その3 耳鳴りとしりとり、そして誰それ?
「・・み!・・て・・・!」
・・・ん?
「タツミ!起きてってば!」
「んあ?」
と、いうわけでおはようございます。タツミです。はい。
今日は月曜日。昨日は日曜日だったから当然だね。うん。
月曜日ということは、今日は大学に行かなきゃならない日。
「ほら、起きないと講義間に合わないよ?」
「・・・いい。講義はいい。」
「昨日のお味噌汁持って来ようか?自分で言うと悲しくなるね。」
「・・・はい。起きます。」
おれ達の大学はこの塚谷駅から5つ離れたところにある。15分かかるかかからないかってとこだ。
大きい駅でもなく、複数の路線が通る駅でもない。
ただこの辺は住宅が非常に多いので結構利用する人は多い。今日も通勤時間よりやや遅めの時間にもかかわらずホームには相当な人数がいる。
ふと、横に美里がいないことに気づく。さっきまですぐそばに居たのにな。
「美里?どこ行った?」
返事は聞こえない。うるさい駅のホームに居るわけだから当然と言えば当然だが、なにかいやな予感がする。
「美里?」
辺りを見回してみる。・・・・・・いた。壁に寄りかかって頭を抱えている。
「おい、美里!どうした?頭痛いのか?」
「あ、タツミ・・・。耳鳴りが、すごくって・・・。」
「耳鳴り?大丈夫なのか?」
美里の耳鳴りは決して珍しいことではない。とくに人ごみではときどきなるらしい。でも頭を抱え込むほどの耳鳴りなんて滅多にない。
「ごめん、ちょっと、大丈夫じゃ、ない・・・。」
ついに座り込んでしまった。
「お、おい!」
もう少し静かなところに行ったほうがいいのかもしれない。美里に肩を貸してエレベーターまで歩く。改札ならまだホームより人は少ないだろう。幸いエレベーターはすでに来ていたので乗り込む。
他には誰も居ないエレベーターが動き出した。
「・・・あ、少し楽になってきた。」
「そうか。よかった。」
チン!駅のエレベーターはあっという間に上についてしまった。とりあえず改札に出る。
「大丈夫か?」
美里はもう頭を抱えていない。
「うん。すーっとなおっていった。・・・ごめんね心配かけて。電車も行っちゃったね。」
たしかにたった今、乗ろうとしていた電車が行ってしまったようだ。
「なおったんならいい。電車は次のに乗ればいいさ。なにか飲み物買って来るけど、コーヒーでいいか?」
「ミルクティーで。」
本当に良くなったみたいだ。よかったよかった。
ミルクティーを買って、次の電車に乗り込んだ。椅子はひとつも空いてなかったから入り口のそばに立つ。
「なんだったんだよ。耳鳴りは?」
「さあ。たまーにあるの。ご心配おかけしましね。」
まったくだ。当の本人は何も無かったかのようにへらっとしてる。何だこいつは。
「暇なんだけど、タツミ。」
「別におれは退屈してないな。」
「しりとりしようよ。」
・・・何だこいつはその2。
「なにをいきなり。」
「暇なんだもん。いいでしょ?」
「・・・こうさ、窓から過ぎ行く景色を見て考え事にふける、みたいなのはないのかよ?」
「ないよ。いつも同じ景色じゃない。」
「・・・じゃあ、今後の日本経済におけるなんたら、みたいな大学生らしい話題とかさ。」
「・・・してみてよ。」
「・・・・え?」
「今後の日本経済のお話を聞かしてよ。」
はい、すいません。無理です。
「・・・しりとりって絶対勝敗が決まらないで終わるじゃんか。」
「あ、じゃあ、歴史上の人でしりとりは?」
「・・・ここでやるの?」
「やるの。ドンキホーテ」
始まってしまったみたいだ。しかし、なぜにドンキホーテ?
「テ、テ・・・・デでもいいのか?」
「いいよ。」
「デ、ディズニー」
「二宮尊徳。」
「・・・だれ?」
少しも悩むことなく出した名前がそれか。
「江戸時代の農政家さん。」
「ふーん。く、く、楠木正成」
対しておれはメジャーなのしか出てこない。本気でやったらおれが完敗するんだろうな。
「ケネディ」
ちなみにこの場合は”ディ”ではなく”イ”である。
「板垣退助」
石田三成と言おうと思ったが、”け”を二回連続で言ってみる。せめてもの攻撃だ。
「また”け”なの?ん〜〜・・・っと。」
お、悩んでる。
「どうした?出てこないか?ふふふふ・・・。」
まあ、おれも浮かばないけど。
「んと、じゃあね、玄奘」
「・・・ゲンジョウ?だれだっけ?」
「西遊記の三蔵法師のモデルになった人。」
「へぇ〜。う、う、運慶」
「い?井伊直弼」
「・・・”け”?」
・・・やられた。”け”で返されてしまった。
「け、け、け、け、け・・・けぇ?」
「GIVE UP?」
「・・・う、ん。あー、くそ!ギブ!“け”なんてもういねぇよ!?」
「ゲーテとか?ケプラーとか?」
「どちらさん?」
「ドイツの作家とドイツの天文学者さん。」
「あ、そう。」
知るか・・・。いや、ゲーテは聞いたことがあるかも。
そろそろ駅に着く。
『神が谷〜神が谷〜。お降りの際は・・・』
「ついたね。今日はあたしの勝ちと言うことで。」
「わかったよ。ケプラー・・だっけ?そんなやつしらねぇもん。」
うちの大学、神が谷大学はいいのか悪いのか、駅のすぐ近くにある。便利だが電車の音がうるさいポジションだ。もともとアパートをぎりぎりに出てきたうえに電車を一本逃がしたため、到底講義には間に合いそうもない。遅刻はいやだから休むことにしよう。
茜と慶二がいるであろう食堂(美里と茜はカフェと呼ぶが、おれと慶二は食堂と言う)に直行する。あの2人はたしかこの時間に講義はないはずだ。
予想どおり、2人は窓際の定位置に陣取っている。あ、ちなみに慶二と茜は付き合っているから話しかけるには細心の注意を払う。以前、喧嘩中に割って入ってしまったらしく、散々な目にあった。おれと慶二は大学で知り合った友達で、美里と茜は昔からの友人らしい。なんだかぐるぐる回っている相互関係。
とくに言い争っているようでもないので2人に近づいていく。すると茜がこっちに気がついてはっとした表情でこう叫んだ。
「あんた達、無事だったの!?」
・・・? なんだそれは。
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