Episode:14
「痛たた……」
翌朝目を覚ましたあきらは、思わず身体をさすった。
昨日はこの家に引き止められて、結局そのまま泊まった。ただ、今日は絶対にあの荒れ屋敷へ帰ろうと決める。
理由はベッドだ。
寝心地そのものは、どちらも大差が無い。何かを敷き詰めた上に布を敷いただけなのだから、変わるわけが無い。
問題は、そのベッドに何人もが寝ることだ。
狭い家にはベッドがひとつしかなく一体どうするのかといぶかしんでいたのだが、まさか全員が同じベッドとは思わなかった。ベッドがやたらと大きい理由もこれで分かった。
確かに貧しい家では、幾つもベッドを用意するのは大変だろう。だいいち小さなひと部屋では、置くスペースだってない。
まぁ日本では元々畳の部屋に幾つも布団を敷いてみんなで寝ていたというから、それに近いと思えば納得が行く。
だが納得がいったところで、窮屈なことには変わりない。存分に寝返りが打てないので、身体が朝からこのとおりだ。
しかも隣に寝たハウイが、ともかく寝相が悪い。
ハウイを真ん中に、右にあの屋台の女の人、左にあきらと川の字で寝たのだが、真ん中から蹴飛ばされたり叩かれたりするのだからたまらない。
おかげで何度も起こされた。
こんなのが毎晩続いたら、絶対に寝不足になる。それだったらあの荒れ屋敷へ帰って、一人で寝るほうがよほどマシだ。
部屋の中は、あきら以外誰もいなかった。この町ではみんな朝が早いから、ハウイたちももう出かけたのだろう。
(どうするかな……)
ぼんやりと考える。
昨日の様子から、ここはハウイの家のようだ。あの屋台の女性は母親だったのだろう。
父親らしき人は見ていない。だから父親は遠くへ出稼ぎに行っているか、自分と同じような母子家庭に違いなかった。
いずれにせよ、ずっとやっかいになるわけにはいかない。母子家庭なら、そうでなくても父親が出稼ぎに出るような家が、裕福なわけが無い。
そんなところにあきらが居たら、食い扶持だけでも負担なはずだ。だから早々に出て行くか、何とかして稼ぐしかなかった。
(また街角で弾いてみるか……)
一昨日と同じようにお金が集まるかは分からない。だが今のところあきらには他に稼ぐ手段がないし、いくらなんでも一銭にもならないということはないだろう。
それに何といっても音楽のない世界だ。
弾ける曲を小出しにしていけば、当分は物珍しさで人が集まる可能性が高い。
さっと一通りの練習をこなすと、あきらはバッグとヴァイオリンを持って町に出た。
広場の片隅でケースを開け、弾き始める。
どこか悲しげな、だが堂々とした旋律。
――サラサーテ作曲、ツィゴイネルワイゼン。
ヴァイオリンの名手だったサラサーテが、自分のために作曲したと言われる曲だ。特に出だしは有名で、ドラマなどで効果音的に使われることも多い。
何かを嘆きながらも、切々と訴えるような旋律。
ほどなく人が集まり、囁きながら聴衆となる。
本当はオーケストラをバックに、そこまで用意できなくてもピアノの伴奏を得て演奏する曲だが、この世界で贅沢は言えなかった。
音が舞い上がり、暗さを帯びた光が周囲に散っていく。
寂しさを含んだ音が高いところで止まり、切々とメロディーを奏でた。
一方で集まった人たちは、髪の色がいろいろなのもあって本当に華やかだ。
(なんか花壇みたいだな)
弾きながら、ふとそんなことを思う。
その中で、ひときわ目立つ少女が居た。
髪の色は亜麻色で、色とりどりの人々の中に在ってはむしろ地味だ。
だが、まとっている雰囲気が違う。そして何より、あきらの奏でる曲からリズムを拾い上げ、旋律をなぞっている様子が見て取れる。
――音楽を知る少女。
音楽が存在しないこの世界で、この少女だけは理解している。
曲が終わったら何か話しかけてみようと思いつつ、あきらは弾き続けた。
と、ハウイがどこからか現れ、少女に囁きかける。