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「チカはね、未熟児で、産まれてくるときも難産で大変だったのよ」
母が語る。
検診のときも、少し小さいですね、と言われたそうだ。母は、自分が食べる量が少ないからだと自分を責め、食べ過ぎて先生から怒られたりもしたらしい。
未熟児な上に逆子で、お腹から出てくるときにはへその緒が絡んでいて大変だったそうだ。
産まれてすぐ、母のお腹に乗せられたときに、母は、この子に会うために産まれてきたんだな、と思ったらしい。
結婚してちょうど一年目に私がお腹に宿って、周囲の人みんなに祝福されて産まれてきたそうだ。
私の名前はうんと考えていたけれど、顔を見て、一瞬で「チカ」だと思ったそうだ。
「あの時は、不思議と名前で呼んじゃったのよね」
と母は振り返る。
車を回していく母は、とてもそんなことがあったようには見えなかった。
「あれ?お母さん、どこいくの?」
家に帰る交差点で、左に曲がるところを母は右に回った。
「お楽しみ」
と母は答えた。
やがて市役所前にきて、車は止まった。
「お母さん、どこいくの?」
と私が聞くと、
「いいからついていらっしゃい」
と言ってスタスタ歩き始めてしまった。
私はあとを追う。私に合わせて若干ゆっくり歩く母が来たのは福祉課の前だった。
「はい、ちゃんと自分で母子健康手帳をくださいっていってらっしゃい」
と言って、病院の封筒を渡してきた。
そっか、母子手帳!
私は嬉しくなり、スキップを踏むようにして窓口まで行った。
母子手帳はすぐにもらえた。封筒の中は病院からの妊娠証明書だったらしい。
窓口の人は、少し周りより若い私に驚きながらも、スムーズに手渡してくれた。
私は手帳を持って母のところへ走って戻った。
「走らないの!なにかあったらどうするの?!」
と母の一喝を浴びながらも、幸せだった。
帰りの道中、母が言った。
「お母さんね、思ったの」
「何を?」
「ここまで来たなら産むしかない。結婚もしていい。そのあとのフォローをしてあげるのが、今のお母さんがしてあげれることだなって」
母は笑顔で言った。
「学校を退学になったって、お母さんがついてるから、大丈夫よ。大船に乗った気でいなさい」
私は、嬉しさのあまり言葉を詰まらせた。
「あ……りがと……」
言い終わらないうちから、涙が溢れてきた。
お母さんが味方についてくれる。これほど嬉しいことはなかった。
あとは父が納得してくれたら、この子は祝福されて産まれてくる子どもだ。
帰りついたら、珍しく父が家にいた。
「お父さん、どうしたの?こんな時間に家にいるなんて」
「チカ、そこに座りなさい」
はい、と私は言うと、緊張の面持ちで座った。
「ユウくんと話をしてきたよ。チカが一生懸命なのはお父さんもわかった。」
ユウ、父が来たなんて、何も言わなかった。
「……もうすぐユウくんの誕生日だってな」
「……うん」
「両手をあげて喜ぶことはできないが、結婚、してもいいぞ」
「ホント?!」
私は思わず身を乗り出した。
「ホントだから、落ち着きなさい」
父が私を制した。
「ユウくんと話してみて、真面目に将来のことを考えているということがわかったよ。チカと、子どものために」
将来のこと?何の話だろう?でも、ユウのことだから、なにかきっと考えがあるんだろうな。
「うんうん」と頷く私に父は続けて言った。
「結婚式を、挙げよう」




