Data.1
三年前、テレビで話題を呼んでいたとある研究所と機械会社がその歳月を費やして造り出した機械、仮想体感装置≪スキャルフ≫はついに市販物として売られる。その記念なのか、同時にネットではVRのオンラインゲームがサービスを開始するとゲーマーなどの間で話題となった。
今まで様々な分野から取り残されていたゲームに新たな技術が埋められた。元来存在していた3D技術などの比にならないほど精密に作られたデータの海の中に造られた仮想世界はどれほどのものか、その身で体感してみたい根っからのゲーマーやネットに入り浸った廃人たちはそのゲームが発売されるのを今か今かと待ちわびている。
そして今月、ゲーム会社である「Weldan社」がそのゲーム《Over Dead Online》の発売を宣言し、それに待ちわびた者たちはコレとばかりに掲示板などで歓喜を上げ、共に喜びあっていた。
β版をプレイした人たちも新しく実装されたであろう機能やフィールドを見たいようで、興奮を抑えられないような発言をしていた。
そして、それから二週間後、ついに《Over Died Online》、通称《ODO》は発売された。
――――――――――――
「そろそろ、か」
手に持ったディスクのパッケージを見つめながらぽつりとつぶやいた。
「たまにはこういうのもいいかもな」
ケースを棚にしまって椅子に腰を落とす。
ゲームのサービス開始まであと二十分。俺はヘッドギアを頭につけた。
俺こと「橘 月夜」は捨て子だ。生まれてすぐ、冬の寒い中、孤児院の前に捨てられていた。そして一歳のころ、今の両親である橘家に迎え入れられた。
その家には生れたばかりの妹がいた。父は普通の会社員、母は専業主婦だったが一種の異端である俺を本物の家族同然に育ててくれた。
俺は非常に運が良かったのだろう。もし両親の目に留まったのが俺でなかったとしたら引き取られたのは別の子だっただろう。
それを口にするとひっぱたかれたが。
そして今から六年前、俺が中学一年、妹の静葉が小学六年の時交通事故で両親は死んだ。信号無視でつっこんできた大型トラックにはね飛ばされて前の運転者席と補助席は思いっきり潰された。
俺と静葉は重傷を負いながらも命を取り留めた。
その後、事故の知らせを聞いた祖父母が俺たちを引き取った。祖父母は両親の遺体を見て泣き崩れた。遺体は潰されたにもかかわらずほぼ無傷であった。その綺麗な死顔は今でも忘れられない。
引き取り先が決まった後も半年間、俺と静葉は入院だった。まだ甘え足りない年頃の妹はショックで泣き続けた。ふとしたことで泣き崩れ、身体は痩せ細っていた。
そんな妹を見て、俺は病院の先生に妹と同じ部屋にしてもらうよう頼み込んだ。結果、二人部屋に移って静葉を看病しながらなんとか退院を迎えた。
中学三年の冬、俺は一人でもやっていけるように一人暮らしを決意し、祖父母に相談した。祖父母はその決意をしっかりと受け止めてくれ、止めるどころか頑張るようにと励ましてくれた。妹は一緒に行きたいと駄々をこねたが中学を卒業してからと約束して俺は家から遠く離れたマンションで一人暮らしを始めた。
始めた時は色々と苦労した。家事などは祖母から習っていたためできたが毎月の仕送り金と大型の段ボールいっぱいに入れられた野菜や肉、魚などの食べ物と日用品でやりくりしていった。
なるべく最小限で過ごしていたが仕送り金だけではどうしても足りなかったため俺はバイトを始めた。
こちらからも月一に祖父母に手紙を送り、妹には定期的に電話をかけた。電話している間の妹は非常に嬉しそうにしゃべっていた。
一年たち、俺が二年に上がると妹が自分の荷物を持ってやってきた。静葉のために一つ空けておいた部屋を渡し、兄妹二人暮らしを始めた。
俺は一人暮らしを始めたころからオンラインゲームにハマり始めた。廃人ほどには行かずともそれなりのトッププレイヤーとして活動していた。
そして、それからさらに二年。大学を受験し余裕で受かった俺は現在大学一年、静葉は高校三年。
静葉が一人暮らしを出来るようにサポートしながら同居させてもらっている。静葉が高校を卒業と同時に俺は別のマンションに移るつもりだ。その間に祖母から教えてもらった家事を俺が教えている。
ただ、最近は静葉が妙に冷たい。いや、まるで俺を突き放すような感じだ。
なにか手伝おうとすると「結構です」と一人でやってしまう。なるべく本人がそうしたいのだからそうさせているが多少心配はする。だが、まあそろそろ静葉も家事を完全に出来るようになってきたのでそろそろ俺も潮時かと思う。
静葉は非常に根が強い。一回始めたことは納得するまでやり通す。昔一緒にゲームをやった時、俺がラスボス相手にノーダメージでパーフェクト勝ちをしたら静葉も意地を張ってパーフェクト勝ちができるまでやり続けた。
俺も似たり寄ったりなのでそういうところは精神的に似たのかもしれない。
そんな風に考えてるうちに時計の針は真上を刺していた。《ODO》のホーム画面に事前のパスワードを入力してゲームを開始した。視界は徐々に暗くなり、やがて闇に包まれた。
――――――――――――
《Over Died Online》の世界は基盤である浮遊大陸 《ヒュドレント》の中に二十の地下層が存在し、それぞれにセーフティータウンとフィールド、そしてフロアボスが存在している。プレイヤーは一番上のゼロ層の下にある第一層から攻略を開始し、フロアボスを倒すごとに下のフロアへの道が開ける。下へ下へと進んでいき、最終的には最下層のラスボスを倒すというのがゲームの目的とされている。
最初に決めるのは職業で、戦士、魔術師、弓導師、僧侶、召喚術師、盗賊、付与術師、錬金術師、陰陽師、巫女の十種類の中から選ぶ。
陰陽師は男性専用職、巫女は女性専用職でどちらも似たような特性の職業だ。
【魔法】は基本、ソーサラーのみが使用することができる。それ以外は自身の腕でモンスターを倒さなければならない。【魔法】は無理だが、その代わり「スキル」と「パッジヴ」、いわゆる【技】と【称号】がある。上手くプレイできるかどうかはこのスキルをいかに使い分けできるかが分かれ道だ。
噂では陰陽師と巫女は中途半端職とされていたらしいが、俺はテスターではないためどれほどのものかは知らない。それに正式版から改善されているかもしれない。
迷うことなく陰陽師を選択し、「OK」を押す。
スタートメニューが消えると目の前に「Welcome to Over Died Online」という文字と無機質なアナウンス声が聞こえ、俺の視界は真っ白な光に包まれた。