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Lesson:13

(練習しないと……)


 そういえば毎日欠かさずしてきた練習を、今日はまだしていない。バッグの中に入っていた譜面台を取り出して組み立て、教本を広げた。

 スケールに始まって、セブシック、クロイツェルと、基礎練習を今までに無いほど丁寧に、片っ端からやっていく。そうしないと、音楽がどこかへ消えてしまいそうだ。

 そうして夢中でどれほど練習しただろうか? ふと一つの曲が頭の中を過ぎった。


(……久々に弾くか)


 ヘンデル作曲、ヴァイオリンソナタ第三番ヘ長調。ヘンデル作ではないとも言われるが、ヴァイオリンの曲として大切なことには変わりなかった。

 四楽章からなるがどれもそう長くなく、一見簡単そうな曲ばかりだ。事実、小学生でも弾く子は少なくない。


 だが「ヘンデルのソナタを弾かせると、上手い下手が一番よく分かる」と言う人もいるほど、奥が深く怖い曲だ。基礎が出来ているかいないかが、この曲を弾くと一発で分かってしまう。


 散々バッハだ何だと難しい曲を弾きこなして音大に入ったあきらに、教授が課題として出したのもこの曲だ。

 出された時は、「何でこんな曲を」と思った。けれど徹底的に基礎のやり直しをさせられながら弾いていくうち、とんでもない曲だと認識を改めた。

 まぁ正確に言えば、どの巨匠の曲も皆、分かってみるととんでもないのだが……。


 いずれにせよこの曲をもう一度弾かなかったら、本当のことを知らないまま、ヴァイオリンがただ「上手いだけ」になっていただろうと思う。

 古いバロック時代にありながら、ヘンデル作と言われる曲は不思議と自由でロマンティックな雰囲気のものが多い。この曲ももちろんそうだ。


 明るく伸びやかな第一楽章。音と同時に、柔らかな陽光を思わせる色があきらを取り巻いた。

 ――音楽は、裏切らない。

 そのことに安心しながら第一楽章を弾き終え、次に移る。


 新緑を思わせる、軽やかな第二楽章。弾むような短いフレーズが音を変えながら何度も繰り返して現れ、時に華やかに時に寂しく彩りを変えながら変転していく。光も翠だったり青だったりと、音色につれて変わった。


 続く第三楽章は、一転して短調だ。長く伸びる音と音階で作られた物悲しげな旋律が、形を変えながら展開する。周囲を彩る色も、秋を思わせるものに変わった。


 そして第四楽章。

 四拍子なのに三連符が続く、踊りだしたくなるような軽快な曲だ。ただメロディの覚えやすさとは裏腹に移弦(隣の弦へ弓が移ること)が多く、ここが出来ていないと軽快に弾けない。

 軽やかに、だが丁寧に、きらきらする光を纏いながら弾いていく。

 弾むようなリズムを保ったまま最後にトリルが来て、曲は終わった。


「アキラ!」

 上がる歓声と、ひとり分の拍手。

「ハウイ……?」

 いつ戻ってきたのだろう? 少年が水差しを抱えたまま手を叩いていた。


「アキラ、リュエ!」

 手を叩きながら、少年があきらの知る数少ない単語を言う。


 あきら、ありがとう。

 たったこれだけしか通じない。通じないが、言いたいことは分かった。ヴァイオリンの音色と音楽が凄いと、数少ない言葉と身振り、それに嬉しそうな笑顔で少年は語っている。


「ハウイ……」

 そう、通じている。音楽を知らなくても、聞いたことが無くても、それが「素晴らしい」とこの子は感じている。


 ここは確かに、音楽のない異世界だ。

 けれど住人は音楽を知らないだけで、分からないわけではない。


 ――だったら、やれる。


 音楽を傍らに、やっていける。

 いつ帰れるか分からないが、その日までは片っ端から曲を書き起こし、弾いて聞いてもらえばいい。


 考えてみれば昨日も、ここの住人は演奏を喜んでいた。黙って聴いてお金まで投げてくれた。

 それにあの病気だった子には、みんな音楽を聴かせようとした。どういう理由か分からないが、音楽が効くという事をみんな知っていた。


 だからきっと、知らないわけではない。音楽というものが、広まらなかっただけだ。

 それならば、やれる。


「アキラ……?」


 黙って立っているあきらのことが、心配だったのだろう。少年が遠慮がちに声をかけてきた。見れば翠の瞳が、不安げな色を湛えている。

 あきらは少年に歩み寄ると、その頭を撫でた。

 音楽を学んできた自分と、これから知る少年。


「リュエ、ハウイ」

「ヤー!」

 2人は視線を合わせ、微笑んだ。





◇お詫び◇

震災、皆様の地域は大丈夫だったでしょうか?

ドタバタして、長らく間が空いてしまって申し訳ありませんでした。

まだ計画停電でドタバタしてはいるのですが、おかげさまでだいぶ落ち着きました。

少しずつまた書いていくので、これからもよろしくお願いします。



◇あとがき◇

読んでくださってありがとうございます♪

苦手な「異世界トリップ」に挑戦してみました。

なんだかビターな感じに仕上がってしまうのは、もう癖なのでご容赦ください(汗)

なお2~3月中はこちらのほうが、更新量が多くなりそうです

ルーフェイア・シリーズ共々、よろしくお願いします。

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