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Lesson:06

「ありがとうございます」

 耐えられないほどにお腹がすいていたのもあって、素直に受け取って道端に座り込む。

 いつの間にもらったのか、小さめのあぶり肉を手にした少年も、嬉しそうに隣に座った。


(これ、手でいいのか?)

 フォークやスプーンは無いのかと辺りを見回したが、食べている人はみな手づかみだ。何種類もの道具を使い分けろなどという小うるさいことは、言わない文化らしい。

 ならばと遠慮せずに手づかみで口に運ぶ。


「美味しいな、これ」

 火を通した何かの野菜と果物らしき甘いもの、それに肉を混ぜ合わせたものなのだが、さっぱりとしたソースが謎の材料に良く合っていて、幾らでも食べられそうだ。

 空腹だったのもあって、先程もらったパンも出して平らげる。


「美味しかったです」

 言って皿を返そうとすると、また盛り付けられた。おかわりしたいと勘違いされたらしい。


 ――かえって良かったが。


 これ以上ないというほど空腹だったので、正直なところもう少し食べたいと思っていたのだ。

 あきらの食べっぷりが気に入ったのか、屋台の女性がバンバンと背中を叩く。それをちょっとだけ迷惑に思いながらも、二皿目も平らげた。

 何とか日銭を稼ぎ、お腹も満たされて、やっと気持ちが落ち着いてくる。


 あきらは改めて辺りを見回してみた。

 ちいさな小ぢんまりとした、町というより村だ。石造りの素朴な家々はだいたいが二階建てか三階建てで、くっつくようにして立っている。

 市場があるこの広場は人通りがけっこうあるが、町の人口自体は多くなさそうだ。


 事実町行く人々は、顔見知り同士が多いようだった。通行人同士もけっこう挨拶を交わしては立ち話をしているし、屋台の女性はひっきりなしに声をかけられている。

 のどかな中世ヨーロッパの田舎町。全体としてそんな印象だった。きっと住んでいる人たちも、東京よりは素朴だろう。


 ただそれでも、「言葉が通じない」という事態は重くのしかかっていた。

 こちらの意思が伝えられないのだから、文字通り話にならない。少しでもいいから言葉を覚えるよりほかなさそうだ。


(とりあえず、あの屋敷へ戻るか……)

 あきらは立ち上がった。

 本音を言えば、ちゃんとしたベッドの上で眠りたいところだ。だがこの現状では、泊まる場所の確保など無理な話だった。


 そうはいうものの、あきら自身は意外と楽観していた。幸い食べるほうは何とかなりそうだし、ここはそう寒くもない。すぐに餓死凍死ということはないだろう。

 それにもし元の世界に帰るチャンスがあるとすれば、あの場所で起こる可能性が一番高い。だとしたら、あの廃墟を根城にしたほうがいいはずだ。


「#¥◎△」

 何かを言いながらついてこようとする少年に、あきらは手を振った。


「また明日」

「――?」

 だが不思議そうな顔をしただけで、少年は離れようとしない。


(これじゃ通じないのか……)

 手を振る=さよならを意味する世界しか知らないあきらにしてみると、少し衝撃だった。

 日本へ来たときも、同じように言葉が分からなかった。だがジェスチャーは似通っているものが多く、ある程度は通じたのだ。


 本当に「知らない」世界に来てしまったという事実を、ひしひしと感じる。けれど今はまず、この子に意志を伝えるのが先だ。

 どうしようかと思ったあきらは、ふと先ほどパンをくれた、太ったおばさんを思い出した。あの時別れ際に、確か手を組んでいなかっただろうか?


 ダメで元々と、同じしぐさをしてみる。と、少年が「なるほど」という顔をした。伝わったようだ。

「ラダ!」

 そう言って少年が同じように胸の前で手を組んだ。そしてあきらから離れる。どうやらこれが別れの挨拶で間違いないようだった。


(お祈りじゃないんだな……)

 アメリカで育ったあきらにしてみると、胸の前で手を組むのは神に祈る場合のしぐさだ。ところ変われば……とは言うものの紛らわしいと思いつつ、町外れへと戻る。


 改めて見てみると、丘の上の荒れ屋敷までは案外距離があった。下り坂だったのと緊張していたのとで、気づかなかったらしい。

 これは街中でどこか寝る場所を探したほうがよかったかもしれない、そんなことを思いながらあきらは畑の中を戻った。


 塀の破れ目を通り、敷地の中へ入る。それから地下へ降りようとして――さすがに足を止めた。

 地下室には、あの老人が倒れたままだ。さすがに死体と夜明かしするのは、あまり楽しくない。


 仕方なく地上をうろうろし、どうにか雨露がしのげそうな場所を見つけた。扉はないが屋根と壁はきちんとしていて、昔ここの住人が使っていたらしい家具が残っている。窓はガラス等はなく木の鎧戸も外れていたが、今日のところは天気がいいから大丈夫そうだ。


 それと、つい最近までこの部屋を人が使っていた形跡があった。もしかするとあの老人が、しばらくここを根城にしていたのかもしれない。

 よく見ると、窓の傍にも大きな木の板がある。立てかけておけば鎧戸の替わりになりそうだ。これもきっと、ここを使っていた誰かが用意したものだろう。


「ベッド、これか……?」

 2~3人は並んで寝れそうな大きな木枠に何かを詰め、布をかけただけのもの。だが他に寝られそうな場所は無い。


「――まぁいいか」

 四の五の言っていられる状況ではない。床で寝ずにすむだけありがたい、と思わなければいけないだろう。





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