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その4 横転ゴジラ


「あんた達、講義サボりー?」とか言われるのを想定していたらいきなり「あんた達、無事だったの!?」ときた。なんじゃそらって呆然とするおれと美里。

「・・・?なにが?」

美里が口を開く。

「・・・東都線で横転事故が起こったったい。」

慶二が説明してくれる。背も高く、顔もなかなかに整ってはいるが、熊本生まれの名残が残っている。

「横転事故?」

「そう。つい15分ぐらい前だから詳しい情報は入ってきとらんけど、東都線の急行で。」 

東都線で横転事故?ついさっき?

東都線はおれ達がさっきまで乗ってた線だ。

・・・じゃああの電車が?おれ達と一緒に乗っていた乗客のほとんどが巻きこまれったってのか?マ、マンガとかではよく聞くけど、実際あるもんなのかそんなもん・・・。

突然のことに狼狽しているぞ、おれ。当然だけど・・・落ち着かせようとするのには時間がかかる。

・・・・すー・・・はー・・・すー・・・はー・・・。

・・・・いや違う。15分前って言ったら・・・おれ達が降りてすぐだ。あれじゃない。

第一おれ達が乗ったのは快速だ。急行は・・・・おれ達が乗るはずだった一本前の列車。美里が耳鳴りがするって言うから乗り逃してしまった電車。乗れていたらもう10分は早くここにこれていた電車。・・・・乗ってたら、どうなってた?・・・美里の耳鳴りがなかったら、どうなってた?

背中を嫌な汗が伝う。

乗っていたら・・・。いまごろ病院のなか?はたまた車両に閉じ込められたまま?あるいは・・・・霊安室?うわああああ・・・・。全部いやだあ・・・。

でも同じホームにいたあの人たちはそんなこと微塵も望んでもいないのにそこにいる。なんて偶然。なんて幸運。・・・なんて理不尽。

いや、まてまてまてまてまてまてまて。冷静になれって言ってるだろ。

15分前に、と慶二は言った。

15分前にあの急行が事故に遭ったと言った。

15分前なら神が谷駅を過ぎたところで横転したはずだ。

神が谷駅で降りるおれ達はそもそも事故には遭わないじゃないか。なーんだそんなに冷や汗ものと言うわけじゃんか。ふー・・・。

なんだ・・・・あれ?なんだ?じゃあこの得体の知れない悪寒は・・・なんだ?

この危機感はなんだ?このとめどなく溢れる冷や汗はなんなんだろ?おれ達はどう転んでも事故には遭わなかった。そうだ。なにを危惧する必要がある?冷静になれ冷静になれ冷静になれ・・・ビークール。・・・・それでも冷や汗は止まらない。

どこかずれているのか?そもそもこの冷や汗、嫌な予感、嫌悪感、危機感、の出所はそこじゃないのか?論点がずれているのか?だから安心できないのか?なんか横転事故以外でこんな思いすることがあったっけ?それに気づかないだけ?そんな気がする。


「乗客はどうだったの?」

美里が訊く。

「まだわからないけど・・・死傷者はかなりの人数になるってよ・・・。」

てことはあのときホームにいた人のかなりが・・・。

「にしても、ホントびっくりしちゃったよ!美里の携帯に電話してもつながんないしさ!」


ふー。固まっていた場の空気を茜がほぐしてくれた。さすが自称「希代のムードメーカー」

「だって、電車の中では電源切るよ?」

「模範的だねぇ。あたし切ったことないよ。」

「そのくせおれの携帯がなると怒るつたい。こいつ。」

「だってマナー違反じゃない。切らなくてもいいけど鳴らしちゃダメなんだって。」

「なんねそれ・・・。鳴るモンはしょうがなか。」

「鳴らないように気をつけなさいよ。」

「お前からの電話で鳴ったときもあったとだけど?。」

「ん・・・、で、でもそれは分からないからしょうがないじゃない!」

「そのあと『電車だったから出られんかった』って言っても『あたしからの電話はとりなさいよ!?』。」

「・・・・・。ごめん。」

うむ。一件落着ってやつか。・・・やつか?


てなわけで午後の講義。

さっき、命の危険を感じたせいか、授業に集中できない。いや、まあ、いつものことなんですけどね、はい。講義も右から左へってやつだ。

考えてみたら今朝だけではない。 

昨日は自分達のすぐ近くで・・・殺人が起きた。殺されたのはまったく知らない赤の他人ではあるが、ニュースの中でしかなかった「殺人」という言葉がえらく接近してきた感じ。

ニュースという言葉が頭に浮かんだので、べつにばれても何も言われないが、一応隠して携帯を開く。昨日の殺人に関してのニュースがあるはずだ。多分。

お、あった。

『塚谷市のアパートで殺人事件』12月○日


 本日10頃、西平市のアパートで殺人事件が発生した。同アパートの大家が大きな物音を聞き、警察に通報、発覚した模様。

被害者は立川 澄子(38)風俗店勤務。高島会系暴力団との接点があり、事件との関連を調査している。被害者の死因は首を鋭利な刃物で切られたことによる出血性ショック死とみられる。凶器は見つかっていないが、被害者宅の包丁がなくなっているため、これを凶器とほぼ断定した。凶器があらかじめ用意されていないことから計画的な犯行ではなく、突発的なものと思われる。

聞き込みによると被害者は金銭トラブルが多く、事件当日にも取立てがあったとのこと。その取立てをしていた暴力団員、西 波彦(44)を重要参考人として現在取調べ中。 


もうひとつある。まだ一日しかたってないのによく情報がまわるものだと感心するね。


『塚谷アパート殺人事件、容疑者逮捕』12月×日@


昨日発生した塚谷市の殺人事件の重要参考人、西 波彦(44)が犯行を自供。さらにその供述に犯人しか知りえない内容があったため、逮捕した模様。

供述によると、被害者の立川 澄子(38)は西容疑者の所属する高島会系暴力団に多額の借金があり、返済が滞っていた。立川容疑者が返済を要求しても支払わないため、カッとなり、殺害したとのこと。


・・・なんだもう解決しちまったのか。犯人が捕まったということに安堵感が生まれる。

でも、発生から2日とせずに解決。警察にとってはかなり楽な事件。マスコミにとってはたいして面白くもない事件。ニュースをみてる側にとってはどうでもいい事件。・・その事件のまわりにいた人たちにとっては、やたらとショックの大きい事件。

殺人なんて言葉はもうニュースやなんかで腐るほど使われて、もう飽き飽きしてしまっている。でも、こんなショックが毎日毎日何回も生まれているかと思うと日本って大変な国なんだと思ってしまう。けっこうそれって大切なことなんじゃないのか?なんて珍しくしんみり真面目なことを思ってたらメールが来た。美里からだ。

『あの事件の犯人、捕まってるよ!』

美里も同じことを考えていたらしい。思わず苦笑してしまうね。『おれもニュース見てたよ』っと。

殺人と電車の事故。

なんかすごい2日間だな・・・。

ニュースじゃ定番のことでも実際体験するとなんか悪いモンに憑かれてるんじゃないか?とか本気で思ってしまう。ぼーってしてるとなんだかんだで講義も終わってしまった。こうしてると意外と短いな。

今日の講義はとりあえずこれで終わりだな。ほんとはもうひとつあるのだが、講師が休みのため休講になった。

美里と茜はまだ講義があるので慶二とお茶でも飲もうか。


「また休講か?」

「あの先生も長くなかね。」

「そうだなぁ。もういくつだっけ?80近いって話だけどな。」

「たしか78・・・だった気が。」

「78ねぇ。おれのばあちゃんより年上か・・。」

「へえ、若かね。18の孫がいるにしては。」

「つっても75だけどサ。たしか。」

「よく覚えとんね。おれは親の年も危なか。タツミは律儀だな。意外と。」

「そーゆーのは自分と何歳はなれてんのかを覚えたほうがいいんだよ。自分の年は忘れないだろ?」

「なるほどなぁ。頭の片隅に覚えとくよ。」

なんて話しながら慶二はなにやらちまちまとしたことをやっている。

「おまえ、器用だな。」

慶二はストローの入っていた紙を折って器用に五角形をつくっている。\

「すごかろ?」

なんか満面の笑みで返された。なんかエライうれしそうに見せてくる。

「・・・すごいけど、なんか似合わない。」

あ、なんかすごい不満そう。そりゃ身長180の男がちまちまとストローの袋で遊んでたらそう思うさ。

「・・・器用だよなー。慶二。」

・・・にっこり。

「ふふふ。レパートリーは数多。折り紙、かくし芸、一発芸等々・・・なんか教えてやろか?」

「いいよ・・・。不器用だからさおれ。」

「美里に見せてやればよかとに。あいつ喜ぶだろうも?」

「・・・やっぱり茜にも結構やって見せるのか?」

「おう。あいつはなかなかいいリアクションをしてくれるけんな。」

なるほど・・・昨日、茜が昼飯んときにやってたのはコイツに仕込まれたのか。納得。

「そういえば、昨日は大変だったらしかね。」

「茜に聞いたのか。まぁったく、殺人も身近で起きると洒落になんないよなー。」

いや、ほんと。

「美里は大丈夫なん?隣だったんだろうも?」

「ああ、アイツはずぶといから大丈夫だろ。なんか耳鳴りがするとか言ってたけど、そーゆーのはいつものことだしな。」

「耳鳴り?ああ、それで電車に乗り遅れたんだったな。」

「駅に着いたら急に酷くなったらしくてさ。」

「・・・耳鳴りとかって精神的な理由で起こることもあるらしかよ?なんだかんだでショックだったんじゃなかと?」

「・・・なんかおれよりもお前のほうがずっと美里のこと考えてんなぁ。」

慶二は声をださずにふっと笑う。

「んなことなかろ。おれはあいつの考えてることはさっぱりわからん。」

「まあ、茜が単純なだけじゃないか?慶二君はそこに惚れちゃったのかな?」

「お互い様さ。」

「はは。・・・しかし、講義受けてるときは速かったけど、待ってると長いな。」

「たしかにただ待つ一時間半は長かごたんね。小学校のときの、倍以上の時間だな。考えてみれば。」

「小学校か・・・。楽だったなぁ・・・。45分授業が懐かしいぜ。担任の鈴木先生、綺麗だったなぁ・・・。あー・・・。ヒマだなー・・・・。・・・慶二、やっぱりなんか小技おしえて?」

慶二は懐から折り紙を出しながら言った。

「よし。ゴジラの折り方を伝授しよう。」

「いつもそんなん持ちあるいてんのか・・・?」

やっぱり似合わねぇ・・・。


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