Data.3
周囲に静寂が訪れる中、俺はただ軽い足取りで刀と札を片手に森の中を歩いていた。状況的には非常に危険なのかもしれないがまったくもってその必要性は無し、というほど警戒を解いている。
まあ、その理由をたどれば今、俺の肩に乗っている生物のおかげである。
小柄な見た目で愛くるしい表情、頭を撫でると嬉しそうに尻尾を揺らす。何より特徴的なのがその金色の毛並みである九本の立派な尻尾。
「キューン」
「ほらほら、そんな喉鳴らすなタマモ」
そう、俺の肩に乗っているのは紛れもなく九尾の妖狐だ。
九本の尻尾をユラユラと揺らしながらその顔を俺の頬にこすりつけてくる。ハッキリ言うと、超可愛い。そりゃもう、他のなんて目に入らないくらい可愛い。
ここに至るまでの経緯を話すと――――――
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デスゲームの宣告がされた直後、広場には様々な者であふれかえる。
「おい、誰か!パーティーを組んでくれ!」
「こっちも頼む!特にソーサラーがほしい!」
そのうちの一角は、すぐにパーティーを組み始める者。
「やだよぉ。でたいよぉ。なんでこんなことになるのよぉ」
「どうすんだよ…。ここからでられないって…」
また一角は、現状況に絶望し、その場に崩れる者。
「俺は気楽に行かせてもらうかね。どうせゲームだし、そもそも本当に死ぬかなんて分かんねえし」
「ああ、そうだよな。たかがゲームだしな」
そして、まるでこの状況が冗談なのかと疑いたくなるほど気楽に進み始める者。
その行動は、あたり一面に多種多様、様々な人であふれかえっていた。そんななかでさらに浮いていた俺は周囲から様々な目線―――主に蔑むもの―――を浴びせられ、コソコソと陰口を言われている。
元々こう言ったものにある程度の耐性があるというものの、流石にこの人数から見られると多少は堪えるものがある。
「おい、アイツ見ろよ。陰陽師だぜ」「おう。他のやつ誰もいないのに自分でアレ選ぶとか馬鹿だよな」
「あーあ、アイツ死んだな。アハハハハ」「ま、陰陽師選んで災難だな。同情なんてしないけど」
大体がそんなようなもんである。今更ながら、俺も若干このジョブを選んだのを後悔している。やっぱり王道の戦士か魔術師にすればよかったか…?クソッ、色々と失敗したな。
そんな周囲の視線にさらされながら歩いてると妹と接触した。
「……兄さん」
「静葉か」
静葉の職業は、どうやら魔術師らしい。青紫のローブに身を包んでいて腰にスタッフをつけている。
俺の姿をジロジロと見てその表情を変えずに吐き捨てる。
「…まさか兄さんがそんな職業を選ぶとは思いませんでした」
「まあ、俺も陰陽師がここまで不遇職だとは思わなかった」
ハァ、と溜息をつくと一瞥してさらに進める。
「陰陽師なんて誰もパーティーに入れてくれませんよ。そんな足手纏い、邪魔でしかありません」
「そうか。今さらだがな」
「私も不遇職の相手など邪魔でしかありません。まあ、一人で頑張ってください」
「……」
何だろうか、無性に冷たすぎないか?俺何かしたか?
その場から去ろうとする静葉は俺に背を向けながらさらに吐き捨てていった。
「ここまで貴方が役立たずだとは。私はもうパーティーが出来てるのでそろそろ行かせていただきます」
去っていく静葉の先にはパーティーメンバーと思わしき数人の男女がいた。全員俺を心配そうに見るとペコリとお辞儀をして妹に続いて去っていった。
さっきから俺の中でモヤモヤと渦巻いているものがある。大体のことでは動じないが、流石に妹に言われると傷ついた。そして、そのせいで俺の中に出来た黒い感情。
憎悪。憤怒。怨恨。
そこまで酷くはないにしろ多少思うものは存在する。とりあえず、気分を落ち着かせよう。
始まりの街、≪ヒュドレント≫。この世界の第零層にしてゲーム内最大のセーフティータウンと、最終目的地。あの後一度、石碑を見たがそこにはプレイヤーの名前が一人一人掘られていた。上にプレイヤーネーム、死因、現在位置と書かれていた。どうやら死ぬとあの石碑に記載されるよう設定してあるようだ。
街の東部の高台奥、小さな湖がある。なんとなしに来てみたがコレといって特になにかがあるわけでもない。ただなんとなくフラフラと、歩いていたらたどり着いた。
これからどうするべきか。本来ならすぐにでもレベル上げに向かいたいのだが、一人で行けば途中、PKされる可能性も出て来る。
プレイヤー同士レベルの差がほとんどない今、何人かで襲われれば簡単に殺されるだろう。それは勘弁だ。しかしセーフティータウンにいる限りは殺される心配はないのだが、それではただの引きこもり。ここで引き籠っても仕方ない。
結局、どうするべきかはよく分からない。
「…とりあえずなんか食いてぇ」
湖を去ろうと立ち上がった瞬間。
「うん…?」
水面がチカチカ光り出し、触手のように出てきた光によってそのまま湖の中に身体を引き入れられた。
いつの間にか、俺の意識は闇に包まれた。
≪パッジヴ≪適合者≫を発動します。強制転移を開始します≫
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「…うん?」
目を開ければまた湖の目の前にたっていた。何があったかよくわからないが…。
そして、振り返ると同時に俺は驚愕した。
「なっ!?」
そこには、あるはずのセーフティータウンが存在していなかった。
どういうことだ…?ここは別の場所ってことか?
「おかしい…。何処だここは。景色はほぼ一緒なのに、なんでこっちが森なんだ?」
街のあったはずの方角には森しか存在してなかった。マップは機能していない。ということは、バグか?
結局、視界の端に表示されているフィールドの名称を見た。そこには……
「なんだよ、「対鏡の聖森 ≪シンフォニア≫」って…」
ここで、俺の裏フィールド生活が始まった。