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1話 目標に向かって

ひらり、ひらり。




彼は動けなかった。



桜が舞う中、一人の天使がいた。



そこだけが異世界のようで、彼は踏み入れることができなかった。



しかしそんな世界がぷつりと消える。




べしゃ




天使が転けたのだ。



周りがくすくす笑う中、恥ずかしそうに起き上がる。



彼も笑った。



だが、馬鹿にしたものではなく嬉しさからだった。



天使が俗世に落ちてきて彼でも追いかけることができるようになったように思えたから。



それでもとても話しかけることはできない。



天使はそのままの彼を好きになってくれるかわからないから。



だからただ、愛おしそうに見つめていた。



そして、それから約一年―――






◇◆◇◆◇






ここは鈴園すずぞの学園。


中高一貫の男子校である。


寮制度ではないのだが、女子との出会いが少ないせいか男に恋する少年が多い。


そして、クラスメートに恋する少年がここにもいた。




「今日こそ絶対…!」


「それ、何回目だ?」



力む寺田一成てらだかずなり内中悟うちなかさとるは呆れた。


その言葉はほぼ毎日聞いているが、未だに実行されていないからだ。


最初のうちは素っ気なくても応援の言葉をかけていた悟だが、面倒になった今は適当に流している。



「あ、相原が来た」



そこへガラガラと音をたて、小柄で少女のような少年、相原有紀あいはらゆきが教室に入ってきた。



「悟くん、おはよう。……あ、寺田くんもおはよう♪」


「あ…あああああー!?」



一成は顔を真っ赤にさせながらそのまま有紀とすれ違って外に出て行ってしまう。


そう、有紀こそが一成の想い人だ。


一年程前に一目惚れしてしまったらしい。


少しでも格好良ければ告白できたかもしれないが、残念ながら一成は平凡顔だ。


彼氏になれるとは思っていない。


だが今年は去年と違って同じクラスになれたこともあってせめて仲良くはなりたいと思い、その第一歩として目標を掲げていた。


だがいつも同じ結果に終わる。



「寺田くんは僕のこと嫌いなのかな?」



悟の側まで来ていた有紀は彼に上目遣いで尋ねる。



「気色悪い」



だが返ってきたのはハエを叩くように素っ気ない言葉だった。


有紀は涙を浮かべる。


その様子を見て慌てたのはクラスメートだ。



「おい、内中。相原を泣かせるんじゃない」


「相原は泣いてないけど?」


「今にも零れそうじゃんか、涙が」



悟は五月蝿く言うクラスメートに幾分ウンザリしている。


例えば一成が泣きそうになったときは何も言わないくせに有紀の時だけ言うのだ。


虫酸が走る。


だがそれはクラスメートに対してだけではなかった。



「…俺、一成を迎えに行ってくるわ」



口実ではあるが、一成の事が心配なのも嘘ではない。


早く迎えに行かなければ授業にも間に合わない恐れもある。



「そういう事は止めろ。後悔するぞ」



悟は立ち去る前にそう呟いた。


有紀にはそれが独り言であったのか、それとも有紀に向けて言ったのかわからなかった。


ただ止めろという言葉に従えないのは確かだった。



「嫌だよ、だって……こうでもしないときっと見てもらえないもん」



悟は既に教室を出てしまっていたため、その小さな反論は届きそうにもなかった。






◇◆◇◆◇






一成は化学室の前にいた。


何故か一成が逃げ込むのはいつもここだ。


あまり使われていないため大抵は誰もいない。



「ええと…し、失礼しました!」



しかし今回はドアを開けている最中に先客がちらりと見えた。


途中で慌てて閉めようとしたが間に足を入れられ、動きを止める。



「私に遠慮せず入ってきてもいいですよ。と言ってもここは私室ではありませんが」



てっきり怖そうな人がいるのだと思っていたのだが、半開きのドアを全開にする人物は綺麗な人だった。



「ありがとうございます、……ええと、不良さん…?」



そう言いながら首を傾げる。


すると不良(仮)は背を向け、無言で黒板の前まで歩き出した。


一成はその行動に戸惑いながらも後に続く。


ぴたりと足を止めた不良(仮)の肩をよく見ると小刻みに震えていた。


どうやら笑いをこらえていたようで観念するかのように一成に向き合った。



「ははっ、すみません。不良と言われたのは初めなもので。確かに授業をサボるつもりなので不良かもしれませんね。それでは君は不良くん二号ですか?」


「しっ、失礼しました!」



ポロリと口にしてしまったのだが言われて嬉しい事ではないと気付いた一成は勢いよく謝る。



「いっ!?」



だがそれは額を目の前にあった机に思い切りぶつけることとなる。


豪快な音と比例して涙が出そうな程痛かった。


それが不良(仮)にはツボだったのか大爆笑である。


一成は恥ずかしくなり赤くなった顔を隠すように下を向く。


不良(仮)の笑いは五分ほど止まらなかった。


その時間が一成にとって気まずいものだったのは言うまでもない。



「二度も笑ってしまい申し訳ありません。私は三年A組の新屋綾姫あらやりょうきと申します。貴方のお名前は?」


「僕は…二年C組の寺田一成です…。あ、僕が悪いのでさっきの事は気にしないでください」



むしろ忘れてくださいと続けたかったが、却ってより印象付けてしまいそうな気がしたので止めた。



「私のことは綾と呼んでください。そして貴方のことは…一成くん、とお呼びしてもよろしいですか?」


「あ…あの、では綾先輩と呼ばせていただきます。僕の呼び名については構いません」


「綾先輩、ですか…」



その控え目な態度は綾姫には新鮮で驚かされた。


容姿のせいか初対面でも綾姫と了承なしに呼ばれ、なんとか説き伏せようとしても結局妥協してしぶしぶ綾と呼ばせるようにしているのだ。


綾姫がいつも望んでいる程度の付き合いから始めようとしてくれているにも関わらず、そんな一成の他人行儀な態度にもどかしさを感じた。



「申し訳ありません。いくら本人に勧められたからといって初対面では図々しかったですね。やはり…」


「あ…ああ、違います。それでも構いません。むしろ言葉遣いも崩してほしいくらいです」



そんな気持ちが表情に少し出ていたらしく、誤ってそれを解釈した一成は自分が悪いのだと思い、さらに遠ざかろうとする。


綾姫はそれを阻止した。


慌てていたせいか思っていたことをそのまま言ってしまう。


らしくないと綾姫は自身のことを思った。



「え、しかし…」


「私からお願いしているのですから遠慮なさらないでください」



言ってしまったのだから、と綾姫は強気な態度でそれを勧める。



「うう、努力はします……じゃなくて、するよ」



ただでさえ最初が失礼だったのにそんなことはできない、と訴え続けたが結局一成が折れた。


こうして二人が自己紹介を終えたその時だった。



「一成、早く教室に戻らないと一時間目が始まるぞ」


「あ、悟!」



悟がいつものように教室に帰ってこない一成を迎えに来た。


話し声で誰か一成の他にもいること察していたのだろうか。


いつもとは違い、直接ではなくドア越しに教えられる。



「綾先輩、そういう事なので僕は失礼させて…じゃなくて行くね」


「おや、ここでサボるつもりではなかったのですか?」


「ち、違います。その…」



そのまま言いよどんでしまう。


正直にここへ来た理由を言うのは気恥ずかしい。


一成は顔を赤らめた。



「時間がないようですから今日は見逃してあげましょう。行ってください。でも訳は今度会ったときでも聞かせていただきますよ?」



そう言われ、まごついていた一成は口をポカンと開けて停止してしまう。


それが面白かったらしく、今度は控えめに綾姫は笑った。



「またお会いしましょう、ということです。それよりも早く行かなければお友達にご迷惑をお掛けしてしまいますよ?」


「は、はい!ありがとうございました!!」



確かに時計を見ると授業まであと五分しかない。


一成は促されるまま急いで化学教室を出た。



「遅くなってごめん、悟」


「いや、それは良いけど…誰かと一緒だった?」



そう言われ一成は歩きながら綾姫の事を話し出した。



「新屋綾姫先輩っていう人と知り合ったんだ。綺麗で丁寧な先輩だったよ」


「新屋綾姫先輩!?」


「知ってるの?」


「知ってるも何も…有名な先輩じゃないか」



どう有名だとは言えない。


純粋な一成には刺激が強すぎる。


本人と直接話した事がないため断言できないが、噂通りなら是非とも一成には近付かせたくない相手だった。



「これまた厄介な奴じゃないか。しかも丁寧…ね。このことをあいつに知られたら俺、確実にボコられるな」



一成には聞こえないような声で呟き、悟は密かにため息を吐いた。


一方綾姫は一成が去った後も扉をじっと見つめていた。


しかしふと何か思いついたのか携帯電話を取り出し、操作しだした。


どうやら電話をかけているようだ。


それは数コールで繋がった。



『もしもし』


「もしもし、裕司ゆうじさん。り…」


『綾!?』



何を驚いたのか裕司は叫んだ。


電話越しではあるがその声で綾姫は耳が痛くなった。



「そう…ですよ。ディスプレイに私の名前が表示されたはずですからそれ程驚くようなことではないと思うのですが…」


『ま、普通はな。せやけどな、電話はあんませえへん綾の携帯の通話履歴を見てその携帯で自称綾の恋人から俺が何回電話受け取ったと思ってんの?』


「何ですか、それ。そんな事は初耳です。勝手に人の携帯を盗み見るなんて犯罪ではないですか…」


『俺に言うても知らんって。むしろこっちも被害者や。ま、気持ちはわからんこともないから怒ってへんけどな』


「それはご迷惑をお掛けしました。申し訳ございません」



今度は違う意味で耳が痛い、と綾は見えない相手へ苦笑いする。


『で、綾が電話してくんの珍しいやん。どないしたん?』


「先程可愛い子を見つけたので何方かに報告しようと思いまして…」


『ふーん、ほな話し相手の人選間違うたな』


「いえ、あえて裕司さんにしたのです。初恋の人以外にも興味を持ってほしいですからね」


『別にあの人は関係ないやろ。…まあ話は聞いたらんこともないけど。で、どんな子なん?』


「顔はどこにでもいるような子ですが反応が面白い子でした」



つらつらと先程までの出来事を事細かに話す綾姫。


そしてもう少し一緒にいたかったということを最後に告げた。


裕司は思った。


綾姫が他人を気に入るのも珍しい事ではないのかと。






◇◆◇◆◇






二人はなんとか一時間目の授業に間に合った。


遅れたら申し訳ないと思っていた一成はほっとした。


そうこうしているうちに昼休みになる。


昼御飯を食べ終わり、ふと有紀の席の方を見ると珍しく一人っきりだった。


一成はなるべく人気が少ない時を選んで話し掛けようとしているのだが、特に昼休みは人だかりができていて近付くことすらできない。


誰かが来る前に話し掛けようと思い、悟を見た。



「僕、今度こそ頑張るよ」


「ああ」



一成は緊張で足が竦みそうになりながらも有紀に近付いた。



「なっななななな……何してるの?」



最初は有紀を方を向いて言っていたが、すぐにくるりと回って後ろにいる悟を見て言う。


当然その問いかけは悟にしているように見える。



「何って、お前と一緒にいるけど?」


「そう…だよね…」



もう何度目かわからないが一成は自分の意気地のなさを情けなく思った。


悟も何故こんな展開になったのかわかっているらしく笑っている。


怒ってはいないのだがそんな悟に一成はもうっ、とでも言うように形ばかりの膨れっ面を見せた。


そんなやりとりをしている間にクラスメートの楢原ならばらが有紀に近付いていった。


一成が折角の機会をふいにしてしまった事を残念に思ったその時だった。



「痛っ」


「ど、どうしたの大丈夫!?」



こんっ、と音がしたと同時に悟が額を押さえた。


どうやら何か小さな物が飛んできて当たったようだ。


跳ね返って転がったそれを確かめに行くとくるくると回転していた。


消しゴムだった。


拾ってよく見ると丁寧に"相原有紀"と名前が書いてある。



「こここれ、相原くんの!?」


「いや、書いてる名前を見りゃわかるだろ」



悟の意見は尤もだった。


だが信じれない幸運に尋ねられずにはいられなかったのだ。



「僕が返してきてもいい?」


「そうしてくれるとありがたいかな」


「じゃっ、じゃあ返してくるね!」



逸る気持ちを抑えられるだけ抑えて一成は楢原がいることにも気にせず再び有紀に近付いた。



「ここここっこっこ…ここれ!」


「あ、寺田くんが拾ってくれてたんだ。ありがとう。今度は人に物を、それも他人の物を投げちゃ駄目だよ、楢原くん」


「そうだよな、相原………って俺、何かした!?」



有紀に満面の笑みと共に御礼を言われ、一成はいつも以上に火照った。


もちろん一成の脳内は有紀と二人の世界で、楢原の言葉を聞いていないだけでなく存在すらしていない。



「どっ、どいたましてっ!」



そう言うや否や悟の手を引っ張って教室の角に走っていく。


楢原の存在は最後まで綺麗さっぱり無視された。



「さ、悟っ。僕、相原君と喋れた!」


「はいはい、悲願達成だな」


「ありがとう、悟のお陰だ!」


「…そりゃ痛い目に遭った甲斐があったよ」



悲願―――それは有紀に話し掛ける、という目標のことだった。


同じクラスになって一ヶ月過ぎたばかりではあるがそんな初歩的な目標が達せなかった訳で先が思いやられる。


それも会話と言えるものか微妙なものだ。


それでも一成にとっては嬉しいことであったようで感極まり、悟に抱きついた。


興奮して周りのことを気にする余裕がない一成は気付いていない。


二人の方へ冷たい視線を送っている者がいることを。



「痛いからそろそろ離れてほしいな…」


「あ、ごめん、痛かった!?」



ぼそりと言ったつもりだったが密着していた一成には聞こえたらしい。


慌てて離れる。


その後も悟はボソボソと何かを呟いていたが生憎一成には聞こえなかった。

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