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とりあえず出産するとして、それまでの学校のことを考えた。
今はまだお腹が小さいから構わないだろうけど、いずれみんなにわかってしまう。退学などにならなければいいが……
担任の先生に相談することにした。
担任の先生は話を聞くと、
「職員会議にかけてみないとわからないけど……出来るだけ退学にならずに済むように話してみるわね」
と言ってくれた。
「それにしても、先生もまだ体験したことのないことにチャレンジするのね」
と優しく言ってくれた。
それが私にはとても嬉しくて、思わず涙した。
ユウも担任の先生に相談したらしく、進路指導室からちょうど出てきたところだった。
「ユウ!どうだったの?」
私はユウに駆け寄り聞くと、
「学校だけはちゃんと卒業しなさい、だって。結婚も卒業してからにしてほしいって」
「そう……じゃあ、私生児になっちゃうんだね……」
「でも、卒業したらすぐ結婚するし、そんな心配いらないって」
「うん……嬉しい」
「チカはなにも心配するな」
「うん!」
私は幸せだった。
◇
その日の晩、いつものようにユウに電話をかけたが、出ない。
お風呂かなと思い、しばらくしてかけなおすが、出ない。
何かイヤな予感がした。
三時間ほど経って、もう今日は寝てしまおう、ユウもきっと寝ているに違いない、と思ったときに携帯が鳴った。
ユウからだった。
「もう、ユウ遅いー!!」
と言うと、電話の向こうから泣きじゃくる誰かの声がして、私は改めて
「もしもし?」
と聞いた。
「チカちゃん……」
その声はユウのお母さんの声だった。
「お母さん?」
「ユウが……ユウが血を吐いて倒れたの」
「ユウが?!どこの……どこの病院ですか?」
「日赤病院なんだけど、今入院のための着替えとか取りに来て、ユウの携帯を見つけたからそれで……」
「すぐ行きます!」
「いや、今日は命に別状はないとのことだから、一応報告しておかないと、と思ってね」
「でも……ユウが心配です!やっぱり今から行きます!」
「ユウは薬で眠っちゃったから、明日にでも、来てあげて」
「だって、ユウが!」
「先生が胃潰瘍かもしれないっておっしゃるから、命に別状はないと思うの。取り乱しちゃってごめんなさいね。あの子今まで大きな病気したことなかったから、びっくりしちゃって……」
「わかりました。明日伺います」
そう言って電話を切ると、私は心配で泣き始めてしまった。
お腹をなでながら、「大丈夫だよね?」と何度も聞いた。
◇
翌日、学校が終わると、真っ先に病院へ向かった。
受付でユウの病室を尋ね、エレベーターに乗って病室まで行った。
ユウの声がした。
「だから、胃潰瘍くらい気合いで治せるってば!俺、バンドのオーディションがあるから行かなきゃなんないの!」
それはユウのお母さんに向けた言葉だった。
病室のドアを開けると、ユウが顔をくしゃくしゃにして言った。
「チカ!俺、もうびっくりしちゃったよ!胃カメラってやつを初めて飲んだぜ」
ユウは元気だった。
私は拍子抜けしてしまい、その場にへたりこんだ。
「胃潰瘍だったの……?」
「おう、先生がそう言ってた。まさか血を吐くとは思わなかったぜ。最近ちょっと調子悪いかな、とは思ってたけど」
ユウはくしゃくしゃの笑顔のまま言った。
「どうも胃がおかしいな、トイレが細い便しか出ねーな、と思ってたけどさ」
「やだ、トイレの話なんて乙女に向かってしないでよ」
私は笑った。
――この時は、あんなことになるなんて、思いもしなかったよ。