表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/14

Lesson:05

(これで稼ぎになるのか……)


 ニューヨークでは時々そうやって日銭を稼いでいる芸人が居たが、ここでも可能なようだ。

 投げられた小銭らしきものをかき集め、持っていた財布に仕舞う。これが幾らになるかは分からないが、ともかく今晩はなんとかなりそうだ。

 ヴァイオリンも仕舞って立ちあがると、例の少年が物足りなそうにこちらを見上げていた。


「また今度な」

 そう言って頭を撫でてやる。本当ならもう少し弾いてやればいいのだろうが、ともかくお腹が空いていた。

 だいぶ日が傾いてきた中、市場を歩いてみる。


「#△×%」

 何かを言いながら少年がついてきたが、意味が分からない。だがニコニコしているから、子供によくある「気に入った人について行く」というヤツなのだろう。


 売られているのは、生鮮食品が中心のようだ。他には服や靴、安っぽそうなアクセサリー類……平たい入れ物はお皿だろうか?

 そんな通りには、いいにおいも立ちこめていた。ところどころ、食べ物を売る屋台があるらしい。

 においを頼りに歩いてみると、パンのようなものを売る店があった。美味しそうだ。


「◎☆◇¥」

 また少年が何か言う。ひとつひとつ指さしているから、説明してくれているのかもしれない。だが全く言葉が通じないのではどうしようもなかった。


「ごめん、せっかく教えてくれてるのに」


 そう謝って、いちばん安そうなものを一つ取り、財布の中から安っぽそうな黒ずんだお金を出す。

 だが店主は嫌そうな顔をした。

「#※▽」

 表情と口調から見て、こちらに文句を言っているようだ。


(……足りなかったか?)


 なにしろどの貨幣がどのくらいの価値なのかも、物の値段も分からない。こちらが出してみてを、相手が了承するまで繰り返すしかない。

 仕方なく貨幣をもう一つ出そうとして――ひょいと手元を覗き込んだ少年が、いきなり喚きだした。


「――!!」


 何かを店主に向かって、物凄い剣幕で言っている。

 さらに少年が大声で周囲に何事かを言い、人々が集まってきた。


「○×□%!!」

 背中のヴァイオリンケースを差し、野次馬に少年が何かを説明する。すると人垣の中からも声が上がった。


「&△*$?!」


 たしか、さっきヴァイオリンを聴いていた人だ。余りにも太った、しかも真っ赤な髪の女性だったので覚えている。

 その女性が、人垣をかき分けて出てきて加勢した。少年を上回る剣幕で店主に言いつのる。表情と口調から見て、文句を言っているのは間違いない。


 このおばさんが相手というのを少し気の毒に思いながらも、あきらはだいたいの事情を飲み込み始めた。おそらくこの店主、本来の値段より高く売ろうとしたのだ。だがたまたまついてきた少年が気がついて、騒いでくれたのだろう。


 店主はたじたじだった。大声で騒ぐ少年だけでも手を焼くのに、迫力満点のオバサンに詰めよられてはたまったものではない。

 しかも悪いことに、オバサンと顔見知りらしい女性までが加わってきて、文字通りの大騒ぎになってしまった。


(――待つか)

 このまま傍観しつつパワー全開のオバサンたちの好意にすがる方が、結果がよさそうだ。

 やがて店主が必死に頭を下ながら、美味しそうなパンらしきものを二つほど差し出した。オバサンたちに悪評を広められるのは嫌だったらしい。


「○¥+△」

 受け取った太ったオバサンが、笑顔でこちらにパンを差し出す。

「ありがとうございます」

 伝わらないのは承知だったがお礼を言うと、おばさんが笑顔になった。


「#@*□……」

 何を言っているかは分からないが、好意的なようだ。そしてこちらに向けて手を組み、それから去って行った。

 太った後ろ姿を見送り、隣に居た翠の少年に言う。


「サンキュな、助かったよ」


 少年がとびきりの笑顔になった。褒められたのが分かったのだろう。ただその後矢継ぎ早にかけられた言葉には、何も答えることが出来なかった。

 結局少年の方が先に諦め、あきらの手を掴んだ。どこかへ連れて行ってくれるらしい。

 手を引かれるままに歩いて行くと少年は広場を横切り、別の屋台の前で立ち止まった。何かの肉と野菜らしきものがあって、美味しそうな匂いがしている。


「ムーチ!」

 少年が声をかけると、屋台の影からやり手そうな女性が現れた。


「◇%◎$」

「○&▽×」

 少年がここを切り盛りしているらしい彼女に何か言うと、すぐに食べ物が盛りつけられた皿が差し出された。


「あ、すいません。お金……」

 慌てて財布を出し、小銭を渡そうとする。だが女性は受け取らず、皿だけを押しつけてきた。「食べろ」ということらしい。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ