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イミシュとちーちゃん  作者: 璃雨
イミシュなちーちゃん
3/3

バカな親友がアホにも足を滑らせて俺の袖を引っ張りやがったもんだから、この俺を巻き込むなと突き放す体勢をとればベタにもバナナの皮が地面に落ちていやがった。俺としたことがバナナの皮ごときで足を持っていかれるとはな。 ゴリラでも歩いてるっていうのか? あぁ? ふざけるなよ。ゴミはゴミ箱にいれるか持って帰るのがマナーと言うものだろうが。あぁくっそ思い出しただけでイライラする。バナナの皮も許せんが、元凶である足を滑らせたバカな親友はもっと許せん。


 なぜなら俺は今――。


「イミシュ?! あなたそんなに運動オンチだったかしらっ?!」


「だから俺はイミシュではない! 千尋だと言っているだろう」


「今はそんなこと行ってる場合じゃないだろう?!」


 巨大な化け猫……ならぬ魔獣とやらに全力で追われているのだ。


なぜこうなったんだと説明すると話は長くなるのだが、河川敷側へ転がったと思った俺はなぜか洞窟の端で横たわっていた。見知らぬ男女が「イミシュ」と呼び俺を支えたところで、目の前に10メートルはあろう化け猫が登場したのである。滑稽だろう? 目が覚めたら俺は化け猫と対峙してたんだ。普通なら取り乱しそうな場面であるが俺は冷静だからな、じっくり観察をして場を確認した。さすが俺だ。現状を理解し把握するのに時間は掛からなかった。両脇には耳の尖った女に、亜人のような毛ダルマ男、正面には歯をむき出しにして牙をむく二足歩行の化け猫。仕舞には傷を負った俺である。つまりこいつ(魂俺)は現在進行形で化け猫と戦い相当ダメージを受けていたが……何かの弾みで俺と入れ替わったということになる。頭がズキズキするんだが死にそうだからって逃げてんじゃねーぞこいつ。


「だめっ一度体勢を立て直しましょう!」


「イミシュ、逃げるぞ! あの魔獣、攻撃がまるで効いてない!」


「イミシュではない千尋だ……おぐっ!」


 自分のマントに足を踏みつけ、傷を負った前頭部分を強打した。くっそ……今ので頭割れたぞ! 身丈にあわんマントを羽織るなこいつは! 身長さばよんでんのか? なに考えてんだ!


「なにやってんだよ! ほら逃げるぞ!」

 

 毛ダルマ男に手を引かれ俺は洞窟を走った。仄暗い洞窟の中、絶え間なく足元がマーブル色に発光しているのだが、実に面白い。物理による振動によって石が圧力エネルギーを感じ取り石自体が発光してるのか、ファンタジーらしく石同士が共鳴し美しく彩っているのか謎だが興味深い洞窟だ。チラリと鏡のように反射した石が自分の顔を映し出したんだがまぁ俺じゃないか……。冒険者な格好をしているが、佐治千尋(つまり俺)にそっくりだ。一瞬俺なのか……? と疑ったが23年間の黒歴史ともに俺自身が経験し体験した思い出は残念ながらこの世界にはない。俺がこいつになったということは……こいつの魂はどこへ消えた。まさかと思うが俺の世界にいるんじゃないだろうな。しかも俺の身体に住み着いていたら許さんぞイミシュ。


しかしまぁこいつの身体は便利だな。疲れをしらないのかいくら走っても息が切れない。

体力バカという称号を与えようではないか。


「イミシュ! 前!」


「おぐっ……!」


 ガツン! と額が石とぶつかった。


 くっそ……! 俺としたことが目の前の石のでっぱりに額をぶつけるとは情けない。さっきから首より上がやられまくっているんだが恨みでもあるのか。


「にゃーごーろろろー!ぎゃにゃーーんじゅーだにぁー!」


 道がどんどん狭くなり行動範囲が制限された化け猫魔獣の可愛くも無い鳴き声が洞窟内に響いた。俺達は物陰に隠れ相手の様子を伺うのだが、あの化け猫魔獣は俺達を探しているようだった。


「にゃん、じゅー……?」


教育テレビの知る人ぞ知るあの語尾が、ダミ声とともに背後で聞こえたんだがこれは幻聴か? ん……いや違うな。よく聞くとギャーンジューともとれるな。いいわどっちでも。 にゃん、じゅー……か。そういえばアホな親友はあのネコ好きだったな。教育テレビのネコモドキを視聴しながら熱心に語って、いくつになってもあいつは……あいつのままだな。似てねぇモノマネを繰り返しやってきやがって「苦手なものは水だぎゃー」など悪ふざけも対外にしてほしいものだ。むしろ俺のが似てい――……お。



苦手なものは水……。ほぅ。そうか。もしかすれば。


「おい毛ダルマ。水魔法とか使えないのか」

「毛ダルマ?! おいおい相棒。おれはアクバルだって!」

 

 なんという事実。こんな毛ダルマが相棒とは……星戦争のアレのつもりか? アレ気取りなのかお前は。そのクソ汚ねぇ毛ダルマ剥いで毛皮にしてやろうか。


「クジラの魔法なら貴方のが得意でしょ! あなたどうしちゃったの?!」


 左耳からやけに甲高い声が癇に障る。声の高い女と高飛車な女は嫌いです。さらにその二つを奇跡的に兼ね備えたならもーと嫌いです。つまりこの女は嫌いだ。この俺と対等に立つなど笑止千万。


「女、黙れ。なんだクジラ魔法って。そんなメルヘンな魔法聞いたことも無い」


「女って失礼ね……。私はマニクよ! クジラの魔法も忘れちゃうなんて頭でも打ったの?」


「さっきから打ちまくっている。身体も知らん間にボロボロだ。この男は命知らずか? アホな親友よりアホすぎる」


「ねぇマニク……。今日のイミシュいつにもましておかしいよ……」

「そうね……。いつも変だけどね……」

「おい、聞こえているぞ」


コソコソしているつもりだろうが俺の耳にはばっちり聞こえる。悪口がよーく聞こえるのは仕様なのだろうな。


「いいからその、クジラの魔法を俺に教えろ」

「私に聞いたって魔法なんて使えないから知らないわよ」

「なん、だと……?」

 

 この女は耳が尖っているクセに魔法が使えないのか? エルフみたいなやつはオールマイティに動けなければおかしいだろうが。魔法が使えないのなら武術に長けている……ようにも見えん。布一枚でよく身体を隠せるものだな。俺から言わせれば色気だけが取り得のただのぺちゃぱい金髪女だ。尖った耳さえなければどこにでもいそうな顔だ。


「ちなみにアクバルも魔法は使えないわよ」

「戦闘は全部イミシュがやってるからな」


「使えねぇな!」


「知ってる!」

 

 異口同音で強気にいってきやがった。お前達が自覚しているなら俺は何も言うまい。


「なら魔法の言葉を教えろ。この男がクジラ魔法を使っているところは見てきているだろう?」


「それなら、確か……サケウ、メナ、ショウチュ、ウ、モウイッパイ」


「トメ、ルナ、ウル、セエだったね」


「アル中魔法だと……」

 

 酒うめぇな焼酎もう一杯、止めるなうるせぇ。に聞こえたんだがこのふざけた言葉が呪文だというのか? 一家の大黒柱が経営破綻し自暴自棄になったあげく酒付けになり女房が酒を取り上げれば男は逆上、互いに怒り狂いだす男女の情景が今の言葉で……見えたんだが。まぁいい。外国語が面白おかしく母国語に聞こえる場合と同じことだ。


この世界の慣わしならそれに従おう。


「いってくる」


 あの化け猫魔獣をやらなければ俺はこの洞窟から出られない。中途半端に逃げたこいつの変りに俺がやってやろう。


「バケネコが! こっちだ!」


 狭い空間を抜け俺は化け猫に向って言葉を放つ。とりあえず格好だけでも詠唱してます感を出すか。両手を化け猫へ向けて俺は言う。


「サケウメェナショウシュウモウイッパイ! トメルナウルセェ!」


「ぎゃーじゅー!!」

 

 昔、少年漫画に載っていた出来もしない必殺技をこっそり練習していた親友を冷ややかな目で見ていた自分を思い出した。俺が何をしたっていうんだこの辱め。失敗に終わった。ただ化け猫のテンションを上げただけだ。俺はすぐに二人のところへ戻った。


「お前ら俺をからかってんのか? この腰に下がった剣が本物ならこいつでお前ら刺すぞ」

「おっかしいな……確かにイミシュはそう言ってたのに」

「何か違うのかしら……」

「発音かなぁ?」

「でも、似てたわよ」

「クジラの魔法が使えなければ俺達は一生このままか……」


 さぁどうする俺。この男が使いこなせて、この俺が使えないなど認めない。


「……ん」

 狂瀾怒涛。ふと思い浮かんだ四字熟語。なぜこの時にこの言葉が浮かんだ? つまりはそういうことと受け取ってもいいのかクジラの魔法よ。


「ふふふふふ! 勝ったな!」


「アクバル……イミシュが等々おかしくなったわ……」

「うん……」


「行ってくる」

 二度目だが行ってくる。後は俺に任せておくがいい。クジラの魔法を皆伝した俺に化け猫魔獣などネコじゃらしにじゃれる猫にすぎん! 


「きょうろあば……!」


 ガツン!と傷を負って強打した前頭部を再び強打した。

 

「イミシュ転んでるよ……」

「かっこわる……」


 このマントめっ……! 化け猫退治が終わったら速攻短めに仕立て直してやる……! 


「ぎゃーんじゅー!!」


  四爪が地面を削ると宝石が舞い上がったようにキラキラと石が洞窟内に散らばった。派手に暴れ始めた化け猫魔獣の爪は確実に俺を狙っていたが俺が転んだ拍子にすかったようだ。やるな俺のマント。すぐに起き上がって俺なりにカッコイイと思うポーズをとった。やってるこっちはアホらしいが見た目は大事だろう?


「見るがいい、これが俺のクジラ魔法。狂瀾怒涛!」


 ただかっこいいポーズを取って四字熟語を言っただけだがな。効果は抜群だったらしく、俺を中心に二重丸の陣が浮かび上がり五方に凸状の模様が描かれると複雑な魔法陣が出来上がった。


「うぉっ?!」


 思いのほかに魔法というのは身体全体に重力を感じるらしく、手がフルフルと振るえ指先がビリリと痛んだ。

クジラの魔法に俺が押されているのか? バカ言え。ありもしないわけのわからん魔法に、この俺をねじ伏せれるはずがなかろう! 意気込んでさらに力を加えれば――。


ズバババだ。


複数に分かれた水の弾丸が化け猫魔獣目掛けて打ち抜けば怯んだ巨体はズドンと倒れた。


「さすが俺」

 

 コツを掴めばどうってことないな。楽勝だ。


「すげぇ……! イミシュ! 元に戻ったんだ!」

「毛ダルマ気安く俺に障るな。毛玉がつくだろうが」

「やっぱ違うや……」

「諦めましょう、アクバル。気難しいお年頃なのよきっと」

「うん……」


 駆けつけてきた外野がどうこう言おうと俺はイミシュなどではない。佐治千尋だ。


「ところで……俺はナゼここにいる?」


「えっ」

「えっ」

 

 驚きと困惑が交差する視線の中、勘弁してくれよと毛ダルマことアクバルが頭を抱えた。勘弁して欲しいのはこっちだ。



「イミシュが困ってる人をほっとけないからって悪さする魔獣を懲らしめにきたんだろー」


「ほう。王道だな。救世主きどりの善人か」



なるほどな。





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