Data.8
とりあえず空腹を満たすために街へ戻ることにした。それはいいのだが…
「ミズハ、街ってどっちだっけ」
「はい?何言ってるんですか」
まさかたったの二ヶ月で街の位置を忘れた。ミズハには素っ頓狂な声で返されてしまった。大丈夫か俺。
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「おー。久しぶりの街だ」
第一階層の入り口真上、階段を上がれば久々の街だ。青々とした空の下にある、この世界でもっとも大きな街。プレイヤー人数も最も多い第零階層〈始まりの街『ガリュータ』〉。それがここの名称だ。
そして、第一階層への階段があるここは街の最北端に位置している。零階層はフィールド全体が街であるためモンスターがリポップすることはない。そのおかげか、高台になっているここから見渡しても端は見えない。マップも全体図を表示できないほどの広さだ。
「さてと、じゃあ行きますか。あ、何か食べたいものでもあるか?」
「いえ、屋台売りのもので大丈夫です」
「そんじゃあちこち見て回りますか」
高台をおりて街中に入れば、あっちこっち賑わっている。やっぱり在人数が多い街なだけはある。特に鍛冶屋や防具屋などが目立つ。というか数が多い。大体7店舗間隔で一軒ずつ店がある。
「なんでこんなに店が…?」
「まあ、生産職の人たちは下の階層に行きませんから。他の人達が持ってきた素材を買い取ってそれを使って生産するのが基本です」
「へぇ、なるほど」
自分からは素材集めにいかずプレイヤーのとってきた素材を元手に生産活動する。そしてできたアイテムを売りに出して儲けたお金でさらに生産素材を買うと。
「ただ、トップ生産職や有名な生産職は攻略組の人たちに引き抜かれてしまってるのでこの街に残ってるのは中・下位生産職しか居ないんです」
「はあ?なんだそれ」
より上位の物を作れる生産職はトップのやつらに、ってことか?それはずいぶんとまぁ自己中なことで。
「じゃあこの街に残ってるのは初心者向けから中堅者向けの生産職しかいないって訳か」
「はい。しかもたまにトップの人達が戻ってくるんですけど、適当に育っている人材を見つけては連れてくんです。お陰でこの街には比較的弱いプレイヤーしか居ないんです」
「マジか…」
額に手をあててため息をつく。聞けば聞くほど衝撃的な話だな。プレイヤー人数が多いからまだ賑わってるが、この街、過疎ってきそうだな。
まあ、今はそんな話をしてもどうこうなる問題じゃないしまずは旨そうな屋台を探さないとな。辺りをグルっと見回す。
「おっ。あそこにあるじゃん」
ここはなんの店なんだろうか。えーっと、串焼き屋か。近づくと焼き鳥のような旨そうな匂いが薫ってくる。ビッグボアの串焼き、塩とタレか。ふーむ、一本100Eか。
「塩とタレ、どっちがいい?」
「そうですね、私はタレでお願いします」
「あいよ。おっちゃーん、タレと塩二本ずつくれ」
「毎度あり!兄ちゃんと嬢ちゃん、カップルかい?」
無精髭を生やしたおっちゃんから串焼きを受けとる。
「んー?そんなんじゃねェよ。俺たちの装備見りゃ解るだろ?同じ穴の狢だよ」
「あー、そういうことか。巫女と陰陽師は不遇って言われてたよな。でもよ、その職業を運営が作ったんならその職業でしか出来ないこととか有るんじゃねえか?ソコんとこどうよ?」
「さぁな?今のところは特にコレといった特徴も見つからねぇし、コレから地道に探していくしかねぇな」
「そうかいそうかい。んじゃ、その意気込みに期待してオレから一丁プレゼントしてやるよ」
「うん?」
そういうとおっちゃんは足元から箱を取り出した。中から出てきたのは…薙刀?
「これは?」
「オレが作った武器さ。一応、βではそこそこ有名な鍛冶師だったんだぜ?まあ、今も本職は鍛冶師だけどよ」
そう言って箱の中の薙刀を取り出しミズハに手渡す。武器のステータスを見て軽くびびった。
○「祈凰刀」 RANK:HIGH RARE 派類:霊刀(薙刀)
魔法・物理攻撃力上昇極大
重量:8 特殊効果:全状態異常無効
〈月夜見ノ加護〉夜戦時、防御力を4倍 製作者:タダラ
な、なんじゃこのステータス!?初心者に持たせるような武器じゃねぇよ!というかこの名前で鍛冶師って!
「おっちゃん、まさかあの『加護打ちの鍛冶屋』?」
「おっ。兄ちゃんもβテスターかい?これはβの時に最後に打った武器だ。手持ちのアイテムはそのまま引き継げるからこれだけ持ってきたのさ。若い奴等に餞別として渡すには豪華だろ?」
「マジか。俺は引き継がすに最初からスタートしたんだが…まさかタダラさんが屋台やってるなんて」
「そりゃあな。鍛冶師もいいがそれ以外のこともやってみたかったんだよ。だから今度は〈料理〉も取ってみてな。あとはトップのやつらから隠れ逃げたかったってのもあるな」
「アイツらしつけーんだよ」と頭を掻きながら苦笑している。成る程な。まさかこんなところで会えるとは思いもよらなかったのかよ。
「ツクヨさん。タダラさんってそんなに凄い人なんですか?いえ、まあこの武器を見れば解るんですけど…」
ミズハは困惑した顔で手中の薙刀とタダラさんを交互に見ている。
『加護打ちの鍛冶師』タダラ。βテスターの中でも武器を専門としていた生産職で、二つ名の通り製作した武器の殆どに何かしらの加護が附いた。武器のステータスが凄まじいのに値段は驚くほど良心的で誰もが手に入れたがったほどだ。ただ、この人は気に入った人にしか売らない性格でほとんどの人が手に入れられなかった。詰まるところ一見さんはお断りな人だった。
「へぇ、凄いんですね。でも、正直手持ち金が二桁なんですが…」
「いーや、気にせんでいいぞ。最初に言っただろ?それは嬢ちゃんにプレゼントするさ。これから頑張んな」
それを聞いたミズハは愕然としている。そりゃそうだ。こんな武器が餞別としてタダで手に入ったんだからな。驚くのも無理はないだろ。
「んで兄ちゃんには刀をやりたかったんだか…わりぃな。刀は一本もないんだ。すまねぇ」
おっちゃんは申し訳なさそうに頭を掻く。
「いや、厚意だけ受け取っておく。それに俺にはコイツらがいるしな」
そう言って背中の二刀の柄を撫でる。「黄泉桜」と「狐貂」。俺の最強のパートナーたちだな。
「そうか、そう言ってくれるとありがてぇよ。そんじゃ兄ちゃん。マップ出しな」
「ん?ああ、わかった」
メニューから街のマップを開く。するとピコン、と音をたてて街の路地に青いマーキングが表示された。
「そこに行けば俺の工房がある。素材を持ってきてくれれば何でも作るぜ。タダでとは言えねぇが安くしてやるよ」
「いいのか?悪いな、ありがとう」
「ああ、屋台にもたまに食べに来いよ。料理のレパートリーは増やしておくぜ」
「おう。また買いにくる」
屋台を離れてまた街中を散策し始める。まさかこんな出会いがあるとは。何が起こるか分かったもんじゃないな。
「こんなものが手に入るなんて思いもよりませんでした。タダラさんには感謝しないといけませんね」
「まったくだな。こりゃ期待に応えてかないと」
予想外のものが入手できたことに若干興奮しながらとりあえず話のできる店を探しに回る。しばらくしてから、街の南西部辺りでカフェを見つけたので、そこのテラスを借りることにした。
「それじゃあツクヨさんのこと、聞かせてもらっていいですか?」
「そうだな。どこから話そうか……」
その後はゲーム開始直後からシンフォニアに行くまでの経緯、シンフォニア内で何をしていたのか、俺自身のステータスについてすべて話した。若干疑わしげな目で見られたがなんとか信用してもらえた。
「つまり、通常フィールドではない場所で二ヶ月間、レベリングをしていたということですか」
「まあ、ちょっと違うが概ねその通りだな」
モンスターを倒してたわけではないのでレベリングといっても普通のレベリングとは異なってくる。というか、スキルの研究とかあっちこっちを散策してたりとか聖獣と遊んでたりとかそんなことばかりだった。
「まあ、大体わかりました。ツクヨさんのステータスを見れば一目瞭然ですからね。それでツクヨさん。一つお願いがあります」
「ああ。なんだ?」
まあ、大体予想はついているが。
「私と一緒に攻略してくれませんか?」
「それはつまり、このゲームをクリアするのを、ということか?」
「はい」
ミズハの目を真っ直ぐに見つめ返す。…どうやらこの子にも強い意思があるようだ。
「ああ。よろしく頼む」
俺は手を差し出す。その手を見ながら、ミズハは小さく微笑みながら俺の手を握り返す。
「はい。よろしくお願いします」
ここから巫女と陰陽師の快進撃が始まっていった。
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Story1 シンフォニア編 complete.
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Story2 四獣召喚編
All story ◼◻◻◻◻◻◻◻◻◻ Residue 10/100%
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