子だ。
授業を受けれない私のために、洋子は毎日ノートを届けてくれる。
自分だって受験で忙しいのにありがたいことだ。
洋子に学校の様子を聞く。いつも通り、なにも変わらない毎日がすぎているようだ。
来週は冬休み前の期末テストだ。私は保健室受験をする予定だ。
問題でわからなかったところを洋子に教わる。忙しいのにごめんね、と言うと洋子は
「人に教えることで自分もまた復習になるから助かる」
と言ってくれた。
学校にユウが病気をしていて休んでいるらしいと噂になっていることを耳にした。
とりまきの女子が調べているらしい。足がつくのも時間の問題だ。
とりまきの女子とはホントにいろいろあった。
私がユウからメアドを教えてもらったときにいじめが始まり、エスカレートしていったこと。
呼び出しをくらったこと。今となってはただの思い出にすぎないけれど、あの時は必死だった。
そういう思い出をたくさん重ねて、今ここにいる。
大好きなユウの子どもと一緒に……
ユウと毎日一緒に通った日々を、私は忘れない。
◇
枯れてしまった花を新しいものに取り替える。
ユウはそれを嫌がったが、見舞いの花は絶えることがなかった。
誰かしら花を持ってくるので、最近は私が家にもって帰って花瓶に活けているくらいだ。
ユウは人気者だった。
あんなに金髪でじゃらじゃらピアスをしていて、怖い感じだったのに、みんなから好かれていた。
それはこのくしゃくしゃな笑顔のせいかもしれないし、無邪気で子どもみたいなところがあるせいかもしれなかった。
バンドで歌っているときのユウはホントにいきいきしていて、熱かった。
文化祭のライブは今思い出しても鳥肌がたつくらい、すごかった。
花を活け替えて病室にもどると、お見舞いに来ている人がいた。
レンだ。
私は軽く会釈をすると、花瓶を棚の上に置いた。
すると、ユウが
「チカ、ちょっと二人きりにしてくれる?」
と言ってきた。
「う、うん……」
なんだろう?と思いながら席をはずすと、扉が閉まる前にユウがこう言っているのが聞こえた。
「俺、もうすぐ死ぬから……」
私は耐えられず屋上にあがって泣いた。
ユウの前では笑顔でいよう、と決めてから今まで頑張ってきたのに、涙が止まらなかった。
大声をあげて泣いた。
すると、近くにいたのか、おばあさんが私の背中を撫でさすってくれて、私は徐々に落ち着きを取り返していった。
おばあさんは私の話を聞いてくれ、何度も頷き、
「辛いね」
と言ってくれた。
その言葉だけで充分に私は慰められた。
トイレで顔を洗うと、泣き顔が残っていないことを確認して病室へ戻った。
レンの姿はもうなかった。
――ユウ、大好きだよ。いなくならないで――
私はそう心の中で叫んでいた。




