Lesson:05
(これで稼ぎになるのか……)
ニューヨークでは時々そうやって日銭を稼いでいる芸人が居たが、ここでも可能なようだ。
投げられた小銭らしきものをかき集め、持っていた財布に仕舞う。これが幾らになるかは分からないが、ともかく今晩はなんとかなりそうだ。
ヴァイオリンも仕舞って立ちあがると、例の少年が物足りなそうにこちらを見上げていた。
「また今度な」
そう言って頭を撫でてやる。本当ならもう少し弾いてやればいいのだろうが、ともかくお腹が空いていた。
だいぶ日が傾いてきた中、市場を歩いてみる。
「#△×%」
何かを言いながら少年がついてきたが、意味が分からない。だがニコニコしているから、子供によくある「気に入った人について行く」というヤツなのだろう。
売られているのは、生鮮食品が中心のようだ。他には服や靴、安っぽそうなアクセサリー類……平たい入れ物はお皿だろうか?
そんな通りには、いいにおいも立ちこめていた。ところどころ、食べ物を売る屋台があるらしい。
においを頼りに歩いてみると、パンのようなものを売る店があった。美味しそうだ。
「◎☆◇¥」
また少年が何か言う。ひとつひとつ指さしているから、説明してくれているのかもしれない。だが全く言葉が通じないのではどうしようもなかった。
「ごめん、せっかく教えてくれてるのに」
そう謝って、いちばん安そうなものを一つ取り、財布の中から安っぽそうな黒ずんだお金を出す。
だが店主は嫌そうな顔をした。
「#※▽」
表情と口調から見て、こちらに文句を言っているようだ。
(……足りなかったか?)
なにしろどの貨幣がどのくらいの価値なのかも、物の値段も分からない。こちらが出してみてを、相手が了承するまで繰り返すしかない。
仕方なく貨幣をもう一つ出そうとして――ひょいと手元を覗き込んだ少年が、いきなり喚きだした。
「――!!」
何かを店主に向かって、物凄い剣幕で言っている。
さらに少年が大声で周囲に何事かを言い、人々が集まってきた。
「○×□%!!」
背中のヴァイオリンケースを差し、野次馬に少年が何かを説明する。すると人垣の中からも声が上がった。
「&△*$?!」
たしか、さっきヴァイオリンを聴いていた人だ。余りにも太った、しかも真っ赤な髪の女性だったので覚えている。
その女性が、人垣をかき分けて出てきて加勢した。少年を上回る剣幕で店主に言いつのる。表情と口調から見て、文句を言っているのは間違いない。
このおばさんが相手というのを少し気の毒に思いながらも、あきらはだいたいの事情を飲み込み始めた。おそらくこの店主、本来の値段より高く売ろうとしたのだ。だがたまたまついてきた少年が気がついて、騒いでくれたのだろう。
店主はたじたじだった。大声で騒ぐ少年だけでも手を焼くのに、迫力満点のオバサンに詰めよられてはたまったものではない。
しかも悪いことに、オバサンと顔見知りらしい女性までが加わってきて、文字通りの大騒ぎになってしまった。
(――待つか)
このまま傍観しつつパワー全開のオバサンたちの好意にすがる方が、結果がよさそうだ。
やがて店主が必死に頭を下ながら、美味しそうなパンらしきものを二つほど差し出した。オバサンたちに悪評を広められるのは嫌だったらしい。
「○¥+△」
受け取った太ったオバサンが、笑顔でこちらにパンを差し出す。
「ありがとうございます」
伝わらないのは承知だったがお礼を言うと、おばさんが笑顔になった。
「#@*□……」
何を言っているかは分からないが、好意的なようだ。そしてこちらに向けて手を組み、それから去って行った。
太った後ろ姿を見送り、隣に居た翠の少年に言う。
「サンキュな、助かったよ」
少年がとびきりの笑顔になった。褒められたのが分かったのだろう。ただその後矢継ぎ早にかけられた言葉には、何も答えることが出来なかった。
結局少年の方が先に諦め、あきらの手を掴んだ。どこかへ連れて行ってくれるらしい。
手を引かれるままに歩いて行くと少年は広場を横切り、別の屋台の前で立ち止まった。何かの肉と野菜らしきものがあって、美味しそうな匂いがしている。
「ムーチ!」
少年が声をかけると、屋台の影からやり手そうな女性が現れた。
「◇%◎$」
「○&▽×」
少年がここを切り盛りしているらしい彼女に何か言うと、すぐに食べ物が盛りつけられた皿が差し出された。
「あ、すいません。お金……」
慌てて財布を出し、小銭を渡そうとする。だが女性は受け取らず、皿だけを押しつけてきた。「食べろ」ということらしい。




